軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第197話 少女の決意と魔神具の起動

「ミラルカ、あなたにこの魔導杖を託します。この杖の結晶には『時空間転移』の術式が記録されています」

「……分かったわ、借りておくわね」

ミラルカは少し躊躇したようだったが、アストルテの杖を受け取る。

アストルテは『世界の渦』の方を見やったが、あの場所に戻るのは得策ではない。

「アストルテ、できれば向こうの飛行戦艦で待機してくれ。俺の仲間が守備を担当してくれてるし、竜翼兵の襲撃も止んだようだ。休むには問題ないだろう」

「ありがとうございます……ディック・シルバー。あんなに激しい戦いをするのに、優しいのですね」

「その人の信条はレディファーストなの。油断するとすぐ美味しいお酒を勧めてくるから、心しておきなさい」

「ふふっ……何も悪いことなどないと思うのだが。ご主人様が優秀なギルド員として二人に目をつけているようだな」

そんなことは一切――いや、少しは考えていたか。カインとアストルテ、そして『覇者の列席』の人々は今後どうするのか、それも全て終わってからの話だ。

「……私たちを、勧誘してくださるのですか?」

「せっかくあんたたちみたいな実力者と会えたんだ、もう少し話をしたいとは思ってる。だが、何も無理強いはしないよ」

アストルテはしばらく俺を見ていたが、飛行魔法を制御して俺に接近してくる。

「私とカインはクヴァリスの最深部にある『擬神核』に到達し、その力を使って『神の座』……異空の神がいる空間への扉を開きました」

「そのときに、カインとヒューゴーは操られたんだな……その扉は、今も開いたままなのか?」

「はい。しかし、敵はこの世界の外側から、どこにでも姿を現すことができる。私たちは扉を開かなければ、向こうには行けない」

カインに攻撃を届かせるのと同じかそれ以上に、『異空の神』に有効な打撃を与えることは難しい。アストルテが言っているのはそういうことだ。

「まだこの状況では相手が有利だが、必ず打開する。『神の座』に通じる扉が残っているなら、それをくぐることも考えよう」

敵の本拠地であり、未知の空間に飛び込む。危険は大きいが『異空の神』と戦うには、虎穴に入る覚悟で踏み込む以外に無いかもしれない。

「……『忘却の五人目』という二つ名だけでは、うまくどんな人物かを想像できていませんでしたが。お会いして、その戦いぶりを見てよく分かりました。あなたは 真(まこと) の英雄です」

アストルテはそう言って俺と握手をすると、カインと共に『世界の渦』に降りていく。

人に認められるというのは嬉しいものだが、戸惑いもする。そんな俺を見てミラルカは微笑んでいたが、すぐにその瞳が鋭さを増す。

「ディック……『まだ』と言っていたけれど、盟主は正気に戻っていないの?」

「歌を介して、ヒューゴーさんとカインさんの魂に触れることはできました。ですがヒューゴーさんはカインさんから離れたあと、魂の波動が消えてしまっています。天の国に召されたということはありません」

ユマの言葉通り、俺もカインを解放することはできても、それ以上の手応えは感じていなかった。

「……マキナ。盟主は……」

呼びかけてもマキナは反応せず、北の空を見ている。徐々に接近してくるクヴァリス――先程までは周囲を飛んでいた竜翼兵が、今はいなくなっている。

保持している戦力の多くを失ったのか。そう、考えた瞬間だった。

「……あれは……何……?」

クヴァリスの上空、赤い空に、黒く巨大な爪痕のようなものが見える。

その爪痕は、空を裂くようにしてさらに広がる。そしてクヴァリスの進行方向にある空間がぐにゃりと歪み――巨大な竜翼兵のような姿が現れる。

「記録にない神級兵器……『異空の神』が新たに作り出した……」

「ディックさん、あの竜の中には、先程の魔物数百体分の波動が感じられます……っ!」

クヴァリスの戦力は失われたのではなく、一体に集約されていた――そして。

「……擬神核を取り込んでいる。カインの身体に注ぎ込まれていたのは、擬神核の力の一部……残されていた力が 核(コア) になっている」

飛行戦艦と同等の巨躯を持つ竜。異空の神の干渉を受けて作られた神級兵器――。

浮遊島の民が作ろうとした『擬神』は、異空の神によって人間の敵になった。

『……魔神具を……こちらに……マキナ……』

「っ……」

ヒューゴーの声が聞こえてくる。まだ支配を逃れられていない――その声が擬神の中から発せられているものだというのは、ユマの表情を見れば分かった。

『擬神』を止めなければ世界は終わる。『九頭竜』以上の脅威が形を持ってそこにいる。

戦いが始まってしまえば、加減などはありえない。それは、マキナにとって父と命を賭けて戦うことを意味している。

「……盟主様の願いは……」

マキナの声が聞こえてくる。魔神具に乗り込んだ彼女は俺たちに背を向けていて、その表情は見えない。

見えるのは、空に光の粒が流れて消えていくところだけ。

「……この世界を守ること。異空の神を倒すこと……そのために、あなたたちの力を……」

貸して欲しい、そこまでマキナが言葉にできなくても、俺はそれを頼まれたと受け取った。

「……承りました。私たち『銀の水瓶亭』は、どのような依頼でも必ず達成いたします」

ヴェルレーヌが魔王の姿で言う。メイドの姿で酒場の店主をしている姿が懐かしく思える。

思えばそれも、俺にとって取り戻したい日常の一つだ。そう言ったら、ヴェルレーヌは少しは照れてくれるだろうか。

「とうとう世界を救うなんて依頼が入ってきてしまったのね……これでも目立たなかったら、一つの美学として認めざるを得ないわね」

「ミラルカ……」

「一緒に戦ってくれるのか、なんて野暮なことを聞いたら殲滅するわよ」

ミラルカが俺を指差して、悪戯に微笑む。この終末じみた赤い空の中でも、その可憐さは変わることがない。

「相手が攻めてこなくなったと思ったら、またあんなのが出てきちゃって……また一発当たったら死んじゃうやつでしょ?」

「大丈夫、アイリーンちゃんも私と一緒なら、きっと活躍の機会はあるから」

「アイリーン、師匠……」

黒竜に乗った二人がこちらに近づいてくる――竜翼兵と戦っていた二人だが、疲労は感じさせない。師匠は俺が渡しておいたポーションを口にして、魔力を回復する。

「ディック、僕はどうすればいい?」

「まず相手がどんな攻撃を仕掛けてくるかだな……間合いも威力も読めない。迂闊に懐に飛び込むよりは、遠距離から様子を見るべきだろう」

「そういうことなら、僕とミラルカの出番だね」

「私の精霊魔法も、通じるかは分からぬが……やってみなければ分からぬか」

スフィアを含めて、総勢八人。『銀の水瓶亭』の最高戦力で『擬神』を止める。

『……魔神具……その、力で……私は……果たす……』

ヒューゴーの声が聞こえている。

自我を保つことができていない、途切れ途切れの声。異空の神によって操られている状態が、精神体に悪影響を与えている。

「マキナ……?」

マキナの左右に浮かんでいた、金属でできた巨人の腕。

それはマキナの前で、前方に掌を広げるようにして構え――そして。

――魔神具解放 双掌魔導砲(ツイン・エナジーストリーム) ――

マキナの乗り込んだ金属の殻を包むように生じた魔力が巨人の腕に流れ込み、収束されて掌から放たれる。

「――ゴァァァァァァァァッ……!」

空を鳴動させるような咆哮と共に、擬神は前方に防壁を展開する――マキナの一撃は擬神の身体に届くことなく、防壁に阻まれる。

決意は伝わった。マキナは擬神と戦う意志を、その行動で示してみせたのだ。

「奴の防壁を破って攻撃を通す。あれだけの魔力量で防がれるということは、通常の方法では難しい……しかし方法はあるはずだ。連携して道を開くぞ」

仲間たちが散開する。飛行戦艦は狙われないように後退を始めるが、その主砲は擬神に向けられている。

戦いの火蓋を切るために、ミラルカ、コーディ、ヴェルレーヌの三人が構える。そして破壊の花が、光剣が、精霊の力が放たれる前に、もう一度擬神が咆哮した。