作品タイトル不明
第186話 再びの開花ともう一人の英雄
「――うぉぉぉぉらぁぁぁぁっ!」
スオウの放った炎が、北東の空に巨大な十字を形作る。SSランクの竜翼兵の守りを破る、炎の精霊魔法と剣技を融合させた技――そして白い稲妻が天を裂き、魔法を放とうとした竜翼兵たちに複数同時に雷撃が浴びせられる。
「少しでも多く引きつける……どこかから送り込んでいるのなら、数に限りがあるはずだからね……!」
「応よ……こんな数じゃ全然足りねえ。露払いではあるが、もっと派手に行こうじゃねえか……炎龍よ、紅王の剣に宿り、紅蓮の刃となれ……!」
「――雷精よ、我が呼び声に応え、稲妻の嵐を巻き起こせ!」
東の空には炎と雷――そして、西の空にはコーディの光剣の閃きが走り、虚空から次々に姿を現す竜翼兵たちが数を減らしていく。
私たちもバニングに乗り込み、浮上していく――レオニードさんとカスミさん、シェリーとロッテがこちらを見上げている。
「――ディノアも、あんたたちも……負けんじゃねえぞ! 命あっての物種だ!」
「ディノア……ッ、私たちは、自分たちにできることをする! もし竜の魔物が別の空に現れても、この王都には一歩も通さぬ!」
「はい……っ、二人とも、くれぐれも無理はしないでください! 私たちが勝ったら、それで魔物たちは止まるはずです!」
竜翼兵を従えている存在――それが王都の北、霊脈の集約点に現れる。
紫を帯びたような、熱のない色をした夕焼けの空を抜けて、バニングは加速していく。『翼を持つ者』で追従するヴェルレーヌは、空中で従者の姿から、褐色の肌を持つ魔王の姿に変わっていた。
「……私が『無式』を試した場所にも近いわね」
「あの場所近くにも霊脈が通っていた……それを『覇者の列席』は転移に利用した。『列席の眼』は、霊脈が通じているところならどこにでも干渉できるのだと思います」
「その人たちは……この世界を、守ろうとしてるのかな? 『異空の神』っていうものは、私たちの元の世界も壊そうとしてるのかな……それなら……」
「敵ではないと、現時点で言うのは甘いですが……やはり『列席の眼』と、『盟主』に会わなくてはならないと思います。『異空の神』は、私たちにとっても倒さなくてはならない敵ですから」
「……異なる世界から来る神。分かり合うことができれば、争うこともないのに……戦うことでしか答えが出ないこともあるのでしょう。私は人々が恐れることなく、健やかに生きていける世界であってほしいです」
「ユマお母さん……私もそう思う。苦しんだり、泣いたりする人がいないのが一番いいと思うから」
私よりスフィアの方が、ずっと勇者らしい心を持っている――そんなふうに思えば、親馬鹿と言われてしまうだろうか。
けれど、これから死線を潜ろうとしているのに、恐れていない。そんな娘や仲間たちのことを、私は誇らしいとしか思わない。
「――ディノア、見て! 空が……歪んで……っ」
「あれは……まさか……竜翼兵だけでなく、やはり『クヴァリス』を掌握していた……!」
霊脈の集約点は地中深くにある。私たちと近い高度の上空――その広い範囲が急激に歪み、向こう側が見えなくなる。
空に裂け目ができて、黒い、奈落のような色をした別の空間が見える。
そこから姿を現したのは――『三頭竜』。
元の世界で、王都アルヴィナスを滅ぼそうとした浮遊島の兵器――まさに神とも言える力を持つ存在。
この世界にも存在する『クヴァリス』を掌握したのか。それとも――分からないけれど、確かに『三頭竜』はそこにいて、その威容を私たちの前に曝している。
一つの城のような巨躯。『三頭竜』は以前と同じように、その顎を開き――何の前触れもなく、破壊のブレスを撒き散らす。
「ご主人様……っ!」
ヴェルレーヌが警告する――けれど私は動かない。
広域を殲滅する技を持つ魔物と戦うとき、誰が対抗する役目を担っていたか。
『可憐なる災厄』。ミラルカ・イーリスは、すでに対抗するための陣魔法を完成させていた。
――多重破壊型無式・ 塔花(とうか) ――
「ミラルカさんっ……!」
「――そう。それがあなたの破壊……今は、無駄の多いものにしか見えないわ」
ミラルカが袖を振るようにして繰り出した黒い破壊の波が、三頭竜の灰色のブレスとせめぎ合い――黒が、灰色を侵食し、塗りつぶす。
「――オォ……オォォッッ……!!」
三頭竜の首の一つ、破ることのできなかった装甲が抉れる――常に展開している強力な結界を、ミラルカの魔法は接触と共に分解し、弱体化させていた。『無式』の真価はここにある――『防御魔法の破壊』。高速で結界を張りなおすことをしなければ、魔法防御というものが意味を無くす。
「届いた……っ、ミラルカ殿の魔法は、これほどまで……!」
最強の魔法使いが、その才能をさらに開花させた。その力は、以前凌駕された相手を置き去りにしてしまっている。
「ミラルカお母さん、とっても強い……お父さん、こんなに強いお母さんと戦って止めてくれたの……?」
スフィアがつぶやく――それは『私』というより、ディックへの呼びかけだった。
仲間の力を自分の身体に集めていたことで、ようやく攻撃魔法に特化したミラルカと渡り合えた。魔王討伐隊は、それぞれが得意分野では抜きん出た力を持っている――器用貧乏な私だけの能力では、ミラルカを止められなかったかもしれない。
「こんな時まで謙遜しなくてもいいのよ……紛れもなく、私を止めてくれたのはあなたでしょう? ここまで連れてきてくれたのも」
「……ミラルカ」
「美しい破壊の真髄は、相手の抵抗を許さないこと。さあ……殲滅してあげる」
ミラルカは続けて袖を振り抜き、三頭竜を完封しようとする――だが。
「――オォォォォ……ォォォ……!!」
空を軋ませるような咆哮――紫を帯びた夕焼けの空が、赤に変わる。
『三頭竜』の背後に生まれた空間の裂け目から、何者かの力が溢れ出し――それを吸収した『三頭竜』の身体が、変化し始める。
「なんだ……あれは……っ」
三つ首の竜の、首が増える――四つ、五つ。
その首の数が九まで増え、一気に魔力が膨れ上がる――今までは、左の首と右の首が防御を担い、それぞれに結界を展開していた。
しかし、それが三倍に増える。三つの首が攻撃を、残りの首が防御を担う。
「すでにあれほど強力な力を持っていた『三頭竜』を、さらに強化する……そのようなことが……っ」
「――ヴェルレーヌ、待避してください! スフィア、バニングを垂直に上昇させて、正面からの攻撃を回避してください……同時に、三つのブレスが来ます!」
「っ……でも、ディノアお母さんは……っ」
「大丈夫……ミラルカ、力を借してもらえますか?」
「……分かったわ。理論的には、その方法でなら防げる可能性はある……でも、まだそれは第一関門のようなものよ」
『三頭竜』の力は大きく増した。その結界を破ったミラルカも、現状は振り出しに戻ったと考えている――私たちが『九頭竜』と戦えるのか否か。
「――行きますっ!」
――『 真影分身(シャドウトゥルース) ・ 五の扉(フィフス・ゲート) 』――
私は単身で飛び、スフィアが指示通りにバニングを駆って離脱したことを確かめたあと、作り出した分身の力を自分に集約させる。
――『 螺旋拘束解除(スパイラルリリース) ・ 限界解放(リミットバースト) 』――
黒づくめの私の姿が、白く変化する。『九頭竜』はこの場所の直下にある霊脈からも魔力を吸い上げて、ブレスを放とうとする――態勢を整えるまでの時間を、六つの首による防御結界で防いでいる。
ブレスを放つための魔力が充足すると、攻撃を担う三つの首が同時に顎を開く――回避すれば大地は抉られ、広範囲に渡って破壊の爪痕が大地に残ることになる。
「そんなことも全部お構い無しで……いつもそうですね、あなた達は……っ!」
「「「――オォォォォ……!!!」」」
(師匠……そして、グラスゴール。二人の力も使わせてもらいます……!)
持てる限りの防御手段を全て使う。楯精ヒルダと鎧精リーヴァを召喚し、身につける――そして。
(『私自身』の防御力を強化する……そしてブレスの威力を相殺するミラルカの陣魔法を、楯と鎧に相乗させる……!)
―― 魔力防御強化(スピリットディフェンス) ・ 絶対隔壁(アブソリュート・ウォール) ――
三頭竜のブレスは、思考を加速させ、予測して回避しなければ避けられない――けれど今の私は回避する気はない。
「――っ!」
ブレスを、楯精の生み出した光の楯で受け止める――そして、ミラルカの破壊魔法で相殺する。それでも抑えきれない余波は、鎧精が防いでくれる。
だが、さらに二つ目の首、そして三つ目の首がブレスを放つ――一点に重ねられれば、防ぐことができるのか。
(全て相殺する……それができなければ、『九頭竜』を倒すことはできない……!)
「――ディノアお母さんっ……!」
スフィアの声が響く。私は三つの首が放つブレスを防ぐことに集中していた――しかし。
直下にある霊脈の集約点。その魔力が枯渇するときが近づいている――周囲の空気さえも急速に渇き、生命が存在できないほどになってゆく。
そして集めきった魔力は、全てが私への攻撃に使われているわけではない。
前は防ぐことなど考えられもしなかった、天地を貫く破壊の柱――それを、強化された今の力で使うとしたら。
(……アルベインが、この地上から消える。初めから、そのつもりで……!)
――『 天地神滅・三柱(ジャッジメント・バベル・サード) 』――
一瞬で倒すことができなければ、意味がない。渡り合おうなどと考えること自体が、驕りだったとしたら――私は。
白い光。温度のない滅びの光ではない。
光の中で、この身体の内から――もっと奥の方、魂から、私のようで、私でない声が聞こえてくる。
元のディノアの声。似ていても違っている、別の世界の自分。
『……私の力では、この国を救えないと思った。皆を守りたいのに、守れなくて……それを皆に言うこともできなくて。せめて最後まで戦って、それで終わりたかった。誰も巻き込まずに、一人で』
俺も一度はそう考えた。そうすることが、正しい選択だと思った。
力を持つことで疎外され、誰にも理解されないまま、一人で閉じていく。
そうなることを恐れて、誰かに必要とされたいと願い――魔王討伐隊に志願した。冷めたような目をして、それでも人のための何かになろうとして――勿体ないほどに報われた。
この世界も悪くないと思った。そう思わせてくれた全ての人を傷つけたくない。
そう思うことで、逆に仲間を傷つけた――今は、それがどれだけの罪か分かっているつもりで、分かりきれていないのかもしれなかった。
『……俺もディノアも、同一存在っていうだけあって、よく似てるんだろう。それなら俺と同じように、もう分かってるはずだ』
一人で全てを背負うことはできない。そんなことは、初めから求められてもいない。
『一人で足りなければ、仲間の力を借りればいい。そうするために魔王討伐隊に入って、ギルドマスターになったんだ……そうだろ?』
『……あなたは私よりもずっと先を歩いている。同一の存在と言われても、信じられないくらいです。でも、あなたの中で、あなたの記憶の断片を見て……分かりました。私が諦めたことも、あなたは諦めなかったから、強くなれたんだって』
『俺一人じゃ何もできなかった。皆がいたからなんだ』
『私は……お師様を守ることができなかった。魔王討伐隊の皆さんに出会えていたら、そんなふうに羨ましく思います。でも、私が出会ったこの世界の人たちのことが、私はとても好きだから……私は、悲しいことが沢山あっても、この世界に無くなってほしくない』
時間を戻すことができたら、と願うことは何度もあった。
もし俺たちが、この世界のもっと前の時間に来ることができていたら。けれどそれは、ここに至るまでのこの世界を、ここで生きる人々の運命を変えてしまう行為だ。
『……私は、あなたに会えて良かった。あなたと、あなたが連れてきてくれた仲間たちとなら、守りたいものを守れると思うから』
『九頭竜の力は絶大だ……このまま発動させたら、俺たちが無事だったとしてもこの国が破壊される。どうすればいい?』
意見を求めると――白い光の向こうに、女性の姿が見えた。
もう一人の俺――ディノア・シルバー。彼女は微笑みながら、俺に手を差し伸べる。
『あなたが完成させていた、あの方法を使います。皆の力を借りて』
『……そうか。その手があったな……俺がもうひとりいないと使えないと思ってたんだが』
『私たちの、最初で最後の共闘になるかもしれませんが。ディック……』
ディノアが俺の名前を呼ぶ。そして何かいたずらを思いついたように、彼女は言った。
『……あなたのお勧めの方法で、私たちの世界を救ってくれますか?』
『……ああ。俺たちにしかできない、オリジナルの方法でな』
ディノアの置き手紙を読んだだけでは、『依頼』は成立していない。
――正式な受諾が済めば、あとは遂行するだけだ。『銀の水瓶亭』に、不可能な依頼はないのだから。