軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第184話 遺された言葉と生まれる依頼

サクヤさんは売れ残りの食材をもらうのがやっとだったと言っていたけど、野菜や果物、乳製品や卵など、あると助かるものが手に入った。

塩漬け肉を野菜と一緒にグリルにしたものをメインディッシュとして出すと、みんなにはとても好評だった――肉汁を野菜が吸い込む上に、熱の入った人参などの根菜は柔らかく食べやすくなる。

食事を終えたあとは、二階の居間で休憩時間となる。サクヤさんが風呂の準備をしてくれているので、今は呼ばれるのを待っている時間だ――私としては、ディノアが残した手がかりを探したいのだが。

「はぁ~、いっぱい食べて動けない……いいのかな、こんなにゆっくりしてて」

「食材が変わっても、ディノアは料理の腕が変わらないのね……素直に感心しているわ」

「はい、私のことにも気を配ってくださって……限られた材料で私だけのメニューを用意してくださって、とても嬉しかったです」

「ディノアの作ってくれた料理を皆で食べると、昔のことを思い出すね……思えば旅の間、ディノアは僕たちのお母さんみたいだったね」

「色々と混乱してしまうので、そういった話は……」

「ふふっ……お父さんみたいというのも違いますからね。私たちにとって、ディックさんは……」

ユマが何か言いかけて途中で止めるので、微妙な空気になる――その照れくささを打破するように、風呂の準備をしてくれていたサクヤさんが出てきた。

「マスター、皆さん、お風呂の準備が整いました」

砂埃が舞うような場所で戦ったあとなので、みんな一度入浴したいと思っているのは言わなくても伝わってきていた。

「ディノアちゃん、最初に入る? ほら、このギルドハウスって元々ディノアちゃんの家なんだし」

「私は少し調べものをしてから入ろうと思っていますが……」

「ご主人様も今は女性なのだから、順番を気にすることはない。男性が後から入るという決まりも元々ないのだがな」

ソファに座った私の肩に、ヴェルレーヌが手を置いてくる。男性の時と違って肩が細くなっているからか、感覚が変わっているからか、いつもよりくすぐったく感じる。

「……分かりました、先にお風呂をいただくことにします」

「ディノアお母さんは今はお母さんだから、私と一緒に入っても普通だよね?」

「っ……そ、それは……」

「あ、ディノアちゃんが断ろうとしてる。私は今くらいはいいんじゃないかなと思うけど……お風呂の順番を待ってても時間がかかっちゃうしね」

サクヤさんにはスフィアが私の娘だというのは話しているけど、最初驚いただけですぐに納得してくれた――どちらの世界でも、彼女の私に対する信頼は絶対のもので、嬉しいような申し訳ないようなという気持ちだった。

◆◇◆

服を脱ぐのは最初勇気が必要だった――意識しても仕方ないと分かっていても、やはり身体は隠すようにして、自分でも見ないようにすることにした。

分かっていたことではあるが、自分のことながら胸が大きい。コーディが胸を抑えて男性として振る舞っているのがいかに大変なことかと確認させられる。

そして、長い髪――これをどう洗うか。女性の髪を洗ったことはあるが、自分のこととなるとまた難しい。いつも上から順に洗っていくので、最初で手が止まってしまう。

「……どうすればいいんだ、これ」

「あ、聞いちゃった聞いちゃった。ディノアちゃんがディックに戻ってる」

「ま、待ちなさいアイリーン……ッ、そんなにいそいそと入っていったらはしたないでしょう」

「いいんじゃないかな、今は女性同士だしね。僕がそういうことを言うのも変かな」

「少し恥ずかしいですが……でも、ディノアさんは女性ですから。まだ慣れないこともあると思うので、お手伝いをしなくては」

「ディノアお母さん、身体の洗い方は他のお母さんたちが教えてくれるって」

アイリーンの声がした時点で何とか逃げるべきだったのに、完全にタイミングを逃してしまう――こうなると分かっていたから、なんとしてでも最後に入浴すべきなのだが、私も甘かったと言わざるをえない。

「……ディノア、まずどこから洗うの?」

そして男の時なら最も恥ずかしがるか、牽制してきそうなミラルカが進んで洗ってくれようとしている。

そんなに優しく聞かれたら、断る気になれなくなって――私は、こくりと頷いてしまった。

「は、はい。いつも、髪から洗うので……」

「……空気が乾燥していたけど、あまり痛んではいないわね。すごく綺麗な黒髪……」

ミラルカに髪質を褒められる日が来るとは――いや、男性のときも黒猫になれと言われていたから、あれは褒められていた部類に入るだろうか。

「じゃあ……あたしたちも見てるだけもなんだから、一緒に洗っちゃおうか」

「あっ……ま、待ってください。タオルを外すのは……」

「ディノアさん、自分のお身体を見ないようにしているのですね……」

「……やっぱり生真面目だね、ディノアは。割り切ってしまわないあたりが、やっぱり根っから清純というか……」

「わ、私は……いえ、清純じゃないというのは語弊がありますが、急に男性から女性に変わったら、色々と気にするのは普通だと思います」

話していないと落ち着かないのは、アイリーンとコーディが腕を、ユマとスフィアが足を洗ってくれているから――ミラルカは髪を洗う拍子に、タオルに包まれた胸を当ててくる。

「……ミラルカ、こぼれそうになってるよ?」

「今、髪を洗うことに集中しているの……毛先まで滑らかにしてあげないと気が済まないのよ」

「女の子同士ですから、少しくらい大胆にしても大丈夫です。神に仕える私が言ってはいけないかもしれませんが……」

「ディノアお母さん、えっと……巻いてるタオルを取らないと、洗い残しになっちゃうよ?」

分かってはいたのだが、スフィアから聞かれてしまうとどうしようもない。私は自分から取ってもいいとはとても言えなくて、けれどスフィアは初めから何も隠していなかったりする――よく見なくてもアイリーンも素裸だった。女性同士だから大胆になっているにしても、私の心情にもう少し配慮してほしい。

アイリーンがタオルで隠している部分はなぜか頭だけだった――角を隠しているのだろうか。彼女の羞恥の基準が私にはとても難解だ。

「スフィアちゃん、そんな、娘の特権を十二分に使っちゃうなんて……お母さんの私よりも先に行っちゃったみたいだね」

「ご主人様が泡まみれに……それをこうして陰から見つめるというのも、従者の冥利に尽きるというべきか。いや、私は何を言っているのだ……」

「マスター、私のことはお気になさらないでください。入浴後にお身体を拭くために控えているだけですので」

師匠、ヴェルレーヌ、サクヤさんの三人はさすがに風呂までは入って来なかったが、しっかりこちらの様子を見ている。お風呂に入るときも、可能であれば隠密行動を取るべきである――というのは、今回のことで良い教訓になった。何度も風呂で奇襲を受けておいてそう思っても、学習能力が無いと言われてしまいそうだけれど。

◆◇◆

私は先に身体を流してもらったので、一足早く入浴を終え、元のディノアが使っていた執務室を調べ始めた。

ただ調べても特に気になるものは見つからない。しかし、私と元のディノアの感覚には共通する部分がある――大事なものを残すとき、同じような考え方をしてもおかしくない。

部屋の中に 探知(ディテクション) の魔法をかける――魔力で部屋の仕掛けなどを探すものだが、この部屋は不自然なほどに反応がなかった。

(この部屋には手がかりがない? いや、そんなことはない。元のディノアの足跡を辿ろうとする人物が現れたら、この部屋を訪れるというのは予想できたはず)

元のディノアは、何も手がかりを残していない――その可能性も十分に考えられる。後を追われることを避けたいなら、手がかりを残すことさえない。

(俺がクヴァリスを迎撃するためにギルドハウスを離れた時も……いや……)

『これから何をすべきか、書き留めていたのか。それを見ても、何も分からぬのか?』

不意に、ヴェルレーヌの言葉が思い出される。

クヴァリスの撃退に一人で向かう前に、ギルド員たちに指針を示すために書き留めていたノート。

元のディノアも、同じようなことを考えたとしたら。私は執務室の机に座って、引き出しを開けようとする――鍵がかかっているが、元の世界では、私は有事の際にゼクトかサクヤさんのどちらかが引き出しを開けてくれるように、鍵を託していた。

自分で開ける分には、執務室の椅子に座り、決められた姿勢で『 解錠(アンロック) 』の魔法を使えばいい。正面を見て、椅子の肘置きに手を置き、心の中で唱える――「開け」と。

カチャ、と音がする。鍵の外れた引き出しを引くと、そこには革のノートが入っていた。

開いてみると、『俺』とは違う筆跡で、ディノアがこのギルドを離れるまでに起きたことが記されていた。

――二ヶ月ほど前から、竜翼兵はエクスレア大陸の各地に現れ始めた。

SSランク以上の力を持つ者がいる場所なら、竜翼兵の襲撃を退けられることもあった――そうでない町は成す術もなく滅ぼされ、住民は流浪を強いられることになった。

ディノアは竜翼兵との戦いの中で、彼らが『人間』を狙っているわけではないと気づいた。狙うのは、強大な魔力を持つ存在――そして、場所。

竜翼兵は霊脈の集中する点を狙い、魔力を枯渇させて霊脈を枯らしていた。そうすれば、何が起こるか――大地は活力を無くし、自然の恩恵を得られなくなった人々は、いずれ逃れられない滅亡を迎える。

あの場所も、その一つだった。シーファストがあった位置に近い海岸――竜翼兵たちはスオウとミカドではなく、あの付近の海中にある霊脈の集約点を狙っていたのだ。

『――竜の魔物とSSランクの冒険者が戦えば、力が拮抗して大きな傷を負うかもしれない。でも、私なら多くを相手にすることができる』

『これは適材適所。私は私がするべきことをする。皆は私がいなくなっても、何も心配することはない』

『銀の水瓶亭の元メンバーは、このギルドハウスを好きなように使っていい。もし銀の水瓶亭が再建されるなら、ギルドマスターはサクヤさんにお願いしたい』

『サクヤさんについていけば、間違いはない。私も彼女のことをずっと信じて、助けられてきたから』

――これをただの伝言か何かだと思う人などいるだろうか。

これは、遺書だ。ディノアがおそらくサクヤさんに当てて遺したものだ。

ここから先はずっと、自分がいなくなったことを前提にして書かれている――ギルド員一人一人への激励の言葉と、そして戻れないことへの謝罪。

「……これは……こんなのは……」

これは、間違っている。けれど痛みを覚えるほどに正しい。

俺も、こうしようとした。自分が戦えば、誰も知らない間に全てを終わらせられれば――そう思ったこともあった。

今はそれが間違いだと知っている。仲間を信じずに一人で走って、そして死んだとして、それがどれだけ虚しいことなのか。

『レオニードさんとサクヤさん、王都の皆には、他のルートで伝言が伝わるようにしておきます。だから、心配しないでください』

「……そんなのは無理だ。無理なんだ、ディノア」

どれだけ綺麗な言葉で書き残しても、それを書いた本人がいなくなれば、後で読んだ者は喪失感に苛まれる。

俺にそんなことを言う資格はない。けれど俺と最も近くて、最も遠い存在だからこそ、言わなくてはならない――ディノアは正しくても、けれど間違っているんだと。

最後のページは空白で、何も書かれてはいない。

しかし、ノートを閉じることはできない。私の中から、このページに何かを書き残した記憶が蘇ってきたから。

誰も気が付かないだろう隠蔽魔法。それを『ディノア』と『ディック』しか見破れないと分かっていて、それでも彼女は隠蔽した。誰にも伝える気はなかった――だからこその、願いだった。

『このノートを見つけて、このページを読めた人に、伝えたいことがあります』

『今アルベイン王国を襲っている竜の魔物は、ここではない別の世界からやってきています。その目的は、霊脈を枯らし、この大陸を生物の存在できない場所に変えてしまうことだと考えられます』

『しかし、霊脈はどこか一点が残っていれば、枯れた霊脈とやがてもう一度結びつき、再生します。一つでも守りきることができれば、時間をかけても、精気をなくした大地はやがて元の姿に戻ります』

『――最後に狙われるのは、王都の地下にある遺跡迷宮。『蛇』というものと結びついた、この国の核といえる霊脈の集約点です』

『そこに供給される魔力を断つために、竜の魔物――異なる世界からの侵略者は、この国にある別の集約点を狙うでしょう』

『私はここから東の方角にある集約点に向かいます。そこで、何としても侵略者を食い止めます』

『これを見ているあなたに、依頼させてください。もし私がいなくなって間もないうちにこのノートを見つけたなら、王都から北の方角にある集約点を守ってください』

『私からお支払いできるものは、それほど多くありません。私個人が冒険者として見つけたもの、得たものをある場所に隠してあります。その地図を、ここに載せておきます』

『――どうか、私の大切な人を、この国を守るために力を貸してください』

魔力のみで描かれた文字は、最後は少し震えているように見えた。

ディノアは竜翼兵について、ここまでの情報を得ていた――そして、『異空の神』の存在にも気がついていた。

しかし、一人の力では勝てないということも理解していた。それでも彼女は、『集約点』を守るために戦おうとした。

そのメッセージを見つけた俺がするべきことは一つだ。

ディノアが託した願いを、聞き届けること。俺が生まれた世界と似ていて、けれど少し違っているこの世界を、『ディノア・シルバー』として守ること。

行き先は決まった。私はノートにサインを書き入れる――元のディノアに身体を返せたとき、彼女が読んでくれるようにと。

『ご依頼を承りました。『銀の水瓶亭』は、必ず依頼を遂行します ディック・シルバー』