軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第163話 魔法使いの過去と二人の孤独

アルベイン魔法大学において極めて優秀な成績を修めながら、偏屈な人物として知られていたフェンルート・イーリスという青年は、若くして大学の教員となってすぐに、学生時代の後輩だったルサリア・フォンセミアと恋に落ち、出会いから三年の交際を経て結婚した。

フォンセミア家は伯爵家で、長女だったルサリアは釣り合う身分の相手と結婚することを望まれていたが、両親の期待に答えられず、半ば駆け落ちのような形でイーリス家に嫁入りをした。

最初の一年は、ルサリアは夫の留守を守り、家はいつも温かだった。

二年目、ルサリアはなかなか子供を授からないことを気にかけ、夫に相談して、魔法大学の医療魔法研究所に通うこととなった。

――それから、ルサリアが最初の子供を授かるまでは三年がかかっている。

ようやく生まれた一人娘は、イーリス家をさらに賑やかに、明るい方向へと導くはずだった。両親に望まれた待望の子――それが、ミラルカだった。

同年代の貴族令嬢の中では抜きん出て美しく、社交界から早々に姿を消したルサリアのことを惜しむ声は多かった。ミラルカはそんな母親の容貌を受け継ぎ、子供の頃から蝶よ花よと周囲に愛された。

しかしフェンルートは、妻であるルサリアに、本当は授かることが難しい子を、医療魔法の力を借りて授かったこと――その過程で使用された術式が、当時は禁忌に類するものであったことを隠していた。

その研究を行っていた教授は、事実が発覚したのちに大学を追放され、全ての記録が大学の中でも一部の権力者しか立ち入りを許されない、『禁書庫』に封印された。

ミラルカの魔力は三歳を過ぎる頃に、フェンルートが予想もしなかったほどに大きく増大を始めた。まだ魔法を知らない子供が、感情のままに詠唱も何もなく、魔法に類する現象を起こすようになった――フェンルートはまだ三歳のミラルカに、自ら魔法の使い方を指導した。通常の魔法ではミラルカの魔力をうまく発散させることができず、フェンルートは悩んだが、解決方法は意外な形で見つかることになった。

ルサリアが趣味としていた絵画。それを見よう見まねで習ったミラルカは、絵を介して魔法を発動させるという現象を起こした。フェンルートは一部の魔法使いのみしか行使できない『陣魔法』をミラルカに教え、娘の強すぎる魔力が疎まれることのないように、才能を伸ばそうとした――しかし。

ミラルカは父と母を喜ばせようと、旅先の野原で地面に魔法陣を描き、魔法を発動させた。それは、地形を変化させるほどの、広範囲に及ぶ破壊魔法だった。

楽しかったはずの旅。イーリス家の別荘がある村――しかしその日の夜、ミラルカは、両親が口論をする場面を見てしまった。

『ミラルカはどうして普通の子として生まれなかったの? あんなに強い力を持ってしまったのは、私が自然な方法であの子を生んであげられなかったから……きっとそう。あなたはそうなると分かっていて、ずっと秘密にして……っ』

ルサリアは娘の力がそれほどに強いということを知らされずにいた。

フェンルートは『白の山羊亭』が所有している魔道具を借り、ミラルカの持つ力を計測した。

ミラルカの戦闘評価は、その魔力と陣魔法だけで、五歳にして五万を超えていた。

『ミラルカは賢い子だ。魔法の扱い方を覚え、人を傷つけないということさえ守れば、その力を恐れることはないんだ』

『こんな力を持つ子と、どうやって向き合ったらいいの……? あの子は草原を荒野に変えて、私に向けて笑っていた。私は……あの子が求めるように、褒めたりはしてあげられない。あの子のことが……』

その先は、ミラルカの記憶を見ているだけの俺には、音としては聞こえなかった。

ただ、唇の動きだけが見えた。『怖い』とそう言ったあと、ルサリアは、部屋のドアの陰から見ているミラルカの姿に気がついた。

『……おかあさまは……わたしのこと……』

『違う……っ、違うのよ、ミラルカ。私は……私は、あなたのことを……っ』

五歳の子供が、母親から拒絶された。

母親が自分のために嘘をつこうとしていることも、それができないでいることも、ミラルカは理解していた。

そしてミラルカが選んだのは。

――母親をこれ以上苦しめないために、選んだ言葉は。

『わたしは、おかあさまがまほうをきらいでも、じょうずになりたい』

ルサリアもまた、魔法大学で学んだ生徒だった。元から魔法を忌避していたわけではない。

しかしミラルカの才能は、両親二人をあまりにも上回りすぎていた。

幼い娘が自分よりも強い魔力を持ち、強力な魔法を行使できるという事実は、父親にとっては驚くべきことであり、母親にとっては恐ろしいことだった。

『……ミラルカ……あなたは魔法なんて使わなくていいの。あなたは強い魔法使いになんてならなくていいのよ』

――それが、ミラルカの母親が娘を止めようとした最後の言葉だった。

成長し、増大していく自分の力を持て余すことのないよう、ミラルカは父親の元で魔法を学んだ。

母親と接する機会は少なくなった。魔法使いとして、他者の理解を超えた存在になっていくミラルカを、ルサリアは見ようとしなかった。

『いいかい、ミラルカ。君の力は、父親の僕が言うのもなんだけれど、とても強いものだ。魔法使いが強いというのは、偉大なことだ。人々のために魔法を使えば、彼らは君の名前をずっと覚えて語り継ぐだろう』

フェンルートは使い手の少ない陣魔法を娘が完璧に使いこなせると知ると、類まれなる破壊力を生み出すことができるその才能を伸ばそうとした。そうすることで、妻との距離が離れていくことは分かっていたのだろう。

ルサリアはミラルカと距離を置くことを選んだ。魔法大学が休みであったり、フェンルートが外出している間などは、ミラルカは広い家で、一人で過ごした。

雨の夜、外で雷が鳴っているとき、ミラルカはいつも自分の部屋で震えていた。父親に頼ることはしなかった――母がいない間に父に頼ることで、より母親の足が家から遠のくことが嫌だったからだ。

その日の夜も激しい雷雨で、ミラルカは一人で震えていた。そんな彼女のもとを訪れたのが、母ルサリアの実家、フォンセミア家の侍女として勤めていたフランだった。

『ルサリア様のお言いつけで、これからミラルカ様にお仕えさせていただきます』

雷雨の夜更け。侍女が初めて主人となる相手の家を訪問することなど、普通なら考えられないそんなときに、フランはイーリス邸を訪ねてきた。

『さぞ、心細い思いをしておいででしたでしょう。今夜は私が、ずっとお傍に控えております。ミラルカお嬢様、どうか安心してお休みください』

『……私が雷を嫌いだって、お母様に聞いたの?』

寝室のベッドで膝を抱えながら、ミラルカはフランに尋ねた。

母の言う通りに自分を心配したというのなら、ミラルカはフランを拒絶するつもりでいた。

母の代わりにやってきたフランを、簡単に受け入れるわけにはいかないという思いがあったのだろう。

フランは何も言わずに、しかし寝室を出ることはなく、窓際で椅子に座って控えていた。

――雷が瞬き、光が部屋の中を照らそうとしても、それを自分の身体で阻むようにして。

ずっと座ってフランを見ていたミラルカは、他に誰かがいてくれることに安心を覚えて、いつか眠りについていた。

眠るときにミラルカの耳に聞いていたのは、フォンセミア家の侍女が代々歌い継いできたという子守唄―ーミラルカが幼い頃、母親がよく聞かせてくれたものだった。

記憶が一度閉じる。何も見えなくなった闇の中で、ミラルカの声が聞こえてくる。

『フランはそれから、ずっと家にいてくれた。お父様よりも、お母様よりも私の近くにいて、見守ってくれた』

その声は幼いものではなく、現在のミラルカのものだった。

『私はお母様を怖がらせて、傷つけてしまった……私は、魔法の力に魅せられてしまったから。私の中から溢れようとする魔力で、破壊魔法を発動させたとき、私はこの力で何かができるかもしれないと思った』

――しかしミラルカは、魔王討伐隊に参加したとき、自分の魔力を制御できていなかった。それでも彼女の圧倒的な資質が、SSSランクに相当していることは間違いなかった。

魔力を制御できるようになったのは、旅の途中で手に入れた封印具を身に着けてからだ。

ミラルカが外して研究室に置いてきたものを、俺は今ここに持っている。封印具を修復し、ミラルカに渡さなくてはと思っていた――しかし今は、別の可能性を考えている。

やがてこの村の近くを通る、五年前の俺たち。彼らに、俺たちは会いに行くことができる状況にある。

そして俺は、ミラルカが五年前の旅の途中で手に入れた封印具を所持している。それが、何を意味しているのか――ミラルカが目覚めたときに、話さなくてはならない。

『……私は、自分の魔力を外に逃がすための方法として破壊魔法を選んだだけ。せめて、私の魔法で壊されてしまう風景を、ただ無秩序な破壊の跡にしたくはなかった』

だから、『美しく破壊すること』を求めた。俺はそれを、ミラルカが強い魔法使いであるがゆえの、特別な考え方というように受け取っていた――しかし、それが全てではなかった。

破壊魔法を見せたときの、母親の反応。それを見たミラルカは、自分の破壊魔法が他人にとって恐ろしいものであり、非難されるものだと考えた。

俺は村の皆を助けようと魔獣を倒したことで、その力を忌避された――ミラルカも、同じ思いを味わっていた。

『魔王討伐隊に志願したのは、自分の力を役立てたかったから……恐れられるだけの自分でいるのは、嫌だったから……』

「……それだけじゃ、ないんじゃないか」

聞こえてくる声に、俺は問い返す。ミラルカが、俺の声に耳を傾けてくれているのが分かる。

「知ったようなことを言うなって思うかもしれない。でも、俺とミラルカは同じような経験をしてたみたいだ。だから、的外れでもないと思う」

『……あなたは、私があなたと似ているなんて言ったら、いい気分はしなかったでしょう。あなたの方が、ずっと辛い思いをしたのだもの』

過去の辛さを比べることに意味はない。俺はもう、過去の記憶に潰されることはない。

だから、と言えばそれもまた、 驕(おご) った考えなのだろう。今のミラルカにするべきことは、手を差し伸べて引き上げることじゃない。

ただ、彼女が必要としていることは何かを考えること。俺が今まで選ばなかった答えを、言葉にしてこなかったことを言わなくてはならない。