軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第157話 零と無の相克と呪紋師の誘い

「零の先がある……それが今のミラルカの到達点か。やっぱりお前は天才だ……そんなこと、俺は思いつきもしないからな……!」

単純な魔力量で押すのは、良い方法とは言えない――しかしまだミラルカは本気を出してはいない。

俺はただミラルカの『零式・絶滅自壊陣』を模倣していただけではない。剣に魔法を乗せ、剣技との複合によって、その先を目指そうとしていた。

――零式・双極光刃――

無銘の剣と、コーディの光剣を模倣して作り出した魔力剣――その二つを携え、破壊魔法を刃に宿す。その瞬間に、俺の身体を光の鎧が包み込んだ。

鎧精(リーヴァ) が俺を護ってくれている――この試みが賭けである以上は、鎧精が俺の身を案じるのも当然のことだろう、しかし。

『私の力を必要でないとは言わないでもらいたい。主にもしものことがあれば、魔法使いを連れ戻すことはかなわなくなる。私の力もまた、主のもの……躊躇する必要はない』

「そうか……そうだな。リーヴァ、付き合ってもらうぞ……!」

――修羅残影・転移瞬烈――

迫りくる黒い破壊の花に、魔力で作り出した残影が斬撃を繰り出す。二つの力がせめぎ合う瞬間に、俺はミラルカの魔法の一端を理解した。

物質の結合を『零』にする剣と、物質を『無』にする力。起こる事象は異なり、ミラルカの魔法が原理的には上位のものだ――しかし。

「――おおぉぉぉぉっっ!」

極限まで強化した『零式』の刃は、限りなくミラルカの領域に近づく。しかし近づくだけでは、押し切ることはできない――ならば。

『我が主、これ以上はっ……!!』

ミラルカの魔法を空に逸らす――切り裂くことも相殺もできなくても、このまま地上にさらに深い大穴を開けるわけにはいかない。

――修羅残影・ 五月雨(さみだれ) ――

一つの残影で一瞬でも受けられたならば、光は見える――そう、残影を重ねればいい。

魔力で作り出した残影が、次々に『逆十字』を繰り出す。『零式』の破壊の力を込めた剣が、少しずつ、しかし確実に、乱れ舞いながら地上に降り注ごうとする黒い花びらの軌道を変えていく――そして。

空に向けて、黒い破壊の花が空間を破壊しながら舞い上がっていく。破裂するような轟音が、黒い花びらが弾けるたびに雷鳴のように響く。

『……私もこのような魔法を他に知らない。ミラルカ・イーリスは、魔法使いとして全く別の次元に達している』

人間より遥かに長い時を生きる鎧精ですら、知識にない魔法。その領域にまで、今のミラルカは足を踏み入れている。

「――ミラルカ殿、もし操られているのだとしたら、見過ごすわけにはゆかぬ……!」

ヴェルレーヌの声は、俺に状況を伝えるためのものでもあった。

上空に、ミラルカを含めた三人の姿がある。そのうちの一人の顔は覚えている――ミラルカの家で会ったことがある、イーリス家の従者。

もう一人、外套を深く被って素顔を隠している女を、俺は知らない。だが彼女こそが、ミラルカを操っているのだということは見て取れた。

盗賊団を操っていた赤い魔力が、彼女とミラルカ、そしてフランを結びつけている。

「バニングよ、その閃火で牽制せよ!」

「――グォォォォァァッ!!」

ヴェルレーヌはバニングの 閃火の息(レーザーブレス) をミラルカたちに向けて降り注がせる――命中させずに動きを制限するためだけに放たれたそれを、ミラルカは一瞥して魔法陣を展開し、いとも簡単に消し去った。

バニングの放つブレスの『熱量』を無にした――魔法陣の展開が追いつく限り、今のミラルカにはあらゆる攻撃が届かないということになる。

「彼女の力は、このまま眠らせておくには惜しいものです。能力を持つ者は、それを最大限に活かす場を求める……そうは思いませんか? ディック・シルバー」

怜悧な声が耳に届く――そして外套を外すと、彼女は俺を見下ろし、悠然と微笑みながら言葉を続けた。

この大陸の民ではない。魔族とも違っていて、その容姿からは年齢ははっきりとわからないが、妙齢と言っていい外見だ。切れ長の瞳は強い輝きを宿し、頬には何かの紋様が描かれている。

「なぜ、俺たちを……ミラルカを狙った?」

「その力を、私たちと同じ志のもとで使っていただきたいからです。貴方がたは、このエクスレア大陸の頂点に立つ強さを持っている……しかし調べさせていただきましたが、長くその力を些事に使われているご様子……」

「些事かどうかは、あんたが決めることじゃない。ミラルカをどうするつもりだ」

「彼女は、今は望んで同行してくれています。私は彼女が力を解き放つところに立ち会わせていただきました……そして、SSSランク冒険者である貴方と接近戦をしても優位に立てたという事実も確認した。これは望むべくもない僥倖です」

回りくどい言い方をする――全て自分の掌の上で転がしていると、そう言っているのも同じだ。

「……『今は』と言ったな。最初は、ミラルカに無理を強いたのか」

言葉にするだけでも、全身の神経が火花を散らす。怒りが心を乱すと分かっていても、今は抑えようがなかった。

「それが魔王討伐隊の殺気……あまり記録に出てこない『忘却の五人目』の貴方でもそれほどとは。いえ、それとも……敢えて、伏せているのですか? 人の目に映すには、あまりにも過ぎた勇者の力を」

「御託はいい。二人にかけている魔法を解くつもりはないんだな」

今の間合いなら、超加速による短距離転移で一気に詰められる。しかし俺の動きを予期したかのように、ミラルカがこちらに手をかざす。

それはミラルカの意志だけでの行動ではない。ミラルカの傍に控えている女が、指から伸びた赤い魔力を糸のようにして、ミラルカの身体に絡めている――魔法を隠蔽することもできるはずなのに、あえて見せているのだ。

「ディック・シルバー……私は貴方についても、『こちら側』に来る資質を持っていると考えています」

「自分たちの素性も明かさずに、勧誘しようっていうのか?」

その赤い魔力を断ち切ることさえできれば、ミラルカと従者の女性は解放される。だがミラルカ本人が一部の隙もなく俺を見ている――その瞳からは、いつからか、彼女らしい強い意志を示す輝きが失われている。

やはり、すぐにでも助けなければならない。焦燥に駆られる俺を 愉(たの) しそうに見つめながら、女が胸に手を当てる。

「我が名は『呪紋師』カルウェン……『覇者の列席』の一席に座る者です」

「覇者の列席……それがお前たちの組織の名前か」

「はい。エルセイン十二世魔王を御した勇者とお目にかかることができて光栄です……以後、お見知りおきを」

バニングに騎乗しているヴェルレーヌのことまで、彼女――カルウェンは把握していた。

『呪紋師』は、やはりアルベイン王国には存在しない。『覇者の列席』は、アルベインの外から俺たちの存在を知り、自分たちの組織に引き入れようとしている。

「ヴェルレーヌ前女王についても、その実力のほどは聞き及んでおります。六魔公を従える魔王として、六種の固有精霊と契約してから戴冠したのでしたね」

「……どこでそれを知った?」

ヴェルレーヌの殺気が増す――カルウェンがエルセインに通じて情報を得ているとしたら、ヴェルレーヌの弟であるジュリアス、そしてエルセインの民にも危害が及ぶ可能性がある。

「エルセインには、前女王である貴女に並ぶ力を持つ者は存在しない。この大陸において、アルベイン王国だけが特別なのです。私たちに利する力を持つ者が、両手で数えるほどに存在している……『覇者の列席』に、なるべく多く加わって欲しいものです」

「……御託はいい。必ずミラルカは返してもらう。忘れるな、カルウェン」

ヴェルレーヌが『精霊王の王笏』を構え、高速で詠唱を行う――次の瞬間、カルウェンに届く間合いで『薙ぎ払う者』が召喚され、異空から呼び出された巨大な腕が、その手に握った矛を薙ぎ払った。

―― 蒼詠符(そうえいふ) ・ 空羽(くうは) ――

カルウェンの身体が両断されたかに見えた瞬間、大量の青い羽根のようなものが空中に舞い散る――それは空に溶けるように、一枚一枚が光を放って消えていく。

その羽根が一つ一つ、微細な青い文字で構成されている。『視力強化』をかけていなければ全く視認できないが、あの羽根は全て魔法文字でできているのだ。

『ディック・シルバー……貴方一人であれば、私たちの行き先にご案内しましょう。そこでミラルカ・イーリスと心ゆくまで戦うのです』

そんな誘いは罠に決まっている――それは十分に分かっている。

「ご主人様、そのような 空言(そらごと) に乗ってはならぬ!」

しかし今、すでにミラルカとフランの姿もまた、俺たちの眼前から消えようとしている。『呪紋』によるものなのかはわからないが、カルウェンは転移結晶もなしで転移しようとしているのだ。

青い羽根がミラルカたちの姿を覆い隠し、舞い散っていく。ミラルカは表情を変えないまま、光のない目で俺を見ていた。

「まだ決着はついていないわ。私たちにふさわしい場所で戦いましょう」

ミラルカの姿が消える――そして、残されたフランもまた、消えるミラルカを見つめながら、後を追うようにいなくなった。

転移結晶の原理を解析し、魔法文字に変換して発動させた。それさえ分かっていれば、転移させられること自体が罠だとしても見抜くことができる。

「ミラルカは俺と戦いたいと言ってる。それに答えずに放っておくのは、逃げてるのと何も変わらない……ミラルカの言う通りなら、これは彼女の意志でもあるんだ」

「……ご主人様」

ヴェルレーヌは本心から俺を案じている。それでも俺の意志が変わらないと悟ると、彼女は笑ってくれた。

「全く……いつも面倒見がいいにもほどがある。そんな顔をされては、何も言えぬではないか」

「すまない。いや、帰ったら礼はさせてもらう」

「そんなものは……受け取らぬというほど、私も現状に満足してはいないか。期待はしておこう、行き過ぎぬ程度に」

エルセインを統べる魔王の矜持は今も何一つ変わっていない。そんな彼女が俺の従者として振る舞っていることを、もっと俺はよく考えるべきだろう――俺の態度が変わっても今更と言われてしまうのだろうが。

「ヴェルレーヌ、王都にいる仲間の無事を確かめてくれ。今のところはしてやられてるが、最後までいいようにさせなければいい」

「承った。後顧の憂いはいらぬ、心ゆくまでミラルカ殿と向き合うが良い」

カルウェンは『蛇』や『三頭竜』とは別種の脅威だ。力ではなく、策謀を巡らせて俺たちを崩しにかかった――その試みはすでに成功してしまっている。

他人を操る力、それが『呪紋師』の能力だとして、俺も操られる危険性がある――しかし、それを敵が仕掛けてくると分かっていれば打つ手はある。

『ご同行いただけるようですね。それでは、次の舞台へとご案内しましょう……ディック・シルバー、貴方ならすでに把握している場所かもしれませんが』

カルウェンの姿は見えないまま、声だけが響いてくる。バニングは咆哮し、ヴェルレーヌは微動だにもせず、その背の上から、俺が転移させられるところを見ていた。