軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第119話 新たな忠誠と加速する成長

第119話

シャロンが目覚める前に、彼女が舌を噛まないよう、一時的なものだが猿轡を噛ませておく必要があった。ジナイーダ将軍の糸で椅子に縛り付けられたまま、彼女はしばらくして意識を取り戻す。

「…………」

無理矢理にでも糸を引きちぎろうとするかもしれない――そう想定していたが、シャロンは身体を強張らせることもなく、状況を受け入れた。

「シャロン、貴方はもう誰かの命令を聞く必要はないわ。完全に、解放されているはずよ」

「……っ」

ジナイーダさんにそう告げられて、シャロンが目を見開く。間違いなくスフィアの力によって、シャロンは呪縛から解き放たれている――それを確かめることは簡単だ。

「シャロンさんに言うことを聞かせていた人……ルガードさんは、アルベイン王国の冒険者だった人です。その名前は、知っていますね」

スフィアがルガードの名前を口にした途端に、シャロンが何かを恐れるような目をする。さっきもそうだ、彼女は自分を抑えつけている呪縛に抗おうとしたときに苦しんでいた。

「シャロンさんを縛っていた黒い血の力は、私が洗い流しました。もう、苦しまなくてもいいんです」

「…………」

シャロンは信じがたい、何を言っているのか分からないという目をする。それは、俺達に敗れた時点で死を覚悟していたからだろう。

「舌を噛むようなことをしないと約束してくれるなら、拘束を緩めるわ」

ジナイーダ将軍は今までとは違い、穏やかな口調で語りかける。それが効いたのか、シャロンは俯きはしたが、反抗の意思は見せなかった。

将軍の部下たちの一部は意識を取り戻し、まだ意識が戻らない他の兵たちの治療に当たっている。中でも小隊長を務めていた三人が特に衰弱していた――他の兵よりも、厳しい扱いを受けていたのだろう。

「……シャロンは、自分の意思で叛逆に加担してはいない。もしそうなら、それをはっきりと言葉にしてみせて」

「……私は……グラスゴール様の命を受けて……自分の血を、ルガードという男に与えた。グラスゴール様は、私よりも……異国から来た二人を、重用して……」

青ざめていたシャロンの頬に朱がさして、涙が流れた。

嘘をついているかどうかなど、疑う余地はなかった。一度スフィアの力による浄化を受けたあとならば、邪念を起こせばすぐに見破ることができる。

「なぜ、今になって私を処刑することになったのかを聞かせて。王家に忠誠を誓う人々の戦意を削ぐために、生かしておいたのではなかったの……?」

「……あの男が、ラトクリスに戻ってきている。グラスゴール様は、『あの二人』からの連絡を受けて、ジナイーダ……貴女の血を、ルガードに供することにした。高位魔族である貴女の血が混ざれば、さらにルガードは強くなる……完全に、『人ではなくなる』から」

救出が遅れていたら、ジナイーダさんはルガードの手にかかっていた。それを想像したのか、彼女は自分の身体を抱くようにする――だが、怯えを顔には出さなかった。

「……そのルガードを強くして、どうしようというの? 彼が過ぎた力を手にすれば、グラスゴールといえど、制御ができなくなるはず……」

「ジナイーダ……貴女は、グラスゴール様の力を知らない。彼の種族は、魔族の中でも絶えかけた希少な血統……本来なら、ラトクリスの王となる資格を持つ種族でもある」

――Sランクの実力を持つと言われる、ラトクリスの王。その話を初めて聞いたとき、俺は国ごとに支配者となれる人物の強さは違うし、必ずしも戦闘評価が王の資格たりうるわけではないと思った。

そして同時に、可能性としてはゼロではないと考えていた。現魔王より強い魔族が、まだ国内で頭角を現さずにいるか、あえて王の配下となっているということもありうると。

SSSランクの冒険者は、俺たちが魔王討伐隊に志願するまでは、千年に一度現れるかどうかだと言われていた。だがSSランクの力を持つ者は、アルベイン王国の歴史の中で『一人もいない』時期はなく、大陸中を探せば数十名はいると考えられていた。

(グラスゴールは、そのうちの一人だった……だとしたら……)

グラスゴールの動機は、自分がラトクリス魔王国で最も強い存在であることを理由に、国の支配権を得ようとしたということなのか。

「シャロンさん……グラスゴール将軍の目的は、この国の王様になることなんですか?」

「……結果的には、そうとしか見えない。ラトクリスの版図を広げようとしている……けれど、ずっと国王陛下の腹心として働いてきた、誰よりも忠義に厚かったはずの彼が、なぜ急に心変わりをしたのか……それは、分からない。駒として使われた私が、知る由もないのだろうけど」

シャロンが知っていることには限りがある。彼女はルガードに従属させられていて、この牢獄で番人をしていた――外の動きについて、与えられた情報は一部でしかない。

(……グラスゴールが謀反を起こした動機については、核心がまだ見えてこないが。敵がラシウス王の処刑を決めたことは確かで、それは必ず阻止させてもらう)

ずっとスフィアとジナイーダさんにだけ語りかけていた俺は、シャロンにも念話が聞こえるようにした。今までに無かった声が聞こえて、シャロンは赤い瞳を見開く。

「……まさか……二人ではなく、三人だったというの?」

(俺の名はデュークと言う。この子の保護者……父親だ。それはいいとして、シャロンには今後俺たちに従ってもらう。契約を結べば、そちらの動向について把握できる……少なくとも俺たちがこの国での活動を終えて帰還するまでは、指示に従ってもらう必要がある)

シャロンは口の端を歪める――何を馬鹿なことを言っているのか、という顔だ。

「私も高位魔族の端くれ……契約なんて、簡単に結べはしないわ。魔王様でも無い限りね」

「……え、えっと。その、この国じゃなくてエルセインの国ですけど、私は元々魔王だった、ヴェルレーヌお母さんの娘なんです。だから契約は、私にもできると思います」

「ヴェル……レーヌ……そんな……あの至高の魔王に、娘が……王女がいたなんて……」

ラトクリスでは、ジュリアスが即位したことはまだ知られていない。しかし『至高の魔王』などという異名があるとは――確かに、ヴェルレーヌの力は他の魔族を全く寄せ付けるものではないので、不思議でも何でもないのだが。

ヴェルレーヌを褒められると、なぜか俺自身が落ち着かなくなる。そんな俺の思考が伝わって、スフィアは何やら嬉しそうだ。

(メルメア王女は、エルセインに救援を求めてきた。経緯は省くが、ヴェルレーヌはメルメアの要請に応えて、俺たちも協力することにした)

なぜ俺とヴェルレーヌが近しい間柄なのか、それを疑問に感じるはずだが、シャロンは何も言わなかった。『そういうことなのだ』と受け入れようとしているのだろう――飲み込みが早いほうがこちらもありがたい。

(シャロン、改めて聞かせてくれ。ラトクリス魔王国を、元に戻したいという思いはあるか?)

「元に……そんなこと、できるわけがないわ。グラスゴール将軍……いえ、あの二人にだって、幾らあなた達でも勝てはしない」

「いいえ、勝ちます。お父さんと、お母さんたちと、みんなで協力したら絶対に勝てます」

スフィアが言い切ると、シャロンは面食らったような顔をする――簡単に言い返されるとは思っていなかったようだ。

(勝つためには、後顧の憂いを無くしたい。事情あってグラスゴール側についた者については、なるべく戦わずに済むといい……しかし難しいのは、中央平原のグラスゴール軍だ。牽制してはいるが、いつメルメアの率いる軍とぶつかってもおかしくない)

「そのために……私に、協力しろというの? チャンスを貰う資格が、私にあるなんて本気で思っているの……?」

「あります。お父さんがあるって言ったら、あるんです」

「っ……あなたたちは……ヴェルレーヌ様と共に来て、この国を、本気で……」

(救うというのは大げさだが、助力はする。それがヴェルレーヌの希望だからな)

(そんなこと言って。お父さん、本当は……)

陰で暗躍して、この国が元の通りに歩けるように後押しをする。そのために必要な『助力』は、惜しむつもりはない。

「……それは、世間で言う『助力』とは似て非なるものね」

ジナイーダさんは皮肉を言ったのではない――その声は穏やかで、優しいものだった。だが俺は、それに気が付かないふりをする。

「ラトクリスを解放して、メルメア王女に後を委ねる……それで、よそ者のあなた達に何の利益があるというの?」

(利益ならある。グラスゴールの軍に占領されたベルベキアが、アルベインに攻めてくるなんて事態は何としても防ぎたい。俺たちもアルベインで暮らす人間だからな)

シャロンの瞳が揺れる――だが、彼女はもう疑問を口にすることはなかった。ただ俯き、身体の力を抜いて、抵抗の意思がないことを表す。

スフィアがジナイーダ将軍を見やると、頷きが返ってくる。スフィアはシャロンに近づくと、彼女に向けて手をかざし、詠唱を始めた。

「スフィア・シルバーが、いにしえの魔神の力を借り、契約を宣言する」

ベアトリスの契約を書き換えたときとは違う、簡易な詠唱。しかし、魔王の力を受け継ぐスフィアが、今の状態のシャロンを支配下に置くには十分だった。

ジナイーダさんが拘束を解くと、シャロンは自らスフィアの前に膝を突く。

「……『 夜を這う者(ノスフェラス) 』の長、ハーヴェイ伯爵家のシャロンと申します。以後、契約の主であるスフィア様に忠誠を誓います。どうか今までの非礼をお許しください」

魔族は人間よりも、魔法による契約に縛られる機会が多い。偶然召喚されてしまったベアトリスのように、強さに関係なく召喚主に従属させられることがある。

しかし今の場合、シャロンは自分から魔法への抵抗をやめて契約を受け入れた。スフィアも何も強制してはいない――シャロンは自分から最大の礼を示したのだ。

(伯爵家……ラトクリスの制度だと、かなり高い地位にあるのか?)

「ラトクリスの伯爵家の中でも、ハーヴェイ家は筆頭の立場にあるわ」

(それなら、グラスゴール側についている貴族を説得できるかもしれないな……シャロン、できるか?)

「私がこれまでと指針を百八十度変えれば、他の伯爵家は動揺するでしょうし……やはり国王陛下を救出しなくては、風向きを変えることは難しいと思います」

(そうか。よし……ジナイーダさん、ここまでありがとう。俺とスフィアは牢獄を出たら、離宮に向かう)

「……はい。私は部下たちと共に拠点を作って、次の指示を待つわ」

俺達と共に行くことを望んでくれているようだったが、ジナイーダさんは僅かに迷っただけで返事をしてくれた。

「シャロンさんはジナイーダさんと協力して行動してください。今までは傷つけてしまいましたけど、それは操られていたからなので、これからはみんなを守るために力を使うんです」

「かしこまりました、スフィア様」

◆◇◆

シャロンから情報を得て、ジナイーダ将軍や、彼女の部下たちの装備を発見し、食料の調達も早急に行うことができた。

牢獄にはジナイーダさんたちを含めて三百余名が捕らえられていて、グラスゴールの謀反によって不当に捕らえられていた者たちについても解放し、彼らの中で体力が残っている者にも協力してもらって、全員分の食事を作った。

酒場で出す賄いも十数人分作ることがあるが、これだけの人数となると、比較的体力の残っている人々の力を借りる必要があった。俺の指示を受けてみんなの中心となって食事を作ったスフィアは、まるで天使のようだと慕われていた。

「もう、お父さんったら……私はお父さんに教えてもらってお料理してただけなのに」

(謙遜しなくてもいいんじゃないか、完璧な手際だった。安心して見てられたよ)

泣きながら食事をしている者もいたが、飢餓状態だったので仕方のないことだろう。賄い飯でそれほど満足してくれるのなら、いつかうちの店の 料理(ディナー) を食べてもらいたいものだ。

――だが、そんな平和なことを考えていられる時間は、本当に束の間と言っていいほど短いものだった。

「ジナイーダ将軍っ、敵兵が付近に現れました! 斥候に出た者から、近くの村が略奪を受けているとの報告です!」

「っ……なぜ、グラスゴールの兵が民たちを……」

ジナイーダ将軍が理解できないという顔をする。彼女がそう思うのも最もだが、俺とスフィアはすでに一度、襲撃される村を目にしている。

玉座を奪ったあと、善政を敷くなどという考えはグラスゴールにも、レオンとルガードにもない。それで、支配者となったところで何が得られるのか――俺には想像できないが、動機を知ったところで理解はできないだろう。

(ジナイーダ将軍、すまないが貴女の部下たちの力を借りた方が良さそうだ)

「ええ……村の救援に向かったあと、防衛も行わなければならない。兵たちと共に、すぐに村に向かいます。デュークさん、スフィアちゃん、後のことは任せてください」

「はい、よろしくお願いします。シャロンさん、ジナイーダさんの言うことを聞いて、戦うことのできない人たちを守ってください」

「承りました、スフィア様。これが罪を濯ぐことになるとは思いませんが、死力を尽くさせていただきます……偉大なるあなた様の眷属としての、初めての務めですから」

「あ、あの……私、偉大とかそういうことはないので、そういうことは控えめにしてください。緊張しちゃいますから」

「はっ……失礼いたしました。過剰な賛辞は慎み、この胸の中でのみ、スフィア様への敬意を養うことといたします」

シャロンが真顔でそんなことを言うので、スフィアは微妙に戸惑っている。敵対していたときの言葉遣いとも違いすぎて、俺も『契約』の強制力に驚いているところだ。

「あ……そうだ、ジナイーダさん。この近くに、『霊脈の社』みたいなところはないですか? ルジェンタ城にいるお母さんたちに、一度連絡をしたいいんです」

「ここから南東にある離宮に向かう途中に、『霊脈の社』が一つあるわ。牢獄の中で地図を手に入れておいたから、社のある場所に印をしておくわね……くれぐれも気をつけて」

「みなさんも、無理はしないでくださいね。絶対ですよ」

「ジナイーダ将軍であれば、一般兵や下級士官に遅れを取ることはまずありません。どうかご安心ください」

鎧を取り戻し、武人としての姿を取り戻したジナイーダ将軍は、シャロンの言う通りに本来の威風をまとっている。

しかし彼女は俺たちを送り出すとき、微笑んでみせた。スフィアも笑う――戦いの最中にありながら、俺の娘は新たに出会った相手と、既に厚い信頼関係を築いていた。

牢獄を出ると、空はあいにくの曇天だった――中央平原の方向の空が、黒い雲に覆われている。

「……お父さん、お母さんたちはお父さんの一言があれば、きっと頑張れるはずだから。私達も頑張ろうね」

(ああ。どうやら、状況が動いてるようだが……俺たちは俺たちで、やるべきことをやってからみんなと合流しないとな)

「うん! じゃあ、思いっきり行くね……お父さんのやり方で……!」

(俺のやり方……そうか。よし、スフィア、目一杯に飛ばすぞ!)

―― 精霊体変換(エレメンタルトランス) ・ 転移瞬速(ワープブースト) ――

スフィアは俺の奥義の一つとも言える、超加速による疑似転移を、身体の物質化を解くことで空気抵抗をゼロにできることを利用し、さらに改良してみせる――霊脈の社に辿り着けば、消耗した魔力を回復できることまで見越しているのだ。

(霊脈の社どうしを繋ぐふうにしかできないけど、これなら全部終わったあと、すぐに中央平原まで戻れそうだね……!)

(ああ。最低限、実体化できる魔力だけは温存した方がいいな……リスクもあるが、いい技だ。良くできたな、スフィア)

スフィアは一日も経たないうちに、見違えるほど成長していく。戦うほど、魔法を使うほどに、自分の受け継いだ力を引き出し、組み合わせ、無限の可能性を開いていく。

どこまで強くなるのか――いずれは、俺たちを超えていくのか。

(私はお父さんたちの背中に追いつけるように頑張らなきゃ。まだ、全然届かないから)

その飽くなき向上心に、また親馬鹿が疼きかけるが、今は思いとどまる。森の中に作られた祭壇――『霊脈の社』に、俺たちは牢獄を出て幾らも経たないうちに辿り着いていた。