軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第117話 将軍の忠義と紅眼の番人

アルベイン王国においては、牢獄は人工の建造物である。地下牢と呼ばれるものも、最大で地下二階くらいまでの深さしかない。

しかし魔王国では天然の洞窟を利用して牢を作るので、元の洞窟が深ければそれだけ階層も多くなる。

(ジナイーダ将軍、この牢は元々どういった用途に使われてるのか教えてもらってもいいですか)

初対面で俺より年上そうだからということで、相応に丁寧な口調の方がいいかと思ったのだが、ジナイーダ将軍は片目にかかる白い髪を撫でつけながら微笑んだ。

「デュークさん、お心遣いは嬉しく思いますが、私に敬語を使うことはなさらないでください。スフィアちゃんのお父様ということであれば、私にとっては恩人の父君……どうかこちらから礼節を尽くさせていただければと思っております」

(そ、そうですか……いや、よくそういうことは言われるんですが。俺は別に、そんなに偉い立場でも何でもないので、あまり畏まることはないですよ。まあ、お言葉には甘えさせてもらいますが……いや、もらうが、と言うところですか)

口調を訂正するとジナイーダ将軍は楽しそうに笑った。しかし腕を上げた拍子にまだ治療できていない鞭で打たれた傷が見えたので、『 快癒の光(リカバーライト) 』を無詠唱で発動させて治療する。

「安全なところに行ったら、リムお母さんと一緒に治します。そうしたら、元通り綺麗になりますから」

「ありがとう、スフィアちゃん。傷は戦士の誇りだから……そう自分に言い聞かせていたけれど、治してもらえてすごく嬉しく思っているわ」

「お父さんは回復魔法が得意なんです。本当は私たちの国でも一番得意なのに、それが専門じゃないからって遠慮してるんです」

(遠慮してるというか、師匠にはまだ及ばないというかだな……)

「己が最も高みにいると考えてしまえば、それ以上の高みには登れなくなる。デュークさんは、飽くなき求道者の魂を持っているのね。私も見習いたい限りです」

憧れるような目で見られ、俺は頬を掻く――と、実体がないので照れ隠しもできず、楽しそうに笑い合う二人を見ているしかない。

話しながら歩いているうちに、次の階に上がる階段の近くまで来た。見張りは昏倒しており、さらに『 深き眠り(ディープスリープ) 』の魔法をかけてあるので、俺たちが脱出するまで起きる心配は全くない。

(スフィア、良くやってくれた。すまないな、一人で行動させて)

「ううん、お父さんの娘ならこれくらいできなきゃだめだから。コーディお母さんが、こっそり悪い人をやっつけて回るやり方を知ってたの」

騎士団長という立場にありながら、コーディは必要ならば単身で敵地に潜り込み、犯罪組織などを一人で壊滅させてしまうこともある。

『紫の蠍亭』に潜入してもらったときも、完璧な形で目的を果たして戻ってきた。アイリーンとサクヤさんも頼りになるが、本気になったコーディは恐ろしく作戦遂行能力が高い――騎士団長であると同時に、彼女は『SSSランクの冒険者』でもあるのだ。

「スフィアちゃんのお母様も、それほどの実力を……世界はやはり広いわね。この大陸だけでも、私の力が及ばない猛者がどれだけいることか……」

ジナイーダ将軍は自分の身体を抱くようにして、唇を噛む。

機会を探していたが、今言わなくてはならないだろう。俺たちが、この国の玉座を奪った者たちと同じ、アルベインから来た人間であることを。

「この国に攻めてきたのが、レオンという人と、ルガードという人なら……その人たちは、アルベイン王国の冒険者です。私たちは、その人たちを止めるために、同じアルベインからやってきました」

信用を得てから身分を明かすことで、アルベインの者は即ち敵だとジナイーダ将軍に思われることはないという目算はあった――彼女の瞳はかすかに見開かれるのみだが、一瞬も疑心を宿すことはなかった。

「……彼らは、アルベインの冒険者だったのね……グラスゴールは彼らが王城に現れると、それに呼応して、こともあろうに陛下をお守りする近衛部隊を扇動して謀反を起こしました。一人の男は『ルガード』と呼ばれていましたが……もう片方の男は……」

ジナイーダ将軍は歯を食いしばるようにする。国が奪われたまさにその時のことを思い出させるのは、酷なことだとは分かっていた――だが、聞かなければならない。

(……もう片方の男は、レオン。二人とも、アルベイン王国ギルドの基準におけるSSランクの冒険者です)

「その基準は、私たちの国にも伝わっているわ。アルベインで作られた魔道具である、冒険者強度の測定器は、人材登用においてとても有用なのよ。強さだけが全てではないけど、軍人が弱くては務めを果たしきれないから」

『測定器』は高額で取り引きされることから、秘密裏に国外に持ち出されたものがあるという。エルセインには公式に譲渡されているが、ベルベキア、ラトクリスにも相当昔から流出していて、ラトクリスの魔王がSランクであると分かったのはそのためだ。

その測定器の原型を作ったのは、明言してはいないがおそらく師匠だ。『 星の遺物(ステラファクト) 』を元にして作った魔道具ということなので、作れる人間は師匠しかいない――あるいは、生前のディアーヌか、浮遊島の民ということになるか。

「デュークさん……恥を承知で質問させて。私の強さは、貴方の目からはどれくらいに映っているの? レオンとルガードと比べて……」

(今のジナイーダ将軍は、まだ魔力を大きく消耗しています。そして、本気を見せてもらったわけでもない。それを差し引いて考えても、Sランク……レオンとルガードとまともに交戦することも難しいはずです)

俺も多くの冒険者を見てきたし、見れば強さの見当をつけることができる。

彼女はこの国においては、最高位の強さを持っていると考えられる。ラトクリスの王が情報通りにSランクならば、Sランクの中でも広い範囲があるとはいえ、同じ区分には入るということだ。

(ジナイーダ将軍は、シェイド将軍と比べると、正直を言って全く強さの格が違います。ですが、それほど強い貴女でも、こうして捕らえられている……レオンとルガードと直接戦わなかったのなら、貴女は誰と戦ったのか。グラスゴール将軍は、レオンとルガードとは戦わなかった……つまり……)

「……グラスゴール将軍は、近衛部隊に命じて王族の方々を拉致したあと、侵入者を迎撃するために打って出た私の部隊に対して、伏兵を敷いていた。そして……まだグラスゴールを味方だと信じていた私の部下たちを……」

彼女はずっと気丈に振る舞ってきた――だが、拷問に耐えたのも、望みを絶たなかったのも、全てはたった一つの目的のためだった。

グラスゴールは、ジナイーダ将軍の部下を攻撃した。それも、味方だと思わせておいてからの騙し討ちという非道としか言いようのない手段で。

「……許さない……絶対に……私の命に代えても、あの子たちの仇を……」

ジナイーダ将軍が、部下たちのことをどう思っていたのか。仇という言葉が意味するものは、命を落とした者がいるということだ。

失われた命は戻らない。消えかけた灯火をもう一度蘇らせることはできても、蘇生させる方法を俺は知らない。

その無念を、ディアーヌを喪った時にも抱いた。死者を蘇らせたいと考えることは、それこそ神に抗おうとする行為に他ならない。

言葉が見つからない――だが、ジナイーダ将軍が自らの右腕に爪を食い込ませ、血がにじむほどに力を込めるのを見て、スフィアが動いていた。

「悔しい気持ちはすごく分かります。私も、皆も、酷いことをした人たちをこのままにしておきません。だから……」

(辛くても、自分を責めることはしないで欲しい。今は立ち止まって悔やむよりも、するべきことがあるはずだ)

スフィアがジナイーダ将軍の手に触れると、その手に込められていた力が和らぐ。再び白い髪に隠れた彼女の瞳から、幾筋もの涙が伝い、零れ落ちた。

「……私のするべきことは、この国に忠義を尽くして死んでいった者たちに報いること……そして、生き残りを助け出すこと」

(それが貴女の答えなら、俺たちは全面的に協力する。地上まで出るには少し手間がかかりそうだが、手段ならいくらでもある。ジナイーダ将軍には、無事にルジェンタ城に入ってメルメア王女を支える一翼を担ってもらわないといけない)

涙を拭うと、ジナイーダ将軍はただ頷きを返した。スフィアは血の気が引いて冷たくなった彼女の手を握り、温めるようにさする。

「元気を出してください。大事な人たちを助けて、外に出て……そうしたら、ヴェルレーヌお母さんとメルメアお姉さんが待っていますから」

「……メルメア王女殿下には、まず謝罪しなければなりません。ラシウス陛下を守れなかったこと、そして王妃様方も……グラスゴールの真意を知らず、私は王妃様方がお住まいになっていた離宮の警護から、自分の部下を外してしまった。そのことが、今日に至るまでどれだけメルメア殿下の心を痛めたことか……」

「メルメアお姉さんは、ジナイーダさんのことを責めたりしてませんでした。帰ってきたら、ごめんなさいより、ありがとうってしてください。その方がずっと嬉しいと思います」

俺もスフィアと同じ意見だ。グラスゴールについた国軍の兵士たちは、初めはメルメアが国を捨てたと非難した――ジナイーダ将軍がメルメアを信じていると伝えたら、彼女にとっては何よりも嬉しいだろう。

「ありがとう、スフィアちゃん。それに、デュークさんも……護るべきものを護れなかった罪を悔いるだけでは、進むことはできない……たとえ力が及ばずとも、私はラトクリスの軍人としてできることだけを考える。そのことを、どうか許してください」

拷問を受けても諦めずに機会を窺う、鋼鉄の心を持つ女性――だが、全く辛いと感じなかったはずはない。

俺たちが霊脈を通じて転移してきたことを察知して、ジナイーダ将軍は希望を抱いてくれた。スフィアの能力による『霊脈転移』という手段を選択して良かったと、そう思う。

「お父さんは、許すも何もないって言ってます。これから全てを取り戻すんだから、罰を受けるようなこともないんだって」

それでも、軍人の矜持を持つジナイーダ将軍は自分を責めるだろう。だが、グラスゴールには及ばなくともこの国では最強の一角を担う四将軍が果たせないのなら、謀反を防ぐことは誰にもできなかったはずだ。

だが俺は、強さに関わらず、自分の務めを全うしようとする人全てに敬意を抱く。強ければできることは増えるが、強くなくては誰かを守りたいと思ってはならないということでもない。

守れる人間が、守ればいい――だから俺たちがここにいる。

「……ヴェルレーヌ様と共にここに来られたということは、スフィアちゃん……貴女もまた、相当の力を持っているのでしょう。ですが、上階で牢番を務めている者は、看守長とは比べ物にならない力を持っています」

(どのみち、捕虜の解放をしなくてはいけない以上は戦いは避けられそうにない。相手の出方にもよるが……上階の牢番は、どんな魔族なんだ?)

「他者の血を啜り糧とする種族……『ノスフェラス』。スフィアちゃん、くれぐれも血を奪われないように気をつけて。彼女は血を媒介にして他者を操る力を持っている。私の部下たちも、おそらく操られているわ」

人工精霊であるスフィアなら、血を奪われる前に霊体化することで回避することはできる。しかし娘を傷つけさせること自体、あってはならない――言語道断だ。

しかし『ノスフェラス』が、この段階で出てくるとは思っていなかった。メルメアが教えてくれた、ルガードが人外の能力を得たことに関わっていると考えられる種族だ。

「もし、私の部下が攻撃をしてくるようなら。その時は……」

「お父さんは、そういうときに諦めない人なんです。心配しないでまかせてください」

スフィアは俺が何も言わずとも、意向を完全に汲んでくれている。しかし言葉だけで安心させるにも限界があるので、実際に口だけではないと行動で示すしかない。

「……一体、どんな方法で……『血の誓約』は、命がある限り続く呪いのようなもの。もし誓約に縛られていたら、解放する術はないはずよ」

(『呪い』なら解けないことはない。俺はそういうものだと考える……ジナイーダ将軍、次は地下何階なんだ?)

「上は地下五階……本来は、政治犯と重罪人を収容する場所とされているわ」

そんなところに入れられた兵たちの無念は察するに余りある。ジナイーダ将軍は両手の指を合わせて、その間に魔力の糸を生じさせる――紡がれた糸は上階に伸びていく。

「……やはり、必ず通らなくてはいけない中央広間で糸が阻まれてしまう。何か仕掛けられているかもしれない」

(できる範囲の索敵で十分だ。スフィア、『 隠密(ハイディング) 』を使って進むぞ)

(うん、お父さん。『透明化』はしなくていいの?)

(そうだな……他人に使うのは初めてだが。念には念を入れておくか)

俺も習得したばかりの『透明化』だが、魔力の制御方法を思い浮かべただけで、スフィアは正確に再現してみせた。スフィアだけでなく、ジナイーダ将軍の姿も光が透過するようになり、足元の影すらも補正されて視認できなくなる。

「凄い……こんな魔法が。アルベインの魔法技術は、こんなに発達して……」

(スフィアの能力は多岐に渡るので、驚いていたらきりがありません。うちの娘は何でも器用にこなすと思っておいてください)

「え、ええ。その能力の中に……いえ。私はただ、あなたたちの足を引っ張らないように努めるべきということね」

感服するジナイーダ将軍の気配に、スフィアは恥ずかしそうにしつつも、慎重に階段を上がっていく。

石壁と石床を積み上げた通路は、光苔を液状化して瓶に詰めたものを光源として、淡い緑色で照らされている。しかし薄暗く、長くこんなところに閉じ込められていたら、闇に慣れた種族でなければ正気を保つことは難しそうだ。

左右に並ぶ独房は、鉄格子で閉ざされている――ジナイーダ将軍は魔力の糸で生物の探知を終えており、独房に捕虜が残っていることも事前に察知していた。

(この中にいるのは…… 地霊族(ドラウノス) の……)

そうジナイーダ将軍が言いかけたとき、俺は想定していた可能性の中でも、悪い部類の展開になってしまっていると理解する。

次の瞬間、ガシャンと耳障りな音を立てて、並んだ独房の中にいた捕虜たちが鉄格子に張り付いた。それを見たジナイーダ将軍が息を飲む気配が伝わってくる。

(やはり……すでに、私の部下たちを……)

(想定はしていたことです。彼らは俺たちには気づいていない……だが……)

牢に張り付いた捕虜たちは、虚ろな目を通路に向ける――俺たちを見ているように見えるが、これはただの挑発だ。

ジナイーダ将軍が脱出したことを察知している者がいる。この五階層にいる牢番は、俺たちをここから出す気はなく、そして多分に悪趣味でもある。

病的なほどに痩せ、肌は青白く、落ち窪んだ瞳は爛々と獣のように輝いている。牢に住み着いた鼠の血を啜ったのか、その口からは鮮血が滴っていた。

(カシアス、レティ、ユミナ……こんな姿に……ここまで理性を奪うことをしなくても、従属させることはできるはず。なぜ同胞に、こんなことを……っ)

(ジナイーダ将軍、これは挑発だ。あなたが怒りに任せて前後を見失うことを狙っている……落ち着いて、平常心を保つんだ。然るべきことをすれば、必ずいい方向に向かう)

言葉だけでなく、俺はスフィアを介して魔法を使う――『 安らぎの光(マインドキュア) 』を。ジナイーダ将軍の心拍が落ち着き、全身の筋肉を張り詰めさせていた緊張が和らぐ。

(……落ち着いたな。じゃあ、一つ頼みを聞いてもらえるか)

(ええ……分かったわ。ごめんなさい、取り乱してしまって)

(ジナイーダさん、大丈夫。この人たちは、まだ何もしてこないから……後で、必ず助けるから)

スフィアには見せたくない光景だが、彼女は怯えてはいない――彼女の中には捕虜たちへの恐怖ではなく、彼らをそうさせた者への怒りがあった。

(ジナイーダさんのことが好きな人たちの気持ちを利用して、捻じ曲げて……こんなふうにするなんて、絶対にだめ。お父さん、この人たちを助けてあげなきゃ)

親馬鹿と言われそうだが、これほどの勇気がある娘を持つことができて、誇らしい以外の何物でもない。

両側に鉄格子の並んだ通路を抜けると、そこには収容した囚人を働かせるための広い部屋があった――何のために使うものか、柱の周囲に木の杭が打ち込まれ、それを金属球のついた枷を両足につけられた捕虜が押し、柱を回し続けている。

その光景を眺めている少女がいる。広い部屋の向こうに赤い絨毯が敷かれ、その上に椅子を置いて、数人の男女の囚人を侍らせ、彼女は頬杖をついてこちらを見ていた。片手に何かの骨でできた杯を持ち、中に満たされた何かを飲みながら。

「……こそこそと隠れたりして。ジナイーダ、貴女がそんな臆病者だったなんてね」

銀色の髪に紅の瞳を持つ、黒いドレスを着た、ユマと変わらないくらいの年頃の少女――だが、その口から放たれる言葉は辛辣で、容姿にそぐわぬ毒を感じさせるものだった。

他の囚人たちに対しては、完全に気配を隠蔽できていた。俺も格下の相手に、『隠密』を見破られるとは思っていない――スフィアの魔法が拙いものだというわけでもない。

(あの、赤い眼か……普通とは異なる方法で、俺たちの存在を看破してるな)

(お父さん、どうする……?)

(気づかれなければそれなりの方法もあったが、プランを切り替える。大丈夫だ、心配ない)

スフィアが『隠密』と『透明化』を解く――すでに敵との駆け引きは始まっている。

俺たちが姿を現すと、捕虜たちが僅かに関心を示すが、あの椅子に座っている少女を恐れているのか、柱を回すことはやめなかった。少女が侍らせている捕虜たちも、感情を動かす様子はない。

「ずいぶんと大きな 鼠(ネズミ) が入り込んで……せっかくグラスゴール様に、この牢で遊んでもいいと言われているのに。邪魔をしないでもらえる?」

「……なぜグラスゴールに与して、裏切りに加担したの? 貴女はいつから、グラスゴールの企みを知っていたの……?」

「貴女が四将軍なんて持て囃されて、いい気になっているうちからに決まっているじゃない。感謝することね、グラスゴール様が温情を与えなければ、今頃貴女はオーガかトロールの餌になっていたわよ」

「どのみち、あのままこの下にいればそうなっていたわ。けれど、この子が来てくれた」

椅子に座った少女は口元を吊り上げて笑う――見るからに露悪趣味だが、どうやら性根もかなり捻じ曲がってしまっているようだ。

「子供に頼るなんて、いよいよ堕ちたわね……どこから招き入れたかは後で吐かせるとして。ジナイーダ、貴女には脱獄の罰を受けてもらわなくてはね。無能な部下とはいえ、下の階にいる全員を打ちのめしてくれて……貴方をいたぶるために残しておいたのに、計画が狂ってしまったわ」

「……グラスゴールが私を処刑する指示を出したのは、私を生かしておく必要がなくなったから。つまり……国王陛下が、グラスゴールが求めていることを教えてしまった……」

「焦らないで、ジナイーダ。グラスゴール様は貴女を処刑してもいいと仰ったのよ……下の看守共を倒しただけで、あなたへの刑罰が終わったわけじゃない。処刑はこれから始まるのよ、この私の手でね」

パチン、と少女が指を鳴らす――そして杯を傾け、中身を飲み干した。

――その口元に伝うのは、赤色。彼女は、血をグラスに注いで飲んでいたのだ。

「敵に対しては死神のごとき魔性を見せ、味方には慈しみ深く、麗しき女将軍。お優しい貴女は、自分の部下たちを殺して前に進むことはできない……そうでしょう? ジナイーダ・レーニャさん」

「……シャロン、あなたは私のことを買い被っている。慈しみ深いなんてそんなことはない……部下たちを解放できるなら、手段を選ぶつもりはないわ。たとえそれが、どんな劇薬であったとしても」

柱を回していた捕虜が、鉄格子の中に閉じ込められていた者たちが――この階層にいた全員が、この部屋を目指して集まってくる。

生気を失った者たちが、今は俺たちの血を求めて目を輝かせ、獣じみた唸り声を上げている。それを目にしても、もうジナイーダ将軍は冷静さを失うことはなかった。

「……スフィアちゃん、あなたを信じるわ。ここから必ず外に出て、あの方に伝えなくてはならないことがあるから」

「はい、頼りにしてください。私はお父さんとお母さんの娘なので、酷いことをする人は、絶対にお仕置きしてみせます!」

「子供のお遊戯じゃないのよ……その可愛らしい顔で、いつまで笑っていられるかしら」

『ノスフェラス』の少女――シャロンは自分の勝利を確信している。それは、ジナイーダ将軍さえ封じてしまえば、スフィアは脅威にならないと思っているからだ。

スフィアが看守を倒したと知りながら、その実力を評価していない。そして俺たちがここに来るまでに、何の準備もしていなかったと思っている――さらには。

俺の娘が受け継いだ『沈黙の鎮魂者』の力が、シャロンのような相手に対して、どれほどの効果を発揮するのか。これから始まるのは戦いですらなく、スフィアの言うとおりの『お仕置き』に過ぎなかった。