軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 荒ぶる火竜と明かり虫

デューク・ソルバー著『誰にでもわかる 火竜を討伐する方法』。

その第二章には、討伐作戦の順序が事細かに記されている。

まず第一に、火竜は給水の際に隙ができる。火竜は視覚にすぐれているが、視野は広くはない。真横から後ろまでは完全に死角となっており、後ろから接近しても、火竜が完全に振り返るまでは気づかれない。

しかし一度敵を視認すると、その前方の攻撃に特化した発達した腕を使い、爪を振るって攻撃する。後ろから攻撃されていると感じれば、強靭な尻尾を振り回して、視界に映らないことなど関係なく、接近者を薙ぎ払おうとする。

この尻尾の表面はトゲつきの鱗で覆われているが、その中身は鍛え上げられた筋肉の塊であり、切り落としてテールスープにすると大変美味である。

それはさておき、火竜は給水に使う泉で襲撃を受けると、まず振り返って敵を視認しようとする。

敵を発見すると火竜は咆哮するが、これは元来、仲間の火竜を呼ぶためのものである。この習性は、近くに他の火竜がいない場合でも変わらない。

その咆哮を『沈黙弾』で封じると、火竜は動揺を見せ、十秒ほど隙だらけになる。手練れが揃っていれば、この隙に集中攻撃して倒すことも可能であるが、そうでない場合は、ダメージの蓄積を図るべきである。

鱗が比較的薄い尻尾の付け根、脇腹、足、首などが狙うに適しているが、あまり一撃でダメージを与え過ぎると、火竜は激昂し、体の周囲に高熱を発生させる場合がある。これをされると、火竜が走るだけで森が焼け野原になりかねないので、討伐の終盤まで避けるべきである。

適切なのは、足であろう。大きめの斬撃武器を用いて一撃を入れれば、実力が足りていれば、火竜はこれは堪らない、と離脱を図る。

火竜が離脱して目指す先は、火竜が左に旋回した場合は、森の北西にある高台である。

右に旋回した場合は、森の南東にある川辺に移動する。このとき火竜が着陸する位置はだいたい決まっており、その近くは火竜の体重で踏み固められている。

着陸後、火竜の頭は必ず下がる。真正面から接近すると、振動や爆風の影響を受けにくく、頭に安全に攻撃を入れることができる。そこで鈍器や盾で衝撃を与えてやると、火竜は高確率でめまいを起こす。

ここで集中攻撃し、畳み掛ける。もし打撃が足りず、火竜がめまいから回復するようなら、攻撃役にはもう一頑張りが要求される。腕の構造上、真横に攻撃することが難しく、キックは飛行中にしか行わないので、脇腹に張り付いて攻撃すると、安全にダメージを蓄積できる。

このとき、攻撃役の武器に麻痺毒、睡眠毒を塗っておくとなお良い。最終局面では、火竜は猛反撃を試みるため、動きを無理矢理にでも遅らせなければ、思わぬ事故の原因となりやすい。

盾を持った防御役、あるいは囮役は、もし攻撃役・射手役が火竜の攻撃を受けて危険な状態にある場合、相手の注意を引くことが必要になる。

火竜の攻撃は非常に重いため、盾で受けるのは最後の手段であるが、一度ならば攻撃を止められる可能性は高い。盾で受けてもその衝撃は重いため、何度も受ければ命に関わる。

それでも、盾で受けず、火竜の攻撃にこちらの攻撃を合わせることなど考えてはならない。それを可能にするのは、Sランク以上の近接戦闘に特化した者だけである。

全てが、恐ろしいほどに記述通りに運んだ。まるで、火竜がデュークの筋書き通りに動いているかのように。

ティミスたちはノートに記されていた獣道を利用し、最短距離で火竜の移動先に先回りをした。着陸する瞬間、他の行動が一切できなくなる習性を突いて、ティミスは盾を構え、火竜の頭に体当たりを仕掛ける。

「――えぇいっ!」

「グォォォッ……!」

ガゴッ、と重々しい音が響き、火竜が一歩後ずさる。

本当に、目眩を起こしている――そうティミスが理解したときには、ライアが刀を抜いて火竜に斬りかかっていた。

「ここで仕留めさせてもらう……っ! はぁぁっ!」

隙だらけの火竜とはいえ、渾身の斬撃を入れても簡単に鱗を切り裂くというわけにはいかず、ライアはその硬さに舌を巻いていた。それでも確実に効いている、そう信じて剣技の限りを尽くし、舞うような動きで攻撃を重ねていく。

「私もっ……やぁぁっ!」

ティミスは槍を突き出し、火竜の脇腹を狙う――しかし、傷ひとつつけられない。それでも打撃は通っているというノートの指南を信じ、槍を引いて下半身をひねり、再び全力で突きこむ。

「――グガァァォッ……!」

火竜が再び後ずさる――そこに、マッキンリーが弾丸を撃ちこんで追い打ちをかける。最終局面で火竜の動きを鈍らせるための、麻痺毒と睡眠毒を混入した弾頭は、初めは鱗に阻まれて弾かれたが、次に放った弾頭が、ライアの刀によって鱗の削れた部位に突き立った。

「いける……このままなら、火竜に勝てる……!」

マッキンリーは手応えを覚え、次弾を装填する。

そして狙いをつけようとしたとき、彼らにとって予想外の出来事が起こった。

「グォォォォッ!」

目まいを起こしているはずの火竜が、張り付いて攻撃を重ねるティミスとライアを弾き飛ばそうと、翼を強引にはためかせて暴れたのだ。

「きゃぁっ……!」

「――お嬢様っ!」

ティミスが風を受けて、構えが崩れる――そして無防備になったところに、無差別に振り回した火竜の尾が襲いかかる。

「っ……!」

ライアは瞬時の判断で、ティミスにぶつかるようにして突き飛ばし、地面を転がる。

しかし火竜の尾を回避しきることはできなかった――ライアの脇腹が切り裂かれ、一瞬遅れて、彼女の体を凄まじい激痛が襲う。

「なんてこった……くそっ!」

マッキンリーは冷静さを失い、ライアが火竜に負わせた傷を狙うことができず、放った弾頭は暴れる火竜に弾かれる。

目眩を起こしていた火竜が我に返る。その瞳には燃えるような怒りが宿り、鱗が赤熱する――火竜の周囲の空気が熱によって揺らめき、陽炎を起こす。

火竜の一撃を侮っていたわけではない。しかしその想像以上の苦痛が、ライアに死というものを実感させる。

そして彼女は刀を突いて立ち上がる。片手で傷を押さえた状態では、火竜の攻撃を一撃も受け止めることはできない、そう知りながら。

「お嬢様、お逃げください……ここは、私が……!」

「……いいえ。盾があれば、一度は攻撃を受けられる……ライア、貴女はそのうちに逃げてください」

「っ……無茶ですっ! 今の火竜は怒り、荒ぶっている……次は先ほどの攻撃より何倍もっ……!」

「それでもです。私の我がままを許してくれた貴女を、死なせるわけにはいかない……やぁぁっ!」

傷を負ったライアは、普段なら簡単に止められるはずのティミスの動きに追随することができない。

ティミスは盾を構え、体当たりを仕掛けてくる火竜に向き合う。

――もう少しで、勝つことができたかもしれない。

それが出来なかったのは、火竜も生き物であり、子を守るために必死に戦っているからだ。

(お母様……お父様。申し訳ありません。私は、ここで……)

『――諦めるなっ! 今日まで学んだことを忘れたのか!』

「っ……!?」

どこからか、声が聞こえた。どこかで聞いたことがあるようで、けれど、聞いたことのないほど勇ましい声。

覚悟を決め、死に傾いていた心に熱が戻る。ティミスは槍を捨て、盾を両手で構える――そして。

「グオォォォォォッッ……!」

火竜の大気を震わせるような唸り声。それを聞きながら、ティミスは全身全霊を込めて、盾を信じて構え続けた。

◆◇◆

川の水が流れる音が聞こえている。

あたたかな光が差し込んでいる。見上げた空に浮かぶ太陽の位置は、まだ昼前であることを示している。

討伐作戦が始まってから、まだ、さほど時間が過ぎていない。

最初は、うまくいった。逃げていった火竜を追いかけ、戦い――そして、窮地に陥った。

「っ……ライア! マッキンリー!」

跳ね起きるようにして、ティミスは仲間たちの名前を呼び、周囲を見回す。

地面に置いてある槍と盾。そして――すぐ近くにライアが倒れており、マッキンリーは潜んでいた茂みの近くで、うつ伏せに倒れこんでいた。

「ライア……あぁ……良かった。本当に、無事でよかった……っ」

「……お嬢……さま……」

おびただしい出血をしていたはずのライア。しかしその脇腹を裂いていたはずの傷が、今は塞がっている。

虎獣人の回復力は高く、たいがいの傷はすぐに塞がる。それにしてもあまりにも早過ぎる――しかし、ライアが無事であったことに、ティミスは安堵し、涙していた。

「……騎士は……涙を見せてはなりません。武人たるもの……常に、心を動かさず……」

「はい……わかっています、ライア。ごめんなさい……」

ライアは自分はもう大丈夫だと示すように、わずかに微笑みを見せる。

そしてティミスは、今さらに戦慄を覚える。

あの火竜が、どうなったのか。その答えは、彼女の後方にあった。

振り返って、心臓が止まりそうになる。しかし、状況を理解すると、安堵と、理解できないという気持ちが同時に湧き上がってくる。

デューク・ソルバーの討伐計画の続きはこうである。

火竜が川辺に移動した場合、十分な打撃を与えることができれば、火竜を罠にかけることができる。

川辺には、『森の狩人』が仕掛けた罠が残されている。弱った火竜をその上に誘導すれば、『拘束の鎖』という名の罠が発動し、火竜を捕らえることができる。

討伐する場合は、そこにさらに攻撃を重ねれば良い。もし捕獲を試みるならば、用意した麻痺睡眠弾の残りを火竜に適宜打ち込むことで、この計画は完遂となる。火竜の血中に一定の麻痺睡眠毒が溜まると、火竜はそれを自浄するために、長い眠りを必要とするからである。

(……『拘束の鎖』に、火竜がかかって……マッキンリーが、麻痺睡眠弾を……いえ、違う……それだけでは、説明がつかない)

そう、ティミスの視線の先には、鎖によって体中を拘束され、眠っている火竜の姿があったのである。

しかし、ティミスが拾い上げた盾には、火竜の突進をまさに受けるというところだったのに、傷もへこみもない。そして、ティミスには自分が突進を受け止めたという手応えもない。

マッキンリーが火竜の捕獲を成し遂げたのなら、彼が倒れていることに説明がつかない。ここには自分たち以外の誰かがいた、いやそんなはずはない、考えはぐるぐると頭をめぐる。

混乱を深めながら、ティミスはふと視線を巡らせ――あるものを見た。

「明かり……虫……?」

討伐作戦を始めるとき、ティミスの甲冑の中から出てきたもの。ライアが、森に生息していると言っていた。

「……まさか……」

ティミスは鎧の上から胸に手を当てる。そこにあるはずの魔法文字――それがどうなっているのか、すぐにでも確かめたい。しかし外で肌をさらすことはできず、今は断念する。

火竜討伐の助けになると、書き込まれた魔法文字。

それが、自分たちが窮地に陥ったとき、救うためのものだったとすれば。

『森の狩人』が仕掛けた罠も。マッキンリーが撃ち込んだより、数多く火竜に撃ち込まれた麻痺睡眠弾も。先ほどの火竜の突進から、ティミスを救ったのも。ライアの傷を癒やしたのも――すべて。

「……デューク・ソルバー……貴方なのですか……?」

明かり虫は最後にティミスの視界に現れると、まるで幻のようにふっと消え去る。

あとには川の流れる音と、森の動物たちの声が響くのみ。

ティミスは迷いを感じはしたが、ライアの攻撃によって一枚だけ剥がれて落ちた火竜の鱗を拾い上げる。そして、胸に抱いて祈る――未熟な自分の身に余るものであっても、これは、大切な贈り物なのだと思いながら。

そしてティミスは、ノートの中のある記述を思い出した。

――火竜討伐は、多くとも四人のパーティで行うべきである。五人以上で戦おうとすると、火竜はより安全に脅威を排除しようとするため、空からブレスを吐くのみとなってしまう。四人までなら火竜は地上戦に応じる。絶対に四人というわけではないが、三人以下の場合は、四人目を補助役としてでも加えるべきである。これは経験上の持論であるため、あしからず。

『四人目』がこの場にいたのかどうか、それは定かではない。

それを確かめることも、自分にはできないのかもしれない。

しかしティミスは信じることにした。自分たちを救ってくれた幻の四人目が、きっといたのだと。

「……デューク様……」

彼ではないのかもしれない。しかし、彼だとしか考えられない。

姉に対するあこがれにも似て、けれどどこか異なる感情が、若き女騎士の胸を焦がしていた。