軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第111話 僭王軍の掠奪と救い手の躍動

アルベインの西方国境を超えて、ベルベキアのはるか上空を通過する。剣精の力を用いて、光の届く範囲に視界が及ぶようにする『 光視(ライトビジョン) 』を使うと、どれだけ高度が高くなっても、通常では視認できない地上の風景を見ることができる。

「ベルベキアにも石造りの宮殿や、町があるのね。草原にテントを張って、移動しながら暮らしている民が多いみたいだけれど」

「騎馬の国というだけはある。本来なら、領土の中を移動しながら放牧地を変えれば、家畜を養っていけたんだろうね。だけど……南方のラトクリス魔王国から、領地の侵害を受けている」

「人々の心が、焦りや怯えで惑っています。ああ……アルベインの神の教えを、いつか説いてさしあげたい……」

バニングの背中に、四人が一緒に乗るための鞍がつけてある。俺が抱えるようにしてスフィアが乗っており、もう三人はミラルカ、コーディ、ユマだ。

黒竜には師匠、アイリーン、ヴェルレーヌが乗り、メルメアが手綱を握っている。バニングは全速力ではなく余力を残しているが、黒竜はついてくるのがやっとだった――バニングと比べると積載できる重量が小さいようだ。

「むぅ……何か、ご主人様が失礼なことを考えた気配がしたのだが」

「この黒竜も女の子なのに、頑張って飛んでくれてるのにね。ディー君は、バニング君を過剰に鍛え過ぎなんだよ。あれじゃ火竜っていうより、神竜って言ってもいいくらいだよ」

神は大げさだと思うが、たしかに閃火竜となり、金の光沢を帯びた鱗を身にまとっているバニングの姿は、その巨体もあいまってそうそう並ぶもののない威厳を感じさせる。

「ディックの凝り性は、今に始まったことじゃないものね」

「はい、ディックさんのこだわりはすごいです。これからしばらく旅が続くと思うと、思い出してしまいますね。私たちが色々と我がままを言ってしまって、ディックさんは全部に応えてくれて……」

「僕もディックの面倒見の良さには感心させられたよ。僕らの破れた服を、手縫いで修繕してくれたときは、身の回りのこともできない自分が恥ずかしくなったけどね」

田舎の村では服を直して長く着るので、修繕は子供でも自分でできるように教えられる。俺の場合は下の姉の趣味が縫い物だったので、見よう見まねで覚えた。

全てを家族から学んだわけではなく、自立するために独学で覚えたことも多くある。師匠に生きる知恵を教わるようになったあとは、現在の俺を成り立たせる知識をほぼ全て師匠から教えられた――思い返すと、やはり感謝は尽きない。

「メルメアちゃん、あれがラトクリス軍の砦なの?」

「はい……アルベインから侵入した二人の冒険者が王城を制圧したあと、彼らはベルベキアの国境にラトクリスの兵を送って無断で侵害し、ベルベキア領の一部を奪ってしまいました。砦はラトクリス四将軍の一人、 土塊(つちくれ) のフォルクスが作ったものだと聞いています」

「ラトクリス四将軍……その四人は、全員がレオンたちに従っているのか?」

ヴェルレーヌが問いかける。ラトクリスの国王、つまりメルメアの父親はSランクだという話を聞いたことがあった。四将軍がそれ以上に強いということは考えにくいので、SSランクのレオンたちに勝つことは不可能といえる。

しかし、抵抗はするだろう。負けると分かっていて敵に平伏する者が全てではないはずだ。

「いいえ、全員ではありません……はっきり分かっているのは、フォルクス将軍一人だけです。侵入者が王城に姿を現したとき、二人の将軍が迎撃に当たるはずでした。グラスゴール将軍と、ジナイーダ将軍の二人……しかしグラスゴール将軍は戦いに加わらず、ジナイーダ将軍は一人で応戦しましたが……敗れ、捕らえられてしまいました」

別の竜に乗っていても、魔道具を介して会話はできる。メルメアには辛いことを思い出させてしまっているが、少しでも情報を得ておかなければ、どんな敵かも知らずに戦うことになる。

「……軍人でありながら、戦うことを放棄したというのか。そのグラスゴールという者は、一体何を考えている……?」

ヴェルレーヌが疑問を口にする。考えられることは二つ、グラスゴール将軍が裏切ったか、勝てないと見て逃げたか。しかし将軍の地位まで上り詰めた人物が、身分を捨ててただ生き延びるという選択を、迷いなく選ぶものだろうか。

判断するにはまだ材料が足りない。ルガード、レオンから得た情報は彼らの周辺のことだけで、ラトクリスを実質的に支配している方法などは聞き出せていなかった。

今までは、国内にしか情報収集の手を広げていなかった。王都の外に出ることは例外としてきたが、今後はそうとばかりも言っていられない。

(エルセイン、ベルベキア、ラトクリス。各国で協力者を見つけて、常に状況を把握できるようにしておきたい。今回のように後手に回るのは避けたいからな……)

「もう一人の将軍は、今も健在なのか?」

「はい……しかし、今も無事かどうかはわかりません。ここから西の方角に、ラトクリスの王都ラヴェルナがあります。アルベインの冒険者二人は、王都を中心にして我が国の領土をほとんど手中におさめてしまいました。兵の訓練と、未開地の開拓のために東部に赴いていたシェイド将軍という方だけが、王位を簒奪した者たちへの抗戦を表明し、戦っています」

俺の質問にメルメアが答える――だが、メルメアと一緒に乗っているヴェルレーヌが、俺とほぼ同時にあることに気づいたようだった。

「……まずいな。ご主人様、今まさに、かなり規模の大きい軍団が移動してきているぞ」

「ああ、どうやらあの軍勢で大勢を決するつもりらしいな。何とか足止めするか、戦意を折るかしなくちゃならない」

シェイド将軍という人物は、よく耐えてくれたものだと思う。ラトクリスの国土中央から東寄りには原野が広がっており、そのさらに東に、シェイド将軍の軍が使用しているものらしい、大きな砦が見えている。駐留できる兵力は千といった規模だが、兵舎が近くに数多く立てられており、総計で五千人ほどにはなるだろう。

東部の村と連携して開拓を進めるために、まとまった数の兵が王都を離れていたようだ。それが不幸中の幸いとなり、シェイド将軍はレオンたちと直接交戦せずに済んだということか。

「敵はいったん、途中にある城に入るみたいだね。兵の疲れを取ってから、改めて攻めるつもりだろう。もう、戦いの趨勢が決したと思っているんじゃないかな」

「だろうな。だが、油断してくれた方がこちらとしては動きやすい。まずあの城に入って、指揮官を狙う。隠密任務になるから、メンバーは数名に絞った方が……」

「お父さん、見て! あの村から、煙が出てる……っ!」

光視(ライトビジョン) を使って見張ってくれていたスフィアが声を上げる。彼女の言うとおり、敵が入ろうとしている城からほど近い村から、煙が立ち上っていた。

「まさか……自分たちの意に従わぬ村に、火を放ったというのか……!」

レオンとルガード、二人の力にラトクリスは屈した――しかし、国民の全てがすぐにレオンたちに従うというわけではない。

正当な王の復権を望む人々がいる。彼らに言うことを聞かせられないからといって、力でねじ伏せようと言うならば、もはやそれは国を守る軍でも何でもない。

何を優先すべきか、まずは襲われている村での凶行を止めなくてはならない。隠密ザクロを餌として摂取し続け、さらに俺と師匠の『 隠密(ハイディング) 』で気配を極限まで薄くしている竜たちなら、村の近くに降りても敵に気付かれることはない。

「ディック、あの城を破壊するよりは、敵を転向させるべきだと考えてるの?」

可能であればそうするべきだ。屍を山積みにするためにラトクリスに来たわけではない――大規模な会戦を回避するために、必要な干渉を行う。

だが、手ぬるいこともしてはいられないだろう。こちらには戦力が揃っているし、加減することだけ考える必要もない。

「いや、ある程度は破壊してもいい。城に立てこもられても厄介だからな……敵に『城の中にいても危険だ』と思わせれば、追い払うこともできるだろう。ちょっとやそっとの揺さぶりじゃ効かないが、ミラルカならできるはずだ」

『可憐なる災厄』に本領を発揮してもらう。その信頼を込めて言うと、ミラルカは俺を見やり、ぞくりとするほど不敵な笑顔を見せた。

「私を誰だと思ってるの? あんな城なんて意味がないことを、一瞬でわからせてあげるわ」

「ミラルカさん、すごく生き生きされていますね。もし迷える魂がいっぱいになるようでしたら、そのときは私に導き手をさせてください」

「いや、ここまで力の差があるなら命を取る必要もない。ミラルカは寝覚めが悪くなるようなことはしないからね」

「敵にもよるけれどね。魔物も軍に加わっているみたいだから、必要であれば殲滅せざるを得ないわ。躊躇したらこっちがやられるもの」

魔王討伐隊の面々には、改めて心構えを説く必要はない。スフィアは皆と比べると実戦経験は少ないが、現状では苦戦するような難敵は出てこないだろう。

ここで敵の動きを止める、あるいはシェイド将軍の側に寝返らせる。その鍵を握っているのはメルメアだ。王女が簒奪者と戦うのであれば、王女を旗印として解放軍を結成し、王都まで攻め上がるための大義を得ることができる。

しかし可能であれば兵は『動かすのみ』にとどめ、俺たちが陰で動くことで被害を最小限にする。レオンとルガードは、ラトクリスの王座に拘っている――ならば、国王たちを解放するまでの過程で、必ず戦うことになる。

(本来『鎧精』と契約している人物も、いずれ戦うことになるはずだ。今まで名前が上がった人物なのか、それともまだ知らない誰かがいるのか……)

「ディック、降下したらあなたとコーディだけを降ろすわ。スフィアはバニングを乗りこなせるから、彼女に頼んで少し上空から『破壊工作』をしてくるわね。ユマ、あなたも付き合ってくれる?」

「はい、喜んで。あの城から、とても沢山、浄化すべき魂の波動を感じます。意志を持たない死霊たちも、魔王国ではやはり兵隊として戦いに参加してしまっているのですね……ああ……この手で、こんなにも穢れを浄化してさしあげられるなんて……」

「お父さん、ミラルカお母さんも、ユフィールお母さんのこともまかせて。お父さんと私はいつでもつながってるから、何か困ったことがあったら呼んでね」

「ああ、頼む。頼りがいのある娘と、仲間を持った……そうつくづく思うよ」

「ディック、どうする? 一応正体は隠しておこうか」

他国の危機を、アルベインの騎士団長と元魔王討伐隊が救ったというのは、大きく広まらない方がいい話だろう。

いつものように、ラトクリスの人々をいつの間にか平和に戻してやる、それが理想だ。最も、火を点けられた村の人々には、『仮面の救い手』が現れたことは知られるわけだが、

さすがにそれは仕方がない。

「よし……バニング、行くぞ。メルメア! 黒竜は、村の反対側に降下させてくれ! 両方共同じ方向からじゃ、救助が間に合わない可能性がある!」

「かしこまりました、ディック様……皆様も、どうかご武運を……っ!」

スフィアにバニングの手綱を握ってもらい、俺は魔法を発動させる準備をする。そして、コーディと一緒に、まだ地表が近づかないうちに飛び降りた。

「お父さん、気をつけてね……っ!」

「ああ、後で合流しよう! コーディ、行くぞ!」

「了解っ……!」

地面が近づく前に、俺は風の精霊に干渉し、上昇気流を発生させて減速する手段を選んだ。弾力のある床を踏むような感覚――地面に足が着いた途端に、俺は眼前の村に向かって駆け出す。

「グガァァァァァォォォォ!」

魔王国は魔族、そして魔物の国だ。ダークエルフなどの人型の種族が指揮を取ってはいるが、森近くにあるその村を囲う策を斧で薙ぎ倒そうとしているのは、猿が異常に巨大化したような魔物だった。

全身筋骨隆々で、皮膚が金属質の光沢を放っている。額から伸びているのは、三本の角――猿というより、 鬼猿(デビルエイプ) とでも言うべきか。

(見たところ、Aランクでは苦戦するが、Sランクなら一人でも討伐しきれるか……こんな魔物がゴロゴロ居るんじゃ、ラトクリスがエルセインより弱いっていう認識を変える必要があるな……)

鬼猿は俺たちに向けて猛進してくる――黒目のない、白目だけの瞳が赤く血走っており、攻撃しか頭にないことが見てとれる。

「ディック、いくよっ!」

「ああ……コーディ、『熱』を担当してくれ! 俺も後に続く!」

「熱……分かった!」

長く、二人で剣の鍛錬をしていたからこそ、互いの呼吸はよく理解している。

俺は無銘の剣を魔力で覆い、強化する。コーディは光剣を召喚し、鬼猿と交錯しながら、同時に技を繰り出した。

――『 光剣(ライトブレード) ・ 光熱波(ヒートレイ) 』――

「ガァァァァォォォォッ!」

コーディは鬼猿の繰り出した拳をすり抜けるようにして避け、光剣は瞬時にその刃の長さを変えて、巨体を左肩から右下方向に斬りつける。

(やはりかなり皮膚が硬い……金属質だ。金属なら、加熱して急激に冷やせば……!)

――『魔力剣・ 氷雪刃(ブリザードエッジ) 』――

ミヅハの魔法を模倣し、魔力を変質させて極低温の冷気を纏わせる。そして暴れる鬼猿に斬撃を浴びせつつ、駆け抜けていく。

金属が割れる破裂するような音が響いて、鬼猿が血しぶきを上げて前のめりに倒れる。容赦がないと自分でも思うが、躊躇している場合でもない。ただの魔力剣でも斬れるだろうが、連携した方が確実ならばそちらを選択していく。

しかし、すでに一部の柵は破壊されてしまっている。俺たちは破壊された箇所から村の中に侵入し、そこで二手に別れた。水の精霊魔法が使える俺が出火している場所に急行し、コーディは村を襲っている連中を倒しに向かう。

「だめぇっ、お母さんを返してっ!」

「この国の王はとっくに変わったんだよ。もう、前の王が作ったくだらねえ法なんぞに意味はねえんだ。お前も母親も、いい子にしてりゃ、良い思いをさせてやろうって言ってるんじゃねえか。言ってる意味は分かるだろ?」

「誰があんたたちなんかにっ……私たちの国王様は、変わってなんかいないわ!」

「うるせえ! 認めようが認めまいが、そいつが事実だって言ってんだろうが!」

青い肌の魔族の兵士が、気絶した女性を馬に乗せ、攫って行こうとしている。それに追い縋ろうとした娘に、兵士が腕を振り上げた。

―― 転移瞬速(ワープブースト) ・ 縮地(ゼロディスタンス) ――

「――あ?」

敵兵の拳を、手首を掴んで止める。そしてそのまま力を込めて、骨を砕いた。

「うがぁぁっ……あぁぁっ……!」

暴れる敵兵のもう片腕を後ろに捻って極める。なりふり構わなければ後ろに蹴りを繰り出すこともできるだろうが、敵兵は実力の差を悟ったのか、むやみに暴れることはなかった。

「……一つ質問させてもらう。なぜ、この村を襲ってる? ラトクリスの国軍が町を襲うなんて、おかしな話じゃないのか」

「こ、この町は……東側の、シェイド将軍の側に与して……新たな王への反逆を、幇助しようとした罪状で……っ」

「それで町を壊し、火をつけるのか。見せしめにでもするつもりだったのなら、逆にお前がその立場を味わってみるか?」

「ふ、ふざけるなっ……誰か来てくれっ、ここに反逆者が……ぐぉっ!」

なりふりかまわず逃げ出そうとしたところで、後ろから首筋を打って昏倒させる。魔族の国特有の、暗紫色の毛並みを持つ馬――その上に乗せられていた女性を下ろそうかとも考えたが、あえてこの馬を利用させてもらうことを考える。

「きゃぁっ……わ、私は、食べてもおいしくありませんからっ……」

襲われていたのはダークエルフの母子だった。俺は娘を抱えると、一緒に敵兵の使っていた馬に乗る。馬は最初は反抗しようとしたが、『 鎮静の光(カームライト) 』の魔法を使ってなだめてやるとおとなしくなった。

娘たちをこのまま置いておくよりは、このまま馬に乗せて馬ごと『防壁の檻』で守った方がいい。

「見た目は怪しいかもしれないが、俺は君たちの敵じゃない。村を襲った奴らは全て叩き出してやる。しばらく目を閉じてじっとしててくれ」

「っ……は、はい……」

まずは村の中を駆け回り、今のような戦火に乗じて女子供を狙う者を排除する。コーディやメルメアたちも動いてくれているので、決して間に合わないということはないはずだ。

火矢を放たれた村の家の幾つかから煙が上がっているが、思ったほど燃え広がっていないのは、住民が魔法を使って鎮火しているからだろう――国軍に抵抗するだけあってなかなか勇敢だが、軍人と魔物の混成部隊を自力で撃退するというのは、さすがに荷が重いようだ。

消化の手が回っていない家が多いので、水精霊の力を借り、広範囲に雨のように水を降らせる―― 驟雨(レインスコール) 、干ばつの時などに水不足の解消をもたらす魔法だが、消火に使ったのは初めてだ。

「火が燃えているのに、水精霊を呼べるなんて……すごい……」

ダークエルフの娘が驚きを声に出す。 精霊感応(エレメンタルセンス) という魔法を使うことで、勢力の弱まっている精霊の力もある程度借りられるようになる。ダークエルフなら精霊魔法の資質もあると思うのだが、まだ若いので習得していないのかもしれない――といっても、長命な種族なので俺よりは年上かもしれないが。

(こっちも雨で濡れるのが玉に瑕だが。 水鉄砲(ウォーターガン) では、家を壊す可能性があるからな……)

消火を行い、敵と交戦している村人に強化魔法をかけて一時的に支援し、あるいは魔力剣を振り抜いて斬撃を飛ばし、俺の手で敵を撃破する。

メルメアが黒竜に乗っていたことから、敵に騎竜兵がいるのではないかと思ったが、この村には差し向けられていない――代わりに、懐かしいと言ってはなんだが、俺が昔世話をしたワイバーンの色違い――桃色の皮膚を持つ翼竜の類が、外に出ている村人を襲おうと言うのか、空中を旋回している。

それを容赦なく射抜くのは、コーディの光剣。見る間に空の敵が減り、村の向こう側では、巨体を持つ鬼猿が空中に浮かされ、連撃を受けてさらに浮かび上がっていく――最後には、鬼神化したアイリーンが赤色の魔力に包まれながら、鬼猿の顎を宙返りしながら蹴り上げるところが見えた。『羅刹月面蹴』あれを顎の急所に受ければひとたまりもなく意識を刈られるだろう。

黒竜に乗ったメルメアも、雷撃の魔法を放って敵を上空から攻撃している。ヴェルレ―ヌの姿がないと思いきや、打ち上がった鬼猿を『満たされぬ者』が一息に喰らうところが見えた――味方だからいいものの、固有召喚の威力は凄まじい。

「うぁぁぁっ、つ、強すぎるっ……!」

「に、逃げろっ、撤退しろっ、このままじゃ全滅するっ……!」

「貴様ら、誰が撤退を許した! こんな村一つ、潰せずに戻れるわけが……っ!」

交戦しているのは村人だけではない。敵の指揮官はそのことにすら気付かないうちに、兵たちが命令を無視して逃げ始める。

「――『混成獣』二体が撃破! 隊長、兵たちは激しい抵抗を受け、兵力は既に半減……ぐぁっ!」

「二体失っただと……っ、あの化け物どもがそう簡単にやられるわけがあるか! こんなっ、こんなことでは、将軍に合わせる顔が……っ」

「そんなことは考える必要はないだろ。騒ぐだけの指揮官なら、もう休め」

「っ……!?」

村の広場で報告に訪れた部下を、上官が馬上から槍の石突で殴り倒した――それを見た俺は、馬を加速させて駆け抜け、隊長と呼ばれた男に向けて剣を閃かせた。

「な、なんだ……は、ははっ、ただの虚仮威し……うぁぁぁっ!」

槍を構えようとした隊長は、既に自分の得物が使い物にならなくなっていることに気づいていなかった。槍の穂先から一寸刻みでバラバラに切り刻まれ、地面にバラバラと落ちる。

「色々聞きたいことがあるが、取り敢えず一つ聞く。お前たちは、もう元の国王に従う気はないのか?」

「な、何を言ってる……貴様……っ、そうか、シェイドが雇った傭兵か……!」

「俺を雇える人間は、俺が雇われていいと思った人間だけだ。俺たちは、ラトクリスの民が襲われるのを放ってはおけない。元の国王が治めていた方が、この国は平和だったんじゃないのか?」

「元の国王だと……馬鹿なことを。王族は皆、王城に幽閉されている。処刑の日まで、牢から決して出されることはない。この国の王は、もう変わった。ベルベキアを手に入れ、魔族を敵視する人間の国を全て滅ぼすための足がかりとするのだ! その流れは、もう決して止められはしない!」

(洗脳でもされてるのか……いや。アルベインとエルセインは、かつて確かに敵対していた。それに付け込んで、この国を奪おうとした者がいる……レオン、ルガード。本当に、その二人だけで全てを仕組んだのか?)

魔族を敵視する人間の国を滅ぼす――それはレオンとルガードの思想にそぐわないように思える。

彼らは、自分たちの欲望を満たすためにラトクリスを手中に収めようとした。そんな彼らと手を組み、あるいは利用しようとした者がいる。

――考えうるとしたら、元からラトクリス国軍に大きな影響力を持っていた人物。レオンたちと交戦することを避けたという、グラスゴール将軍が、第一の候補となる。

「グラスゴール将軍は、なぜ国王を裏切ったんだ?」

「っ……!?」

あえて確定していない事項を断定的に口にする。推測の当たりはずれには関係なく、敵兵の反応は状況を把握する材料にはなる。

その試みは狙い通りの効果を表す――追い詰められた状況で、俺が推測でものを言っていると看破できるわけもない。

「こ、このラトクリスには……大陸に覇を唱えるだけの『力』がある。それを活かそうとせずに腐らせる王よりも、グラスゴール将軍のような方こそが王にふさわしい! ベルベキアも、アルベインも、将軍はいずれ恭順させると仰った! その意志に反するものは、すべて粛清されるべきなのだ!」

国を興す場所を探すために、かつてラトクリスはエルセインの民と分かれ、この地に辿り着いたのだという。

それから長い間、隣国を侵すことは無かったはずだ――その状況を、良く思わない者がいた。その人物は軍を動かすだけの権力を握り、自らが支配者となろうと考えた。

「……人々が、戦を望んだのならまだしも。自分たちが権勢を強めたいがために、そんな大義を掲げただけじゃないのか。隣国と戦を始めれば、お前たち軍人も多くが生命を落とすだろう。それがどうしても必要な犠牲とは思えないがな」

「ぐっ……し、知ったようなことを……人間共は、いつでも肌の色や、形の違いで魔族たちを見下し、下等な者だとみなしてきた。獣人に対してもそうだ……人間が優れているのではない、我らの力を認めれば支配されるからこそ、迫害してきたのではないか……!」

「誰もがそうというわけじゃない。人間も、変わろうとしてる……魔族とは相容れないなんて考えは、俺の国では捨てる方向に向かっている。アルベインとエルセインは、停戦協定を同盟関係に発展させたぞ」

「っ……う、嘘だ! アルベインの奴らは、『勇者』なんて呼ばれる奴らを担ぎ出して、エルセインを攻めた……同盟なんて、結べるわけがない!」

レオンとルガードは、ベルベキア、そしてゆくゆくはアルベインを手中に収めようと考えていたのだろう。

そのためにグラスゴール将軍と手を結び、人間の国と戦う理由として、『魔王討伐隊』を利用しようとした。ヴェルレーヌと戦った俺たちのことを、『魔族の国を侵略した者たち』だと喧伝したのだ。

アルベインとラトクリスの間に国交がないことに、レオンとルガードは付け入ろうとした。その企みは、今のところ成功してしまっている――だが、盤をひっくり返すことができないとは思わない。

なぜなら、アルベインがエルセインと同盟を結んだというのは、紛れもない事実だからだ。ラトクリスを支配している僭王――グラスゴール将軍を討てば、ラトクリス国軍の動きは止められる。

「ここで問答をしても堂々巡りだ。色々と喋ってくれたことには礼を言う。軍人としては、褒められたものじゃないんだろうがな」

「っ……き、貴様ぁっ……がはっ!」

何かの魔法でも使おうとしたようだが、それが形になる前に、男は頭上から雷撃を浴び、馬上から落ちた。そこに駆けつけた兵が、俺たちに怯えの視線を向けつつも、気絶した上官を担いで逃げようとする。

「た、隊長殿っ、撤退を……あ、ああっ……!?」

雷撃を放ったのは、黒竜に乗っているメルメアだった。同乗しているヴェルレーヌとともに、敵兵たちに射抜くような眼光を向ける。

「……王族を処刑すると、そう言いましたね。あなたたちはそれほどに、私達王家の人間を憎んでいたというのですか……?」

「わ、私どもは……っ、た、ただ、上官の命令に、従うほかは……」

「一介の兵にそのような質問をしても仕方があるまい。しかし、この村を襲い、村人を傷つけたこと……力のない女子供をさらおうとしたことは、擁護の余地はない。一度だけ勧告しよう。我らに降り、これからは民のために戦うと誓え。さもなくば、一人残らず地上から消え去り、償いに代えるがいい」

「っ……い、命だけは……本当に、本当に何も知らなかったのです! メルメア王女は、国を棄てられたものとばかり……お許しを、お許しを……っ!」

兵がその場に座り込み、平伏する。もう、完全に抵抗の意志は失われていた。

メルメアを捕らえられなかったことまで、敵は利用しようとした。彼女が国を棄てて逃げ出したという話を広めていたのだ。

ヴェルレーヌの怒りはおさまらない様子だった――しかしここで国軍の兵を皆殺しにしても意味はない。彼らもまた、騙されていたようなものなのだから。

黒竜から軽やかに飛び降りると、ヴェルレーヌはひれ伏している敵兵たちを一瞥し、そして言い放った。

「何をしている……メルメア王女の御前であるぞ。武器を棄て、村の外に出よ! 整列し、沙汰を待つがいい。逃げ出しても止めはせぬ、ただもう一度我らと戦うことになることを覚悟せよ」

ヴェルレーヌは名乗らずとも、メルメアの侍従であるかのように振る舞い、敵兵たちに降伏勧告をする。指揮官を失った兵たちが、元魔王に威圧されて抗えるわけもなく、彼女の命令に忠実に従い、村の外へと走り出ていく。

村のあちこちから出ていた火も止まり、立てこもっていた民たちが、まだ怯えながらも外に出てくる――やがて彼らは、広場の上空で黒竜に乗っているメルメアの姿に気がついた。

どうすればいいのか、という目でメルメアが見てくるので、俺はただ頷きを返す。王女である彼女なら、俺にはできないことができるはずだ。

「――皆さん、聞いてください! 私は、ラトクリス魔王国の王女、メルメア=ラトクリスです! この国を奪った者たちは、隣国に攻め入り、戦火を広げようとしています……私は、それを許すわけにはいきません! この国に平和を取り戻すため、どうか、皆さんの力をお貸しください!」

突如として現れた王女の演説――それに対して疑いの目を向ける村人もいる。

「俺たちは、戦いなんて望んでない! あんたが王女なら、どうしてこんなことになるまで何もしなかったんだ!」

「そうよ、私たちを巻き込まないで! 勝手に軍人たちが国を二つに割って、好き放題に暴れているだけじゃない!」

人々の非難の声――自分たちを守ってくれるはずの国軍に村を襲われた怒りを、彼らもどこに向けていいのか分からず、目の前のメルメアに感情を吐き出してしまっている。

ヴェルレーヌが、見ていられないとばかりに動こうとする。彼女がエルセインの先王であると言えば、村人たちはメルメアがなぜ国を空けていたのか、そして今戻ってきた理由を理解してくれるかもしれない。

――しかし、ヴェルレーヌが声を発する前に。ずっと、俺の馬に乗ってから一言も発さずにいたダークエルフの娘が、広場に響き渡るほどに声を絞って訴えた。

「この仮面の人は、私とお母さんを助けてくれた! 兵士たちをたくさんやっつけて、村につけられた火も消してくれたの! 王女さまと一緒に、この人たちが……だから、それ以上ひどいことを言わないで……っ!」

少女の声に、村人たちが静まる。非難の声が静まったあと、俺は彼らを安心させる材料はないかと北の方角を見やって、あることに気づく――国軍の城の上に、隠密状態なので常人には見えないが、バニングがいる。ミラルカが陣魔法を使い、空中から仕掛けようとしているのだ。

俺はヴェルレーヌを招き寄せ、彼女にそのことを囁いた。

「……なるほど。やはりミラルカ殿たちは、並大抵でないことをしてくれるな」

触れたら斬れそうなほどの緊張感をまとっていたヴェルレーヌが表情を和らげる。それを見ると、こんな時ではあるが、正直を言って安心する。

「あまり強張った顔ばかりしてるのも、ヴェルレーヌらしくないからな。今みたいな顔の方が、ずっといいと思うぞ」

「む、むぅ……こんな時に言われても、気の利いた返事ができぬではないか。あまり怖い顔をするなと、そういうことだな」

ヴェルレーヌは咳払いをしてから、村の北の方角を指し示して言った。

「皆の者、あちらの城を見よ! 私たちは、村人に犠牲を強いてともに戦えと言っているのではない! 王女メルメアと『仮面の救い手』に託せば、この国は必ず元に戻る! どれだけ強固な城も、我らの敵ではないのだ!」

ミラルカが展開した、大規模な魔法陣がここからでも見える――そして、城の最上階が砂のように崩れて、風に流されていく。

「お、おお……! 村を襲った国軍の城が、崩れていく……!」

「どうやればあんなことを……まさか、メルメア王女殿下が、あれほどの魔法を使う賢者を連れてきてくれたのですか!?」

「そこにいる『仮面の騎士』も、物凄い動きをして敵を追い払ってくれてなかったか……?」

「あたしも見た! 駆け抜けざまに敵の武器をバラバラにしちゃうくらいの凄腕だよ!」

「こっちも仮面をつけた人が助けてくれたぞ!」

「こっちもよ! みんな、王女様が連れてきてくれたのね!」

村を助けようとして動いていた皆が、しっかり村人たちに見られていた。俺たちを王女が連れてきたというのは間違いないので、それさえ伝えられれば一気に信頼を得られる。

「……あ、あの……私、勝手なことを……」

ダークエルフの娘がおずおずと俺の様子を伺う。俺はその頭を撫でて、笑って答える――仮面越しで表情が見えるのかは微妙なところだが。

「いや、勇気を出して発言してくれて助かった。俺たちは、できるだけ早く君たちが元の暮らしができるようにする。少し、待っててもらえるか」

「……はい……ありがとう、ございます……っ」

感極まってしまい、声が震えている――よほど緊張していたのだろう。

少女の母親は、戦闘中に合間を見て回復魔法をかけ続けていたので、無事に意識を取り戻した。二人は被害のほとんど無かった家に戻っていく。もうこの村が攻められることのないように動くつもりなので、村人たちには自分の家に戻ってもらって問題はない。

ミラルカの魔法で一部を破壊された城を見やると、今度は上空が明るくなっていた。ユマが死霊の鎮魂を行っているのか、幾つもの光が空に吸い込まれていく――あれが駄目押しとなって、敵が撤退してくれればいいのだが。

「ミラルカ殿たちのほうも首尾よくいきそうだな。城の指揮官室のみを破壊し、撤退させようというわけか。西から来ていた増援についても対応せねばならぬが、どうする?」

「ああ、それについてはミラルカと相談してくる。メルメア、師匠が村人の治療を終えたら、合流するように伝えてくれ」

「はい、かしこまりました。お気をつけて行っていらしてください」

「私はコーディ殿とともに、村の外に出した敵兵を監視する。可能であれば、シェイド将軍とやらの麾下に加えられればいいのだがな」

「その方向で進めてくれ。シェイド将軍とも接触しないとな……やることは山積みだ」

馬を村の北門まで走らせると、そこでアイリーンが待っていた。彼女はその膂力を発揮して、鬼猿に倒されたらしい柵を元に戻している。

「よいしょっと。今は応急処置だから、後でしっかり直してね」

「は、はいっ……ありがとうございます、仮面のお姉さん!」

「あはは……なんかその言い方だと、便利屋さんみたくなってない? あ、ディック!」

村の若者に礼を言われていたアイリーンが、俺に気づいて駆け寄ってくる。腕を出して引き上げると、彼女は軽やかに飛び乗ってくる――そして、すとんと俺の前に収まった。

「普通は後ろに乗らないか……まあいいが」

「えー、いいじゃないどっちでも。それにしても、色々上手く行きそうでよかったね。一段落したらお腹すいてきちゃったなー」

「そうだな……腰を落ち着けられたら、一旦腹ごしらえでもするか。腹が減っては戦はできないからな。しかしアイリーンがお姉さんって言われてるのは珍しいな」

「な、何、聞いてたの? あたしもね、ちゃんと他の人からは大人っぽく見られてるんだから。子供っぽいとか、いつまでも思ってないでよね」

戦いが終わったばかりだというのに、アイリーンはいつもの調子だ――何か、とても安心する。

しかしそれを言うとさらにからかわれそうなので、今は黙っておく。俺が何も言わないことが不服らしく、アイリーンは肘でつついてくるが、そんなじゃれ合いすらも、戦いの中で荒んでしまいそうな心を和らげてくれていた。