軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第100話 母娘の浴室と少女騎竜士

スフィアは食事をしたり、活動をしても全てのエネルギーが魔力の代謝によって完結されるので、汗をかかない。

しかし風呂は好きで、師匠とヴェルレーヌと交代で毎日入浴していた。貴族は沐浴と湯浴みを習慣としているが、王都の一般市民は平均的に二日、三日に一度という場合が多く、家に風呂がないので公衆浴場を利用するというケースがほとんどだ。

このギルドハウスには元から風呂があったが、設備が原始的で日常的に使うには不便だったので、俺が住むようになってしばらくしてから改装した。魔道具の技術を設備に用いて、水の浄化や、水温の調節ができるようになっている。

前任のギルドマスターは成績不振の責任を取って解雇されたのだが、たまにうちの店に顔を出すことがある。風呂好きだった彼女がギルドハウスに風呂を作っていなかったら、俺も今のように入浴設備にこだわっていたかは分からない。

「お父さん、どのお母さんが入ってきてくれるか楽しみだね」

(俺のことはいないものとして扱ってくれ。みんなもそうするだろうからな)

「……じゃあ、私のことは見てもいいの?」

(ま、まあ……それは非常に申し訳ないと思っているんだが……)

「お父さんなら見てもいいよ。だって私はお父さんから生まれたんだもん」

だからといって、スフィアには確固たる別個の人格があり――と悩みすぎるのも良くない。

俺にできることは、可能な限り意識をフラットにすることだけである。娘の裸を見ても父親は動じない、それは当然のことだ。

「ねえお父さん、私、どのお母さんと同じくらいになると思う?」

(そうだな……逆に、スフィアは誰と同じくらいがいいと思ってるかだな)

「えっと……ミラルカお母さんくらいだったら、うれしいかなって」

(そ、そうか……じゃあ、ミラルカの生活に、同じように成長する秘訣が隠されているかもな)

「ミラルカお母さんは、山羊のお乳を飲むのがいいって。あと、お豆がいいみたい」

――急速にアイリーンに追いつきそうな成長をしたのは、そういう理由があったのか。

しかし乳も豆も、スフィアの身体では魔力として代謝してしまう。人工精霊の肉体は、想像の力によって、思った通りに成長していくのではないだろうか。

「大きくなーれ、って毎日お願いしたら、大きくなるの?」

(ああ、おそらくな。でも、自然に任せるのがお父さんは一番いいと思うぞ)

「……お父さんは、胸が大きい方が好き?」

(ど、どうしたんだ急に。俺の好みは、別に気にしなくても……)

「むぅ……お父さんのばか。ばかばかばかっ」

(ぐっ……わ、分かった。分かった、言うから。でも、聞いても他の人に言うんじゃないぞ)

「うん、誰にも言わない。秘密にするから教えて?」

こういうとき甘えるような声を出すのは、すでに計算してやっているのか――全く、色んな意味で末恐ろしい。

(大きいと目が行きがちだから、他のやつに見られるのが少し心配になる。小さくても困ることは何もないし、服が選びやすい。つまり、それぞれ魅力があるってことだ)

胸の大きさで女性の魅力が決まるとは思っていないので、そう答える。これでスフィアも、のびのびとあるがままに成長してくれると思ったのだが――。

彼女はぺた、と自分の胸に触ると、切実な声色で呪文を唱え始めた。

「大きくなーれ、大きくなーれ」

(っ……な、なんでそっちの方向に行くんだ? お父さんは大きいのが好きとは一言も――)

「……そ、そうなのか? そうはっきり言われてしまうと……その、切ないのだが……」

「そ、そんなことより……ディック、スフィアちゃんに変なことを吹き込んだりはしてないよね? 今の年頃の情操教育が、後の人格形成に大きな影響を与えると思うよ」

「あ……ヴェルお母さん、コーデリアお母さん!」

俺がいる手前、スフィアを風呂に入れるとき、ヴェルレーヌも師匠も『 湯帷子(ゆかたびら) 』というものを着ていて、いつもはそこまで肌を見せない。

しかしコーディがヴェルレーヌたちと同じ女性用の湯帷子を着ると、胸にサラシを巻いていても、一気に印象が変わってしまう。

「違うよ、ヴェルお母さん。お父さんが、大きい方が心配してくれるっていうから」

(そ、その、他人の視線という意味でな。スフィアがあまり大きくなって、皆に注目されたらと思うと、親としては……わかるだろ?)

「ふむ……そういうことか。では、日頃の私のことも心配してくれているのか? だとしたら、ご主人様には心配してくれた分だけ礼をせねばな……」

「ミラルカが聞いたらどういう反応をするだろうね……アイリーンに対抗意識を燃やしてしまうかな」

他人事のように爽やかに笑っているコーディだが、俺は一度、サラシが破れたところを見ているわけで――抑えつけていても発育は止まらないのだということを知っている。

「お父さん、コーデリアお母さんも大きいから心配だって」

「えっ……え、ええと、まあ確かに……圧迫するのは大変だけどね。そうか、ディックもやはり感心があるのか……僕とはいえど、胸は胸だからね」

「何か、微妙に混乱しているようだが……全くご主人様は罪深いな。男装の麗人に自分が女であるということを意識させるのは、大罪と言わざるをえないぞ」

(ち、違う……いや、違わないが。知ってしまった以上は、知る前には戻れないというかだな……)

「ふふっ……こういうときのディックは可愛いね。みんながそう言う理由が分かってきたよ」

「ほう、コーデリア殿も分かってしまったか……これに気づくと、ご主人様をどう愛でてやろうかということばかり考えるようになる。心しておくことだな」

「い、いや、愛でるまではその……というか、いつも愛でられているのかい?」

「お父さんは、お母さんによく甘やかされてます。耳かきしてもらったり、膝枕してもらったり」

「……それは興味深いね。教えてくれてありがとう、スフィア」

「ふぁぁっ……お母さん、かっこいい……」

こちらとしては、コーディの目が一瞬真剣になった気がして気が気ではない。

――長く友情を育んできたコーディが、ヴェルレーヌと俺の間柄について、嫉妬したりする日が来るなどと、彼女の正体を知るまでは夢にも思わなかった。

「……あっ……い、いや、今のは……違うんだ、ディック。僕は別に怒ってるわけじゃないからね。仲良きことは美しいと言うからね。君とヴェルレーヌさんの間に男女の友情があるということは、僕もよく理解しているよ」

「っ……な、何を言っているのだ。私が何をしてもご主人様がつれない態度を取るからといって、今後も希望がないと決めつけられては困る」

「友情じゃないのなら、同居していると問題があるからね。寮に移るという選択もあるんじゃないかな?」

「くぅっ……い、痛いところを突くな! 今さら寮で一人暮らしなどできるものか!」

それを言うとアイリーンもミラルカも一人暮らしなのだが――やはり魔王だけ特別待遇というのは、皆からすると思うところがあるのだろうか。

「……お母さん、家から出ていったりしないよね?」

「う、うむ……私としてはそのつもりはないのだが。ジュリアスとの試合の結果如何によっては、一時国に戻る必要も出てくるやもしれぬ」

(それは心配するな、必ず勝つ。それより、ヴェルレーヌ。クリューネっていう名前を覚えてるか?)

「……クリューネ……ラトクリス魔王国の王女か。その名を、どこで……」

「クリューネさんは、王女様になって、メルメアっていう名前になったの。それで、お母さんに国を助けてほしくて、エルセインの国に行って……」

「……そうか」

ヴェルレーヌは短く答える。彼女は自分の身体を抱くようにして立つ――メルメアのことを話せば、そうやって責任を感じてしまうだろうというのは分かっていた。

「彼らは自分の意志でエルセインと袂を分かった。私が女王を務めた代より二つ前に……魔族の国が版図を増やすために、大陸の南を目指したのだ。ベルベキアを脅かしていると聞いた時は、何か事情があるのかと思っていたが……」

「……そうか。ラトクリス魔王国は、ベルベキアがアルベインを攻めた一件に関与していたんだね」

「っ……」

ヴェルレーヌは、ラトクリスの動向を知らなかった。百年前に分かれた国に、干渉することを良しとしなかったからだろう。

――それでもヴェルレーヌは、自分を責めずにはいられないだろう。メルメアが窮地にあることを知らず、ラトクリス魔王国での出来事を、遠いものと考えたままでいたのだから。

だが、そこにヴェルレーヌが負うべき責任はない。それははっきりさせておかなければならない。

(ラトクリスの王が、アルベインに敵意を持ったわけじゃない。アルベインから出奔した冒険者が、国を奪い、戦争を起こすように仕向けたんだ)

「……僕らがいることで、自分たちの野心を満たせなかった冒険者たち。彼らがラトクリスを奪った……それが本当かどうか、まず裏を取る必要はあるね」

(ああ。現状、国内で所在の掴めないSSランク冒険者が2名いる。他にも加担している冒険者がいないかどうかは、これから調べるところだ)

「……私たちの国……エルセインは、ご主人様たちの厚情によって独立を維持することを許された。ラトクリスを攻めた者は、支配することを選んだ。本来なら、敗者が支配を受けるのは仕方がないことだ……しかし……」

(メルメアの言うとおりなら、このまま放置しているとアルベインに攻め入ってくる。ラトクリスの民が戦いを強いられれば、多くの人が死ぬ……その前に、国を元の持ち主に返す。俺は、そうしたいと思ってる)

アルベインの人々が何も知らないままに、全てを終わらせる。

俺たちにはそれができる――魔王討伐隊として、エルセインの魔王城に到達し、目的を果たすことができたのだから。

「……ラトクリスに行けば、人間と戦うことになる。魔族ではなく……ご主人様は、それでいいのか……?」

(魔族の国だから、エルセインを攻めたわけじゃない。あの時のエルセインは、国境を超えてアルベインの民を苦しめていた……だが、ヴェルレーヌはエルセインを変えてくれた。今回も、すでにラトクリスの人たちが苦しんでる。だから、何とかしないとな)

SSSランクの俺たちがいると好き勝手できないからといって、他の国で好きにやるという発想自体は分からなくもない。

――だが、国を乱すことはないだろう。母国であるアルベインを脅かしてまで広い版図を得たいというなら、その欲望が国境付近を切り取るだけで終わるわけもない。

(俺は平和な王都でやっていきたいんだ。次から次へと問題が起きちゃいるが、いずれは落ち着く。百年先まで安定させるために、ラトクリスには平和でいてもらう。ヴェルレーヌ、自分ひとりで背負い込もうなんて思わないでくれ)

「……ご主人様……」

「僕も国の盾となる者として、ラトクリスの件は放っておけない。だが、軍を動かして攻め入れば犠牲は多くなる。相手が人間の冒険者ではあるけれど、これは『第二次魔王討伐』になるだろう。前回は三ヶ月だったけれど、それよりは短く済ませたいものだね」

「ヴェルお母さん、お父さんもみんなも一緒だよ。私だって戦えるから」

スフィアの言葉に、ヴェルレーヌは目を潤ませるが――泣いたりはせず、唇を引き結び、重く頷く。

「かつて私を討伐した勇者……ディック=シルバー。そして、コーディ殿。どうか、私も第二次魔王討伐に同行させてもらいたい。魔王としての務めを果たしきれずに玉座を退いた、愚かな王ではあるが……かつての同胞が苦しんでいるならば、救いたいのだ」

(ああ。こうやって話さないと、ヴェルレーヌは一人で飛び出してただろうからな。頼むから、おまえをこれからもギルドに置こうとしてる俺の努力を無にしないでくれ)

「っ……わ、私は……そんな言い方をされたら、考えなしの、爆弾娘のようではないか……」

「国を出てもこのギルドに来た女王……と考えると、爆弾娘というのは否定できないね」

(娘っていうには、大人びてるけどな。爆弾淑女ということにしておくか)

「くぅ……そんなに楽しそうにして。ま、まあいいだろう……私をそうやって手のひらの上で転がしてこそ、私の主人にふさわしい」

「手のひらで転がすって、こうやって? ころころころ」

「ス、スフィアッ、そこは確かに丸いけど転がしちゃだめだよ……っ!」

「よ、良いのだ……ご主人様も『そこ』にいるのかと思うと、少しは責任を感じているだろうからな……スフィア、転がすというより、それは持ち上げているというのだぞ」

「ヴェルお母さんみたいにおっきくなるにはどうしたらいいですか?」

真面目な話をしていたのに、一気にかしましい入浴の時間が始まる。

(……あれ、お父さん? どうしたの、しーんとしちゃって)

(……い、いや。ちょっと意識が飛んでただけだ)

スフィアのヴェルレーヌに対する想定外の行動に、思わず思考が停止してしまった。後でみんなの胸をむやみに触らないようにとやんわり注意しておきたい。

◆◇◆

あれから、風呂から上がった後に居間で飲んでいた皆が大変なことになっていたので、なんとか全員を寝付かせた頃には午前二時を回っていた。

元から回復魔法で睡眠不足を補える俺には何も問題ないのだが、スフィアに夜更かしをさせるのはやはり、心情として心配ではある。

「大丈夫だよ、お父さん。みんなに魔力を分けてもらったから、すっごく元気だよ」

バニングの背に乗り、北部渓谷を目指す。皆は後から転移魔法陣で移動し、そこから観戦する場所まで馬車で移動することになっている。

「あ……イリーナさんたちと、あれが、ヴェルお母さんの弟さん?」

エルセインから黒竜が五体、隊列を組んで飛んでくる。その向こうから次々と飛んできている魔獣に乗っているのは、おそらくエルセイン側の観戦者だろう。

エルセインが攻めてきたと誤解されないよう、彼らは距離を開けて飛んできている。ジュリアスの黒竜は、どうやら無事に解毒されたようだ。

(エルフ酒が上手くいったか。よく、あのレシピを実行に移してくれたもんだ)

「お父さんの言うことを、しっかり守ってくれたんだね……あっ、こっちに来るみたい」

五体の黒竜がこちらにやってくる。スフィアは竜に乗る際は武装する必要があるからという理由付けで、顔をすっぽり覆う兜を被っていた。仮面の騎竜士ならぬ、鉄仮面の少女騎竜士である。これは、アルベイン側の人間に顔を見せてしまい、有名人になってしまうことを防ぐための措置だ。

ジュリアスたちは少し距離を置いたところで止まり、黒竜は翼をはためかせて滞空する。

「……アルベインはそんな竜を持っていたか。どうやら、つまらぬ戦いにはならずに済みそうだな」

相変わらず自信に溢れているジュリアス。イリーナとメルメアはその後ろに控えて、できるだけ平静を保とうとしているが、何か言いたそうなことは伝わってくる。

(お父さん、何て言ってあげたらいいかな?)

(そうだな……あまり舐められても良い気はしないからな。これでどうだ)

スフィアが笑う気配がする。この子はこの状況を楽しんでいる――勝負度胸は、俺たち全員から譲られたものだろうか。

「私はアルベインの代表、スフィアです。アルベインの誇る火竜の実力を、存分にお見せします。楽しみにしていてください」

「……女……それも、子供……あの仮面の男は、何を考えている……?」

ジュリアスが動揺を見せる。スフィアは俺が与えた、空戦用のショートスピアを持つと、太陽を目掛けて突き出した。

「あの太陽がいくらも傾かないうちに、私が勝ちます」

「……くっ……くっくっ。面白い。十三世魔王たるこの私と、年端もいかぬ少女を戦わせるとは。前魔王の返還は、すでに成ったようなものだな」

「あなたにはお話したいことがあります。でも、今は言いません。私が勝ったときに教えてあげます」

スフィアは一歩も引かない。イリーナとメルメア以外の近衛騎士二人は、スフィアを侮るどころか圧倒されている――彼女たちは、スフィアとの力の差を肌で感じているのだ。

ジュリアスは気づいていないのか、それともSSランクゆえに引かずにいられるのか。

いずれにせよ、最初はこちらを侮ってかかるだろう。その最初で、度肝を抜いてやるだけのことだ。

観戦者の前に姿を見せるため、ジュリアスたちが降下していく。その後を追って降下しながら、スフィアはバニングの首を撫でて言った。

「お父さんと一緒に戦えて、すごく嬉しい。バニングさん、力を貸してね」

バニングが喉を鳴らして応える。その降下速度すら、すでに黒竜たちを圧倒している――イリーナとメルメアの黒竜は、バニングに敬服の意志を示すように高く鳴いていた。