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【短編】あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~【長編化して書籍化】

作者: 来須みかん

本文

私は久しぶりに出席した夜会で、夫を探していた。寝不足が続いているこの身体では、着飾った貴婦人たちから漂ってくる香水の香りと、ワインの香りに酔ってしまい、すぐに気分が悪くなる。

夫には申し訳ないけど、今日も早めに帰らせてもらおう、そう思っているとバルコニーで夫を見つけた。

――デイヴィス。

私がそう呼びかける前に、夫の深いため息が聞こえてきた。

「本当に、嫌になってしまう……」

デイヴィスは、悩みを男友達に相談しているようで、相手は「仕事の愚痴なら聞くぞ」とデイヴィスの肩に親しそうに腕をかける。

「仕事は順調だよ。悩みは、妻の……ローザのことだ」

デイヴィスに、暗い声音で自分の名前を呼ばれて、私は息をするのを忘れた。

「夫人? 綺麗な方じゃないか」

男友達の言葉にデイヴィスは首をふる。

「美人は三日で見飽きるよ。それに、外見はよくても中身がね……。ローザは、僕に執着しすぎるんだ」

「なんだ? のろけか?」と笑う男友達を、デイヴィスは暗い瞳で見つめる。

「彼女、毎日朝晩に、仕事の報告に来るんだ。『今日のこの仕事はどうなさいますか? 明日のこの仕事はどうなさいますか?』って。もう結婚して三年もたつんだ。いいかげん仕事くらい勝手にやってほしいよ! それに、夜会に参加しても、彼女はすぐに気分が悪くなって帰りたがるんだ。お茶会へも参加していないようだし、社交も貴族の 嗜(たしな) みなのに……。彼女は僕にまとわりつくことしか興味がないんだ。本当にあきれてしまうよ」

デイヴィスが億劫そうにバルコニーの柵に身体を預けた。

「おいおい、愛されてるってことじゃないか」

「愛にも限度があるよ。ここまでされるとうっとうしいんだ。僕はもっと爽やかで、ほどよい距離の愛がいい」

信じられない夫の言葉を聞いて、ふらついた私は、カタンと音を立ててしまった。

背後を振り返ったデイヴィスが、私に気がつき一瞬『しまった』という顔をしたが、すぐにその瞳は冷たくなる。

「ローザ、立ち聞きかい? そんなに僕と一緒にいたいの?」

「お、おい、やめろって」

止めようとする男友達の手を振り払い、デイヴィスは私を睨みつけた。

「これ以上、僕に執着するのはやめてくれ! 君は、もっと大人になるべきだ!」

男友達が「夫人、申し訳ない! デイヴィスに酒を飲ませてしまったんだ。コイツ、昔から酒に弱くて……」と慌てている。

「……知っています。デイヴィスは、『お酒を飲んだら不思議と素直な言葉がでてくる』と言っていましたから」

私の言葉で男友達の顔は青ざめる。

「デイヴィス。私、先に帰るわ」

デイヴィスとは一緒の馬車で来ていたが、彼は私と一緒に乗りたくはないだろう。

「さようなら」

そう告げても、デイヴィスは追ってこなかった。

すぐに追いかけてきて「ごめん、酔っていたんだ! 全部ウソだ!」と謝ってくれることを、心のどこかで期待していた自分に気がつき笑ってしまう。

「本当に、私って、うっとうしい女、ね」

伯爵家の馬車に乗り込むと、こらえていた涙があふれた。

出会ったばかりのデイヴィスの言葉が頭をよぎる。

――僕たちは、政略結婚だけど、君とならお互いを尊重して仲良くやっていけそうだよ。少しずつだけど、誠実な愛を育んでいこうね。

優しくて温かい素敵な方と結婚できて、とても幸せだった。でも、幸せだと思っていたのは私だけだったみたい。愛しているのも、大切に思っているのも、きっと私だけなのね。

デイヴィスに好かれるために、ずっと彼好みの服装をしていた。伯爵家の仕事だって睡眠時間を削ってまで頑張った。そのせいで、夜会やお茶会に参加する時間を作れず、友達とは疎遠になってしまったけど、デイヴィスが喜んでくれるなら、それでもいいと思っていた。

だから、デイヴィスが帰ってくると嬉しくて、彼と少しでも話がしたくて付きまとっていた。

「ああ、本当に、彼の言う通り……」

自分が夫に負担をかける女なのだと、ようやく気がつけた。

「ごめんなさい……」

今までのことを、許してもらえるとは思わない。でも、これからは、私はあなたの理想の妻になります。

あなたに執着せず、熱い瞳で見つめず、仕事の報告もしない。

そうすれば、あなたは私を許してくれますか?

*

一人で馬車で帰ってきた私に屋敷の人々は驚いていたが、誰も何も言わなかった。

その日は、寝室に鍵をかけた。そして、ベッドに潜り込んで、後悔と共に思い切り泣いた。泣いて泣いて泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまった。

次の日、目が覚めた私は、泣きすぎて頭が痛くて仕方なかった。目も顔も腫れてしまっているようだ。

扉をメイドがノックしたけど、鍵は開けなかった。

いつもなら、デイヴィスに少しでも綺麗だと思ってほしくて、この時間から身支度を整えていた。きっとデイヴィスからすれば、私のそういう思いもうっとうしかったはず。

「今日は具合が悪いの」

扉の向こうでメイドが「奥様、旦那様との朝食は……?」と戸惑っている。

メイドが戸惑うのも当たり前で、私はデイヴィスと共にする朝食を、毎日、心の底から楽しみにしていた。だから、体調が悪い日でも、一度もいかなかったことはない。

でも、もう無理はしない。今日の体調は最悪だし、顔だって腫れあがって外に出られる状態じゃない。デイヴィスだって、私に会わないほうが気分が良いはずよ。

「頭が痛いの。朝食は、あとで部屋まで運んでちょうだい」

「は、はい」

「ああ、それと……」

私は寝室まで持ち込んでいた書類の束をつかむと、鍵を開けてメイドに渡した。

「これをデイヴィスに渡して。渡せばわかるわ」

「はい」

丁寧に頭を下げてからメイドは去っていく。

私はため息をつくと、再び扉に鍵をかけ、ベッドに横たわった。

「もうデイヴィスに褒めてもらいたくて、睡眠時間を削ってまで、頑張るのはやめるわ……」

デイヴィスが求めていた理想の妻は『彼の代わりに仕事をする妻』ではなかった。

「だって、彼の理想が、伯爵夫人として夜会やお茶会に積極的に参加して社交に力を入れる女性だったなんて知らなかったのよ……」

これからは睡眠をしっかりとって美容に気をつけ、ドレスも新調しなければ。私はため息をつくと心地好い睡魔に身を任せた。

*

荒々しく扉を叩く音で私は目が覚めた。

どれくらい眠っていたのか、窓の外の太陽は高く昇っている。久しぶりに十分な睡眠をとったので、気分がすっきりしていた。

「ローザ! いったいどういうつもりだい!?」

扉の向こうでは、なぜかデイヴィスが怒っていた。私はベッドから下りると扉に近づいたが鍵は開けなかった。身支度を整えていない姿を見せると、よりいっそうデイヴィスに嫌われてしまいそうで怖い。

「なんのこと?」

「なぜ朝食に来ない!?」

「体調が悪いとメイドに伝えたわ」

「そうやって、また僕の気を引こうとしているんだね。まったく君は……」

あきれたデイヴィスの声を聞きながら、私は不思議な気分になった。

私の夫は、体調が悪いと言っているのに『大丈夫?』の一言もくれない人だったかしら?

そういえば、結婚した当初は、毎日「愛しているよ」と言ってくれていたのに、最後にその言葉を聞いたのがいつなのか思い出せない。

それどころか、ここ最近は微笑みかけてくれたことすらないような気がする。

扉の向こうのデイヴィスは、きっといつものように、不機嫌な顔をしているのだろう。

「それにローザ、この書類はなんだい?」

「なに、と言われても?」

「君の仕事を私に回してくるなんて、昨日の当てつけのつもりなの?」

私は信じられない気持ちでいっぱいだった。

「……デイヴィス、それはあなたの仕事よ」

「は?」

今日、私がメイドに渡した書類は、一年ほど前にデイヴィスが体調を崩したときに、「少しの間だけ代わってほしい」と頼まれたものだった。

それは、領地経営に関することで、デイヴィスには簡単かもしれないが、私にはとても難しく、寝る時間を削って勉強することで、なんとかこなすことができていた。

デイヴィスは、「少しの間だけ」と言っていたけど、元気になっても私に任せたままで、もう一年がたっていた。仕事には少しずつなれたものの、やはり難しいので、この一年間、私はずっと寝不足で体調が悪かった。

だからこそ、早くデイヴィスに返したくて、この仕事をいつ返せばいいのか、毎日朝晩、この仕事をどうするのか確認していた。

「デイヴィス、もしかして、私に仕事を任せたことを忘れていたの? あんなに毎日、確認したのに?」

なんとか作った書類をデイヴィスに提出して、内容を確認してもらい、この仕事を今後どうするのか毎日確認していた。

扉の向こうからは返事がない。デイヴィスは、本気で忘れていたようだ。

優しく温かくて素敵な旦那様は、どうやらうっかりしているところがあるらしい。それに、結婚前にくれた宝石のように輝く言葉の数々も、口先だけのものだった。

私は、長い夢からやっと覚めたような気がした。

今まで幻想の中の素敵な夫を追いかけまわしていた。それは確かにデイヴィスにとって迷惑だっただろう。

扉の前から人の気配が消えた。デイヴィスは無言のまま立ち去ったようだ。

「謝罪もしないのね。私、今まで彼の何を見てきたのかしら?」

小さくあくびをすると、私は呼び鈴を鳴らしてメイドをよんだ。今日からは自分の仕事だけをしてのんびりと過ごせる。そう思うと、自然と頬がゆるんだ。

**

【デイヴィス視点】

夜会会場を、ふらつきながら歩き去っていく妻ローザの後ろ姿をみて、僕はため息をついた。

彼女のことだから、僕に追いかけて来てほしいと思っているはずだ。

出会った当初は、僕の愛を求める彼女を愛おしく思っていたが、結婚して三年目にもなると、もう少し落ち着いてほしいと思ってしまう。

正直、僕はいつまでもまとわりついてくる妻にうんざりしていた。

愚痴を聞いてくれていた友人が「おい、大丈夫か? 夫人に謝ったほうが……」と言っているが、僕は「大丈夫だよ」と笑って返した。

「ローザは、僕を愛しすぎているんだ。これで、少しは距離を取ってくれたらいいんだけどね」

このときの僕は、本気でそう思っていた。うっとうしいローザが、僕に付きまとうのをやめて、少しだけ大人になってくれればいい。

ただ、それだけで良かったんだ。

夜会会場からは友人の馬車を借りて屋敷に戻ってきた。いつもなら、僕が帰ってくるのをいつまでも待ち構えているローザも、さすがに今日は待っていなかった。

「奥様は、おやすみになっています」

その言葉をこの家に長く仕えるジョンから聞いた僕は、胸をなでおろした。

もしかしたら、ローザが「ひどいわ」と泣きながらすがってくるかも? と、思っていたからだ。

彼女に僕の本音を聞かれてしまったときは一瞬あせったが、今では『これで良かった』と思う。

「仕方がないから、明日になったらローザの機嫌をとるか」

彼女のことだから、僕に捨てられたらどうしようと心配しているだろう。ローザに謝るつもりはないが、「僕の妻は君だけだよ」とでも言ってあげれば、すぐに機嫌が直るはずだ。

僕は穏やかな気持ちで眠りについた。

*

次の日の朝、ローザは食卓に現れなかった。

ジョンに確認すると「奥様は具合が悪いそうです」と聞かされる。

「はぁ……まったく」

今度は仮病をつかって僕の気を引く作戦のようだ。そういうところが嫌だと昨晩伝えたのに、ローザには伝わらなかった。

僕が食事を終えると、ジョンが書類の束を持ってきた。

「旦那様、奥様より預かってきました」

「なんだ、これは?」

受け取って中を確認すると、それはローザが担当している仕事だった。

「ローザが、これを僕に渡せと?」

「はい。これは旦那様のお仕事ですので」

ジョンから書類を受け取ると、僕はローザの子どものような嫌がらせに苛立ちを覚えた。

「まったく、少しも反省していないじゃないか!」

今までローザを甘やかしすぎたんだ。これからは、はっきりと僕の考えを伝えて、厳しく 躾(しつ) けていこうと決めた。

ローザの寝室の扉を叩いたが、中から返事はない。扉を開けようとしても鍵がかかっている。寝室の扉は、僕がいつ来ても良いようにと、ずっと開いていたので、これも彼女の幼稚な嫌がらせだと気がつく。

「ローザ! いったいどういうつもりだい!?」

何度も名前を呼ぶと、ようやく中から返事があった。

「なんのこと?」

鍵を開けず顔も見せずに話すローザの態度に腹が立つ。

朝食にこなかったことと、自分の仕事を僕に押しつけたことを問い詰めると、ローザからは予想外の返事が返ってきた。

「……デイヴィス、それはあなたの仕事よ」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。手元の書類を確認するが、この仕事は確かにローザが担当しているものだった。

扉の向こうからは、信じられないといったような声が聞こえる。

「デイヴィス、もしかして、私に仕事を任せたことを忘れていたの? あんなに毎日、確認したのに?」

毎日、確認?

そうだった。ローザは、毎日毎日、しつこいくらい仕事の確認をしてきた。彼女が一生懸命なことはわかっていたが、それが面倒でうっとうしくて、どうしようもなくなってしまい、つい酒の勢いに任せて友人に愚痴ってしまった。

しかし、よくよく見てみれば、手元の書類は領地経営に関することだった。屋敷を管理する伯爵夫人がする仕事ではない。

僕は確認しなければと、急いで執務室へと向かった。

調べると、確かに一年前までは、この仕事は僕が担当していた。とても複雑なので時間がかかる大変な仕事だった。

どうしてこんな重要な仕事をローザに任せていたのかわからない。

僕は慌ててジョンを呼ぶと、この仕事をローザがするようになった経緯を聞いた。

「一年前くらいでしょうか? 旦那様が体調を崩されたときに、奥様に『少しの間でいいから』とお願いしておりました」

「僕が? ローザに?」

言われてみれば、そんなこともあったかもしれない。

「どうして誰も言ってくれなかったんだ!?」

僕の言葉にジョンは慌てる。

「毎日、奥様が言っておられましたよ?」

――今日のこの仕事はどうなさいますか? 明日のこの仕事はどうなさいますか?

「そんな言い方でわかるか!?」

「は、はぁ……?」

そう言いながら、僕はわかっていた。ローザもジョンも、まさか僕が仕事を頼んだことを忘れていると思っていなかったんだ。だから、毎日、僕の代わりにやった仕事を報告して、僕に仕事の指示を仰いでいた。

僕はというと、難しく時間のかかる仕事をローザが担当してくれたことにより、自分の時間が増えて社交に力を入れていた。

急に時間ができたのは、仕事に慣れて能力が上がったためだと思っていたし、夜遅くまで仕事が終わらず時間をかけているローザを心のどこかで見下していた。

いつ見ても体調が悪そうな彼女に無理をさせるつもりもなく、最近では彼女の寝室からも遠ざかっていた。

「全部、僕のせいじゃないか……」

今すぐ彼女に謝ろうと思ったが、ジョンに止められた。

「旦那様、この仕事は急ぎです。今すぐに取りかかってください」

そうだった。ローザに任せていた仕事の今日の分を終わらせなければ。

僕は書類に目を通しながら『これが終わったら、すぐにローザに謝りに行こう』と決めた。そう決めていたのに、仕事は夜遅くまでかかってしまった。

さすがにこの時間からローザに会いに行くわけにはいかない。ローザに会うのは明日にしよう。そう思っているうちに、仕事に追われて一週間がたった。

やっと仕事が落ち着き、いざ、ローザの部屋に向かうと、真っ赤なドレスを着たローザが出迎えた。

そんな派手な色のドレスを持っていたのかと驚いてしまう。

「デイヴィス、どうしたの?」

そう尋ねるローザの顔色は良く、表情は生き生きとしていた。

「ローザ、話があるんだ」

いつもなら喜んですぐに時間をつくってくれるローザは、困ったような顔をした。

「あら、そうなの? 私はこれからお茶会なの」

ごめんなさいね、とローザはあっさり扉を閉めようとする。

「ちょ、ちょっと待って! 大切な話なんだ!」

「公爵夫人にお呼ばれしたお茶会なの。行かないわけにはいかないわ」

「でも……」

引き下がらない僕に向かって、ローザは「今日は無理なの。今度からは事前に約束を取り付けてから来てね」と淡々と告げる。

その言葉に、僕は聞き覚えがあった。

以前、ローザに「話があるの」と言われた際に、相手をするのが面倒で「今度からは約束を取り付けてから来てほしい」と告げたことがある。

それを聞いたローザは、悲しそうな顔をして「わかったわ」と言い去っていった。

同じ言葉を言われた僕は、悲しいどころかローザに怒りを覚えた。

「僕たちは、夫婦だぞ!? どうして、僕のために時間を空けてくれないんだ!?」

ローザはぽかんと口を開ける。

「じゃあ、あなたはどうして今まで私のために時間を空けてくれなかったの?」

その言葉は、僕を責めるわけでもなく、ただただ不思議だからそう言っている、という感じだった。

「それは……」

言葉につまる僕にローザは 艶(あで) やかに微笑みかけた。その笑みの美しさに思わず見とれてしまう。

「デイヴィス、わかっているわ。それがあなたの理想の夫婦だってこと。爽やかで程よい距離の夫婦が良いのよね? それなのに、私ったら……」

ほぅとため息をつくローザの色っぽさに目が離せない。彼女はこんなにも魅力的な女性だっただろうか?

「ローザ……」

「そうとも知らず、愚かな私は今まであなたのことを心の底から愛していたの。今までつきまとって、本当にごめんなさいね」

僕を見つめるローザの瞳に、以前のような熱がこもっていないことに気がつき、僕はなぜか衝撃を受けた。

「ローザ?」

うっとうしいくらい僕を愛しているはずのローザは、僕の手をうっとうしそうに払った。

「もう、お茶会に行くわ」

そう言って歩き出したローザは、こちらを振り返りもしない。

「ま、待ってくれ!」

呼び止めると、振り返った彼女の動きに合わせて赤いドレスがふわりと広がる。

「デイヴィス、あなたの愛が正しいわ。だって私、あなたを追いかけていたころより、とても幸せだもの。これからは、お互いに程よい距離で暮らしましょうね」

そう言ったローザの笑みは、結婚式のときに「君を一生、大切にするよ」と伝えたときの幸せに満ちた表情にそっくりだった。

僕は信じられない気持ちでローザを見送った。

そして、しばらく立ち尽くしたあとで、「きっと急いでいたんだ。そうに違いない」と自分に言い聞かせる。

だから、その日の夜に僕はローザの寝室へと向かった。いつでも開いていたローザの寝室の鍵は閉まっていた。

「ローザ」

何度か名前を呼ぶと、ようやく開けてくれる。

「こんな時間にどうしたの?」

そう言うローザは、胸元が大きく開いた部屋着を着ていた。その姿を見て僕を待っていてくれたんだと嬉しくなる。

ローザは僕の視線に気がついたようで頬を赤らめた。

「今までと違っていて驚いたでしょう?」

確かに今までのローザは、大人しい服装を好んで着ていた。でも、今のほうが前のローザより何倍も魅力的に見える。

「ああ、でも、その姿も素敵だよ」

嬉しそうに微笑むローザを抱きしめたくて仕方がない。ローザはいたずらっ子のように微笑んだ。

「実はね、私、本当はこういう服装が好きなの。でも、あなたが大人しい女性が好きだと言っていたから、あなたに好かれたい一心で無理をしていたの」

「本当に馬鹿よねぇ」とローザはため息をつく。

「デイヴィス、安心してね。私はもうあなたに好かれたいなんて思わないから」

晴れやかな表情で言い切られて、僕の頭は真っ白になった。

「ああ、でも今まで通り月に一回は寝室を共にしましょうね。それは伯爵夫人の務めですもの」

「月に一回、だけ?」

「あら、多かったかしら? でも、あなたがそう決めたじゃない」

そうだった。ローザの寝室に行くのが億劫で、仕事で忙しいと理由をつけてローザにそう伝えていた。

「あなたは、決められた日も来なくて、私は朝まであなたが来るのを一睡もしないで待っていたのよね……。本当に私ったらうっとうしい女だったわ」

「ローザ……僕は……。今まで君に、なんてひどい態度をとっていたんだ……」

「いいのよ、デイヴィス」

「ローザ……すまない」

女神のように慈悲深い顔で、ローザは微笑んだ。

「謝るのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

小さくあくびをしたローザは「おやすみなさい」と満面の笑みで扉を閉めた。すぐにガチャリと鍵がかかる音がする。

それは、ローザの心にかけられた鍵だった。この鍵は、僕のために開くことはもうないだろう。

あれからローザは、健康的な生活をすることで、日に日に美しさに拍車をかけていた。伯爵夫人としてとても良くやってくれている。

一緒に訪れた夜会会場では、ローザを中心に貴婦人たちが集まり、話に花を咲かせている。そんな、非の打ちどころのない妻を、僕はバルコニーから見つめていた。

僕の隣には、昔からの友がいる。

友が「あんなに素敵な奥さんがいる、お前がうらやましいよ」とため息をつく。

「違うんだ……。僕の愛は間違っていた……」

僕はもう二度と手に入れることのできないローザの愛が、もう一度ほしくて仕方なかった。でも、彼女の愛は消えてしまった。僕がそうなることを望んだから、僕を心の底から愛してくれていた彼女がそれを叶えてくれたんだ。

僕は、僕のために『理想の妻』になってくれたローザを、ものほしそうな暗い目で見つめることしかできないでいた。

おわり