軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05.善人、解除不能の呪いを解く

次の日、買い取りも終わったから、村をたって屋敷に戻ることにした。

フォン以下村人総出で、下手したらまた宴になりかねない程の勢いで私達を見送った。

盛大に送り出されて、飛行魔法で屋敷に戻る。

空の上、アンジェを抱きしめたまま、来た時同様空の旅を満喫していたのだが。

楽しませたいアンジェが、無言で私をじっと見つめている事に気づいた。

「どうしたのアンジェ」

「良かったんですか」

「なにが?」

「マスター、の事です。あのままにして良かったのでしょうか。アレク様の命が狙われてますし、真犯人を捜し出した方が……」

「それなら大丈夫」

私の腕の中で、身じろいで首をかしげるアンジェ。

「魔法でもう目星はつけてるよ」

「そうなんですか!?」

「うん。食糧の投機目的、という大きなヒントを得たからね。一昨日の夜にはもう分かってたよ」

「あの子がはじめて来た直後に、ということですか?」

「そういうこと」

「さすがアレク様です……」

既に先手打っていた私に、アンジェは心酔しきった目で見つめてくる。

「だからアンジェは何も心配する事はないよ」

「はい!」

悩みの種が取り払われたアンジェ。

いつもの愛らしい、明るい笑顔に戻った。

「せっかくだからどこかよっていこうか。海がいい? それとも山がいい?」

「アレク様と一緒に海が見たいです」

「よし」

彼女の願いを叶えるために、私はぐるんと大きく進行方向を変更して。

海がある方角に向かって、飛んでいったのだった。

夜。

海ではしゃいだアンジェは疲れて、いつもより早く布団の中に入った。

寝室に彼女を置いて、私は書斎にやってきた。

書斎に入って、ふかふかの椅子に深く背中をもたれさせて、一息ついていた。

「隙、いっぱい」

「やあ、やっぱり来たね」

まるで闇から滲み出るかの如く、音もなく現われた少女。

「分かってるのに、隙だらけ?」

「ねえ、君の名前は何?」

「質問に答えて……ドロシー」

「ドロシーか、いい名前だ。マスターがつけたの?」

少女――ドロシーはゆっくりと首を振った。

「物心ついたときから、それだけ知ってた」

「そっか。そうそう、君にプレゼントがあったんだ」

私は海で拾ってきた巻き貝を取り出し、机の上に置いて、彼女に差し出した。

「貝?」

「貝に耳を当てると海の音が聞こえる。という話を聞いたことはない?」

「あるけど」

「うん。それに耳を当ててみて」

ドロシーは訝しげにしながらも、巻き貝を受け取って、耳に当てた。

「本当に海の音がする」

「でしょう」

「魔法?」

「ちがうけどね。魔法ならこうなるよ」

私は右手を伸ばした。

突き出した人差し指からぼわぁ、とした光を放って、その光がドロシーの持つ巻き貝に吸い込まれていった。

「何の魔法?」

「すぐにわかるよ」

「……」

「……」

「何の魔法?」

「その貝を耳に当ててみて」

狐につままれたような顔をして、再び巻き貝を耳に当てるドロシー。

「こ、これは」

驚いて、貝を耳から離してしまうドロシー。

そのせいで音が漏れた。

『何の魔法?』

『すぐにわかるよ』

『……』

『……』

『何の魔法?』

『その貝を耳に当ててみて』

流れたのは、私とドロシーのやりとりだった。

「今のが魔法、声を記録するだけの簡単な魔法だけどね」

「そう」

「……こちょこちょこちょ」

私は身を乗り出してドロシーの脇の下をくすぐった。

「きゃははは――っ、な、何するの」

パッと弾かれるように飛びのき、書斎の壁に背中をぶつけるドロシー。

その衝撃が巻き貝を作動させた。

『きゃははは――っ、な、何するの』

再生されたのはドロシーの笑い声。

くすぐられたからだが、普段の彼女からは想像も出来ないような楽しげな笑い声だ。

「私の笑い声……」

「笑ってる方が楽しそうでしょ」

「…………」

答えないドロシー、しかしまんざらでもなさそうだった。

さて、せっかくだし、もうちょっと――

「ごめん」

いきなりドロシーが謝ってきた。

「どうしたの?」

「私、あなたを殺さないといけない。マスターに恩返しをしないといけない」

「うん」

私は頷いた。

それはそうだろう。

もともとそれが彼女の目的で、場合によっては生きがいなのかもしれない。

だから私は、ドロシーがそれを言い出して来たことに驚きはしなかった。

「ごめん」

「気にしないで」

ドロシーは冷然な、意識した無表情で、懐から一つの宝石を取り出した。

「それは?」

「マスターからもらった」

そうとだけ言って、後は口を閉ざして何もいわない。

私を倒すための何かだろう。

「……ごめん」

最後にそう言って、ドロシーは宝石を握り締めた。

握りこぶしの中から光がこぼれる、何条もの光が室内に乱反射する。

ドロシーの手の中でそれが明滅を繰り返して、やがて室内を満たすほどの強い光になった。

目の前に手をかざす。

光が収まった、そこにいたのは――

「……ドロシー?」

元の彼女とは似ても似つかない、巨大な魔獣だった。

直立すれば三メートルは超えるであろう巨体を、窮屈そうに屈ませている。

全体的なフォルムは狼。

三メートル超の狼男で、全身にまがまがしいオーラをまとっている。

「そういう力なんだ……え?」

即座に対処法を賢者の剣に聞いた私は驚愕した。

それが隙になった。

魔獣ドロシーが突っ込んで来た。

一瞬で肉薄して、鋭い爪で私をなぎ払う。

とっさに賢者の剣で防ぐ――がそのパワーに吹っ飛ばされ、壁を突き抜けて夜の庭に飛ばされた。

「うおおおおおおおん!!!」

天を貫くほどの咆吼、直後に魔獣が更に猛スピードですっ飛んできた。

爪をガードして、今度は受け流す。

出来たわずかな余裕で、賢者の剣にもう一度聞く。

これ(、、) から、ドロシーをもとに戻す方法。

答えは――ない。

人間を強制的に魔獣化させる魔導具で、死ぬまで何があろうと解除されないものだ。

例外はない、「死」以外解除はされない。

魔獣が更に猛攻撃をしかけてきた。

夜空の下、賢者の剣でしのぎつつ更に聞く。

ならば、一度死んですぐに蘇生は?

答えもノーだった。

死を帳消し、つまり蘇生をするには創造神並の力がいる。

少なくとも私には出来ない。

「うおおおおおおん!!!」

咆吼、そして突進。

魔獣に吹き飛ばされて、屋敷の壁に激突した。

ごろん、とそばに何かが転がってきた。

なんだろうと目を向けると。

『きゃははは――っ、な、何するの』

「――っ!」

ドロシーの巻き貝。

彼女の笑い声を録音した、さっきの巻き貝だ。

「おおおおおおおおおん!!!!!」

一方で、元の彼女とは似ても似つかない咆吼を上げる魔獣ドロシー。

「……戻すよ、絶対に」

私は考えた。

何かあるはずだ、何か。

彼女を助ける方法、元に戻す方法。

死なないと戻らない呪い、蘇生は不可能という事実。

それでも私は――。

「!!!」

瞬間、頭の中であるひらめきが走った。

色々考える、 思い出す(、、、、) 。

そして、賢者の剣に聞く。

「――っ!」

突進してくる魔獣ドロシーを賢者の剣で受け止め、ぐるっと半回転して、彼女を空に蹴り上げた。

そうして稼いだわずかな時間。

賢者の剣を地面に突き立て、素材袋を取り出した。

手を突っ込んで、魔法を行使。

中継(、、) だから、見た目は何でもいい。

手を引っこ抜くようにして出したのは一体のホムンクルス。

魔獣が落下してきた、その魔獣に向かってハーシェルの術を使う。

ドロシーの魂を抜きだして、ホムンクルスにうつした。

魂を失った魔獣は動きを止めた、そのまま地面に墜落。

砂煙を巻き起こし、徐々に晴れていく。

「ごくり」

私の生唾を飲んだ音がやけに大きく聞こえた。

緊張しているのだろう。

成功するのだろうか――いやさせる。

そう気合を入れ直して、砂煙が晴れた向こうを見た。

魔獣ではなく、元に戻った裸のドロシーの肉体があった。

ドロシーの肉体は魂を失った、つまりは死の状態になって、魔獣化がとけた。

しかし魂は――もっとも重要な魂はホムンクルスに一時移したこと「死」ではなかった。

もう一度ハーシェルの術を使い、ホムンクルスからドロシーの魂を彼女の肉体に移す。

変化はない、魔獣化しなかった。

呼吸も戻って、魔獣化も解除した彼女をみて。

「ふうぅ……」

私は、ホッとしたのだった。