軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.善人、賢者の石で職業訓練

「賢者の石って、なんですか?」

小首を傾げて、聞いてくるアンジェ。

「そうだね、説明が難しいけど……一言でいえば、全魔法使いの夢、ってところかな」

「夢ですか?」

「うん、魔法で物質を変化してほかの物に作り変える事ができる、そうなると価値のないものから価値のある物を作るように人間は思うようになるんだ」

「えっと……」

アンジェはよく分からないって感じで更に首をかしげて、困った顔をした。

「そうだね。アンジェは甘いものが好きだったね」

「はい」

「はい、これ」

私は石ころを一つとって、魔法でそれをあめ玉にかえた。

黄金に変えるよりも遥かに簡単に、石ころがあめ玉にかわった。

「食べてみて」

こくこくこく。

アンジェはは眼をきらきらさせて、何度も何度も首を縦に振った。

準男爵の娘、公爵家長男の許嫁。

アンジェは嬉しがっても、物を口に入れたまま喋らないという、育ちの良さをさりげなくみせていた。

私は説明を続けた。

「石ころからあめ玉が出来ると嬉しいでしょ。賢者の石というのは、魔法使いなら誰もがすごく嬉しいものなんだ。でもすごく作るのが難しくて、今まで誰も成功したことがないみたいなんだ」

「――ゴクン。それを作ったのですか、アレク様!」

驚いたアンジェ、あめ玉をゴックンと呑み込んで、聞いてきた。

「みたいだね……それに、どうやら本物らしいんだ」

「アレク様すごい……でもアレク様」

「うん」

「具体的に……賢者の石は何が出来るんですか?」

「そうだね……例えば」

私は賢者の石に問いかけた。

言葉は返ってこないが、意志のような物を感じる。

その意志に従って、賢者の石を使った。

部屋にあった紙とペンを取って、頭の中に浮かんだ「図」を書き出していく。

枝のような図に、人名がたくさん。

黙って私がする事を見ていたアンジェは、最後に自分の名前が書かれた事に驚いた。

「アレク様、これは?」

「アンジェの家の家系図だね」

「家系図ですか? あっ、私の上にお父様とお母様の名前が」

「うん。五代先まで遡れたね」

「お父様の上にあるのはもしかしておじいさまとおばあさまのお名前ですか? でもお父様は孤児で生まれて、親のことしらないって、もはや永遠の謎だって……」

「うん、孤児である事をバネにして一代で準男爵までなりあがったすごい人だよね。これが賢者の石の力。この世に存在するありとあらゆる『知識』を、問いかければ答えてくれるものなんだ」

「す、すごいです! それはすごい事です!」

「うん、すごいね。でも、難しい」

「難しいですか?」

私は頷いた。

アンジェに説明している間も賢者の石に心の中で問いかけ――つまり使ってみたのだけど、意外とじゃじゃ馬な事がわかった。

「確かにありとあらゆる知識を賢者の石は持ってるみたいだけど、それを自分で見つけなきゃならないんだ。アンジェは王立図書館を知っているかい」

「はい! 先帝陛下が作った、この世のありとあらゆる本がある図書館ですよね」

「うん。帝国で『本』を作ったら、必ず一冊は王立図書館に納入しなきゃいけないんだ」

ふと6年前、私が生まれ変わった時の事を思い出した。

天使に「悪逆姦淫の限りを尽くした」とジャッジされた前の皇帝がDランクの貧民に生まれ変わる事が決定した瞬間。

皇帝はよくあるタイプの暴君だった、「悪逆姦淫」で人生の9割が説明出来る様な皇帝だった。

その皇帝に唯一、王立図書館設立の功績がある。

世界中の知識を保全した功績、それで差し引きDランクの平民になった。

それがなかったらミジンコとかに生まれ変わっていたのかも知れないな。

それはともかく、私は更にアンジェに説明をする。

「王立図書館の中から、目当ての一冊の本を探すような事だよ、賢者の石から知識を引き出すのは」

「それは難しいです! お屋敷の図書室でも難しいです」

アンジェは真面目で、結構勉強家だ。

この屋敷の図書室によく立ち入ってるので、私のたとえがすぐに理解できたみたいだ。

そう、それくらい難しいことだ。賢者の石を使うのは。

でも。

私は別の紙を取った。

賢者の石から更に引き出せた情報を、紙の上に書き留める。

「これはなんですか、アレク様?」

「歴史上存在した治癒魔法の名前すべてと、その効果だ」

「治癒魔法!」

アンジェは瞳を輝かせた。

魔力判定で治癒魔法が得意だって分かってから、彼女はそれに興味を持ち始めた。

私が渡した紙を、まるではじめてめにした絵本のように、食い入るようにみつめている。

「……アレク様」

「なんだい」

「人を、生き返らせる魔法はないのですか? 魔法はいっぱいあって、今はもう誰も使えなくなったって書いてる魔法もありますけど、人を生き返らせる魔法がありませんでした」

「つまり復活魔法は存在しなかったってことだ」

「そうなんですね」

納得したアンジェ、再び私が渡したメモをじっと見つめる。

これも、こっそり賢者の石のテストだ。

復活魔法は賢者の石と同じくらい、魔法使いの――いや人間にとっての夢だ。

不老不死と同じ位、人間の夢の一つだ。

その復活魔法の情報を、「歴史上存在したあらゆる治癒魔法」の存在を列挙したことによって、存在しないことが判明した。

賢者の石、出来る事と、使い方が分かってきた。

問いかけるキーワードをちゃんとすれば、上手く使いこなして、いつでもどこでも、世界の全ての情報を引き出せる。

そういうもののようだ。

翌日、私はアンジェと街に出た。

いつものように街を回って、アンジェに似合うお洋服を、羊皮紙にサインした証文を渡して、購入した。

「大丈夫かい、アンジェ。重いのなら僕が持とうか?」

「大丈夫です! 重くありません! アレク様からのプレゼント、自分で持ちたいです!」

「そうか」

屋敷まで届けてもらうことももちろん出来たが、店で試着したあとアンジェが嬉しそうに抱きかかえて手放さなかったので、自分達で持ち帰る事になった。

さて、次はどこへ――

ドン!

横から誰とぶつかって、ちょっとよろめいた。

「おっと、すまねえな」

ぶつかったのは15、6くらいの少年だった。

彼は私に謝った後、そのまま立ち去った。

「大丈夫ですかアレク様!」

「大丈夫だよアンジェ。……あら」

「どうしたんですか? やっぱりどこかぶつけてしまいましたか?」

「ううん、そういうのじゃないけど……」

私は立ち去っていく少年を探した。

ちょうど曲がり角に姿を消していったのを目で捕らえた。

「いくよ、アンジェ」

「え? あっはい!」

何事かと戸惑うアンジェを連れて、さっきの少年を追いかけた。

いくつかの角を曲がった、昼間でも少し薄暗い路地裏に少年がいた。

「これさえあれば……」

「キミにそれを使うことはできないよ」

「なっ!」

少年はびっくりして、私たちの方に振り向いた。

「あっ、あれはアレク様の証文」

驚くアンジェ。

そう、少年が持っているのは私が買い物をする時に、証文として証人に渡す羊皮紙だ。

さっきぶつかった時に持って行かれた、つまりスリだ。

「な、なんの事か分からねえな!」

「僕がそれを使って買い物をしてるのをみたのかも知れないけど、それは僕本人がわたして、僕がサインをいれないとタダの紙なんだ」

「なっ――」

少年は絶句した。

「そんなの聞いてねえぞ!」

言ってなかったからね。

「だから返して」

「ふん! こんなゴミいらねえよ!」

少年は羊皮紙を地面に叩きつけた。

「苦労も知らないクソガキが」

そんな言葉を吐き捨てて、きびすを返して立ち去ろうとする。

「待って、キミはこの街の人間じゃないよね」

「分かるのですかアレク様!?」

「ええ、言葉のなまりが。南方の人だよね」

これは前世から持ち込んだものだ。

長く生きてると、同じ言葉を喋っていても、地方ごとのなまりがあるのがわかる。

それは当たり前のことなんだけど。

「アレク様すごい……」

アンジェはその事に感動してしまった。

「知らねえよ!」

「向こうの戦争で流れてきた人だね。それはいいんだけど、スリはやめた方がいいよ。悪行は巡る、そんな事をしていたら、来世もつらい人生になるだけだよ」

「――っ! ガキが知った様なことを!」

少年は逆上して、拳を握って私に殴りかかってきた。

「バインド」

魔法を使って、少年の動きを拘束した。

前世にもよく使っていた魔法。しかし効果は格段とあがった。

少年の両手両足にそれぞれ光の輪っかがくくられて、それで動けなくなった。

「てめえ何しやがる」

「僕を殴ってしまうと罪だから」

「知ってるよ! てめえみたいな金持ちにやると罪が普通よりも更に重くなるんだろ?」

それはどうでもいいことだ、公爵の息子で、本人も男爵である私が一言許すといえば、傷害罪くらいなかったことになる。

だけど、それは人間の世界の法律の話だ。

悪いことをすれば、死んだときあの世の審査が厳しくなる。

それは、どうしようもない。

「なんだその目は、哀れんでるのか! てめえのようなボンボンなんかに俺らの苦労が分かるか! 流れてきた土地で、なにも出来ないから仕事もねえ俺らの苦労が!」

「なにもできない、か」

私は少し考えて、ある程度の腹案を作った。

「行こう、アンジェ」

「はいアレク様――ってあの人ついてきてます。大丈夫ですか?」

「好きでついてってんじゃねえ! てめえ、俺を何処に連れて行く気だ!」

バインド、拘束魔法の輪をコントロールする。

少年の四肢をこっちで動かして、無理矢理ついてきてもらった。

表通りに出て、近くにある、何回か行ったことのある店に入った。

「いらっしゃいませ――おお、これはアレク様にアンジェ様」

「席、あるかな」

「もちろんですとも! 景色はご覧になりますか」

「大丈夫、奥の席でいいよ」

「分かりました。ご案内します」

私の顔を知っている店員の案内についていく。

ここは喫茶店、ちゃんとした茶葉で、目の前でいれてくれる店だ。

店員についていって、奥の個室に入った。

アンジェと少年も、僕の後について部屋に入った。

僕とアンジェは椅子に座り、少年はひとまず立たせた。

「ご注文はお決まりですか?」

「紅茶を、それとちゃんとした茶器をワンセット。お湯は多めに」

「かしこまりました」

店員は一礼して、個室からでていった。

しばらくして、紅茶の茶葉と、茶器を一通り、そして熱湯の入ったケトルが次々と運び込まれる。

「知らない道具もあるね」

「どうするんですかアレク様」

「うん」

私は頷き、肌身離さず持っている様にした賢者の石に問いかけ、知識を引き出した。

それを一通り頭の中でシミュレートしてから、少年の方を向く。

「紅茶を淹れてみて」

「はあ? なにをいって――って、人の体を勝手に動かすんじゃねえ!」

少年はわめくが、無視して彼の体を操作する。

「まずはポットに湯を入れて温める、その湯を一回捨ててから、茶葉をいれる」

賢者の石で引き出した情報を少年に説明しながら、彼の体を操作して紅茶を淹れた。

「てめえ、こんなことで俺を辱めてるつもりか」

少年はわめくが、それも無視。

一通りの手順を終えてから。

「覚えた?」

「は?」

「今のが上流階級に仕えるものだけが知っている作法だよ」

「さ、ほう?」

「伝手がなければなかなかおしえてももらえないものだよ、これをちゃんと出来るだけで、どこかのお金持ちの屋敷に就職出来るはずだよ」

「……」

唖然とする少年。

「覚えきれなかった? じゃあもう一回行くよ」

「ま、待ってくれ。お前なんのつもりでこんなことを」

「はいお湯をいれる、温めて、この場合の目安はポットの蒸気のつき具合だけど、それは作法じゃないし飲む人の味の好みだから、仕事しながら覚えるといいよ」

無視して、更に紅茶のいれ方を教える。

戸惑う少年だが、次第に大人しくなって、ちゃんと入れ方を覚える事に集中していた。

最後はバインドも外して、彼自身にやらせて見せた。

物覚えはいい方みたいで、ちゃんと教えたとおり出来た。

どうしても覚えられないのなら屋敷で雇ってあげることも可能だけど、そこまでの上げ膳据え膳はあまり本人の為にならないとおもった。

だから少年の覚えがいいことに私は少しホッとした。

「あ、ありがとう……」

最初の突っかかってくる態度はなりをひそめ、私の意図を理解した少年はぶっきらぼうな感じで、目を少しそらしながらもお礼をいった。

これで、彼の人生も立ち直ってくれるといいな。