軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.善人、十万人の道を作る

私は、二台の馬車と、十万人に上る民衆を引き連れて、目的地に向かっていた。

ちらりと背後を振り向く。

アップダウンのある野外の道、それがより、十万人という数を強調していた。

道をびっしりと、そして延々と埋め尽くす民衆の群れ。

自分のことながら、壮観だ、という他人ごとじみた感想が頭に浮かんだ。

「ご主人様」

前方から一人のメイドが戻ってきた。

普段はしないが、十万人を連れていると言うこともあって、メイドの何人かを先行させて、斥候のような事をさせていた。

その一人が戻ってきて、私と向き合ったまま、後ろ向きで同じ速度で歩く。

「どうしたの?」

「このしばらく先にメンバー子爵がお待ちです」

「メンバー子爵?」

って、令嬢メイドの一人、アグネス・メンバーの父親か。

「その人がどうしたの?」

「国父様が領内をお通りとのことで、ご挨拶に。とのことでした」

「なるほど。分かった。後は任せて。キミは影に戻って休んでて。代わりにアグネス」

私の命令を受けて、報告を終えたメイドは私の影にもぐって、代わりに件のアグネスが影の中から出てきた。

「およびですかご主人様」

「先に行って、僕たちのおおよその到着時間を教えてあげて」

「かしこまりました」

「それと、お父さんに元気な所を見せてあげて」

「――っ、ありがとうございます!」

アグネスは感激した様子で、私にぺこりとお辞儀をしてから、先行していった。

「アンジェ、ちょっといいかな」

「はい、アレク様」

よんだアンジェが馬車から降りてくる。

「お任せ下さいアレク様」

「ありがとうアンジェ」

アンジェを呼んだのは礼法のためだ。

この先でメンバー子爵が私達を出迎える、多分貴族としての礼を尽くしてくる。

それに対する返礼として、まだそうじゃないけど、事実上の正妻であるアンジェを同席させる事にした。

それをアンジェもしっかり分かっている。

アンジェと並んでしばらくそのまま進むと、メンバー子爵とアグネス、それに数百人となる兵士が待っているのが見えた。

メンバー子爵の前に足を止めた。

馬車が止まり、その後ろについてくる民衆もガヤガヤしながら止まった。

「お久しぶりメンバー子爵、サネット村以来かな」

「恐悦至極にございます」

メンバー子爵は頭を下げた。

背後の庶民達がキョトンとしているのがちらっと目に入った。

今のやりとりの脈絡が分からない、っていうのが手にとるようには分かる。

貴族同士の会話、私が国父という登りつめた地位にいるから、脈絡が繋がらなくても形式を優先する社交辞令になってしまうのだ。

それは私もあまり好きじゃないから、ちゃんと内容のある会話をする事にした。

「メンバー子爵はどうしてここに?」

「一つは、国父様の出迎え。もう一つは……これは誠に恐縮なのですが」

「うん?」

「この民衆の行列の噂をきいて、空前絶後の大移動を一度見ておきたいと思いまして」

「なるほど好奇心」

それは納得だ。

移動を開始した直後に、あらゆる知識を持つ賢者の剣に聞いてみた。

このような移動は今まであったのかと。

答えは「ない」だった。

そういうのを好奇心で見たいと思うのは理解できる。

「実際に目の当たりにして……いやはや、驚嘆させられるばかりでございます。国父様のなすことはもう驚くまいと思っておりましたが、まだまだ甘かったと思い知らされましたな」

「僕も驚いてるよ」

さすがにね。

その場に立ち止まって、メンバー子爵と旧交を温め合う世間話をしていると、ふと、背後の民衆の中からメイドが駆けてきた。

急いでいる、しかし優雅でもある。

走ってきたのは、やはり令嬢メイドの一人。

チョーセン・オーインだった。

「ご主人様」

「なに?」

「混乱が起きております、いかがなさいましょう」

「混乱? 原因は?」

「けが人です。道悪のせいで足をくじいたものや、牛車などの車輪が道の穴にはまったなどでケガをするものが」

「道の穴? そんなの無かったけど――いや」

言いかけて、思い直した。

先頭の私がとおった時はそりゃなかっただろう。

しかし十万人の行列だ、しかもこの短期間でだ。

歩いてるだけで道がどんどん損耗していく。

「どうなさいますか? このままでは全体に影響が出てしまいます」

「うん、じゃあチョーセン」

「はい」

私は魔力球を作った。

最初に魔法を勉強した時に覚えた魔力球。

それを治癒属性に作って、他人にも使える様に作った。

数は、ざっと100。

それをチョーセンに渡した。

「これを預ける。けが人がいたら治しておいて」

「わかりました」

かつての高慢さはなりをひそめ、チョーセンは私の命令に忠実にしたがった。

一方で貴族令嬢としての気品は失われていない――むしろ控えめに属性が変わったが強くなっている。

いい方向性に成長してくれたと、ちょっと嬉しくなった。

「さて」

私は前を見た。

目的地のアヴァロンまでまだまだ長い。

このままじゃ治してもけが人は出る。

でない様にする必要がある。

「メンバー子爵、ちょっと前を開けて」

「はい……何をなさるおつもりで?」

「こうするの」

メンバー子爵とアグネス、そしてその兵士達が横にどけた事を確認して、背中に背負ってる賢者の剣を抜き放って、横一文字に払った。

斬撃が飛ぶ。

私が進む道は斬撃で綺麗に、真っ平らにならされた。

「おお! ものの一瞬で。このような道の整備は初めて見ましたぞ」

「これをやりながらすすめていくよ。道がちゃんとしてればケガをする確率もさがるでしょ」

「なるほど、さすがでございますな」

「あの、アレク様」

それまでずっと、礼法をわきまえて黙っていたアンジェが口をひらいた。

「なんだいアンジェ」

「アレク様がそうやって道を整備しながら進むのはいいですけど、でもやっぱり十万人が通ると道は途中でダメになってしまうと思います」

「それなら」

私はアンジェににこりと微笑んだ。

やっぱりアンジェは心優しい、いい子だ。

「僕たちが初めて魔法を勉強した時の事を覚えてる?」

「はい、アレク様とのことなら何でも覚えてますが」

密かに嬉しいことを言ってくれる。

「その時、物質変換をならったよね」

そう言って数歩進んで、しゃがみ込んで斬撃で慣らした道路を中指の関節でコンコン叩く。

澄んだ、綺麗な音がした。

「作ったのと同時に物質変換してる、ちゃんと硬くしたよ」

「本当だ……さすがアレク様です」

「いやはや、アンジェリカ様もさすがのお優しさですが、それを先回りする国父様のご 遠見(えんけん) 、お見それいたしましたぞ」

「……」

「どうしたのアンジェ? 道を見つめたまま難しい顔をして」

「あの、アレク様」

「なんだい?」

「もっと、柔らかくできませんか? すごく硬いと、歩いて足がいたくなっちゃうかもしれません」

「そっか、靴も硬いと足いたくなるもんね」

「はい」

「頑丈で、柔らかい方がいいね。ゴムに近い感じで」

私は少し考えて、アンジェの提案を頭の中でまとめて、賢者の剣に聞いた。

そして、改めて剣を振り、道をアンジェの要望に添った材質に変えた。

「これでどうかな」

「はい! 大丈夫だと思います!」

アンジェは嬉しそうに微笑んだ。

優しいアンジェの頭を思わず撫でた。

SSSランクの人生で一番幸せなのは、アンジェに巡り会えた事かもしれない。

そんなアンジェのアドバイスで。

十万人の民衆のケガはこの先、ほとんどなくなったのだった。