軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.善人、幸せな気分になる

「わっ、こ、ここここ」

書斎の中、新しく屋敷に住むようになったマリがニワトリのようになっていた。

私の執務机から離れた場所、書斎の隅の秘書ポジションに彼女の机を置いた。

それはいわば自分専用のスペース。

それを与えられたマリは感動やら戸惑いやらって感じだ。

「どう?」

「す、すごいです!」

「うん」

何がすごいのかは分からないけど、舞い上がってるのはよく分かる。

「じゃあ早速仕事をしてね」

「はい! 何をすればいいですか?」

「これとこれ、この内容をこっちの羊皮紙に書き写して。聖帝国文字で」

「聖帝国文字ですね、わかりました」

請け負うマリ。

彼女はペンをとって、慎重に羊皮紙に私の手紙を書き写していく。

「アレク、いるか?」

「父上」

「父上!? 国父様のお父さん! わ、私マリ・キュリーと申しますです!」

父上が執務室に入ってきて、慌てて立ち上がって頭を下げるマリ。

「マリ、父上はこれからも執務室によく来る。くる度にそういうのしなくていいから。マリは仕事優先」

「わ、わかりました」

私の許しをえて、マリは手紙を書くのに戻った。

一方の父上は。

「おお、虚礼に囚われず部下にも優しい。さすがアレクだ。そうだ、今の話をアレクサンダー記の著作チームに伝えねば!」

「何をさせてるのですか父上。それよりもここに来た理由は何ですか?」

いつも通りの暴走をスルー&制止。

父上に来意を聞いた。

「おお、そうだったそうだった。アレクに相談があったのだ」

「なんですか?」

「実はな、アレクは執務に本格的に携わるようになってからわがカーライル家の資産がウナギ登りでな。今ざっと集計させたらカーライル家史上最高額となったよ」

「そうなんですか」

「おおぉ……」

マリが手を止めて瞳を輝かせていた。

「いやなに、それ自体は当たり前なのだが」

「当たり前なんですか」

私は微苦笑した。

家史上最高額の資産になったのを当たり前ってさらっという父上はやっぱりブレないな。

「うむもちろんだ! だからそんな事自体どうでもいいのだが、アレクに金の使い道を相談しようと思ってな」

「金の使い道?」

「金を遊ばせとくのも馬鹿な話だ。何かの使い道はないか? アレクならきっと驚天動地空前絶後のすごい案が出ると思って、それで相談に来たのだ」

「持ち上げすぎです父上。そうですね……」

私は考えた。

農地の改革を始め色々した結果、カーライル家の税収が増大した。

それでやれる事は何があるか……。

「減税、なんてのはどうでしょう」

「減税?」

「ええ」

頷く私。

このあたり、生まれつき公爵家――最高クラスの貴族である父上には分からないが、前世の記憶をそのまま持っている私は体感として知っている。

庶民、そして労働者にとって、税金は少なければ少ないほどいい。

税金が高ければ働いた分持って行かれるのを馬鹿らしく思うし、金があれば更に儲ける事ができる。

農民であれば農具を新調したり、そうでなくとも住む家を補修・新築するだけで、結果的に病気にかかる確率が低くなる。

帝国、そしてアレクサンダー領はまだまだこれから。

もっともっと金が回るべき時期だ。

そういう時は、税を下げるのがいい。

「なるほど。じゃあどれくらい下げる?」

「そうですね、農民はゼロに」

「ゼロ?」

「そう、税金をゼロに。とりあえずは三年」

「何故三年だ?」

「三年分の余裕があれば、更に子供を産みたいと思う事でしょう。そして子供は口減らしに売られず労働力になる。どうでしょう。父上」

「……」

「父上?」

父上はポカーンとした――かと思えばわなわなと震えだして、外に駆け出した。

「母さん! アレクが、アレクがやっぱり稀代の名君だったぞおおお!」

と、叫び声をあげて執務室から飛び出した。

そんな父上を見て、マリはポカーンとした。

「マリは初めてだったね。大丈夫、あれがいつもの父上だから」

「そ、そうなんですね」

「というわけでマリ、仕事追加。後で減税の布告の文章を書いてね」

「――はい!」

喜ぶマリ。

数日前まで貴族の屋敷と関係ない所で暮らしていた彼女の笑顔は、そのまま減税の効果と意味を示しているのだと感じた。

これが上手く行けば、カーライル領は――。

「おう! 邪魔するぜ義弟!」

「ボウズ、相談があるのじゃが」

「アレク君、私の話を聞いてくれ」

父上が出て行ったドアから、ホーセンにミラー、そしてアンジェの父上が続々と入って来た。

父上と愉快な仲間達の面々が急に押しかけてきて――

「どうしたんですかみんな?」

「おう、税金取り過ぎて金が余ってんだ、義弟使い道考えてくれ」

ホーセンがいうと、他の二人も頷いて私を見た。

……そうだった。

父上と愉快な仲間達の前に、彼らはアレクサンダー同盟領の領主達で、カーライル領と似た政策で統治している。

私も色々手伝っている。

それでやってきた三人。

カーライル家同様、彼らも資産が史上最高を記録したのかもしれない。

そんな三人の闖入に、隅っこのマリは。

「まさかこれも……そうならすごい……」

と期待の目をしていた。

当然、私は。

「減税したらどうかな」

と、三人に提案したのだった。

「ふう……」

ホーセン達が大喜びで自分の領地に戻っていって、マリにも今日の仕事はおしまいと書斎から出した。

書斎の中、残されたのは私一人。

「やらかしたね」

「エリザ」

静かに書斎に入ってきたのはエリザ。

私服の、お忍び姿のエリザだった。

彼女は私の横まですぅ、とやってきた。

「やらかしたってどういう事?」

「免税」

「うん?」

「あれは薬にして毒よ? 賢者の石――賢者の剣をもってるアレクには歴史上それをやった国がどうなったか、分からないはずないわね」

「そうだね」

エリザのいうとおり、それはある意味毒だ。

いや、毒に変化する、と言った方がいい。

「人間は一度知った蜜の味を決して忘れられない。一度ゼロまで下げたら、上げる時暴動起こるわよ」

「僕が生きてる間は大丈夫。どうにかする」

「生きてる間は?」

「うん、でね、僕が死ぬ直前に上げればいい。上げた後に僕が死ねば、悪名と怨嗟はそのまま僕があの世まで持って行く。万事解決とまでは行かないけど、僕が生きてる間のあと60年くらいの繁栄に比べれば、プラスマイナスでプラスかな」

「……悪を行う事も覚えたのね」

「うん、創造神の一件で学んだ」

「なかなかの反面教師だったわね、俗物にもそれなりの価値はあったわ」

エリザがそう言ったきり言葉が途切れた。

書斎にシーン、とした空気が流れる。

気になってエリザを見る。

エリザは、今までに見たことのない表情をしていた。

その顔がどういう物なのか……私は知らない。

「余は……為政者だ」

「うん?」

いきなりなんだ? と思ったらエリザはものすごく真剣な顔になった。

皇帝、エリザベート・シー・フォーサイズ。

そういう時の彼女の顔だ。

「清濁併せのむ事ができる、そして自身の痛みを厭わぬもの。為政者として最上の資質だと思っている。大抵はどちらか片方だけ。前者だけなら腐敗まみれに、後者だけでは理想しか知らぬおろか者だ」

「そう」

「卿に禅譲したくなった、それほどの思いだ」

「それはダメだよ、さすがに」

エリザは静かにうなずいた。

帝国には伝統がある、皇帝といえどそれは出来ない。

それに、エリザも知っている。

今更私に皇帝を譲っても何も変わらない。

「もう一つ、強くなった思いがあるわ」

一転、エリザは普段の女口調にもどった。

このエリザと付き合いの方が長くてなじみがあるが、やっぱり、知らない顔だった。

熱に浮かされているような、なんというか――。

「――ん!」

エリザの顔が一気に近づく、視界が彼女の顔に遮られる。

最後に見たのはエリザがまぶたを閉じる所。

感じたのは――エリザの柔らかい唇。

一瞬の事、一瞬だけの事。

エリザと、唇同士のキスをした。

「あなたの女になりたい。そっちは……許されるはずよ」

初めてエリザとしたキスはいろいろが混ざりきってて。

とにかく、幸せな気分になった。