軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08.善人、うっかり人助けをする

「うーん、むむむむむむ……」

屋敷の中。

執務が多くなってきた書斎でもなく、くつろぎの庭でもない。

普段はあまり使わない、リビングで私は唸っていた。

「どうしたんですかアレク様」

「アンジェか」

部屋に入って来たアンジェは不思議半分、心配半分な顔をしていた。

「実はね、どうやって悪い事をしようかって悩んでてね」

「悪いことですか?」

「うん、あの天使の事。彼女を困らせない為にも、どうやら僕は定期的に悪い事をした方がいいらしいんだ」

「分かりました、お姉様に連絡します!」

無邪気な笑顔でリビングから飛び出そうとするアンジェ。

私は彼女を呼び止めた。

「ちょっと待ってアンジェ、どうしてエリザに?」

「えっと、お姉様から言われてたんです。アレク様は近いうちに悪い事が思いつかないよーって悩むから、そうなった時に連絡しなさいって」

「まるで名軍師みたいな読みだね」

「あっ、ごめんなさい。伝言もあるの忘れてました。ありがとうございますアレク様、呼び止めてくださって」

「伝言?」

「はい! 神基準で悪いことだけど、誰も困らないから安心していいよ。です」

「ますます名軍師だね」

先回りしてたエリザの事をすごいなと思った。

翌日、屋敷に一台の馬車がやってきた。

庭に止まった馬車の前に出ると、その馬車から一人の若い男が跳び降りてきた。

「あれ? どうしたのエリザ、そんな格好して」

男はエリザ――の男装だった。

「ちょっと、一目で見破らないでよ」

「いやすごいよ、格好から表情、それに仕草、あっ、空気もだ。全部が男の人だよ」

「さらっと見抜いた後にそんなことを言われても微妙だわね」

「しょうがないよ、長い付き合いなんだから。エリザがどんな格好してても僕には分かるもん」

「えっ……」

エリザは驚き、何故か頬が赤く染まった。

「どうしたのエリザ、顔、赤いよ?」

「うるさいわね、誰のせいだと思ってるのよ」

「……ぼく?」

何かしたんだろうか。

「はあ、もういいわ。それよりも馬車にのって」

「大丈夫なの?」

「ふっ、誰に物を言ってるの? 宮殿は悪徳の巣窟よ」

エリザは腰に手を当てて大いばりした。

ものすごい説得力だ。

私は言われた通り馬車に乗り込んだ。

エリザも馬車に乗ってきて、慣れた手綱捌きで馬車を走らせた。

「何処に行くの?」

「娼館」

「娼館?」

「そ、色欲は神的には罪。子供を産まない色欲はね」

「なるほど」

確かにそうだ。

というか……それを思いつかなかった私もどうなんだ?

神が定める大罪はいくつもあって、その中でだれも不幸にしないのが娼館だ。

「そりゃね。普段から思ってもないことは思いつけない物よ」

「心を読まないでよ名軍師様」

苦笑いしつつエリザに抗議した。

「そうだ、今のうちに注意点を二つ」

「なんだい?」

「あたしはエール、あんたはアレスね」

「偽名だね、分かった」

貴族が娼館通いをすることなんて珍しくない、私が通ったのが噂になったとしても何の問題もない。

むしろ、一定数の貴族はそれで親しみを感じて、関係が良好になったりすることさえある。

が、エリザはそうはいかない。

皇帝もお忍びで娼館に通うことはよくあるが、エリザは女性だ。

さすがにそれはいいことだとはとても言えない。

「それと、身請けはダメよ」

「……ありがとうエリザ」

私は苦笑しながらお礼を言った。

彼女がこれを言ってくれてなければ、なんかの弾みで娼婦を身請けしちゃう可能性がある。

身の上話とか聞いた後に。

今日は悪い事をしに行くのだ。

私は、自分にそう言い聞かせた。

一時間ほどして、馬車が止まった。

「ついたよ」

エリザが先に跳び降りて、私も馬車から降りた。

「へえ」

街の中ではなかった。

そこは湖のそば。

後ろに山があって、鏡のように綺麗な湖。

その湖の畔に別荘の様な屋敷があった。

規模はカーライルの屋敷に勝るとも劣らない物。

「ここがそうなの? 普通の娼館とはだいぶイメージが違うけど」

「いろんなお大尽が秘密に遊ぶ場所なんだよ」

エリザ――いやエールは男言葉になった。

何かをやったのか、声もちゃんと男の声になってる。

メイドをやってる時も思ったけど、すごいよなエリザ。

そんなエリザに案内される用にして中に入る。

下手に口を開かず、エリザに任せた。

すると、設定が大体分かってきた。

遊び上手の従兄が、まだ女を知らない従弟のために一肌脱いだ。

事実にかなり近い設定だ、その設定に乗っかることにした。

屋敷の一階、パーティーホールの様な所に案内されて、エリザとともに上質な椅子に座らされた。

そして私達の前にたくさんの美女が現われた。

様々なタイプの、様々な美女。

彼女達は次々に部屋に入って来て、私達の前に並んだ。

魔法学校の卒業式とかでやる、記念集合写真をとるような感じで並んだ。

数えてると、全部で30人。

彼女達は全員が笑顔で俺とエリザを見ていた。

「エリ――エール兄さん、どうすればいいの?」

「好きなのを選べばいいのよ。まあこういう時、奥さんと正反対のタイプを選ぶ人がおおいけどね」

「なるほど。ちなみに一番いい方法は?」

エリザは聡い、私の言わんとする事がキッと分かる。

私はここに悪事を働きにきた。

私よりも神基準の悪事を理解しているエリザに、そうする為のアドバイスを求めた。

「全員だね」

「全員」

「うん、全員を選んで淫らで退廃的な一時を過ごすのよ」

「なるほど、字面からしてもうそれしかないって感じだね」

「そういうこと」

でもそうか、全員か……。

それはどうするんだ?

いや一対一ならわかる。

これでも前世はもうおっさんと言われる位生きてて、人並みの知識はある。

でも普通のおっさんだったから、30人全員というのは何をどうすればいいのか想像もつかない。

さてどうするか。

「ひゃっ!」

隣から小さな悲鳴が聞こえた。

見ると、12、3歳くらいの小間使いの少女がお茶の入った器を落としていた。

茶器が空中で落下をしてる。

かなり高価な茶器だ、このままだと彼女が叱られる。

助け――。

と思った瞬間手が止まった。

茶器は床に落ちて、粉々に割れた。

「ご、ごめんなさい!」

ちょっと胸がズキッと痛んだ。

その痛みをごまかすために話しかけた。

「キミの様な子もいるんだね」

「えっ」

女の子は何故か嬉しそうな顔をした。

一方、茶器が割れたのを知って、エリザと私をホールまで案内してきた男が駆け寄ろうとした。

間違いなく女の子を叱責する為だが、私は手をかざして止めた。

今は、女の子の嬉しそうな顔の理由が知りたかった。

「どうして……今嬉しそうな顔をしたの?」

「あっ、ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。どうしてだい?」

「その……あの……」

「うん」

無理に促さず、頷き、穏やかさを意識した微笑みを浮かべて、彼女の返事を待った。

「私を気に入ってくれたのかな、って」

「気に入るといい事があるの?」

「お金を、多くいただけるから」

「なるほど」

小間使いよりも客のお手つきの方が割がいい、か。

「お金を稼いで、学校に行きたいんです」

「学校?」

「はい、字を覚えたいんです」

「字を。字だけ?」

「はい」

「へえ。どうして?」

「分からないです。でもお触れとか、いろんな所で字を見るとドキドキしたりわくわくしたりするんです。なんか文字に色々すごいのがあって、そのすごいのを知りたいんです」

かなりふわっとした説明だが、気持ちはわかった。

私は腰を屈んで、割れた茶器の破片を一つ取った。

それに物質変換の魔法をかける。

光が手のひらから溢れた。

それが収まった後、私の手のひらにあるのは茶器の破片ではなく、リンゴだった。

リーチェの黄金林檎を参考にした、賢者の石をかなりスペックダウンさせたもの。

それをはっきりと形にしたのがこのリンゴだ。

「これ、食べて」

「えっ?」

「食べてみて」

驚く少女、彼女はおずおずとリンゴを受け取って、一口かじった。

その間私は床にこぼれたお茶をつかって、そのまま地面に字を書いた。

「どうか」

「読めます! 字が読めるようになってます」

「うん」

「こ、これは?」

「知識の実とでも言うのかな、そのリンゴにはあらゆる文字の知識が入ってる。どんな文字でも読めるようになってるはずだよ」

うん、これでいい。

何か思うところがあるくらい「文字」に思い入れのある子だ、ちゃんと、わかる用にしてあげた方が幸せだろう。

そう思ってリンゴを食べさせた私だが。

「はいしゅーりょー」

「え?」

エリザの方に振り向く、彼女は呆れた目をしていた。

「ダメって言っても息をするように人助けしてるし」

「あっ……」

ハッとして、少女を見る。

「ありがとうございます!」

彼女は、ものすごく私に感謝していた。