軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.善人、更に気に入られる

屋敷の執務室。

いつもは父上が使っている机に、エリザが座っていた。

「…………」

隣から父上が生唾を飲んだのが聞こえてきた。

気持ちはわかる。

直前まで砕けた態度のエリザが、机の前に座ってペンを取り、背筋を伸ばした途端。

空気が厳かになった。

皇帝、エリザベート・シー・フォーサイズ。

服に権威をまとわなくても、紛れも無い皇帝その者だ。

彼女はペンをさらさらと走らせたあと、あらかじめ用意したナイフで自分の人差し指の先端をさした。

鮮血がぷっくりと、一滴指先から垂れて――空中で止まった。

厳かな表情のまま呪文を唱える皇帝。

赤い血が拡散して、帝家の紋章となって、紙にプリントした。

魔法を使ったハンコだ、高度ではないが特殊な血筋でなければ使えない魔法で、皇帝の勅書の証明に使われるものだ。

エリザはの勅書を丸めて紐で結び、父上に渡した。

「頼むぞ、カーライル卿」

「はっ、お任せを」

父上はいつものと百八十度違う恭しい態度で勅書をもって、部屋から出て行った。

「あれはなんなのですか?」

「天領親衛軍に討伐の出陣を命じた勅書よ」

椅子から立ち上がったエリザ、口調も雰囲気も、一瞬で皇帝からエリザに戻った。

その切り替えの速さも気になるが、今は勅書の事がもっと気になった。

「出陣? 僕にやれっていう話じゃなかったの?」

「そうよ。例の反乱、親衛軍に何回も討伐をさせているのだけど、決定的な戦果をえられないまま時間だけが経っている」

「そうなんだ……ならどうして出陣を命じたの?」

「親衛軍にはいつも通り出陣してもらうわ。その間に――」

エリザは私をみて、にやり、とイタズラっぽく笑った。

「切り札で敵の大将首を一気に取るのよ」

「……なるほど」

天を仰ぎたくなった。

反乱制圧と聞いてやった事もない軍を率いらせられるのかなと思ってたから、そうじゃないことにほっとしたが。

こっちはこっちで、大変すぎる作戦だった。

妖精の丘とも呼ばれる、ハイベア地方。

帝国におけるあらゆる商活動の中心地で、ここだけで帝国の税収の二割はしめている土地。

それ故統治は貴族任せではなく、帝国自ら治めているので、天領とも呼ばれている。

そのハイベアの近くにある、クーラウの砦。

反乱軍が占拠している砦に、天領親衛軍が攻撃をしかけていた。

それを、人が豆粒にしか見えないくらいに離れた距離からみている、私とエリザ。

「始まったね」

「始まったね……」

「さあ、どうしてくれるのかしら」

「なんか、わくわくしてませんか?」

「してるわよ?」

エリザはあっさりと、「何を当たり前の事をきいてるんだ?」って顔をした。

「カーライル卿から耳にたこができるほどあなたのすごさを聞かされているのよ。だったら実際どんなものか、みてみたくなるものでしょ」

「父上……恨みますよ……」

私ははあ、とため息をついてから、気を取り直して背筋を伸ばした。

「確認だけど、潜入して反乱軍のリーダーを捕まえればいいんだね」

「ええそうよ。殺しても構わないわ。どのみち帝国法で反乱は死刑よ」

「そっか。もう一つ確認。あなたもついてくるの?」

「もちろんよ、ちゃんとこの目で見定めるわ」

迷いなど一欠片もないって感じで即答するエリザ。

さてこの状況だとどうするのかしら? って言われたような気がした。

私は少し考えて、魔力球を作った。

魔力を放出して、それを回して球状に整える。

今度は黄色の、土属性の魔力球だ。

それを三つ作りあげる。

「それをどうするの?」

「こうするよ」

魔力球を回しつつ、地面に送った。

土属性の魔力球に触れた途端、地面がえぐれた。

まるで熱したナイフでバターを溶かすかのようだ。

なんの抵抗も無く、地面が魔力球によってえぐられていく。

「これは?」

「階段だよ、一応足元気をつけてね」

土の魔力球で階段を作りつつ地中に向かって掘っていく。

地下三階くらいの深さ、上の声がまったく聞こえなくなった所で、今度は水平に掘り始めた。

魔力球でほりながら進む。

その速度は、子供の私が普通に歩くのと同じ速度だ。

「地下を掘って行くのね」

「うん。これならあの乱戦の中でも砦に侵入できるでしょ」

「どこからでればいいのか……場所は大丈夫なの?」

「それは大丈夫」

いったん足を止めて、魔力球を上に飛ばした。

魔力球は真上に飛んでいき、地上に飛び出た。

地上に繋がる穴から光が差し込む。

「こんな感じでどこにいるのか把握しながら進むつもりだ」

「なるほど」

魔力球を戻して、再び、穴を掘っていった。

「しかし……こんなの初めてみたわ。すごいわね」

「この掘り方?」

「掘りながら進むなんて普通じゃありえないじゃない?」

「それはそうかも」

私は苦笑いしつつ、更に掘り進める。

一定の距離で上に魔力球を飛ばして、現在位置を確認。

やがて地下道は何事もなく外壁を抜けて、砦の地下に入り込んだ。

すると今度は徐々に上に掘り進めて、地上に出られるようにする。

坂を登り切って、土の魔法球が掘った穴で地上に出た。

「ここは……建物のなか?」

「確認したかぎり砦の中で一番立派な建物だよ。多分ここにいるんじゃないかな」

「よし、じゃあ行くわよ」

しきるエリザに微苦笑しつつ、地下道からでた。

外は怒声と悲鳴、そして金属音のぶつかり合いがこだましていた。

私たちは潜入した建物の中を進む。

「こっちね」

「うん」

エリザがずんずん進む、私も一緒になって進む。

こういう、何かの集団の中心人物が使うような建物は、構造にパターンがみられる。

指揮する都合上、威厳を保つ都合上。

皆、おなじような所に作られている。

そのパターンを私もエリザも知っている。

それでずんずん進み、一際、立派な部屋の前に来た。

「話し声が聞こえるわ――これって」

「どうしたの?」

「何を話してるのか聞きたいわ、出来ればばれずに」

「ならこうしよう」

地下道を掘ってきた土の魔力球を使った。

熱したナイフをきるように、壁をまんべんなく削っていく。

重厚な扉と壁が削られた、板一枚の安普請になった。

そして、中の話し声が聞こえてくる。

「そろそろ頃合いかな」

「ええ、ある程度の 戦功(、、) も出来たことだし、そろそろ撤退させる」

「一応追撃は送っとくぞ。俺たちが八百長をやってるのがばれたら今までのが台無しだからな」

「分かってる、上手くやれよ」

「ああ」

会話は一通り終わった。

部屋の中に男が二人いるようで、片方の足音が近づいてくる。

そして、ドアが開く。

「ん? 子供がなんでここに――あなた様は!」

貴族の格好をした男はまず子供の私をみて小首をかしげ、その後エリザの姿を見てぎょっとした。

「へ、陛下。何故ここに?」

「フレミング卿、今の話はどういう事か?」

「そ、それは……」

フレミングと呼ばれた貴族の男は焦り、一瞬で脂汗がだらだらと流れ出した。

「おいフレミング、そいつらは?」

「……子供はしらん。こちらは皇帝陛下だ」

「なんだと?」

驚くもう一人の男。

「てめえが裏切った……って面じゃねえな。ってことはてめえも泳がされて、全部ばれてしまった、と」

フレミングは苦虫をかみつぶした顔をした。

エリザの顔もますます険しくなる。

「八百長……手を結んで小芝居をしてたって事だね」

「なぜそうする必要がある」

「戦費だよ」

私はエリザに説明した。

「討伐でも、軍を出せばお金が動くからね。例えば死んでない人を戦死したと報告して遺族にはらう報奨金を不正受給させる。本人はもちろんもらうけど、このひとたちも中抜きができるんだ。それで冷めたらまた入隊させて、そして討伐して、また偽の戦死――一種の錬金術だね」

「……フレミング卿」

エリザ――皇帝の声のトーンが2オクターブ下がった。

「……ふっ、こうなっては仕方ない」

「だな。お前が殺るか? それとも俺が殺ってやろうか?」

「心配するな、手心は加えない」

二人の目が、言葉が危険なものになった。

口封じ。確かに今なら二人を殺せば事はすむから、正しい選択肢なのかも知れない。

「申し訳ない、こうなってしまったからには、陛下にはお隠れいただく」

「……」

「御免!」

フレミングは腰にあった、華美な装飾剣を抜いて、躊躇なくエリザに向かって振り下ろされた。

エリザは動かなかった――私が動いた。

瞬時に作った炎の魔力球で、フレミングの装飾剣を溶かす。

父上のオリハルコンの大剣さえも溶かした魔力球だ。フレミングの剣の刀身は一瞬で跡形もなく消えてなくなった。

続いて、黒の魔力球を作る。

それを二人の男にぶつける。

子供だと思っていた私の魔法に驚き戸惑う二人に、魔力球が直撃した。

――ドサッ!

二人は糸が切れた人形のように、倒れて動けなくなった。

「な、なんだこれは」

「生命力、まあ体力だけど、それをごっそりと消し飛ばすものだよ。肉体にはまったく損傷は与えないけど、丸一日走り続けた位の疲労にはなってるはずだよ」

「なんだそれは、そんな魔法、聞いた事もないぞ」

「ありえん! そんな高度そうな魔法をこんな子供が!」

驚愕する二人。

そんな事をしてる場合じゃないと思うんだ。

案の定、エリザが一歩前に進みでた。

背筋を伸ばして、皇帝陛下の顔をして。

冷たい目で、二人を――特にフレミングを見下ろした。

「帝国皇帝エリザベート・シー・フォーサイズの名において宣言する。フレミング・ルズ。その者の全ての地位と権利を剥奪する」

地下道の中。

気を失わせて二人を、魔法で運搬する私。

ちなみに地下道は土の魔力球を使って、元通りに埋め直した。

これで誰もおっては来れない、私たちは悠々と脱出が出来る。

あとはこの二人をつれて帰り、父上とエリザ――皇帝に全てを任せて、一件落着だ。

そんなエリザ、さっきから私をじっと見つめている。

「どうしたの?」

「……さっきはありがとう。助かったわ」

「当たり前の事をしただけだから」

「人に……命を救われたのは初めてだわ」

「命の危機なんて人生にない方がいいからね。救われた経験もない方がいいさ」

「……」

おどけて言う私、エリザは更にじっと見つめてくる。

「どうしたの?」

「う、ううん。なんでもないわ」

エリザは頬をそめて、顔を背けてしまった。

一体、どうしたんだろう。