軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24. 奇妙な夢

24 ~リリィ視点~

「……はあ」

溜め息が、涼やかな山の空気に溶けていく。

わたしはひとり山を歩いていた。

襲来した『韋駄天』を撃退するためにガーベラが起こした崖崩れに巻き込まれ、他のみんなとは逸れてしまったためだった。

いまは、ご主人様のもとに向かっているところだった。

「……」

爽やかでさえある山の空気とは裏腹に、わたしの足取りは重い。

そして、それ以上に心が重い。

「はあ」

もう一度、溜め息。

……また、ご主人様をちゃんと守ることができなかった。

もちろん、『守ることができなかった』とは言ったものの、現在、彼は無事だ。それはパスを通じてわかっている。

だが、それは結果論だ

わたしがご主人様を守れなかったという事実は変わらない。

わたしは飯野が襲いかかってきたあのとき、ご主人様の一番近くにいた。

それなのに、いともあっさり飯野を通してしまい、ご主人様は殴りつけられた。

飯野にそのつもりがなかったから良かったようなものの、そうでなければ、今頃ご主人様の命はなかっただろう。

そのあとだって、無様なものだった。

何度攻撃しても、飯野に攻撃は通らなかった。

あしらわれるばかりで、それさえも手加減されていたと知らされれば、落ち込みもするというものだ。

「強くなったって、思ってたんだけどなあ……」

ぼやいた言葉は、一面では事実でもある。

チリア砦で十文字に一蹴されたことで、わたしは自身の力不足を痛感した。

どうにかしようと努力してきた。

その結果、わたしは間違いなく強くなった。

単純な戦闘経験もそうだが、モンスターの格としても、いまのわたしはご主人様と出逢ったときの比ではない。

特にチリア砦では、たくさんのモンスターを捕食した。

わたしの身の裡には、いまや何百というモンスターが渦巻いている。

ひとつの姿のままでは、その力を十全に発揮することはできないとはいえ、樹海表層部のモンスターでは相手にならないくらいの戦闘能力を発揮することができるようになっているのだ。

……それでも、『韋駄天』飯野優奈を相手取るには、全然足りていなかったのだけれど。

もちろん、相手が悪かったというのもある。

コロニーでも名高い『韋駄天』の飯野優奈。

チート持ちで構成された探索隊でも数の少なかった、二つ名持ち。

言うなれば彼女は、ほとんどこの世界最強の戦士だ。

探索隊の十文字に食い下がることのできたガーベラでさえ、蹴散らされたのだ。

わたしでは対抗できずとも仕方ないところではある。

だが、実際に十文字、飯野と、ここ二カ月という期間で衝突する羽目になっている以上、そんなことを言っていられない状況なのも事実だった。

……わたしは、どうすればいいのだろうか?

わたしだって、ただ遊んでいたわけではない。

たとえば、部分擬態。

実現すれば大幅なパワー・アップが見込めるものと考えて、わたしは少女としての姿を擬態したままで、体の一部だけを別のモンスターの姿に変えられないかと、試行錯誤を続けてきた。

けれど、それはうまくいっていない。

うまくいく見込みもない。

種としての限界が、壁となってわたしの前に立ち塞がっているからだ。

かといって、もうひとつの方策――水島美穂のチート能力を擬態することもできずにいる。

不可避の劣化を伴うわたしの擬態能力では、チート能力という規格外の力を再現することはできないということか。

それとも、そもそも水島美穂本人がチート能力に覚醒していなかったため、擬態する対象がないからか。

いずれにせよ、結論は同じ。

結局のところ、偽物のわたしにはどうあがいても届かないものがあるのだ。

そんな当たり前の事実が、胸に痛くて。

その痛みが、寄せては返す波のように、益体もない思いを呼び起こさせる。

――ここにいるのが、わたしでなくて水島美穂であるのなら。

――偽物ではできないことが、本物にならできるだろうに。

それが意味のない仮定だということはわかっている。

悪い傾向だということもわかっている。

それでも、ここ最近は特に、こうしたことを考える機会が多くなっていた。

わたしが本物でありさえすれば、と。

偽物だからこそ、思わずにはいられないのだ。

……もっとも、加藤さんにはまた別の考えがあるようだった。

彼女が言うには、わたしの擬態能力に伴う劣化は、『できない』のではなく『できるけれど不完全』になるはずなのだとか。

である以上、水島美穂が転移者として持っていた『チート能力を発現する素質』とでもいうべきものを、不完全にせよ擬態することができるはずだ――というのが、彼女の主張だった。

偽物かどうかは関係ない。

なにか他に原因があるはずだ。

なるほど。言われてみれば、確かにその通りであるような気もする。

……だからといって、できないという事実が変わるわけではないのだけれど。

「はあ」

もう一度、無意識に溜め息をついてしまったことに気付いて、わたしはかぶりを振った。

うじうじと考えていても仕方ない。

ひとりでいるのがいけないのだ。どうしても気持ちが落ち込んでしまう。

早くご主人様たちに合流しないと。

自然と足取りを速めて、わたしは先を急いだ。

「……ご主人様」

胸のなかにじりじりとした思いが募る。

早くこの目で、彼の無事な姿を確認したい。

目的地になかなか着かないのがもどかしかった。

もう結構な時間、歩いているはずなのだけれど……。

「……あれ?」

というか、わたしはどれだけの時間、こうして歩いているのだっけ?

看過できない疑問に突き当たって、わたしはぴたりと足をとめた。

ちょっと待ってほしい。

おかしい。どうしてわたしは、そんなことさえわからないのだろうか?

「わからないのも当然だよ」

気付けば、ひとりの少女が目の前にいた。

「だって、これは夢だもの」

――途端、世界が砕けた。

歩いていた山の景色がガラスみたいに飛び散って、わたしは暗闇に投げ出された。

反応のひとつもできなかった。

真っ暗な世界のなか、目の前には、さっき声をかけてきた少女が浮かんでいる。

手を背中に組んでやや前傾姿勢になり、水の中のように亜麻色の髪を揺らめかせて、わたしの顔を下から覗き込むようにする彼女は――『わたし自身』だった。

……なるほど。

この唐突さ、意味不明さは、確かに夢のものに違いない。

明晰夢というやつだろう。

だけど、それはいったい、どこからだろうか。

わたしは確かに、崖崩れに巻き込まれて引き離されてしまったご主人様と合流すべく、山を歩いていたはずだ。

それから……それから。

なにがあった? 思い出せない。

額を押さえたわたしに、目の前の『わたし』が尋ねてくる。

「おかしいことは、他にもあるでしょ?」

他にも? ……ああ、確かに。

わたしはミミック・スライム。睡眠の必要のないモンスターだ。

それなのに、どうして夢なんて見ているのだろうか?

当然のことながら、夢を見るためには、意識を保っていてはならない。

現実世界のわたしは、意識を失っているということだ。

なにかがあったのだ。意識を失うような、なにかが。

「さあ、起きて」

そうだ、起きないと。

「早くしないと、『真島くん』が死んじゃうよ――」