軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

エピローグ

帝都での戦いから三ヶ月が経った。

おれは、アケルに戻ってきていた。

戻ったのは二ヶ月ほど前のことだ。

アケルへの旅程自体は、島津さんの『妖精の輪』の力であまりかからなかったのだが、帝都を出るのに少し時間がかかったのだ。

なにをしていたのかといえば、主には聖堂教会との折衝だった。

これまで聖堂教会は、この世界を安定化させている『世界観』を脅かすおれたちの存在を危険視していた。

実のところ、すでにこれは問題ではなくなっている。

初代勇者が定めて以来誰も触れることのできなかった『世界観』に、おれが修正を施したからだ。

中嶋小次郎との戦いのなかで、おれは『接続者』として完成した。

初代勇者にできたことをできない理屈はない。

リリィたち眷属の存在を組み込むかたちで『世界観』を構成し直したので、聖堂教会はこちらに手出しをする理由がなくなった。

というより、むしろ保護するかたちで動くことになる。

意識を取り戻したハリスンは、今後の協力を約束してくれた。

最初から彼は嫌悪感や敵意ではなく、あくまで世界を守るためだけに敵対していたので、これは当然のことと言える。

あの鋼鉄のような男が、そのときばかりはどこかほっとした様子だったのが印象的だった。

また、初代勇者の時代に作られた安定化機構そのものについても話し合った。

なにしろ、千年以上も前に作られた代物だ。

これまでは介入の手段がなかったため、既存の『世界観』に世界のほうを合わせ続けなければならなかった。

それでは、無理が出るのは当たり前だ。

しかし、おれが『接続者』として完成したいま『世界観』のほうを時代に合ったかたちに変えていくことも可能になった。

この点だけは、中嶋小次郎と引き起こした騒動の思わぬ副産物と言えるだろう。

これからは聖堂教会と協力していくことで話はまとまった。

ただ、聖堂教会で要職をくれるという話もあったのだが、これは固辞させてもらった。

もっとも、これはこちらの気持ちの問題だけでない。

いくら世論の誘導を行うとはいえ、これまで問題の渦中にあった『モンスター使い』がいきなり要職に就くのでは、事情を知らない人々のなかには不安を抱く者も多いだろう。

それに、世界の根幹とも言える部分を書き換える力は、ある種の劇薬だ。

自在に扱えるおれの存在と、そのためのキーとなる『世界の礎石』は、独立して管理されたほうがいい。

もちろん、ゆくゆくは状況は変わるかもしれないけれど。

いまは当初の予定通り、アケルに戻ろう。

みんなで相談をしたうえで、そう結論づけて、おれたちは帝都を離れたのだった。

***

アケルへの旅路は、来たときのメンバーに加えて、幹彦や団長さん、同盟騎士団の騎士たちも一緒だった。

戻ってきて最初の一週間ほどは、王宮で過ごした。

ただ、いつまでも客人の立場のままではいられない。

アケルの王家とも相談して、今後について決めた。

おれの望みは、旅の始まりから変わらない。

眷属のみんなと生きていくことだ。

おれたちは以前に放棄されたシランの生まれ故郷の開拓村で、新たな生活をスタートさせることにした。

「思ったよりも遅くなっちゃったねえ」

「サーマ」

「仕方ない。こればっかりはな」

夕刻、おれはリリィを伴って、とある店舗を訪れていた。

「ゴシュ、サマ! ハヤク!」

薄ら透けた少女姿のアサリナが、緑色の髪をひるがえして楽しげに扉をすり抜ける。

続けておれもドアベルの音を鳴らして扉を開けると、店内に足を踏み入れた。

「あ。先輩」

先に入ったアサリナの相手をしていた加藤さんが、こちらを振り返る。

穏やかで控えめな微笑みが向けられた。

「お帰りなさい。王宮のほうでのお話し合いは終わったんですね」

「ああ。新しく人を寄越したいと言っていたよ。細かいところはメルヴィンさんたちが詰めるから、おれたちはキャスさんに頼んで先に帰ってきたんだ」

立場上、おれは王都まで行き来することが多い。

王宮から開拓村までは遠いが、ドラゴンの翼なら障害物もなくひとっとびだ。

王都では空飛ぶドラゴンの姿は慣れたものになりつつあるらしい。

話をしていると、店の奥からローズが出てきた。

「よくぞお越しくださいました、ご主人様。と言っても、まだ殺風景でお恥ずかしい限りですが」

「そうか? この店舗に顔を出したのは一週間ぶりくらいだが、ずいぶん準備が整ったように見えるが」

「ふふ。ローズさんはこう言っていますけど、進捗は悪くないですよ。このぶんなら、半月以内には店を開けると思います」

ひとところに腰を落ち着けれたからこそ、できることというのはある。

優れた魔法道具の作り手であるローズは、前々から考えていたらしい店を始めるために動いていた。

お手伝いとして加藤さんが、共同でガーベラが手を貸している。

主にはローズが作った武具や生活雑貨を置き、ガーベラは衣類などを提供する予定だ。

ただし、当面の目的は生活費を稼ぐことよりも、村の人々との交流になる。

というのも、特にローズの作る物品は、下手をすると現状の一部生産品に関して、経済活動を大きく変動させかねない可能性があるからだ。

「そういえば、このお店について、フィリップさんはなにか言っていましたか」

すっと寄ってきた加藤さんに、おれは首を横に振ってみせた。

「なにも。前に注意してくれた点について気をつけてくれればいいって」

「格安で超高品質の物品を下手に大量に流通させれば、既存の産業との間に摩擦が生じる可能性がありますからね。特にローズさんの場合、原材料を自分で調達できますから」

「アケル王家としては、高品質の武具なんかは喉から手が出るほどほしいっていうのも本音みたいだけどな」

人の命がかかっていることだ。

とはいえ、人の命を救うために供出したせいで、これまで産業を支えてきた人たちが露頭に迷い、結果として生活と命さえ失うような事態になれば目も当てられない。

「そのために不幸になる人がいたら、先々を考えると不必要な禍根を残すことになる。流通は試しつつ、ちょっとずつだな」

受け入れられつつあるとはいえ、眷属の存在が異物になりうる危険性はゼロではない。

さいわい、いまのところは心配するようなことはまったく起きてはいないが、気は遣い過ぎて困ることはないだろう。

「その点、開拓村は貨幣経済で回っているわけではないからな。ほとんど影響を考えなくていいのは助かる。もっとも、それは客が少ないということでもあるんだが……ローズには悪いな」

視線を向けると、ローズはこくりと首を傾げた。

「お気を遣わずともかまいません。わたしは、真菜とお店をやれればそれで満足ですので」

「ローズさん……!」

感極まった声をあげて、加藤さんがローズに抱き着く。

リリィが肩を揺らした。

「相変わらず仲がいいねえ」

「だな」

おれは頷き、加藤さんを受けとめたままのローズがこちらを向いた。

「ご主人様たちは、これからまだ用事はあるのですか?」

「いや。家に帰るつもりだ」

「そうですか。では一緒に参りましょう。どうやらロビビアたちも、帰ってきたようです」

***

新築の店舗を出ると、そこに広がるのは夕暮れに沈む村の景色だ。

村の入り口のほうに向かうと、途中、訓練用の装備に身を包んだ兵士に指示を出すシランの姿があった。

彼女自身も騎士鎧に身を包んでいる。

「お疲れ様。頑張っているみたいだな」

「ああ。孝弘殿。ちょうど良かった。今日の訓練が終わったところだったのです。孝弘殿はどちらへ?」

「ロビビアたちを迎えに行く。シランもどうだ」

「ご一緒します」

鎧の胸に軽く手を当ててみせると、彼女は指導をしていた人々に声をかける。

おれも彼らに手を振ってから、歩を進めた。

「みんなの調子はどうだ」

「頑張ってくれておりますよ」

騎士の装いのシランは、誇らしげに微笑みを浮かべてみせた。

「なにしろ、みなで作り上げた村を守るためですからね」

この開拓村は、以前のマクローリン辺境伯軍の襲撃の際に放棄された。

こうしておれたちがやってくる二ヶ月前までは、樹海に覆われていたのだ。

そこから木々を撤去して、改めて家屋を建てて、村の体裁を整えた。

もちろん、おれたちだけの仕事ではない。

この村の現在の居住者は、開拓村の住人達と、竜淵の里のドラゴンたちだ。

彼らと協力することで、復興は急ピッチで進んだ。

また、アケル王家の手引きで、王国軍からも人員が回されている。

王家にはずいぶんと助けてもらっていることになるが、ある程度はお互いのためというのもある。

アケルとしても、おれたちがここに居住することで周辺一帯のモンスターの討伐を任せられれば、王国軍の負担が大幅に減るからだ。

そのあたり期待はしているようで、足りない人手を補うために、さらに移住者を募る予定だと聞いていた。

復興というよりも、ほとんど新しく開拓村を立ち上げ、発展させていくかたちだ。

そして、それはおれたちにとっても都合が良いことだった。

たとえば、アケルで生活をするにしても、眷属たちを連れて町に移住すれば、どうしても摩擦は避けられない。

住人のなかには、どうしてもモンスターの存在を受け入れられない者もいるはずだからだ。

しかし、最初からおれたちの存在ありきで集落を立ち上げ、発展させていくのなら話は別だ。

おれたちの存在を知ったうえで、わざわざ移住してきたいという人だけなら、問題は最小限に抑えられる。

むしろ問題は移住希望者が現れてくれるかどうかというところだったが、そこは帝都に出発する前に積み重ねた地道な草の根活動の成果が出たようだ。

おまけに、こちらに戻ってくる前に聖堂教会からは和解と今後の同盟を正式に表明してもらっておいたので、状況は改善されている。

明るい村の未来を喜ぶように、シランは目を細めた。

「一度は手放すしかなかった故郷ですから……こうして復興していくのを見ると、胸にくるものがありますね」

故郷の開拓村や、同じ境遇にある人々を守るために剣を取った彼女だ。

単に定住の地を得たという以上の感慨があるのだろう。

「フィリップさんが話していたよ。この開拓村はそう遠くない未来に町に発展するだろうと」

「それが本当になれば、素晴らしいことです。わたしも微力を尽くさなければなりませんね」

普段は開拓村の住人たちを訓練しているシランは、同盟騎士団に復帰している。

現在は出向というかたちで派遣された騎士の代表として働き、村にやってきた兵士の教導も任されている。

樹海にある村や町では自警団を組織するのが普通なので、いずれはそちらを統括する立場になるだろう。

「あ! 孝弘!」

村の入り口では、外から戻ってきた数名の人物を、門を開けて迎え入れているところだった。

そのうちのひとりが赤い髪をなびかせて走ってくる。

抱き付いてくる彼女を抱き留めた。

「ロビビア。おかえり」

「ただいま。ちゃんと、道沿いパトロールはしてきたぞ」

胸に頬擦りをしてくるロビビアが言う。

彼女は、姉たちと一緒に、隣村までの道の安全を確保して帰ってきたところだった。

竜淵の里のドラゴンたちはこの村に住むにあたって、周辺地域の守り手としての役割を得ることになった。

高い戦闘能力を持つドラゴンである彼女たちにしてみれば、モンスター討伐は適任だ。

加えて、近隣の村々の人々にも感謝され、自然に顔馴染みにもなれる。

見た目も人と変わらない彼らは、すでに他の村の人々とも交流を始めており、試みはそれなりに成功していると言っていいだろう。

この村のなかではもっと状況は進んでいて、ドラゴンとしての姿も積極的に晒している。

というのも、現在、この開拓村に住んでいる住人たちは、おれたちと一緒に辺境伯領軍から逃げた際に、ドラゴン姿のロビビアに守られたことがある。

そのため、ドラゴンの存在に慣れていた。

村人が怖がっていないとなれば、派遣されてきている兵士たちも、プライドにかけて自分たちばかり怖がってはいられなくなる。

自然と慣れるのは早かった。

すでに、この村ではドラゴンの姿を見るのは当たり前のことになっている。

徐々に住人が増えていけば、このまま当たり前の光景として定着することだろう。

「それじゃ、また」

姉たちに手を振るロビビアを連れて、みんなで帰路に就いた。

***

おれたちの家が完成したのは、つい一週間ほど前のことだ。

家は、もともと村長の家があった村の中央部に建っている。

これは、一応、おれがこの村の代表者のようなものになっているからだ。

もともとの住人たちから文句が出ないかだけは、少し心配ではあったのだが……この村の村長の家というのは、つまりはシランとケイの実家だ。

彼女たちへの応援のつもりなのか、むしろみんな積極的にここに家を建てるように促してきた。

そうして建てた家は、この世界の開拓村の基準からすれば、とても立派な木造二階建ての一軒家だ。

これは贅沢をしたというよりは、作り手がローズだったというところが大きい。

ちなみに、そんな見た目は立派ながらも普通の一軒家なのだが――その実体は、転移者の魔法を喰らっても大丈夫な特殊仕様になっていたりする。

もうこれプチ要塞だよねー、というのがリリィの感想だ。

というか、ローズ自身は「お城を作ってみたいです」と言っていたのだった。

どうやら帝都の大聖堂に、いたく感銘を受けたらしい。

アケル王城よりも立派な完成予想図を手に子供みたいにキラキラした目をしてやってきたローズと、可愛過ぎてとめそびれたらしい加藤さんがさっと目を逸らした顔が印象的だった。

まあ、さすがに「作ってみたい」で許可を出すわけにはいかなかったのだが、その他のことは相談しつつも好きにさせた。

その結果が、このプチ要塞だ。

ちなみに、いくつか秘密の機能もついている。

拡張性もあるので、ひょっとすると数年後には空を飛んでいるかもしれない。

ともあれ。

建物は広く、眷属みんなで住むにしても部屋がかなり余っている。

まあ、今後『増える』ことを考えれば、広いに越したことはないだろう。

「……ん?」

家に入ろうとしたところで、ふと魔法の道具袋から魔力を感じた。

「通信だ。先に戻っておいてくれ」

そう断ってから、袋のなかから遠距離通信用の魔法道具を取り出した。

帝都にいた間に、ローズが研究して再現したものだった。

オリジナルは素材となる魔石の品質が求められ、細工も超高等技術が使われたとても貴重な魔法道具だが、彼女の手にかかれば時間はかかるにしろ再現は可能だ。

個人の生産なので限界があるとはいえ、さりげなく大きな技術革新が行われているあたり、やはり彼女が社会に及ぼしえる影響は、眷属のなかでも頭ひとつ飛び抜けていると言えるだろう。

「あ。真島。いまいい?」

魔法道具からの声は、飯野のものだった。

おれがアケルに戻った一方で、彼女をはじめ探索隊の転移者たちは帝都に残っている。

探索隊は新体制でまとまり、リーダーを飯野が、副リーダーを島津さんが務めるかたちだ。

といっても、飯野はあの性格だからこれからも世界中を飛び回るだろう。

実質的な指揮は自分が執ることになりそうだと島津さんは言っていた。

このへんは役割分担というか、個人の適性だろう。

中嶋小次郎の腹心十名ほどと、逃げようとしたところを拿捕された栗山萌子は服役することになったが、追跡部隊に参加してそのまま敵に回った四十名の探索隊メンバーについては、騙されていたということで新生探索隊に合流した。

思うところはないでもないが、実際のところ彼らは誰ひとり殺していない。

帝都防衛に参戦してくれた二十名が、殺させなかったのだ。

彼らの心情を考えても、厳罰に処すのは問題のほうが大きい。

それに、一度は『大破局』寸前までいった世界がモンスターの活動を活発化させている一方で、聖堂騎士団は『災厄の王』との戦いでのダメージが大きく今後十年は戦力不足が予想される。

対応が追い付かなくなれば、苦しむのは帝都を含む帝国北部の人々だ。

社会奉仕活動というと少し語弊があるが、各地でモンスター討伐に従事することで、罪を償うのが落としどころだろう。

さて。そんな新生探索隊のリーダーになった飯野だが、二日と開けずにこうして連絡をしてくる。

「悪いが、飯野。いまは外なんだ。用があるようなら、折り返し掛けなおす」

「ううん。そんな大した用事じゃないから。すぐ済むわ」

「そうか」

基本、彼女からの連絡は近況報告が主で、用事と呼べるようなものではない。

頻度はもっと少なくてもいいと思うのだが、毎日のように連絡してくるのは……ひょっとして、意外と暇なのだろうか。

そんなこともないと思うのだが。

それに、中嶋小次郎との戦いの最中になにか話があると言っていたのに、そのあたりの話を振ると黙ってしまう。

今日はなんだろうと思いながら待っていると、魔法道具の向こうの飯野が早口で言った。

「わたし、ちょっとしたらそっち行くから。よろしくお願いするわ」

「……なに?」

「じゃあね」

まるで逃げるように、通信は切れてしまった。

「なんだったんだ?」

来るのは別にかまわないのだが、ずいぶんと唐突だ。

魔法道具を仕舞いつつ視線を向けると、いまの通信を聞いていたらしいみんながなにやら言い合っている。

「これは、ひょっとすると飯野様は……」

「かもしれませんね」

「かも、とはなんですか、真菜」

「なんだ? あいつ、なにかするのか?」

「ついに決めるのかなー。どうかなー。またヘタレるような気もするけど」

なんの話かと内心で首を傾げていると、家の扉が開いた。

「くぅー」

「帰ってきたな、皆の者」

開いた扉の隙間から、すぐにあやめが飛び出してきて、足下をくるくると回った。

そのうしろからガーベラが現れて、美貌に無邪気な笑顔を浮かべる。

どうやらおれたちがなかなか家に入ってこないのに、しびれを切らしたらしかった。

「留守番、ご苦労様。退屈しなかったか」

「いやなに。妾もやることはあるからの。かまわぬとも」

ちなみに、ガーベラの『やること』というのは、ひとつはローズと共同での店を出す品物の準備。

もうひとつは『花嫁修業』のことだ。

……どうやら幹彦がなにか吹き込んだらしい。

正直、嫌な予感しかしないのだが、とにかくガーベラは張り切っている。

いまでは、ひときわ広いガーベラの部屋は彼女の巣になっていた。

まあ、それは彼女の種族としての習性なのでいいのだが、問題はそこに置かれた大量の繭だ。

何人作るつもりなのかは、あまり考えないようにしていた。

思わず苦笑いが零れた――そのときだった。

「……」

接触する気配。

こうしているいまも繋がっている深奥から、手を伸ばしてくるものがあって。

瞬間、意識が切り替わる。

「――」

開拓村にある家の前から、一瞬のうちに景色は様変わりしていた。

白昼夢にも似ているが、そうではない。

広がる校庭。

正面に見える白亜の校舎。

自分自身の内的世界だ。

そこに、ひとつ異分子があった。

少女の姿で顕現したアサリナが言う。

「ゴシュ、サマ。アレ、キテル」

「ああ。わかってる」

頷いたところで、目の前に彼は姿を現した。

「やあ、お邪魔させてもらうよ」

焦げ茶色の髪をした青年、初代勇者が微笑んだ。

***

「無事だったんだな。中嶋小次郎からの浸食を喰い止めたせいで、しばらく力を使い果たしているかと思っていたんだが」

戦いについてはおれたちに任せるしかなかった初代勇者だが、その間、なにもしていなかったわけではない。

世界の主導権を握られないように、おれと協力しながら『災厄の王』に対抗していた。

実世界での戦いに参加できないぶん、水面下での働きは大きいものだったと言っていい。

彼がいなければ、最終決戦に辿り着く前に世界は終わっていただろう。

陰の功労者と言ってもよかった。

「どうにかね。まあ、きみたちに比べれば大したダメージではないさ」

「そうか」

なにげないやりとりを交わす。

これまで何度か、初代勇者とは言葉を交わす機会があった。

その間、彼の印象は底知れないものだった。

しかし、いまは不気味さの類は感じない。

向こうの意図がどうこうというよりは、単純におれの『接続者』としての力が上がったためだろう。

同じことに彼も気付いたようだった。

「やっぱり、いまはきみのほうが力は上みたいだね。大したものだ。呑み込まれた我が身が恥ずかしい」

「最初に成し遂げたあんたとでは条件が違うだろう」

おれは首を横に振った。

「そもそも、おれの場合はサルビアが一体となって存在を補強してくれている。おれだけの力じゃない」

「そう謙遜することはないと思うけどね。失敗した者と、完成に辿り着いた者の差は大きい。きみでなければ、そこまでは辿り着けなかった。たとえ助けを借りていたとしても、胸を張るべきだろう。きみは、辿り着いたのだから」

実際、このレベルまで辿り着いたからこそ、かつて上位存在だった初代勇者に不気味さを感じずに済んでいる。

ただ、青年の表情が穏やかに見えるのは、そのせいだけでもないように思えた。

まるでなにかから解き放たれたような。

やり尽くしたような。

そんな顔で、彼は言った。

「しかし、驚かないのだね。突然の訪問になってしまったけれど」

「そのうち接触してくるだろうとは思っていたからな」

「そうか。だったら話は早いな。サルビアのことを謝らなければいけないと思っていたんだ」

「……」

いまはこの世界に溶けてしまって、言葉を交わすことはできない彼女。

確かに、彼女は初代勇者が世界の管理がうまくいくように作り出した一種の保険ではあった。

そういう意味では、彼女が消えてしまった責任の一端を問うことはできなくもない、が……。

「あれはサルビアの選択だ。お前に責任を問うつもりはないよ」

彼女は生まれたときに備え付けられた機能に従ったわけではない。

自分の意思で、おれたちを助けてくれたのだ。

ここで初代勇者を責めるのは、その決断と想いを軽く扱うことに他ならなかった。

もうひとつ言えば、むしろおれは彼に感謝もしていた。

「あんたはサルビアの生みの親みたいなものだろう。それだけでも、無碍に扱うつもりはないよ」

「それは……」

青年は驚いた顔をした。

同時に、なにやら納得もしたようだった。

「ああ。そういうことか。そんなきみだから、あの子も決断を下したんだろうね。安心した。きみなら、大丈夫だろう」

「なにを……」

問い掛けた途端に気付いた。

初代勇者の体が消えていくのだ。

単に目に見えるものだけではなく、存在が薄れていた。

「あくまでわたしは、不在だった世界の管理者の代理をしていたに過ぎないからね。次代の完全な『接続者』が生まれた以上、わたしの役割は終わった」

深淵に取り込まれてなお、世界を見守り続けた青年は深々と溜め息をついた。

「わたしはね、みんなが生きる世界を、みんなが生きた世界を守りたかった。ただ、それだけだったんだ」

その目には、彼が『接続者』になってまで守りたかった大切な人たちの姿が映っていたのかもしれない。

「ああ。本当に。限界が来る前に、間に合ってよかった。やっとわたしも、そちらに……」

最期にそう言って、世界の管理者として長い年月を費やした青年は姿を消したのだった。

***

「……あんたは、おれと同じだったんだな」

満足そうに消えた青年がいたところには、すでになにも残っていない。

彼はやるべきことを成し遂げたのだ。

「ゴシュ、サマ。サミシ、イ?」

「大丈夫だよ」

この世界でのアサリナは、実体を持つこともできる。

抱き着いてきた彼女の頭を撫でてやりつつ、おれは少し考える。

初代勇者が千年以上もの間、存在が消えていなかったことからもわかるように『接続者』はこの世界の理から外れている。

おれもそうだ。

寿命の違うリリィたちと添い遂げることもできるだろう。

そうして、そのあとは。

彼のように世界を見守るというのも、ありなのかもしれないが……。

「いや。それはいま、考えるようなことではないか」

益体もない思考を、おれはそこで打ち切った。

それこそ、そんなのはすべてが終わったあとに考えるべきことだ。

多くの戦いをくぐり抜けて、ようやく辿り着いた安息の場所。

おれたちの生活は、始まったばかりなのだから。

「――」

一陣の風が吹いた。

まるで、その通りだというように。

あの子たちと仲良くね、と声が聞こえた気がした。

おれは笑って、目を閉じる。

意識が反転して、現実世界に戻ってくる。

***

自身の世界に潜り込んでいた時間は、現実世界では一瞬のことだ。

ただ、戻ってから意識が実世界に馴染むまでには、少しラグがある。

「ご主人様?」

わずかな挙動の変化を不思議に思ったのか、先に行きかけていたリリィが声をかけてきた。

おれは首を横に振る。

「なんでもないよ」

「そう? じゃあ、行こ」

小走りに近寄ってきて、手を引かれた。

こちらを振り返って、彼女は微笑む。

あの樹海での生活からずっと近くにいてくれた彼女。

手を引かれる先に、みんなが笑顔で待っている。

勝ち取った未来を、おれたちは生きていく。