軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34. 蹂躙者のその後

34

まんまと村を逃げ出したトラヴィスは、作戦行動開始前に、打ち合わせていた合流地点に向かっていた。

一緒に村に侵入した部下たちはひとりもいない。

みんなドラゴンにやられてしまった。

だが、トラヴィスにはまだ多くの部下がいる。

白い蜘蛛にかけた『聖眼』の呪縛も解いていない。

部下たちと合流さえすれば、立て直すこともできる。

そう、トラヴィス本人は考えていた。

現実を見るまでは。

「……なんですか、これは」

普段の優美な振る舞いも忘れて、トラヴィスは茫然と呟いた。

目の前には、二十名ほどの彼の部下の姿があった。

誰も彼もがボロボロだった。

「な……なにがあったのです! 誰か、誰か説明をしなさい!」

約二百名の聖堂騎士団第四部隊。

そのうち、シランの故郷の開拓村に襲撃をかけて、戻ってきたのはたったのこれだけだった。

正面から攻撃を仕掛けた本隊は、ローズの切り札である戦装『ファイア・ワークス』の二連撃により、大きな被害を出していた。

魔法防御をかけ直して再度侵攻したところを、出し惜しみなしのもう一撃。

最初よりも被害は少なく済んだものの、魔法防御はそれで解除されてしまった。

ここで攻めていれば、実は突破できたのだが、残弾がどれだけあるかなど彼らが知るよしもない。

またしても本隊は一時退却を余儀なくされた。

もう一度、攻めてきた本隊に対して、ローズは防衛線を放棄。

散発的な反撃によって足留めをしつつ後退していたところ、ガーベラとリリィが合流して、本隊を撤退に追い込んだ。

別動隊にいたっては、誰ひとり戻ってきていなかった。

ガーベラとリリィの奇襲から逃げ切れた者も十名程度はいたのだが、彼らが道なき道を進む急襲部隊であったことが災いした。

ちりぢりになって必死に逃げる彼らに方角を気にする余裕などあるはずがなく、そのまま遭難してしまったのだ。

樹海という土地柄を考えれば、彼らが無事でいられる可能性は絶望的だ。

救助があれば話は別だが、そんな余裕はいまの第四部隊にはない。

そもそも、隊長であるトラヴィスにその種の発想がなかった。

「く……くそ! くそくそくそっ!」

トラヴィスは頭を掻き毟った。

部下が死んだこと自体は、彼にとってどうでも良いことだった。

しかし、総体としての第四部隊が壊滅状態に陥ったのはまずかった。

隊長である自分の立場がない。

トラヴィスという男は、これまで栄光の道を歩んできた。

生まれ持った異能。

優れた戦闘センス。

他人を陥れてなにも感じない精神性。

それらすべてが彼を高みへと押し上げた。

聖堂騎士団第四部隊の隊長という世界でも最高クラスの名誉でさえ、当然ものだとトラヴィスは考えていた。

上に数名の隊長がいたのは腹立たしいが、いずれは引き摺り下ろしてやろうと心に決めていた。

しかし、その栄光の道はここで途切れた。

「こんなことがあってたまるか!」

これはいったい、誰のせいだ?

トラヴィスは本隊の指揮を任せていた騎士を殴り付けた。

抵抗を許さずに、追撃の蹴りを入れた。

「お前の! お前のせいだ! どうしてくれるのです!」

他の騎士たちが暴行を制止することはなかった。

誰かを庇うような性質を彼らは持ち合わせておらず、トラヴィスは上官であり、なにより自分にその怒りが飛び火することを恐れていたからだ。

「……なにしてやがるんだ?」

エドガールが帰ってきたのは、そんなときだった。

「エドガール=ギヴァルシュ……戻ったのですね」

血走った眼で、トラヴィスはエドガールを睨み付けた。

「……遅かったですね。わたしたちのもとを離れたあと、どうしてすぐに合流しなかったのですか」

「真島孝弘とシランに遭遇していた」

「殺したのですか」

「見ての通りだ。失敗だよ」

「ゾルターンはどうしましたか」

「死んだ」

エドガールは木の根元に座り込んだ。

「そうですか。それで、あなたはひとりでおめおめと帰ってきたわけですか」

どの口が言うのかという発言だったが、それを指摘する者はいない。

エドガールもまた、なにも言うことなく地面を見詰めていた。

その体にいくつもの刀傷があるのを見て、トラヴィスはせせら笑った。

「大口を叩いておいて、そのザマですか。死にかけの女ひとり殺せなかったとは『戦鬼』も程度が知れますね」

使えない、とトラヴィスは頭のなかで毒づいた。

強力な『戦鬼』の能力だが、それもまた制約がある。

ある程度、力を使ってしまうと、しばらくは発動できなくなってしまうのだ。

どいつもこいつも使えない。

使えない奴ばかりだ。

と、トラヴィスはこの場にいる全員を罵倒したい気持ちを抑え付けた。

まだだ。

落ち着け。

まだ返り咲く手はある。

トラヴィスには『考え』があった。

「……エドガール=ギヴァルシュ。挽回のチャンスをあげましょう」

優しげな声で、目だけは凍り付いたまま、トラヴィスは言った。

エドガールにはまだ使い途がある。

そう計算が立てば、外面などいくらでも変えられるのがトラヴィスという男だった。

「このままでは、あなたも腹の虫が収まらないでしょう。『戦鬼』の名が汚れたままでよいのですか」

口調こそ穏やかではあるものの、実質、それは煽る言葉だった。

けれど、声をかけられたエドガールは座り込んだままだった。

トラヴィスは不審に思った。

エドガールは気性の激しい男だ。

敗北を笑って受け入れられるような性格ではない。

いまの状況なら、怒り狂っていてもいいはずだった。

それなのに、この大人しさ。

まさか意気消沈してしまっているのだろうか。

だとすると、困る。

馬鹿は馬鹿のまま、暴れ回ってくれなければ困るのだ。

これではまずいと、次にかける言葉をトラヴィスは考え始めた。

そのときだった。

「……ああ。そうだな。落とし前はつけなくちゃならねえ」

低く、こもるような声で、エドガールがつぶやいた。

「許しはしねえよ」

返答があったことに安堵するよりも、その声にこめられたものに、トラヴィスはぞっと背筋を凍らせた。

エドガールは消沈などしていなかったのだ。

むしろその逆。

これ以上ないくらいに、深く怒り狂っていた。

「おれは強い奴と戦いたかった。ああ、そうだ。この力を存分に発揮したうえで、ぶっ殺してやりたかったんだ。負けて殺されるのは、確かに屈辱さ。だが、こんなふうにおめおめと『生き残らされる』なんてのは、それにも勝る最大の恥辱だ」

どろどろとした負の感情が溢れ出す。

鬼の姿になどなっていなくとも、エドガール=ギヴァルシュは鬼であるのだと、そう周囲に知らしめるかのような。

「この落とし前、絶対に付けさせてやる」

「エドガール……」

トラヴィスは現在のエドガールの状況を見て取って、内心でほくそ笑んだ。

しかし、それをおくびにも出さなかった。

「ええ。そうです、邪悪なモンスター使いや、醜悪なグールごときに、誇りある戦鬼が負けるなど許せることではありません」

歩み寄り、トラヴィスはエドガールに手を差し出した。

「ともに真島孝弘を殺しましょう。わたしが、その場を準備してあげますよ」

燃え上がるような怒り。

この感情は使える。

強い怒りの感情は、ときに向こう見ずで捨て鉢な行動を取らせて、通常では出せない爆発的な力を生む。

当然、それ相応のリスクは伴うが、そんなことはトラヴィスの知ったことではない。

わたしのために命を燃やせ。

使い潰してやる。

それこそが、お前の――。

「――悪いが、お断りだ」

「え?」

これから先の算段を付け始めていたトラヴィスは、返ってきた拒絶の文句に虚を突かれた。

ほんの一瞬の思考の空白。

その隙間を、鬼の凶刃が走った。

「ぎっ!? ぎゃああああああ!?」

耳をつんざく絶叫があがった。

もんどりうって倒れたトラヴィスが、両手で顔を押さえて転がり回った。

「あ、ぁあっ、ああああああ――ッ!?」

わずかな血が飛び散る。

出血はそれほどではなく、まともに一太刀受けた割に傷は深くない。

少なくとも、これで死んでしまうようなものではない。

しかし、その一撃は取り返しのつかないものを奪っていった。

「目ぇ!? わたしの目がぁああアァアアア!?」

「言ったはずだぜ。落とし前は付けさせるってな」

ゆらりとエドガールが立ち上がった。

「そもそも、今回の一件は全部、てめぇが発端だろうが」

恐るべきは、その剣の冴え。

油断があり、虚を突かれたとはいえ、『聖眼』から両目を奪った。

突然の凶行に、その場の騎士たちはひとりも動けない。

絶句した彼らが見詰める先、エドガールの手にした剣の切っ先は血で濡れて、無表情のなか目だけがぎらぎらと危うい光を宿している。

その様は、まるで幽鬼だった。

「あっ、あああああ――ッ! 狂ったか、エドガァアアアアアルッ!?」

「うるせえよ」

のたうち回るトラヴィスの頭を、エドガールは無感動に蹴り飛ばした。

「ぶげっ、ぎ……がはぁ」

折れた歯がぼろぼろと地面に落ちた。

悶絶するトラヴィスのもとに、エドガールは歩み寄った。

「理不尽だなんて言うなよ。これまで散々、他人にそれを押し付けてきたのはお前だろうが」

「は、がぁ……」

「安心しろ。殺しはしねえよ。お前には利用価値があるからな。ちゃんと使い潰してやる」

トラヴィスを見下ろして、エドガールは冷え切った声を落とした。

「正直、おれはこういうやり方は好きじゃねえ。だが、これまで十分に傍で見せてもらってきたからな。やり方は知ってる。なぁ、トラヴィスよォ」

名誉も地位も金も求めない都合のいい戦力として、トラヴィスはエドガールを傍に置いてきた。

好きでもないし得意でもないにしろ、その真似事くらいなら、確かにやろうと思えばやれるだろう。

殺しはしないとエドガールは言った。

使い潰すとも言った。

それはつまり、地獄である。

目を失ったトラヴィスの顔が、痛み以外のもので引き攣った。

「ぁ、あ……待っ……!」

「いまは寝とけ」

命乞いをしようとしたトラヴィスの頭を、再びエドガールはボールのように蹴り飛ばした。

トラヴィスがついに沈黙する。

その腕を掴んで、エドガールは引き摺って歩き出した。

その場にいた誰も、トラヴィスを助けようとはしなかった。

自分にその矛先が向かないことだけを願うことに必死だった。

だから、その言葉を聞いても、反応のひとつもできなかったのだ。

「……なにが勇者だ」

絞り出すような声だった。

「満足そうに死にやがって。勝手なことしてるんじゃねえよ」

それは、ぶつけるもののない恨み言だったのか。

他のなにかだったのか。

「落とし前は付けてもらうぜ、ゾルターン。お前にもだ……」

トラヴィスを引き摺るエドガールの姿が、森の奥に消えた。