作品タイトル不明
第29話 胃が痛い
『もう、詰んだかと思ったよ』
と町の宿にて精も根も尽き果てて、
「お兄ちゃん、晩御飯にどうぞってお屋敷でもらったサンドイッチを食べない?」
と、部屋の前で心配そうにしているベルに、
「大丈夫だからベルが食べちゃって。 お兄ちゃんはちょっと…元気ないからね」
と言って狭いベッドだけの安宿にて横になっているのである。
あの後、お屋敷で何があったかというと、カサール男爵様の長男さんであるクリスト様は来年の春にこのカサールの町の代官を引き継ぐ予定の方であり、カサール男爵様の最後の大仕事である盗賊団討伐作戦の為にリント王国側との調整を行っているのだそうだ。
その作戦で盗賊の逃げ道を塞ぐ為にリント王国側は辺境伯様が窓口となっているそうで、その中で国境に面したペアの町の今の領主で辺境迫家の次男でもあるバートン様もリント王国側のメンバーらしく親交があり、クリスト様が、
「父上のわがままにお付き合いいただき感謝致します。 孫に勇ましい姿を見せたいと父上が張り切っておりまして、本人は討伐作戦が終われば隠居する予定なのですが、その隠居もマルダートとカサールの中間の点在していた村をまとめ上げて避難しているそれらの村の住民が戻れる町を作ると言っておりまして」
などと返還間近のマルダートの町で行われたリント王国側との会議のあとに愚痴った時に、バートン様や辺境迫様からも、
「実は、以前ジョンという神童がおりましたが…」
という僕の話を聞いたらしく、
「中退となったが成績は歴代トップクラスで、入学前に使用人を使って町の農業改革を行っていた者が、追放者としてニルバ王国に居るかも知れず、もしも情報があれば、是非」
という話をほんの数日前に聞いてきたところ、なんの運命のイタズラか色々な歯車が噛み合い、噂の追放者が向こうからやって来たという流れなのだそうで、
『やらかしたか? 大罪人の息子を探していた元敵国の貴族家に不用意に近づいてしまった。 こんな事なら命懸けで次の国に向かえば良かったのかも知れない』
などと別室にてクリスト様とサシで話している僕は絶望しながら、
「覚悟は出来ました。 で、何をすれば良いのでしょう? 斬首でしょうか…それとも縛り首!? わがままは言いませんが、ジワジワ殺されるのだけは許していただけると」
と、お願いしてみた。
するとクリスト様は、
「いやいや、本当に父上が殺気なんて放つから、勘違いさせてすまない」
と僕に優しく語りかけ、
「実は、戦地となった村の民やマルダートから脱出した難民の多くはカサールや周辺の町のスラムにて暮らしており、その者達の暮らしを立て直す為にもマルダートの町の修復の際にたった一年で翌年にはポタタなどの作物を豊作に導いたジョンなるペアの町の神童の力を是非に借りたいと思っておるのだが、どうだろう、協力してくれぬか?」
と言った後で、クリスト様は、
「来春に家を受け継ぐ事になったのだが、恥ずかしながら我が家もそなたの生まれた家に負けず劣らず、貧乏なのだよ」
と頭を恥ずかしいそうにポリポリと掻いて、そして、
「どうか、貧しさに喘ぐ民に手を差し伸べない領主に代わり、幼くして領地の民を助けたというジョン殿の知恵をお貸し頂きたい!」
と頭を下げられたのである。
だが、僕としては、
『はい、詰んだ。 これは死にました!』
などと感じて話の最初の方からろくに頭に入っておらず、
「少しお時間を頂きたいです」
など、訳の分からない事を言って、それからは宿までどうやって帰ってきたのかすらよく解らずに、固いベッドに横になりながら、今日の出来事をゆっくりと咀嚼して飲み込み、軽く戻しそうになりながらも、ようやく現在、
『死なずには済んだが、僕はなんで返事を保留にして帰ってきたんだ?』
などと、自分の置かれている状況を理解し、
『なんか、親父のせいで迷惑をかけた町の方への協力を拒んだみたいじゃないか!』
と、1人反省会をしながら悶え苦しんでおり、
『明日にでも、手土産のお菓子でも買ってお屋敷に行くしか…でも、なんて言えば?」
と独り言を言いながら、
『協力はしますが、何の役に立つかは不明ですよ。 だって学校も出てませんし、強くもないですモンって正直に言うの?』
と考えると、脳内でクリスト様が、
「じゃあ、要らないか…死刑で…」
という映像が生成されて繰り返し再生され、
「むぅぅぅぅ~」
と僕が切ない呻きをあげていると、再び部屋の扉の向こうから、
「お兄ちゃん、本当に大丈夫?」
というベルの声が聞こえ、
「ダメだ。 このままじゃろくな事を考えないから!」
とベッドから飛び起きた僕は、部屋の扉を開けて廊下にいたベルに、
「ベル、今日はお腹いっぱ食べて気を失うみたいに寝たいから食べに出るよ」
と誘うと、ベルは、
「ボク、いまサンドイッチをお兄ちゃんのも食べたところだよ」
というので、そんな彼女に僕は、
「お肉を食べよう、屋台巡りでも料理屋でも良いから」
と誘うと、
「うん、肉なら食べたい♫」
と、お貴族様のお上品なサイズのサンドイッチを二人前食べたぐらいでは食べ盛りのベルの本気の胃袋は満足させられない事など知っている為に、
「よ~し、食うぞぉ!」
と僕は気合いを入れて町に繰り出したのであった。
幼い頃は貧乏の為に贅沢もあまり出来ず、学校ではイケイケ達を避ける事に集中して、食事の味すら楽しむ余裕がなく、ようやく寮の食事を楽しめる様になった頃に逮捕・収監され、その後追放となり更に貧乏で塩のみの焼肉生活から、現在、
『あれ、こんなに色々な料理があったんだ!』
と、やけ食い会場にて感動している僕は、最近になり財布に余裕も出てきたが今後の事も考えて買い食いなども出来る限り我慢していたのが馬鹿らしくなりその後も手当たり次第にヤケクソ気味に食べ歩いたその夜、
『駄目だ、食べ過ぎて胃が痛いし、胸焼けもして息苦しい』
と一晩中、胃もたれと胸焼けに苦しめられて結局眠れずに過ごした翌朝の事、要らぬ事を考え続けてしまい体力的にも精神的にもボロボロの僕の横たわる狭い部屋まで、
「主人よ、ジョンという冒険者はまだ出掛けてはおらんか? まだであればカサールの爺さんが会いに来たと伝えてくれぬか!」
という男爵様の声が聞こえてきた為に、胃もたれとは別で胃がキリキリと痛む1日が始まってしまったのであった。
宿屋のご主人がビクビクしながら、僕の部屋に来て、
「お客さん何したの? 男爵様が来てるよ」
と泣きそうな顔で、
「頼むから騒ぎだけは勘弁してくださいや」
と懇願するのだが、
『いや、そんな事を僕に言われても』
と、いきなり訪問されてビックリしているのは僕も同じであり、隣の部屋のベルに声をかけると、どうやら彼女も朝っぱらから響く男爵様の声を聞いて起きたらしく、何故かギャン盾とメイスを装備して部屋から現れ、
「戦う?」
などと聞いてくるのだ。
どうやら昨日から僕の様子がおかしい事で、自分が昼食に誘われて別室に移動した後に僕が男爵様に何かされたと考えたらしく、
『お兄ちゃんを虐めた奴が来た!』
と判断したらしいのだ。
『いや、【何か】はちゃんとされたけど!』
とは思うが、朝から宿屋で流血騒ぎにならない様に、ベルの優しさに感謝しつつも、
「とりあえず男爵様に朝のご挨拶をするから、武器はお部屋にしまっておいてね」
と彼女に優しく促し、二人で宿屋の玄関口に向かうと、男爵様が、
「おぉ、ジョン君にベルちゃん! 朝から押し掛けて驚かせたか?」
などと、満面の笑顔で僕たちを待ち構えていたのであった。
『驚かしているという自覚があるなら、もうちょっとやり方が無かった?』
と、嫌味のひとつでも言ってやりたい気持ちをグッと飲み込み、昨夜からつづく胃もたれや胸焼けとは別で胃がキリキリとストレスで痛むのを我慢しながら、僕が
「おはようございます男爵様」
とだけ挨拶をすると、彼は、
「昨日はスマンかったなぁ、少し悪ふざけが過ぎた。 そなた達が帰ってからも夜通し息子に叱られてなぁ」
などと、言いながらお付きの人に、
「アレを持ってきてくれ」
と、言うとお付きの人がササッと男爵様にバスケットを渡し、男爵様はそれを受け取るとこちらへとバスケットを差し出して、
「今朝ワシが粉から作ったパンだ。 ほれ、まだ暖かいぞぉ」
などと、どうやら手土産持参で謝罪に現れたという事らしいのだが、
『うぷっ…食い物は、今は見たくないかも…』
と、思う僕の胃腸の調子もお構いなしに、
「さぁ、味見してくれ」
と男爵様がバスケットに被せてある布を取ると、香ばしいパンの薫りが立ち上ぼり、より一層僕の胸焼けなどを加速させる。
『吐きそう』
と固まる僕の隣ではベルが、
【お兄ちゃんを虐めた奴と、香ばしい焼きたてパン】
という難しい二択を迫られ、警戒しながらもゆっくりとパンをひとつバスケットから掴んで取り出して、パンと男爵様を交互に見る。
そして、
『多分、ベルの中で天秤が揺れているのだろうな』
と、僕が感じる間も無くベルの心の天秤はパンに傾き、モシャモシャとパンを夢中で頬張り始めたのであった。