作品タイトル不明
第163話 懐かしくも腹立たしい
旅先での思わぬ出会いもあり、それなりに僕はリント王国を満喫していた。
頭の中ではカサールに帰ってからの様々な予定を、
『先ずはペアに支店を作って、次はゴーレムの平和利用か…う~ん、別に新型ゴーレムの技術のごく一部だけ使う程度でも何とかならないかな?』
などとニルバ王国側に「国家機密だから…」という理由で、孫思いのミルバス侯爵様と交わした約束を邪魔されない様に、
『そうだ、線路を引いてゴーレムが動力の機関車とかつくれば、平和的だしニルバ王国にもリント王国にも得じゃないかな? 将来的にコーチャー王国あたりまで線路を敷けば米やスパイスに魔物素材を仕入れるのにも使えるし』
という感じで、僕は妄想を膨らませていたのである。
そして、あと少しでリント王国の王都に到着するという旅の後半のとある町にて僕は夢のような妄想の世界から現実に乱暴に引き戻されたのであった。
王都の近くに領地を持っているという事は古くから続く有力貴族であるというのは理解でき、町もそれなりに活気がある為に有能なご領主様でもあるのだろうが…
「ようこそニルバ王国の皆様!」
と、両手を広げて笑顔で僕たち視察団を歓迎するその男性は、無駄に美形だが何処か嘘臭い笑顔のオッサン…いや、これは僕の勝手な先入観かも知れないが、どうしてもそのオッサンの隣で涼しい顔をして立っているオバサンに先程から虫酸が走るどころか、虫酸が派手な特攻服で爆走している僕は、この場にいるあの女の関係者全員が【敵】に見えてしまっているのだ。
領主である男性は、エルフのはみ出し者とヒト族が興したリント王国にて、
【エルフこそ至高!】
などと言っているエルフ過激派閥の重鎮であるアグノーティス伯爵様であり、実は三男坊で家督を継ぐ予定ではなかったのであるが、長男、次男が戦争やらなんやらで次々と亡くなり当主に繰り上がったというエルフの血が濃そうな整った顔立ちのオッサンである。
爵位こそ伯爵であるが、リント王国でも古い名家であり、過去には国の重要なポストにも就いていたという素晴らしい人材も居たそうなのであるが、少なくとも彼は嫁として、
「本日は第一夫人のモリーゼ御姉様は体調不良ですので私、第二夫人の…」
と、自慢気に自分の立場を発表しているクソ女を選んだ事から、
『センスは壊滅的に悪いんだろうな』
と、僕は何も彼の事を知らないが断言できるし、たぶんそれは当たっているという自信しかない。
なぜならば、そのクソ女の事を僕は良く知っており、気持ちの上では既に他人の感覚であるが、そいつは悲しいかな遺伝子上では僕の【母】に分類される三十八歳の頭のおかしな人間のメスなのである。
あの女が、ソルドナット伯爵様が率いる視察団の方々をもてなす為に、この世の全てを手に入れたような余裕の笑みで、
「お部屋へご案内して!」
などとメイドさん達に指示を出している声を聞くだけで僕の中を走り回る虫酸は2倍、3倍と増えている気がする。
『王都までの街道沿いの貴族家にて泊めてもらうのがマナーなのかは知らないが、平民の僕は今回だけはそこら辺の安宿にして欲しかった。 いや、なんなら町の外で野宿の方がましだった』
などと、必死に気配を消して静かに下を向きながらこれ以上虫酸が暴れないようにしていたのである。
だが、あまりの僕の雰囲気に、隣のベルが、
「ねぇ、大丈夫?」
と心配してくれていると、嫌な事に向こうから、
「あぁ、ジョン、やっと会えましたねぇ」
と、まだ僕に名家が有った頃から久しく呼ばれていない…いや、多分記憶している中で初めてとなるよそ行きの演技じみた声で、
『感動の再会をしているワタシ…ステキやん…』
みたいに酔いしれている母に名前を呼ばれた瞬間に、全身に鳥肌がブワッと立ち、得体の知れない寒気と吐き気で僕は気絶しそうになる。
『オカンの声で悪寒が走る』
という状態ではあるが、僕のあまりにも異様な雰囲気を気にしているベルを安心させる為にグッと下っ腹に力を入れて耐えていると、僕の隣のベルをチラリと見たあの女は感動の再会の演技中な事も忘れたのか僕の良く知るいつもの表情になり、ポソリと、
「父親に似てケモノ耳が好きなのかしら?」
などと、蔑むような目で僕に呟くのだった。
しかし、慣れというのは怖いもので、先程までの作り笑顔の猫なで声より遥かにマシに見えた僕はスッと我に返ったように落ち着け、目の前の頭のオカシイ女に、
「おっ、そのお顔、やはり 母(・) 上(・) でしたか! いゃあ~物心がついた頃よりあまりお声を聞いておりませんでしたし、その僕を汚物でも見るような懐かしい母上の視線でようやく確信が出来ましたぁ!」
と、我ながら咄嗟に良い感じの返しが決まると、演技中の女は化けの皮が剥がれたのか、
「何ですの!? 大罪を犯して追放された息子に手を差し伸べようとして や(・) っ(・) た(・) というのにっ!」
と、昔我が家の使用人達に浴びせていたヒステリックボイスをあげているのを、
「これ、止さないか…お客様の前だぞ」
と、優しそうな声で諌めるアグノーティス伯爵様であったが、僕の人生2周目の勘が、奴の瞳の奥が全く笑っていない笑顔を見て、
『コイツはヤバい!』
と、警報を鳴らしていたのであった。
だが、こちらとしてもニルバ王国の代表という視察団メンバーであり、イケ好かないというだけで喧嘩する訳にもいかず、とりあえずその場はそれ以上のイザコザにならない様に大人しく頭を軽く下げて用意された部屋へと籠る事にした。
そして、僕に用意された部屋は今までの貴族のお屋敷の客間より少し豪華であるが、そこがまた落ち着かない要素であり、その豪華な部屋の中で一人、
『今日だけ、そう、今夜だけ我慢したら王都で役目が終われば帰りは皆に無理を言って別ルートとかにしてもらえば良いから』
と自分に言い聞かせてはみたが、
『主要貴族家を経由するのは知ってたけど…あのクソ親父と無理矢理結婚させられる前に付き合っていたのが若き日のアグノーティス伯爵様だったんだな』
という別に興味もない母の昔話を知り、
『有力貴族の力でクソ親父とは何年も冷え冷えな関係だった事を理由に上手いこと連座を回避したんだろうけ、今じゃ正妻気取りで、その有力貴族の第二夫人なんて…』
と、後になりジワジワと怒りがこみ上げてくるタイプのや~つだったらしく、僕はアイツの散財のせいで我が家が貧乏だった事やら、我が家もだが領地の皆が大変だった時には色々と理由をつけて安全な実家に帰ったっきりで、それに追放されてコッチが必死で生きなきゃヤバい状況の時でも奴はヌクヌクと貴族生活をしていた事が頭を過り、今ごろになり、
『あの時もっと言ってやれたら…』
とムカムカしていたのであった。
そして、僕はその夜用意された夕食も、
『何を盛られるか分かったもんじゃないし、アイツらからの施しは受けない!』
と思い、夕食前にソルドナット伯爵様に、洗いざらい報告して夕食会をキャンセルしてもらったのであるが、ソルドナット伯爵様は、
「すまぬ。 まさかジョン殿の母上が第二夫人だったとは私も先程知って…もっと早く知っておれば対応も出来たのだが…」
と恐縮していた。
まぁ、とりあえず僕が我慢すればこの場はなんとかなると信じて、
「長旅で疲れたから食事は遠慮するとアグノーティス伯爵様にお伝え下さい」
とお願いすると、ソルドナット伯爵様は、
「ベル嬢も心配するだろうから彼女にコッソリ食べ物でも持って来てもらうかい?」
と心配していたが、僕は、
「食べ物はマジックバッグに有りますしご心配には及びませんが、あの夫婦は何か危険な感じがすると僕の勘が言っていますので皆様も…」
とソルドナット伯爵様に伝えると、
「ウム、私の勘も同じだ。 それとなく警戒しておくか…あぁ、本国の情報部隊にこんな大事なことを調べてなかった事をチクチクと言ってやりたいが、こちらの念話師はリント王国の王都だからな」
と、やれやれといった雰囲気のソルドナット伯爵様は、
「自称病人は部屋で休んでおくように」
と、アグノーティス伯爵家の夕食へと向かって行かれたのであった。