軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十四話 在野の竜騎士

クランとは、いわば冒険者ギルドから独立したフリーの冒険者パーティである。

ギルドの恩恵を受けられないかわりに、ギルドの束縛を受けることもない。仲介料という形でギルドに報酬を中抜きされることもない。

依頼の受注から報酬の確保まで、すべて自分たちでやるのは手間ではあるが、その分、成功すればギルド在籍時よりもはるかに多額の報酬が得られる。

なので、名の売れたパーティがクランをつくり、ギルドから脱退することはめずらしい出来事ではなかった。

その証拠に、イシュカの街だけを見ても軽く 三桁(さんけた) に届くだけのクランが存在する。

もっとも、その半分――いや、七割くらいは待てど暮らせど依頼が来ない開店休業状態であるが。

残りの二割は日々の食い扶持を稼ぐだけで精一杯の「なんでも屋」と化しており、中には犯罪に走る者までいた。まっとうに冒険者としてクラン機能を維持している集団は全体の一割にも満たないだろう。

国境をこえ、大陸規模で組織運営を行える冒険者ギルドは、圧倒的な数の人材を抱え、多種多様な情報を有し、各勢力との間に太いパイプを築いている。積み重ねてきた歴史、つちかった信頼はそこらの新興国の比ではない。

ギルドの傘の下で、ただ戦い、ただ依頼を遂行するだけだった冒険者たちに、そうそうギルドの真似事ができるはずもないのだ。

ギルドの報酬中抜きを声高に非難してクランをつくった冒険者たちが、一年と経たずに頭を下げてギルドに戻ってきた、なんてことはよくある話なのである。

さて、俺の考案した「平和的にギルドに喧嘩を売る方法(序)」では、巨大組織であるギルドが持てあましている塩漬け依頼を引き受け、ギルドの依頼遂行能力に疑問を抱いている人たちを取り込むことが目的であった。

もちろん、これで終わりではない。終わりならそもそも(序)とか付けない。(序)があれば(破)があり(急)があるものだ。

そもそも、俺が取り込んだ依頼人なんて、ギルドからしたらほんの一握り。その上「依頼を塩漬けにしても大きな問題にはならない」と判断した者たちに過ぎない。

ギルドにしてみれば、よそに流れても痛くもかゆくもない、それどころかありがたいくらいのものだろう。

だが、どれだけ少数であっても、ギルドより俺を――クラン『 血煙(ちけむり) の剣』を選んだ者たちがいる。この事実が重要なのである。

『0』を『1』にすることと『1』を『2』にすることでは、同じ「一を増やす」でも意味合いがまるで異なる。

何でもそうだが、立ち上がるまでが大変なのだ。一度たちあがってしまえば、走るまでの労力は大したものではない。

くわえて、俺は『1』を『2』に増やす手段をいくつか持っていた。そのうちの一つが――

ティティスの森とイシュカの街をつなぐ土の街道。

冒険者や狩人によって、長年にわたって踏み固められた硬い地面は俺にとって歩きなれたものだった。

もっとも、今は少し事情が異なる。

視線の高さはいつもの倍以上。ズシン、ズシン、と身体を揺さぶる重い振動が届くたび、視界がぐらぐらと落ち着きなく揺れる。

先ほどから、たまさか通りがかった者たちが一様に目を 剥(む) き、口をあけてこちらを凝視している。ふふふ、注目されてる、注目されてる。

当たり前だ。ワイバーンが人間を背に乗せて道を歩く光景など、そうそう見られるものではない。

すべては計画どおり――なのだけど、ひとつ計算外の要素もあった。

「ぐ……け、けっこう揺れるな、これ……!」

「ご、ご主人さま……あの、ちょっと私、気持ち悪いです……ッ」

鞍の上に乗った俺と、その俺の腰にしがみついているシールがうめいていると、こちらは最初から地面を歩いていたルナマリアが澄ました顔で言った。

「ワイバーンは空を飛ぶことに特化した種族ですからね。地上を歩くのは不得手でしょう」

「それは分かっているんだが……こう、見栄え的に、鞍に乗っていた方が……て、 痛(いた) !?」

「だ、大丈夫ですかご主人さま――って、痛!?」

鞍上の二人が、揺れのせいで舌を噛んでもだえていると、ルナマリアがちょっと微笑ましそうに笑った。

「仲がよろしくて結構なことです」

「ええい、もうちょっと近くまで飛んでいくべきだったか? でも、あんまり近づきすぎると城壁のバリスタや投石器で打ち落とされそうだしな……」

無許可の接近は、森の魔獣が攻めてきたと勘違いされてしまう恐れがある。いわんや、街中に無理やり着地しようものなら、下手すれば侵略とみなされて戦争犯罪人だ。

なので、城門からあるていど距離を置いて、こうやって歩いてイシュカに向かっているわけだが――

「スキム山に行ったときも、トーヤ湖に向かったときも、基本は空を飛んでたからなあ。ここまで歩いたときの乗り心地が悪いとは」

思わずぼやくと、 藍色(インディゴ) 翼獣(ワイバーン) が申し訳なさそうに「ぷぎぃ……」とうなだれる。

あ、いかん。この子、意外と繊細なんだった。

「いやいや、これからいくらでも上達できるから大丈夫だぞ! 飛び方だって、最初に比べたら格段に進歩してるし!」

「ぷぃ?」

ほんとですか? という感じでワイバーンの首がこちらを向く。うん、ほんとほんと。だから自信を持って。お前はやればできるワイバーンだから。

あ、だからって喜びのあまりブレスとか吐かないように。遠くに見える城壁にでも当たった日には、本当に侵略者になっちゃうから。

そんな風にワイバーンをなだめたり、すかしたりしていると、シールがあははと楽しそうに笑い声をあげた。

「やっぱりこの子、ちゃんとご主人さまの言葉が理解できるんですね。なんで私の言葉には反応してくれないんでしょう?」

「たぶんこいつなりの序列があるんだろう。一番が俺で二番が自分だっていう」

「あ、なるほど。私はこの子より下の扱いなんですね。新参者はだまっとれ、みたいな感じなんでしょうか」

シールが納得したようにうなずくと、ルナマリアが言葉を付け足した。

「ワイバーンはよほど人に馴れた個体でないかぎり、人間をエサとしか認識しません。マスター以外の人間の言葉は、理解しようともしていないのではないでしょうか」

「とすると、シールの言葉は耳元で飛ぶ蚊みたいなものだったのかもな」

「た、たとえがひどすぎませんか? あれ、でも、ときどき妙に 剣呑(けんのん) な目で睨まれていたような……」

シールはぶるっと身体を震わせて、俺の腰にまわした腕に力を込めた。へたすると、尻尾でぺちりと叩き潰されていた可能性に思い至ったのだろう。

弾力のある感触が背中にぎゅっと押し付けられて、自然と頬がゆるむ。

って、いかんいかん。まだ夜のことを考える時間帯ではない。自重しなければ。

そう思いつつ、俺の考えはついつい夜の出来事にかたむいた。といっても、エロい方ではなく魂喰いの方である。

俺の現在のレベルは『8』である。グリフォンを倒したときにあがった。

ただ、その後はさっぱりだ。スキュラやワーウルフはかなり美味しかったし、ルナマリアの魂も毎日のように喰っているのだが、これまで以上に次のレベルが遠い。普通の冒険者だったら、今頃レベル二十を超えてるんじゃないかってくらい魂を喰ってるんだけどなあ。

はじめはコップ一杯分の魂を満たせばレベルがあがった。次に必要な魂の量はバケツ一杯分になった。次は大樽一杯に――と倍々ゲームが続いている。

やはり夜毎の魂供給役がルナマリア一人では足りない。シールは俺に害意の「が」の字も向けないので、夜伽はともかく魂喰いの対象にはならない。イリアに関しては仕込みがまだしばらくかかりそうだ。

今の時点でミロスラフと接触するのは色々と危険が大きいので、こちらも自重しなければならない。

いっそ冒険者ギルドが刺客の一人も差し向けてくれないだろうか、と思う。

噂ではギルドの闇部隊なるものがあると聞く。女アサシンみたいなのを送りつけてこないかな、そういう相手であれば以前のミロスラフみたいに遠慮なく喰えるんだが。

こうなったら俺の方が考え方を変えてみるか。

いくら魂が喰いたいからといって、無実の人間を狙うのはアウト。これはかわらない。

だが、俺に向けた害意でなくとも、世間一般的に有罪が確定している奴なら喰ってもかまわないのではないか。

具体的にいえば盗賊とかの悪人。あるいは重犯罪によって奴隷におちた犯罪奴隷。そういう相手の魂を喰らう分には良心の 呵責(かしゃく) を感じずに済む。悪党退治であれば世間的な評価もあがるし、一石二鳥ではなかろうか。

悪人に人権はないという古代の魔法使いの名言もある。心底からの犯罪者の魂はどんな味がするのだろう。じゅるり。

――と、そんなことをつらつらと考えていたら。

「そ、そこの者たち、止まれィ!」

若干腰の引けた警告の声が耳朶を打った。気づけば城門を守る衛兵に遠巻きに囲まれている。

当たり前だが、明らかにこちらを警戒している。ただ、いまだ武器を向けてくる者がいないのは、 藍色(インディゴ) 翼獣(ワイバーン) の存在ゆえであろう。

魔獣の強さを警戒する以上に所属を警戒しているのだ。

ワイバーンに乗る竜騎士団はカナリア王国の武の中核。竜を駆る騎士たちはいずれも一騎当千の実力者で、なおかつ上級貴族。中でも団長である『雷公』は王家に連なる公爵家の当主だったはず。いや、次期当主だっけ?

ともかく、竜騎士団とはそういうエリート集団であり、ワイバーンを操る俺がその竜騎士である可能性を考慮しているのだろう。

衛兵の中には俺の顔を知っている者もいるだろうが、目の前で見るワイバーンの迫力におされて、騎乗している者の顔まで注意を向けられないでいるようだ。

止まるよう命じられた俺はワイバーンの手綱を引くと、鞍の上から地面に飛び降りた。

結構な高さだったが、危なげなく着地。そして衛兵たちと向かい合う。

「クラン『 血煙(ちけむり) の剣』のリーダー、ソラだ。入城の許可を願う」

「にゅ、入城の許可をする前に、その、そちらの竜はなんだ? 貴殿、竜騎士団に属しているのか?」

「いんや、まったく無関係だ。このワイバーンは先日、ティティスの森で怪我をしていてな。助けてやったら、妙に懐かれた。それで今日は従魔として登録しようと連れてきたわけだ」

「あ、暴れる危険はないのか?」

「人間を見て暴れるようなワイバーンが、背に人を乗せると思うか? むやみに敵意を向けなければ問題ない。ああ、まちがっても槍を突きつけたりしないようにな」

周囲を囲む衛兵に声高に告げる。普段は 強面(こわもて) の衛兵たちがびくっと震えるのが面白かった。

なお、従魔とはその名のごとく人に従属する魔獣のことだ。捕まえた魔獣、猛獣をアメとムチでしつけることもあれば、魔法を用いて服従させることもある。

従魔に関しては相当に厳しい審査があると聞くが……まあ、認められなければ認められないで構わないのだ。

こうして 藍色(インディゴ) 翼獣(ワイバーン) を衆目に晒した時点で、俺の目的はすでに達成されているのだから。

ギルドの顧客を奪ってクランをつくることが「平和的にギルドに喧嘩を売る方法(序)」であるとすれば、そのクランの主が在野の竜騎士であることを知らしめるのが「平和的にギルドに喧嘩を売る方法(破)」である。

主を持たない竜騎士の存在は瞬く間にイシュカ中に、そしてカナリア王国全土に知れ渡るだろう。

その竜騎士がギルドを除名され、独自のクランをつくって活動を始めたことも知れ渡るだろう。

そうなれば、この逸材を逃したギルドマスターの不明は満天下に知れ渡る。

――実際には、俺は除名処分されるだけの規約違反を犯したし、当時の俺は逸材どころかポンコツだったが、エルガートがそう主張したところで、聞いた者はただの言い訳とみなすに違いない。

他都市のマスターからは、エルガートの責任を問う声もあがるだろう。確保できたはずの竜騎士をみずからの手で切り捨てた――これは失態以外の何物でもない。

冒険者ギルドも慈善団体ではないから、戦力はあるに越したことはない。竜騎士ともなれば、密林や高山といった地形上の制約を無視して活動できるし、ワイバーンの移動距離を考えれば、緊急時の伝令などにもおおいに活用できる。

そういった可能性を、イシュカ冒険者ギルドは手放したのである。

俺が竜騎士として活躍すればするほど、その俺を見限った冒険者ギルドの間抜けさは際立っていくのだ。

……ふと、かつて受付嬢のリデルから突きつけられた言葉を思い出した。

『冒険者と職員とを問わず、当ギルドに所属している者はイシュカのために働く義務を負っているのです』

まさしく正論。すでにギルドを除名された身であるが、イシュカで暮らす者として、イシュカのために働く義務はしっかり果たそう。

結果としてそれがギルドに不利に働くことになったとしても、彼女たちは気にもすまい。なぜといって、彼女たちもまたイシュカのために働く義務を負っている身なのだから。

自分たちの面子や利益のために、こちらの行動を妨害するような真似をするはずがない。

そんな恥知らずなことができるはずがない。

――くく、と喉が小さく震えた。