軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

165話 五人目

「 空(そら) 相手によくやる。思っていたとおり、あの 淑(しゅく) 夜(や) ってやつは人間の中でも別格だな」

御剣空と九門淑夜の戦いを遠望しながら、カガリは楽しそうに唇の端を吊りあげる。

かつて自らの手で大穴をあけた 柊(しゅう) 都(と) の城壁に腰かけた 中山(ちゅうざん) の末弟は、先刻から空たちの戦いをつぶさに観察しては満足げにうなずいていた。

カガリにとって己が戦うに足る相手を見つけることは、たとえそれが人間であっても喜ばしいことなのである。

淑夜は先ほどから一方的に空に押し込まれており、傍から見ればふたりの実力差は大きいように見える。だが、カガリは淑夜の実力を過小評価しなかった。

カガリが見るところ、淑夜の戦いの本領は守勢にある。完璧な防御によって敵の攻撃を防ぎ、隙をついて致死毒の一突きを叩き込む。隙がない相手には隙ができるまで戦い続ける。

今まさに空に対してそうしているように、だ。猛毒の槍という心装を持つ淑夜にとって、それが最も効率的な戦い方なのだろう。

実際、淑夜はここまで押されながらも空の攻撃を一度も食らっていない。その守りは鉄壁と表現して差し支えないだろう。

――まあ、空が完調だったらその鉄壁も砕かれているだろうけどさ。

カガリは内心でひとりごちる。

人間たちがどう見ているかは知らないが、カガリから見れば今日の空の不調は明らかだった。その原因が昨日の父親との戦いであることもだ。

おそらく 四劫(しこう) のひとつである『 成(せい) 』を使った影響だろう。カガリにも経験があるが、『 成(せい) 』によって酷使された肉体は一日や二日休んだところで回復するものではない。

事実、空の動きにはいつものキレがなく、勁の制御も甘い。先ほどから淑夜相手に勁技を使っていないのも、自らの不調を自覚しているからだと思われる。

今回の役目であるティティスの森の視察を終え、兄王に報告する頃には空も完調に復しているに違いない、とカガリは考え、全快した空と 死(し) 合(あい) をするときを思って頬を緩める。

と、ここで横合いからカガリに声をかける者がいた。

「カガリ殿」

カガリの名前を呼んだのはクライア・ベルヒだった。

カガリのすぐ近くで、カガリと同じように空と淑夜の戦いを遠望していたクライアは、先ほどのカガリのつぶやきに気になるものを感じ取ったのである。

淑夜との戦いで空の有利は動かないと判断したクライアは、自らの疑問を先に確かめることにした。

「今『思っていたとおり』と仰いましたが、カガリ殿は淑夜殿をご存知だったのですか?」

この問いに対してカガリは何でもないことのように応じる。

「ああ。以前、中山がここを攻めたとき、俺は見分役として潜入していた。その際に五人の人間に目をつけてたんだ。こいつらは要注意だってな。淑夜ってやつはその中のひとりさ」

クライアはそれを聞いてなるほどとうなずく。

カガリが鬼ヶ島に潜入していたとき、クライアはベルヒ家の地下に幽閉されていた。そのため、当時の事情には 疎(うと) い。

空に話を聞いていればカガリのことも教えてくれたに違いないが、クリムトを助け出すために必死だったクライアにとって、自分が幽閉されていた間の鬼人との戦闘の詳細などどうでもいいことだった。

当然というべきか、クリムトを助け出した後もわざわざ空にそのことを尋ねたりはしていない。

結果、ここではじめてあの時のカガリの動きを知ったクライアは、おとがいに手をあてて言う。

「それにしても、五人、ですか。その五人というのは空様も含まれているのですか?」

「ああ、空を含めて五人だ」

それを聞いたクライアはちらとウルスラと視線を交わす。

カガリが目をつけた要注意人物というからには鬼ヶ島でも別格の武力を持つ者のはず。淑夜が含まれているならば、双璧の片割れであるディアルトも当然入っているだろう。その上に立っていた式部もだ。

この三人に空を入れて四人。では五人目は誰なのか。

御剣家の序列からいえば第一旗三位であるゴズ・シーマだろう。

ただ、双璧とゴズの間にはいささか実力の開きがある。それにゴズを要注意人物に含めるのなら、三旗の旗将ゼノン・クィントスも含まれるはずだ。あのふたりの実力は 伯仲(はくちゅう) しており、カガリがゴズを危険視してゼノンを見過ごすとは考えにくい。

そう考えたからクライアは五人の中に空が含まれるのかを確認した。空が含まれていないのであれば、五人というのは式部、ディアルト、淑夜、ゴズ、ゼノンで間違いないと思ったから。

だが、空が含まれるとなるとゴズとゼノンは省かれる可能性が高い。その場合、カガリが五人目に数えた旗士はいったい誰になるのか。

そのことをクライアが問うと、カガリは少し離れた場所にいる上位旗士たちにちらと視線を向けてから軽い調子で応じた。

「今はいないみたいだが、長い黒髪の女旗士だ。まわりの人間からはアズライトと呼ばれてたな」

『アズライト?』

クライアとウルスラの声がぴたりと重なり、ふたりは驚きの視線を交わし合う。

最初に口をひらいたのはクライアだった。

「アヤカ、ですか。たしかに 黄金世代(わたしたち) の中でも抜きん出た才能の持ち主でしたから、カガリ殿の評価もうなずけますが……」

「うん、僕もクライアと同意見。ただ、双璧に匹敵するほどだとは思っていなかったかな。今はまだ、ね」

アヤカは第二旗の三位であり、黄金世代の中では最も将の座に近い。遠からず副将に 抜擢(ばってき) され、さらに数年を経ずして旗将の座につくだろうとも言われていた。

クライアにせよ、ウルスラにせよ、同期として誰よりも近くでアヤカと接し、その才と努力をつぶさに見てきた。アヤカ・アズライトはいずれ双璧の域に達する逸材であり、場合によっては剣聖にも手が届くだろう――ふたりはごく自然にそう考えていた。

ただ、それは「いずれ」の話であって現時点での話ではない。アヤカが双璧に匹敵する実力を持っていると 示唆(しさ) するカガリの評価を聞き、クライアとウルスラは驚きを禁じえなかった。

もちろんカガリの見誤りという可能性もある。

しかし、鬼界での一ヶ月でカガリの実力と才能をまざまざと見せつけられているふたりは、自分たちの見立てとカガリの見立てを比べたとき、後者を重視せざるをえなかった。

カガリの見立てが正しいとすれば、アヤカは周囲に自分の実力を隠していたことになる。何故そんなことをしなければならなかったのか。

何故と言えば、今日一度もアヤカの姿を見かけていないのも不自然である。

ふたりがそれについて考えたとき、 氷嵐(ブリザード) を思わせる冷たく巨大な勁が膨れあがった。空と戦っていた淑夜が、これ以上は守り切れないと見て最後の勝負に打って出たのである。

『―― 空装(くうそう) 励(れい) 起(き) 』

心装を肩に抱え上げて槍投げの体勢をとった淑夜がカッと目を見開く。

そして。

『 誅(う) ち 給(たま) え、 影の女王(スカリィ) 』

目にも留まらぬ速さで心装を 投擲(とうてき) した。

放たれた 黒槍(スカリィ) は空の身体に致命の 一穿(いっせん) を叩き込むべく、雷光となって宙を駆ける。

カガリでさえ思わず目を見開いてしまうほどに 峻烈(しゅんれつ) なその一投に対し、空もまた神速ともいうべき速さで勁を練り上げた。

『幻葬一刀流 籬(まがき) 』

次の瞬間、展開された円柱型の防壁に 黒槍(スカリィ) が激突し、唸りをあげて 勁(けい) の壁を 穿(うが) ちにかかる。

高速で回転する穂先と、穂先の侵入を阻まんとする防壁。耳をつんざく 擦過(さっか) 音(おん) があたり一帯に響きわたり、二つの勁技が短くも激しい攻防を繰り広げる。

黒槍(スカリィ) の勢いは凄まじく、測れば優に三メートルは防壁を 穿(うが) ち抜いただろう。並の勁技であれば、とうに 黒槍(スカリィ) の威力に押し負けて砕け散っていたに違いない。

だが、空が練り上げた防壁は城壁のごとく重厚であり、敵に対して貫通も破壊も許さなかった。

それでも 黒槍(スカリィ) はあともう少しで空の身体に届くというところまで迫ったが、ついにその威力を失って宙に停止する。

直後、 黒槍(スカリィ) は弾けるような勢いで淑夜の手元に戻っていった。

淑夜は戻ってきた 同源存在(アニマ) をねぎらうように柄を優しく撫でてから、からりとした声で空に対し、そしてこの戦いを見ている者たちに対して自らの敗北を宣言する。

こうして御剣空と九門淑夜の戦いは空の勝利で幕を閉じた。