軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129話 決着

俺が表情を変えたのがわかったのだろう、教皇はこちらの目を見ながら静かに言った。

「その呪いを解かないかぎり、あなたは常に鉄の鎖で縛られているも同然。実力を発揮しようもありません。逆に言えば――」

意味ありげに一息入れてから、教皇は二ィッと口角を吊り上げた。

「あなたを討つならば、呪いに縛られている今をおいて他にない、ということです」

時間稼ぎはもう終わりということなのか、教皇の 双眸(そうぼう) が油膜を張ったようにぎらりと輝く。姉弟子を名乗り、あれこれ言葉をつらねていたときの表情はすでにない。

豹変(ひょうへん) といってよい変わり様だったが、もとよりこの相手に油断などしていない。俺は一切の隙を見せずに心装を構え、敵の動きに注意を払った。

攻撃が来たのはその直後である。

『ルォオオオオオオオォォォオオオオオオオオ!!』

突如、耳をつんざく咆哮が轟きわたり、ビリビリと大気を震わせた。

心臓をわしづかみにされたような 重圧(プレッシャー) がのしかかり、左右の耳に太い 錐(きり) を突き込まれたような激痛が走る。

「ぐぅっ!?」

俺は思わず苦悶のうめきをもらす。

予期せぬ攻撃だった。同時に、記憶にある攻撃でもあった。

ひとたび吼えれば、耳を貫き、頭蓋を穿ち、魂を傷つける、それすなわち 竜の咆哮(ドラゴンロア) ――かつてヒュドラが出現したとき、ルナマリアが口にした言葉が脳裏をよぎる。

ヒュドラの咆哮と今の咆哮は同質の効果を有していた。ただし、同質であるだけで同一ではない。威力だけを見れば今回の方が 桁外(けたはず) れに強い。八重だったヒュドラの咆哮をひとつに束ねたとしても、今の咆哮には及ぶまい。

それほどの咆哮を誰が放ったのか、あらためて確かめるまでもなかった。

「ふん、これも呼び名は 龍の咆哮(ドラゴンロア) になるのかね」

俺は教皇を、そして教皇の背後で天を覆うように巨大な翼を広げる人面蛇身の龍を見据える。

そして、 嘲(あざけ) るようにふんと鼻で息を吐いた。言うまでもないが、俺の後ろには多くの光神教徒が暮らす本殿がある。

遠くティティスの森で発されたヒュドラの咆哮のせいで、イシュカはほとんど一瞬で都市機能を喪失した。ヒュドラより強力な咆哮を、より至近で浴びせられた光神教徒たちがどうなってしまうのかは子供でも想像できる。

「こんなところで吼えていいのか? 本殿にいるのは 浄世(じょうせい) を成し遂げるための大事な同志たちだろうに」

「忌まわしき竜を討つ一助になれるのであれば、皆よろこんで命を差し出してくれることでしょう」

すべては龍の御心のままに――そう口にする教皇の顔は 真摯(しんし) そのものであり、見るからに 敬虔(けいけん) な信徒といった面持ちだった。ついさっき、その龍を指して 盲(めし) いていると言っていた人物とは思えない。

整合性の見えない相手の言動にうそ寒さを感じる。

龍への態度だけではない。三百年前の真相を語り、 浄世(じょうせい) への協力を求め、それが受けいれられぬと知るや即座に殺しにかかり、かと思えば一転して姉弟子を名乗り、俺を案じる素振りを見せる。

乱心しているにしては言葉は 明晰(めいせき) で、けれど隠された意図があるにしては行動が 破綻(はたん) している。

もともとの教皇――ソフィア・アズライトの人格がこうだったのか、それとも鬼界で過ごした三百年が人格を侵食したのかはわからない。わからないが、この相手を理解できると考えるのも、理解しようと試みるのも、いずれも危険であることはわかった。

であれば、とるべき選択肢はかぎられる。

俺が心装を握る手に力を込めるのと、教皇が笑みを浮かべて地を蹴るのはほとんど同時だった。

――そうして始まった教皇との二度目の戦いは、激しくも短いものとなる。

相変わらず教皇の攻撃は強烈で、巧みな組み立てから繰り出される絶え間ない攻勢に苦戦を余儀なくされたが、言い方を変えれば、それは「苦戦」で済ませられる程度の劣勢だった。先刻とてやりにくいとは何度も思ったが、勝てないとは一度も思っていない。

魂分断の神器である大鎌は、肉体的な傷だけでなく精神的な消耗も 強(し) いてくる厄介な武器だったが、これとて一撃くらえば致命傷というレベルではない。

先ほど 為(な) す 術(すべ) なく追い込まれたのは、やはり三形一象の 勁技(けいぎ) によるところが大きかった。それはつまり、あれさえ注意すれば致命的な事態は避けられるということである。向こうが 勁技(けいぎ) を放つ構えを見せたとき、そこに攻撃を差し込めば 勁技(けいぎ) を阻止することは可能だった。

先刻もへたに相手の出方をうかがったりせず、先手先手で戦っていれば今と同じ戦いをすることもできただろう。相手を警戒しすぎたことで、自ら戦いを難しいものにしてしまった。

自信のない人間は自分を過小評価し、敵を過大評価するとは先刻の教皇の 言(げん) であるが、今の俺は少なからずこの言葉にあてはまってしまっている。

――自信に呪い、か。

教皇の言葉に思い当たる節がないわけではなかった。ただ、たとえあの言葉が 正鵠(せいこく) を射ており、俺の成長が父の一言によって阻害されていたのだとしても、今の時点では解決しようのないことである。

弱者という言葉を否定するためには父を超えなければならない。そして、俺はもとよりそのつもりだった。鬼ヶ島で父と会ったときに 観(み) た白峰の頂き。あそこにたどりつくために今日まで貪欲に力を求めてきたのである。

ゆえに、今さら父を超える理由がひとつふたつ増えたところで何が変わるわけでもない。今このとき、俺が為すべきは自信を得ることでも呪いを解くことでもなく、目の前にいる敵を討つこと。ただそれだけだ。

俺は打ちこまれる大鎌を弾き返しながら、教皇の後ろにいる龍の動きに注意を向ける。

先の咆哮以降、目立った動きを見せない龍であるが、それが機をうかがっているからなのか、それ以外の理由があるからなのかは分からない。

冷静に考えてみれば、龍が十分な力を残しているのなら、すぐにでもアトリの結界を破って鬼ヶ島に出現しているはずだ。それができない時点で三百年前に龍が負った傷の深さが―― 幻葬(げんそう) の志士たちが負わせた傷の深さが知れる。

怨敵たるソウルイーターを前にしながら、教皇に殺せ殺せと命じるばかりでみずから動こうとしないのも、戦いたくとも戦えない状態にあるからではないのか。だとすれば龍はすでに死に体。先ほどの咆哮は 鼬(いたち) の最後っ屁というやつになる。

俺は先刻の教皇にならうようにニィと唇の端を吊り上げた。

相手を軽視している可能性が脳裏をよぎるが、警戒しすぎて不覚をとった先ほどの経験が俺の背を後押しした。

そんな俺の変化に気づいたのか、教皇がとっさに後ろに飛びすさって俺と距離を取ろうとする。

わたりに船とばかりに、俺はその場で 勁技(けいぎ) の構えに入った。せっかく姉弟子が三つも四つも秘剣を見せてくれたのだ。こちらもひとつくらいは 勁技(けいぎ) を見せねば無作法というものだろう。

頭の中にあるのはベヒモス戦で使用した刺突の 勁技(けいぎ) 。それは槍のように鋭く、 螺旋(ねじ) のように回転しながら、敵を 穿(うが) ち、えぐり、突き進む。

避ければ後ろにいる龍を直撃してしまう以上、教皇はこの一撃を 躱(かわ) せない。全力で受け止めるしかないのだ。

「 幻葬(げんそう) 一刀流―― 強螺(ごうら) !」

練り上げた 勁(けい) を解き放ち、教皇めがけて心装を振るう。

放たれた 勁技(けいぎ) は轟然と 螺旋(らせん) を描きながら、前方の空間をえぐるように教皇めがけて突進した。あまりにも濃密な 勁(けい) の奔流は余波だけで大気を 軋(きし) ませ、進む先の地面を砕き割りながら標的へ向かって 驀進(ばくしん) する。

その威力はカタラン砂漠で同じ技を放ったときとは比べ物にならず、ベヒモスが放った星の 息吹(ブレス) さえ色あせる。心装を通して伝わってくる会心の手応えに、俺は思わずクッと 喉(のど) を鳴らした。

直後、教皇の大鎌と 強螺(ごうら) が正面から衝突する。

標的を 穿(うが) ち抜かんと 吼(ほ) え 猛(たけ) る 勁技(けいぎ) に対し、教皇は自身の 勁(けい) を高めて力ずくで弾き返さんとする。

二つの 勁(けい) のせめぎ合いは大地を震わせるほどに激しく、同時に、瞬きを数度繰り返せば終わるほどに短いものだった。

教皇が大鎌を大きく振り抜いた瞬間、 強螺(ごうら) は耐えかねたように進路を曲げられ、教皇の身体をかすめるようにして後方の地面に激突する。炸裂する爆発音。

見るかぎり教皇に負傷はなく、後ろの龍も無傷のまま。 強螺(ごうら) が不発に終わったのは明白だった――が、俺は意に介さなかった。 強螺(ごうら) が教皇と競り合ったほんの数秒の時間、それさえあれば次の一手には十分すぎる。

全身の 勁(けい) を両足に込めて地面を蹴り、一瞬のうちに教皇に肉薄する。そして、 強螺(ごうら) を払いのけた直後の針の穴ほどの隙を縫って、身体ごとぶつかるように教皇の胸に心装の切っ先を突き入れた。

こちらの動きに気づいた 幻想種(アズライール) の無数の目が不気味に輝き、無数の口が何かの呪文を唱えたようだったが、いずれも遅い。

次の瞬間、俺は教皇のふたつの乳房の間、胸の中央を深々と刺し貫いていた。

身体を 穿(うが) つ確かな感触。流れ込んでくる膨大な量の魂。それは間違いなく心装の刃が教皇の命に届いた証だった。

俺は勝利の確信に促されるまま、そのまま一気に相手の身体を切り下げようとして――がしり、と教皇に両手をつかまれた。