作品タイトル不明
第百二十三話 真相を求める理由
「あれはアトリが叩き込んだ反逆の剣。三百年前、青林島で復活した龍はアトリによって封印されました」
穏やかで優しく、それでいて茶目っ気もあった 神無(かむな) の里の巫女は、いざ戦いとなれば鬼神のごとき強さを発揮した。その力は幻想種との戦いを経るたびに高まっていき、ついには 定命(じょうみょう) の者が龍を封じるに至ったのだ――教皇はそう述べた。
その結果として出来たのが鬼界であり、鬼界の入り口となる鬼門である。そういうことなのだろう。
ただ、龍を封じるための空間結界にわざわざ出入りできる穴をもうける必要はない。鬼門ができてしまったのはアトリにとって計算外のことだったのではないか、と俺は思った。
完璧な結界をつくるためには力が足りなかったのか、あるいは、力は足りていたのに何者かの妨害があって果たせなかったのか。
もし後者だったとすれば、その何者かはきっと龍とアトリの戦いをすぐ近くで見ていた人物に違いない。
――自然、俺の視線は教皇に向けられた。
教皇もまたこちらを 凝然(ぎょうぜん) と見つめていた。その目を見つめ返して、ふと思う。
穏やかであるのに 仄(ほの) かな暗さを感じさせる教皇の 双眸(そうぼう) は、まるで古びた井戸の水面のようだ。どれほど目を 凝(こ) らしても奥を見通すことができず、水の清濁も、底までの深さもわからない。
改めて教皇について考える。
光神教の目的を考えれば、龍を討伐しようとする者を妨害するのは当然のことであろう。 幻葬(げんそう) の志士に潜り込んだソフィアは最後の戦いで志士たちを裏切り、龍が完全に封印されるのを阻んだ。
本来だったらすぐにでも龍を解き放ちたかったに違いないが、アトリがほどこした封印が強力でそれがかなわなかった。そのため、不死の王と化して封印の効力が解けるのを三百年待ち続けてきた――そう考えれば色々と辻褄が合う。
すべては俺の推測にすぎないが、それほど大きく外れてはいないだろうという確信があった。
ただ気になることもある。
たとえば、先刻から教皇の話の中に御剣の名前が一向に出てこないこととか。
大陸の歴史では、三百年前に戦乱の元凶である鬼神を封じたのは初代剣聖 御剣一真だとされている。その功績をもって御剣家は武名を高め、皇帝から鬼門の守りを任されるに至った。
だが、実際に鬼門に封じられていた元凶は鬼神ではなく龍であり、その龍を封じたのも一真ではなくアトリだという。
単純に考えれば、一真がアトリの功績を盗んで英雄の座を奪い取ったのだろうが――当時、御剣家は方相家の下っ端にすぎなかったはず。そんな弱小勢力の当主がどれだけ画策したところで、アトリの功績を奪うことは不可能だろう。
おそらく、誰かが御剣一真の功績を証明したのだ。彼こそが鬼神を封じて世界を救った英雄である、と。
そして、この「誰か」に該当するのも教皇の他にいないだろう。御剣家と光神教が裏でつながっていたのだとすれば、両者の関係の始まりはこの策謀だったに違いない。
そうやって御剣家の名を高からしめる一方、教皇は自ら鬼界に移り住んで鬼人族と共存してきたわけだ。
俺がわからないのは、この最後の動きである。
龍の復活を望む教皇にしてみれば、幻想一刀流を扱う御剣家は邪魔者であったはず。その御剣家を引き立てるような真似をした理由はどこにあったのか。それに鬼人族と接近すれば、それだけアトリのことがバレてしまう可能性も高くなる。偽の功績で名をあげたのは御剣家ばかりではないのだ。
それでも教皇はあえてそれをした。たぶん、そのあたりに御剣仁の存在がからんでいるのだろう。
そのことを問いかけるべきか否か、すこし迷う。
教皇は先刻から一貫して穏やかで協力的だが、ときおり底知れない迫力をのぞかせる。御剣仁の名前は、教皇の奥底に潜んだものをひきずりだしてしまう気がしてならなかった。
そうなれば、眼前にいる三百年前の生き証人と話をする機会は 永(なが) く失われてしまう。それを避けるためには仁の名前を出さず、もう少し話を引き延ばす必要があった。
――どうして、そこまでして三百年前の真相を求めるのか。
もともと、俺は三百年前の出来事にさして興味を持っていなかった。
ラスカリスやノア教皇、アマデウス二世とのやり取りから、無知であることの危険性を認識させられていたので、それをおぎなう知識を求めていたのは確かである。
しかし、それは「可能ならば知っておきたい」という程度のものでしかなかった。
俺が鬼界くんだりまでやってきた目的は、あくまで新たな 供給役(クライア) の確保と、幻想種に匹敵するという魔物を喰うことであり、是が非でも三百年前の真相を突きとめてやろう、とは考えていなかったのだ。
だが、いま俺はできるかぎり三百年前の情報が欲しいと思っているし、そのために教皇の言葉を引き出したいと考えている。
何故なら、そうすることで三百年前に御剣家がとった行動がより克明に把握できるからだ。それはつまり、虚構で塗り固められた御剣家の真実を暴き出すということである。
鬼ヶ島から追放されたときの父の言葉が思い出される。
『御剣家は三百年の昔、鬼神を封じた剣聖を祖とする武門の家。幻想一刀流は始祖が身命をとして編み出した破邪の剣よ。竜、巨人、鬼神――天災に等しき幻想種さえ葬りさる人の世の護り刀。これあるゆえに、我が家は帝から鬼門を守る大役を仰せつかっている』
デタラメもいいところだ。
初代剣聖は鬼神を封じてなどいなかった。
御剣家は人の世の 護(まも) り刀などではなかった。
幼い頃から繰り返し教え込まれ、骨身どころか魂にさえ刻まれた御剣家の絶対性は、虚偽と謀略の産物でしかなかったのだ。
そのことを思うと、自然と口の端が吊りあがっていく。
嘘を教え込まれた怒りゆえに、というわけではない。いや、それがまったくないとは言わないが、それ以上に俺の全身を包んでいるのは解放感だった。これで御剣家に遠慮する必要はなくなった、という解放感である。
以前、母の墓参りに来たときに確かに見た白峰の頂きと、そこに至る道のり。今はまだ届かずともいずれは、との思いは絶えず胸の中にあり、その欲求に従って貪欲に強さを求めてきた。
そうして強くなっていく手ごたえは感じていたが、一方で俺はためらいをおぼえてもいた。
どういう理由であれ、当主である剣聖が敗れれば御剣家は揺らぐ。そして、御剣家が揺らげば鬼門の守りも揺らぐ。その結果、鬼門からあふれだした悪鬼妖魔が鬼ヶ島や大陸を 跋扈(ばっこ) するような事態になったら、後味が悪いどころの話ではない。
今さら善人を気取るつもりはなかったが、私闘で他国の平和を乱す悪党になるつもりもない。
彼我の距離を知ることができた分、 そ(・) の(・) 時(・) が確実に近づいていることはわかっていた。俺は近いうちに決断をくだす必要があったのである。
しかし、今回の一件でその決断は意味がないものになった。御剣家が揺らいだところで、俺が恐れていた事態は起こり得ない。
俺は 喉(のど) を震わせるようにして、くくっと笑った。