軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 我流

その日、仁が身を寄せている部隊―― 幻葬(げんそう) の志士 皐(さつき) の氏族は魔物の襲撃を受けた。

神無(かむな) の氏族と合流する当日の出来事であり、見張りの隙を縫っておこなわれた完璧な奇襲だった。

見張りの兵士を擁護するなら、彼らは決して 怠(なま) けていたわけではない。ただ、敵が襲って来たのは日の出直後だった。

それまで夜襲を警戒して気を張っていた兵士たちが、無事に夜を越えることができた、と我知らず気を緩めてしまう時刻。敵はその一瞬の隙を突いて襲って来たのである。しかも人間にとって死角となる方向――真上から。

「敵襲ッ!! グリフォンだ!!」

悲鳴じみた報告の声で跳ね起きた 仁(じん) は、就寝中も肌身離さず抱えていた 笹雪(ささのゆき) の鞘をがっしと握りしめるや、素早く天幕の外へ飛び出した。

直後、グリフォンの爪によって引き裂かれた見張りの絶叫が仁の鼓膜を激しく叩く。

とっさにそちらへ向かおうとした仁は、しかし、傷口から 腸(はらわた) が飛び出した兵士を見て手遅れであることを悟り、足を止める。

獲物をしとめたグリフォンは巨大な翼をはためかせると、優美ささえ感じさせる動きで高々と飛翔した。

つられて空を見上げた仁の目に映ったのは、とっさに数をかぞえることもできないグリフォンの群れだった。東から差し込む陽光に照らされ、体毛を 黄金(こがね) 色に輝かせた魔獣たちが悠々と頭上を飛び交っている。

「……なんて数だ」

どこか呆れたようにつぶやいた後、仁は 喉(のど) の奥でくっと小さく笑う。

この空の魔獣は山岳地帯の高峰に棲みつくのが常であり、滅多なことでは人里に降りてこない。仁も遠目に姿を見たことはあったが、実際に戦ったことはなかった。

それでもグリフォンが強大な魔獣であることは知っている。 鷲(わし) の頭と翼を持ち、獅子の胴と爪を備え、大空を自在に駆けて地上を這いずる獲物を 屠(ほふ) る鳥獣の王。

その王クラスの魔獣が、どれだけ少なく見積もっても五十頭以上、仁の視界に映っているのだ。今の仁ではその中の一頭を相手どることさえ難しいというのに。笑うしかないではないか、こんなもの。

志士の中には上空の群れに矢を射かける者、魔法を浴びせる者もいたが、そのほとんどはグリフォンに届かず、届いた攻撃も魔獣の強靭な体躯にはばまれて傷を負わせるには至っていない。

そして、攻撃をしのいだグリフォンたちは威圧的な叫び声を響かせながら急降下し、己を攻撃してきた相手に爪を振るった。

立て続けにわきおこる絶叫を聞いた仁はちっと舌打ちする。

「地面にひきずり落とさないと、上から一方的に狩られるだけだな」

仁の言葉はグリフォンと戦っているすべての志士の内心を代弁したものだった。

もっとも、仁にははるか上空を飛び交う魔獣を地に落とす術はないし、仮にすべてのグリフォンを地面に叩き落としたとしても、魔獣の爪牙はなお多くの犠牲を強いるに違いない。

こういう時こそ心装使いの出番なのだが――と仁が考えたとき。

「おい、新入り! なにぼやぼやしてんだ、死にてえのか!」

怒鳴るように話しかけてきたのは仁が「親方」と呼んでいる厨房の責任者だった。

常は白い頭巾をかぶっている頭部に、今は 鈍色(にびいろ) に光る鉄兜をつけている。

「あ、親方、無事でしたか」

「おうともよ、こんなところでくたばってたまるかい! お前もさっさと東の森に逃げ込め。あそこならあの化け物も俺たちを見つけられん!」

そう告げた親方だったが、当人は東とは逆の方向に向けて駆け出していく。どうやら仁をはじめとした新入りたちに逃げる場所を伝えてまわっているらしい。

それを見た仁は、言われるがままに森に逃げるべきか、味方を逃がすために親方を手伝うべきか、束の間 逡巡(しゅんじゅん) する。

心装を修得するという目的のため、こんなところで死ぬわけにはいかない。そう思う一方で、これは 芋(いも) の皮むきから卒業し、 幻葬(げんそう) の志士内部における地位を確立する好機ではないか、という思いもあった。ここで味方のために尽力すれば、上も仁の功績を認めるだろう。

仁が悩んだのはごくわずかな時間だけだったが、切迫した状況は仁が答えを出すまで待ってはくれなかった。

上空のグリフォンの一頭がひときわ甲高い 叫喚(きょうかん) を発して降下を開始する。

向かう先は仁――ではなく親方だった。正確に言えば朝日を浴びて光る親方の鉄兜。グリフォンはそれに反応したのである。

そういえばグリフォンは竜のように光り物を集める習性があったな、と仁はややのんきに考える。

もっとも、のんきだったのは思考だけで、身体の反応はきわめて迅速だった。

素早く笹雪の柄を握りしめ、 居合(いあい) の構えをとる仁。

親方はグリフォンの動きに気づかず走り続けている。ここで仁が声を張り上げても、頭上からの攻撃をかわすことはできないだろう。

無論、刀を振るっても届く距離ではなかった。

仁はそのことを理解していたが、それでもその動きにはいささかの遅滞も躊躇もない。

「――」

小さく、深く、すぅっと息を吸う。

直後、仁の体内で 魔力(オド) が渦を巻いた。 儺儺式(ななしき) においても 礙牢(げろう) をはじめとした 魔力(オド) を用いる術式は存在する。

それゆえ、 魔力(オド) を操る術は仁にとって身近なものだった。

方相氏の中にあって稀代の才をうたわれる兄 御剣一真をして「己より上」と言わしめた仁の才能は、魔力という面においても正しく開花している。

仁はその魔力を 儺儺式(ななしき) とは異なる形で放出しようとしていた。

それは御剣仁が独りで編み出した我流の剣。父兄からあたえられた 儺儺式(ななしき) の鍛錬を放り出し、鬼人を斬る剣ではなく幻想種を斬る剣を求めた仁の創意工夫の結晶だ。

儺儺式(ななしき) のように流派としての名はまだつけていないが、一個の技としての名はつけた。

すなわち。

「―― 颯(はやて) 」

仁がその言葉を紡いだのと、笹雪が鞘から解き放たれたのは同時。

次の瞬間、風を裂いて宙を駆けた魔力の刀身が、獲物に襲いかかろうとしていたグリフォンの翼を正確に捉え――

「ぐるぅおおおおお!?」

そら恐ろしいほどの鋭さで深々と斬り裂いていた。