軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 ミロスラフ・サウザール

『隼の剣』の魔術師ミロスラフ・サウザールは機嫌が悪かった。

原因は明白で、ここ一月あまり、ろくに外出できない日が続いていたからである。

表向きはミロスラフの身を守るためであったが、実際はギルドによる軟禁に近い。

過日の蝿の王の一件による処罰であることは明白であった。

「理不尽ですわ。わたくしが何の罪を犯したというのです?」

誰もいない部屋でミロスラフは爪を噛む。いや、噛もうとして、あわてて途中でやめた。

せっかく綺麗に磨いた爪を、自分の歯で傷つけてしまうのは愚かなことである。

食事や水に不自由はないし、望めば魔術書や学術書を読むこともできる。当初は休暇でも与えられたつもりで過ごしていた。

この際だからと、いつも以上に丹念に髪や爪、肌の手入れもした。常日頃から手入れはかかしていないが、さすがに冒険者として活動していると、美容に割く時間は限られてしまう。

そういう意味では有意義といえないこともない、と自分を慰めていた。

だが、そんな生活も 一月(ひとつき) 続けばさすがに 鬱屈(うっくつ) が募ってくる。くわえて、見張られながら生活する息苦しさは、これまでミロスラフが経験したことのないものだった。

ラーズたちはラーズたちで別の仕事を与えられているらしく、なかなか顔を見せてくれない。

この生活がいつまで続くのかわからない、という点もミロスラフを苛立たせた。

必然的にその不満は事の原因たる個人へと向かう。

「ソラ……あのような男、生きていたとて何の役にも立たないではありませんか。五年以上もかけて十級から抜け出せず、いまだに薬草をとり続けている。そんな男がラーズを助けるために命を捨てるのなら、それはいっそ名誉の死というべきです」

むしろ感謝されてもいいくらいだ、と思う。

その口調には隠し切れない憎悪が渦巻き、後悔はみじんも感じられなかった。

実際、ミロスラフは自分のとった行動を悪いとは思っていない。客観的に見て問題がある行動だったというのは自覚しているが、もし時間を巻き戻せたとしても、自分はまた同じことをするだろうという確信があった。

「ラーズ以外の男がどうなろうと、知ったことではありませんわ」

そう断言するミロスラフの目には 空(そら) に対する、そして男という存在に対する嫌悪に満ち満ちていた。

金の力でたくさんの 妾(めかけ) を侍らせていた父。

年下の 女性(ミロスラフ) に負けたからという理由で、嫌がらせをしてきた賢者の学院の生徒たち。

若すぎるミロスラフに親切ごかしに声をかけてパーティに誘い、寝所に踏み入ってきたかつてのパーティメンバー。

ラーズに出会う以前の男たちの記憶にはろくなものがない。

そんなミロスラフにとって、 男(ソラ) が同じパーティに入ってきたことは、苦痛以外の何物でもなかった。誘ったのがラーズでなければ断固反対していただろう。

幸い、ソラには才能限界という問題があったから、我慢は半年だけで済んだ。

それでも腹立たしい思いをしたことは一度や二度ではなく、さらにいえば映えある『隼の剣』に、ソラのごとき無能者が在籍していたという記録は抹消するべきだと思った。とくにミロスラフ自身の記憶から。

死んでくれれば最良だが、さすがにそこまではできない。だから街から追い出すことにした。二度と姿を見なければ死んだも同じだ。

極力自分が表に出ないよう注意しながら噂や悪評をばらまき、ソラを追い詰めていく。

中でも会心の出来だったのが『 寄生者(パラサイト) 』の一件である。

「……ふふ、あのときの、あの男の後ろ姿といったら!」

逃げるように酒場から出て行くソラの悄然とした後ろ姿を思い起こし、ミロスラフの口から喜悦の声がもれる。

かつてソラがルナマリアを敵視する原因となった酒場での出来事。あれはミロスラフの仕業だった。

あの日、ミロスラフたちが酒場に入る前にソラが酒場にいたのは偶然ではない。サウザール商会の影響力をつかってミロスラフが企んだのである。

ソラを座らせる席もあらかじめ指示しておいた。 衝立(ついたて) のある奥部屋だ。

あとはミロスラフがイリアとルナマリアを誘って食事に出掛け、偶然をよそおって隣の席に座るだけ。

その席上で、あたかもルナマリアがソラを『 寄生者(パラサイト) 』と呼んだように話せば企みは完了する。

実際には、ルナマリアはソラを指して『 寄生者(パラサイト) 』と呼んだわけではなく、自然界の 寄生生物(パラサイト) の話をしたに過ぎない。

それを言葉たくみに冒険者パーティの寄生行為に結びつけたのはミロスラフであり、さらに、そこからソラのことを持ち出してつなぎ合わせた。

酔ったふりをしてルナマリアの困惑を黙殺したミロスラフは、イリアと二人で笑いあう。あの男にはふさわしい呼び名だ、と。

ルナマリアにしても、まさか隣の席でソラが聞いているとは知る由もない。

結果、すべてはミロスラフの狙いどおりに事は進んだ。

どうしてミロスラフはここまでの手間をかけたのか。

ソラが『隼の剣』に在籍していた頃、最も親しくしていたのはルナマリアである。

そのルナマリアが自分のことを『寄生者』呼ばわりしていると知れば、ソラのショックのほどは計り知れないだろう。

それに、ルナマリアがソラに同情的なことも知っていたミロスラフとしては、危険の芽を早めに摘んでおく意味もあった。つまり、ルナマリアが血迷ってソラのパーティ復帰を画策したりしないよう、今のうちに両者の絆を断ち切っておく必要があったのである。

くわえて、もともとミロスラフはルナマリアのことが嫌いだった。

賢者の学院において、自分が周囲から孤立していたとき、もてはやされていた「妖精姫」の存在は好ましいものではなかったのだ。

それに、最終的に学院を中退する形になったミロスラフは、ルナマリアのように 賢者(セージ) を名乗る資格を持たない。そのことも面白くなかった。

ソラのように追い出そうとしなかったのは、冒険者としてのルナマリアの能力を評価していたからに過ぎない。

この計画において唯一の、そして最大の誤算はソラがイシュカの街にとどまったことである。

これにはミロスラフも舌打ちを禁じえなかったが、遠からず街を出て行くだろうと確信していたこともあり、以後は悪評が勝手に広まるにまかせた。

「今となっては、あの時にもっと追い詰めておくべきでしたわね」

かすかな後悔をこめてつぶやく。

もっとも、もしそうしていればラーズを助けるための 囮(おとり) にもできなかったわけで、そう考えれば様子を見るという判断も間違ってはいなかった。

ソラがおとなしく蝿の王に殺されていれば、すべては丸くおさまったのに――ミロスラフがそんなことを考えたときだった。

カタリ、と音をたてて扉が開いた。

ミロスラフの眉が吊りあがったのは、礼儀知らずのギルドの人間がノックもなしに入ってきたと思ったからである。

これが女性であればまだしも、ギルドマスターは監視要員に男性を配置している。

ミロスラフはギルドマスターに何度か抗議しているのだが、一向に改善される気配がない。ただでさえ貴重な女性職員を、監視役で何日も拘束するわけにはいかない、というところだろう。

それだけミロスラフのことが軽んじられている、ということでもある。

そういった扱いに対する憤懣もこめて、ミロスラフは入室してきた人間に怒声を叩きつけるべく口を開いた。

だが、ミロスラフの口が言葉を発することはなかった。

咽喉まで出かかっていた怒声ごと、侵入者に意識を刈り取られたからである。

身体が床に崩れ落ちる寸前、ミロスラフは侵入者によって軽々と抱き上げられていた。

「……」

侵入者は室内に据えられたテーブルの上に一枚の紙を残すと、ミロスラフを背負いなおして部屋を出て行く。

侵入してから三十秒と過ぎていない鮮やかな手口であった。