軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.ギルベルトの真意③

あえて名を呼んだというように、ギルベルトは気に留めた様子もなく続けた。

「殿下、今ならまだ間に合います。どうか婚約を解消なさってください。───手遅れになる前に。取り返しのつかないことが起こる前に、どうか」

「まさか、わたしに婚約解消の理由を与えるために噂を流したとでも?そうなのですか? ───ギルベルト、あなたは大きな誤解をしています」

きっぱりと否定しても、目の前の青年は揺らがない。

それどころか、わたしの返答を予想していたというように、悲しげに微笑んだ。

「殿下はこの国を守ることを第一に考えていらっしゃる。桁外れに強い護衛騎士という“英雄”を創りあげたのは、この国のためだとわかっています」

英雄はその存在だけで他国に睨みをきかせられるもの。恐ろしく強いと評判の英雄がいたなら、それだけで敵国の兵は怯み、士気は下がる。

自分もその“英雄”だから利用価値はわかると、銀髪の青年は落ち着き払った態度で続けた。

「その虚像役に選んだからには、あの男を信頼なさっているのでしょう。御身との婚約を持ってこの虚像が完成されるということも理解しています。しかし、殿下。ときに人は、外と内で異なる顔を見せるもの。そして、たやすく信頼を裏切るものです」

ひどく真摯にギルベルトがいう。

わたしは思わず首を傾げて聞き返していた。

「───……虚像? あの、ギルベルト? バーナードの強さは事実ですが……?」

「ええ、それなりに腕は立つのでしょうね。上手い噂は常に真実を養分に育つものです。今回、噂が噂を呼んで、一万の軍勢にも匹敵するなどと囁かれているのは、さすがの手腕と感服しています。誇張が過ぎるという者もおりましょうが、はったりは強気でいってこそ。俺も心得ております」

「あの、ギルベルト、なにか根本的に誤解があるような……?」

「殿下が創りあげた“英雄”という幻想の盾を、俺に破壊する気はありません。あの男とは御前試合で戦うことになるでしょうが、俺は決して“最強の騎士”を叩きのめすような真似は致しません。殿下が心血を注いで作られた噂です。俺はあの男の強さは評判通りのものであると振舞いましょう。しかし───、祝祭の場である御前試合で あ(・) の(・) 男(・) が(・) 俺(・) を(・) 殺(・) し(・) た(・) な(・) ら(・) 、貴女の婚約者としては不適格となるはずです」

「待ってください、ギルベルト。あなたはなにか誤解しています。いえ、なにかというか、何もかもというか……」

わたしは彼を押し留めるように手のひらを向けた。

予想外の言葉の数々に混乱しながらも、不意に脳裏をよぎったのは先日の朝食の席でのお兄様の言葉だ。

───常軌を逸した所業というのは自分の眼で見なくてはなかなか信じがたいものだからな。奴に慣れてしまっているお前や私のほうが普通ではない。

まさか、そういうことなのだろうか?

彼は生贄姫の噂を鵜呑みにしていたわけではなく、理性的に理論的に考えて答えを出したのか?

た(・) っ(・) た(・) 一(・) 人(・) で(・) 一(・) 万(・) の(・) 軍(・) 勢(・) を(・) 壊(・) 滅(・) さ(・) せ(・) る(・) こ(・) と(・) の(・) で(・) き(・) る(・) 人(・) 間(・) な(・) ど(・) い(・) る(・) は(・) ず(・) が(・) な(・) い(・) という良識の下に?

「ギルベルト、口で説明しても信じがたいことかもしれませんが……、まず、そもそもですね、バーナードは御前試合に出ませんよ」

「今はそう振舞っているのですか? だとしても、内心は怒り心頭でしょう。名誉を傷つけられたとね」

「いえ、その点は気にしていないと思いますよ」

「御前試合で俺は敗北しましょう。しかし、あの男の本性は明らかにしてみせます。あの男が怒りに任せて俺を殺したなら、そのときはどうか、婚約について今一度お考え直しください。それだけが俺の望みです」

それからギルベルトはすまなそうに眉を下げて謝罪した。

「殿下のお立場では否定するしかないことでしょう。俺はそれをわかっていて申し上げました。許しは請いません。俺は、今後の行動をもって忠誠と贖罪を示しましょう」

わたしはついに言葉を無くして、片膝をついている青年を見下ろした。

どうしよう。

まったく話が噛み合っていない。

これはいったい、どこからどう訂正していったら納得してくれるのだろう。動機がわからないと思っていたけれど、わかったはずなのに何も解決していない。

───え……、ええと……? これは、なにを、どういえばわかってくれるのでしょうか……?

わたしが二の句を継げずにいると、ギルベルトは静かに立ち上がった。

用件は済んだという様子で、一礼をして立ち去ろうとするその後姿を、とっさに引き留める。

「ギルベルト!」

無言で振り向いた銀の髪の青年は、わたしはとっさに呼び止めた。

「あなたは聖教会の人間ではないといいましたね」

「ええ」

「それならば、あなたは誰の下で働いているのですか。いったい何に殉じようとしているのですか?」

これこそが今夜、聞きたかったことだ。ギルベルトの言葉に惑わされてはいけない。彼が誰のために、あるいはどの神のために動いているのかを見極めなくては。

彼は、なぜか驚いたようにわたしを見た。

若葉色の瞳が、苛烈でもなく凍り付いてもいない温度で、愛おしむような奇妙な輝きを見せる。

それからギルベルトは、月明かりの下で微かに笑った。

「貴女です、殿下」

迷いのない声が、夜の庭園に響く。

「俺の神は昔も今もただ一人、貴女だけです、アメリア殿下」

ギルベルトの姿が夜の闇の中へ消えていく。

今度は引き留めなかった。引き留められなかった。

───絶句してしまっていたからだ。

呆然と見送るわたしの傍に、バーナードたちが近づいてくる。

ライアンがあっけらかんとした口調でいった。

「凄いっスね、殿下。姫様から出世して神様になるとはさすがぐぉっ」

最後の呻き声はチェスターの仕業だろう。

わたしはもう、そちらに気を配る余裕もなかった。ただ、バーナードを見上げて力なくいった。

「あなたにも聞こえていましたか……?」

「ええ、最後だけは。俺の神がどうだとかいっていましたね」

「……っ、今までも、わがまま姫から王の右腕まで、さまざまな呼ばれ方をしてきましたし、王家の人間として受け入れてきたつもりですけれど……、さすがに『神』は……、神はないと思いませんか……!?」

「殿下の狂信者だったんですねえ、あの男。どうりで話が通じないわけです」

「しみじみいわないでください、バーナード……!」

わたしは少しばかり涙目になってしまった。