軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.新発見

隊長は、なおも頑固に、ろくでもないことをいった。

「とにかく、殿下に痛い思いをさせるわけにはいかないんだ。俺は、力加減を身につけるまで、ライアンで練習する」

「勝手に決めないでほしいんスけど!?」

「チェスター、お前のいうこともわかるが、殿下は我慢強い方だ。多少痛みを感じても、俺に気を遣って、何もいわない可能性が高い。そんな事態を引き起こさないためにも、俺には練習台が必要だ」

「俺、生きた人間ですからね!? 隊長の可愛い部下っスよ!? わかってます!?」

俺は、どうしたものかと、頭を悩ませた。

隊長が殿下の我慢強さを心配するのも、根拠のない話ではない。実際に殿下は、過労がたたって倒れたこともある。

あれはまだ、当時は王太子殿下だった陛下と、先王を傀儡にする派閥との対立の趨勢が見えていなかった頃だ。

旗色を決めかねている地方領主たちを味方につけるために、アメリア殿下は各地を飛び回っていた。

殿下は、自分よりも何十歳も年上の狸親父や、狡猾な老人たちを相手に、一歩も引くことがなかった。どれほど侮られても怒りを見せず、恫喝されようとひるむことはなかった。冷たくあしらわれようと諦めることなく、ただただ粘り強く、根気良く、交渉材料を探し出し、相手を話し合いのテーブルまで引きずり出していた。

殿下はいつも疲れを見せることなく、気丈に振舞っていたが、そんな日々を送っていて、心身ともに擦り減らないはずがない。 殺人人形(キリングドール) のような少年はもちろんのこと、俺もサーシャも殿下に休んでほしいと懇願した。だが、殿下は聞かなかった。

父君と対立し、王宮内で味方の少ない王太子だった陛下にとって、妹君である殿下ほど、信頼の置ける臣下はいなかった。

─── 王太子殿下は、自分が自由に動けない分まで、アメリア殿下を動かすしかなく、殿下もまたそれを理解していた。

貴族の生まれである俺としては、当時の王太子殿下のお気持ちや立場は理解できたし、同時に、アメリア殿下をいいように使いすぎではないかという憤りもまたあって、複雑なところだった。

だが、隊長はちがう。隊長にとっては、殿下が健やかであることこそが最優先事項だ。隊長が今でも陛下を敵視しているのは、陛下の命令が、殿下を幾度も危険に晒したからだ。

国を守るために仕方のないことだった。陛下と殿下、お二人の並々ならぬご尽力があったからこそ、今の平和がある。殿下の周りの者たちは、俺を含めて皆、それをわきまえているし、なにより殿下自身に、兄君に対するわだかまりはない。殿下は昔からずっと、兄君を尊敬し、ただ一人の王として仰いできた。

けれど、隊長はずっと怒っている。

アメリア殿下に剣を捧げたあの男は、金の髪に空色の瞳を持つ、ただ一人の美しい人のために、ずっと怒っている。

……あの頃、国内を飛び回っていた殿下は、ある日突然倒れた。

本当に、突然だった。その直前まで、普通に話をしていたのだ。

沿岸地方へ向かう途中で、さほど高級ともいえない宿の一室だった。

次の交渉相手との取引材料について、補佐官と話していた殿下は、椅子から立ち上がろうとしてふらつき、そのまま意識を失った。とっさに 殺人人形(キリングドール) のような少年が抱き留めていなければ、殿下は頭から床にぶつかっていたかもしれない。

幸い、殿下は数時間で目を覚ました。そして、恥ずかしそうに、少し立ち眩みがしただけだといった。心配しなくていいと。これ以上休む必要はない、予定通りに出発すると。

殺人人形(キリングドール) はいった。

「なあ、姫様。俺が、その交渉相手とやらの貴族の首を獲ってきて、交渉ごと潰すのと、大人しく休むの、どっちがいい?」

本気の眼だった。殿下が、なおも無理をして出発しようとするなら、間違いなく首を獲ってくるだろうと思わせる瞳だった。

殿下は折れた。実際、限界が来ていることは、殿下自身も自覚していたのだろう。

もそもそと寝台へ戻り、毛布をかぶって「少しだけ休みます。少しだけですよ」といった。殿下もたいがい、頑固な方なのだ。

……あの頃を思えば、隊長が殿下に対して心配性なのも、理解できる話ではある。

とはいえ、ここでライアン相手に練習を積むのは、どう考えても間違った選択だ。女心に疎い俺でも、そのくらいはわかる。

もしも、隊長が殿下とは練習しないといい張る理由が、好きな女性にみっともないところを見せたくないという男の見栄などだったら、俺も、説得のしようがあっただろう。

だが、隊長の頭にあるのは、殿下に痛みを与えないことだけだ。本気でそれしか考えていない。

俺は、頭をひねった末に、攻め方を変えることにした。

「では、殿下に許可を頂いてきてください。殿下がお許しになるなら、練習台としてライアンを貸しましょう」

「貸さないでくださいよ!? なにいってんスか副隊長!?」

「どうして殿下にそんな話をする必要があるんだ。殿下を煩わせるな」

「俺が一番煩わされてるんスけど!?」

俺は、ふっと、恋愛上級者のごとく、訳知り顔で微笑んでいった。

「いいですか、隊長。逆の立場になって考えてみてください。婚約お披露目パーティーも差し迫ったある日のこと、殿下が侍女を相手にダンスの練習をしているという噂が、隊長の耳に飛び込んでくるんですよ。隊長が練習相手になることを拒んだわけでもないのに、なぜか侍女と。さあ、隊長はどう感じますか?」

「政務で忙しいんだから休んでほしい。そんな練習はしなくていい。たとえ殿下に足を踏まれようとも何とも思わん」

「そういうことじゃないんですよね……」

なんて女心がわからない男だろうか。

婚約者に裏切られた俺がいうのもなんだが、これほど女性の気持ちに疎くて大丈夫なのか、この男は。

いや、しかし、万が一にも、女心がわからなすぎて、殿下にフラれるようなことがあったら、大惨事だ。殿下にクビを言い渡されただけで、二国の王を殺しにいこうとした男だ。殿下にフラれでもした日には、国が滅ぶかもしれない。

俺は胃痛と頭痛を同時に感じながらも、懸命に言葉を重ねた。

「どうして自分にいってくれないんだろうと思いませんか? 付き合いも長く、ほとんど毎日顔を合わせているんですよ? それなのに殿下が侍女と練習していたら、自分に何か落ち度があったのだろうか、殿下のお心を損ねてしまったのだろうかと、不安を覚えませんか?」

「いや、俺と練習するよりは、侍女のほうがいいんじゃないか? まあ、練習自体しなくていいと思うが」

「くっ……、ですが、殿下は気にされるかもしれません。隊長がライアンと練習しているなんて噂が耳に入ったら、ショックを受けるかもしれませんよ」

「 ─── つまり、ライアンの口をふさげと?」

ライアンが悲鳴上げて俺の後ろに隠れた。

俺は重々しく首を横に振っていった。

「人の口には戸は立てられないというでしょう。ライアンひとりの口をふさいだところで、こういうことは、どこからか漏れるものです。だからこそ、事前に殿下にお話しすべきだといっているんですよ」

隊長はむっすりと考えこんだが、俺の言葉を否定できなかったのだろう。

ややあってから、わかったと頷いた。

「殿下に許可を頂いてくる。ライアンを逃がすなよ」

「ええ。隊長がお戻りになるまで、隊室に閉じ込めておきますよ」

「やだあああああ家に帰るうううううう」

さて ─── 、結論からいうと、ライアンがこれ以上憐れな目に合うことはなかった。

隊長はなかなか隊室へ戻ってこなかったし、最初は大騒ぎしていたライアンも、時間の経過とともに察したのだろう。

「絶対殿下といちゃいちゃしてますよ、これは! 練習をダシにいちゃついてるに決まってます! だからこんなに遅いんスよ!」

と、文句を垂れ流すようになった。

俺は、いい機会だったので、ライアンがやるべき仕事をすべて、今日中に完成させるように命じてやった。毎回提出期限を破ってくるのだ、このろくでもない部下は。

太陽は瞬く間に落ちて、辺りはすっかりと暗くなる。

隊室には、残業している俺とライアンだけが残っていた。

そして、俺が、暖炉に薪を足した頃だ。

隊長が、ようやく隊室へ戻ってきた。

俺とライアンに一斉に見つめられた隊長は、珍しく気まずそうな顔をして、眼をそらしながらいった。

「ライアン、帰っていいぞ」

「やったー!!! 聞きたいことも言いたいことも山ほどありますが、帰ります! 帰らせていただきます!」

引き留められる前にと、ライアンが一目散に部屋を出て行く。

俺は、書類を置くと、隊長を見上げて、わざとらしく聞いてやった。

「殿下に許可を頂けなかったんですか?」

隊長は、眼を泳がせると、暖炉へ向かい、無意味に薪を足した。

それから、ぼそりといった。

「……俺と踊れるなんて、ライアンばかりずるいといわれた」

「それは、それは」

「……俺にいわせるなら、姫様のほうが、よほどずるいんだがな……」

そう、ぼそぼそという隊長の顔は、暖炉の熱とは別のもので、赤く染まっているようだった。

俺は、内心で驚いていた。

殿下が以前話していたことは、本当だったのか。

この狂犬隊長にも、照れるという感情が備わっていたんだな ─── と。