軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔女の結婚 46

――リーン ゴーン……

――リーン…… ゴーン

祝福の鐘の音が王都に鳴り渡る。

白い鳩が空を舞い、人々に幸福と平和を告げ回っている。

天まで聳えるような高さを誇る大聖堂の扉が開かれる。招かれた参列者達は、一斉に後ろを向て拍手を送った。

大量のステンドガラスがはめ込まれた壁から、燦々と陽が入り込む。陽に照らされたステンドガラスが、床や壁に美しい模様を映し出す。ステンドグラスに照らされた巨像は、愛を司る神である。

床に描かれた光の絵の中を、扉の外から現れた晴れ姿の男女が歩き始める。

花嫁は、黒のウェディングドレスを身につけていた。式に集まった面々は驚きの表情で花嫁を見つめる。

ベル型のスカートは何重ものボリュームのあるプリーツが、段違いに重なっている。それぞれの裾がフリルになっており、柔らかい印象に見せた。

肩から羽織っているショールはすっぽりと背中を覆うほど大きい。金糸のタッセルがついたショールは、とろけそうなほど柔らかそうだ。

花嫁の纏っている薄い紗のヴェールも、黒だった。光の加減によっては紺色にも見える不思議な光沢を放つ生地は、魔女をより神秘的に見せた。

魔女が一歩進むたびに、長いトレーンが波を描く。胸元のジュエリーや、ドレスに散らした金色のビーズに、ステンドグラスの光が反射する。夜空で星が瞬いているような、美しいドレスだった。

新郎もまた、その身分を示す服を身に纏っていた。礼装用の華やかな飾りをつけた、騎士服であった。

胸を飾る徽章がキラリと輝く。鮮やかな青のマントを肩からさげ、儀式用の豪華な剣を腰に帯びていた。

美しいウェディングドレスを身に纏った花嫁は、騎士姿の新郎に導かれしずしずと祭壇へと向かう。

新郎新婦が祭壇に辿り着くと、拍手は次第に止んでいった。祭壇で待ち構えていた司祭は、二人の顔をじっと見つめると、大きく頷いた。

「新郎、ハリージュ・アズム」

厳粛な儀式の始まりを告げる声が、新郎の名を呼んだ。

「汝は、喜びも悲しみも、共に分かち合い、死が二人をわかつまで、信じ合うことを神に誓いますか?」

「誓います」

司祭の誓いの言葉に、ハリージュは真摯に答えた。ハリージュの凜とした声が、大聖堂の隅々まで響き渡る。

「新婦、ロゼ」

司祭に名を呼ばれ、ヴェールで視界を覆われている新婦は、視線をあげた。

「汝は、喜びも悲しみも、共に分かち合い」

先ほどと同じことを聞かれるのだとわかったロゼは、ちらりと隣のハリージュを盗み見た。ハリージュはロゼを見ること無く、まっすぐに前を向いている。

念願叶って着てもらった騎士服装のハリージュを見て、ロゼはもう既にクライマックスを迎えていた。

あまりの格好良さに感極まったロゼは、入場前に少し泣いてしまったほどだった。

嗚咽混じりに「ありがとうございます」と礼を言うと、酷く呆れながら「そんなにか……」と驚かれたが、そんなに格好いいのだ。

ハリージュがちらりとロゼを見た。

ロゼがまた、ハリージュに見惚れていることに気付いたのだろう。

無言で「前を向け」とでも言うように、一度睨む。そして祈りの形に手を組み、真剣な面持ちでまた司祭に向き直した。

これまで見たことも聞いたことも、勿論やって来たことも無いような威風堂々たる建物に震え上がっていたロゼだったが、普段通りのハリージュを見て、随分と調子を取り戻せたことにほっとする。

ロゼも前を向いた。この立派な建物や、仰々しいまでの参列者は、ハリージュとロゼの結婚を執り行うための、ただの置物に過ぎない。

結婚式の本質は――ロゼにとって大事なことは、このロゼの気持ちなのだろう。

本当にこの人と結婚の誓約をするのだ。

ロゼは今さらながらに、感慨のようなものを感じていた。

ついにこの日が来てしまったことを、恐ろしく感じてしまう気もする。

しかし、それ以上の喜びがロゼの中で満ちていた。

「死が二人をわかつまで、信じ合うことを……」

新婦が上の空に見えたのだろう。司祭は多少もったい付けたような声で言い、ロゼの注意を引こうとする。

実際にロゼは考え事をしていたので、司祭の見当は正しかった。

ロゼが再び司祭に注目したことに気付いた司祭は、決まり切った返事をもらうために、決まり切った質問をした。

「神に誓いますか?」

ロゼは魔女だ。

瞭然たる事実だが、魔女には信仰する神はいない。

信仰もしていない、信じてもいない神に、ロゼは誓うことが出来なかった。何しろロゼは魔女だから、嘘をつけないのである。

返事をしようと開いていた口を、ロゼはゆっくりと閉ざした。

大聖堂がしんと静まり返る。

いつまで待っても誓いの言葉を返さない新婦に、参列者の間にざわめきが広がった。

ロゼはゆるやかに首を動かして、ハリージュを見た。

ハリージュは、ロゼを真っ直ぐに見つめていた。

「はい」

ロゼの答えに、一同が安堵の息をつく。

周りの空気など全く気づきもせず、ロゼは一心にハリージュを見つめたまま、続けた。

「誓います――ハリージュさん、貴方に。命をかけて」

悠然と魔女は誓った。

人の儀式を模して神に誓おうとしても、ロゼは心から誓うことが適わなかった。

だから、ロゼが何よりも誠実でありたいと願う、ハリージュに誓った。

礼節に則り、謹直に式を遂行していたハリージュは、指をピッシリと揃えた手を真っ直ぐにあげた。

「すみません。少し待っていただけますか」

「待ちましょう」

愛を知る司祭は鷹揚に頷く。

司祭に感謝の意を示しながら、ハリージュは激痛に耐えるかのように自らの眉間を指で強く押さえた。

折角人が勇気を出して、震えそうなほどの緊張を隠しながら誓ったというのに、なんだというんだ。

ロゼは呆気にとられてハリージュを見た。

何が起こっているのかよくわかっていないロゼと違い、司祭は子細を把握しているようであった。

その時、客席からジュルズルという謎の音が届く。

何かと思い、ロゼはちらりと客席を振り返った。そして、ヴェールの中で目を見開いて驚愕する。

そこにはなんと、珍しくゴテゴテとした衣装を脱ぎ、礼装に身を包んだティエンが、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたのだ。

隣から遠慮がちに差し出されたハンカチを「ずびばぜん」と受け取り、鼻水を啜っている。

ロゼは喉の奥がつんとするのを感じた。

ティエンが泣いているのを、ロゼは初めて見た。

いつもにこにこと笑い、余裕綽々とばかりに生きているあの男が、ロゼの花嫁姿を見て泣くなんて、思ってもいなかったのだ。

この間語り合ったばかりのティエンとの思い出が、鮮明に脳裏に駆け巡った。

泣かされたことも多々あるが、思えばティエンには苦労や心配ばかりをかけてきた。ティエン以外の誰が、魔女であるロゼに、これほど親身に付き合ってくれただろうか。

何故自分の結婚式で、ティエン相手に泣きそうになっているのだ。

ロゼはぐぐぐと口を引き結んだ。

そうでもしていなければ、目尻からポロリと涙が零れて、せっかくモナがしてくれた化粧が落ちそうだったからだ。

オホン、と司祭が咳払いをする。

ロゼは神の導きは本当にあるのかと思った。おかげで思考が切り替えられ、スンと一度鼻を啜るだけで、涙を流さずに済んだからだ。

だがすぐに、ロゼはやはり神を否定した。

「では次に――誓いの口付け」

今、なんと? ロゼが目をあらん限りに見開いて、オホン司祭を見つめた。

信じられない思いで司祭を見ていたロゼに、ハリージュが一歩近づく。

驚いて今度はそちらを凝視すれば、ハリージュは涼しい顔で至近距離まで身を詰めてきた。

そして、頭からかけていた黒いヴェールをめくった。少しばかり涙に濡れたロゼの瞳が露わになる。

魔女の秘密を知るハリージュが、ロゼの表情を隠すためにヴェールを用意してくれたのだと思っていたのに、どうしてハリージュ自身によってヴェールを剥がされているのか、ロゼは全くついていけていなかった。

脳内は大混乱しているのに、無表情が板につきすぎていて、ハリージュは気付かない。微かに引きつる頬を、ハリージュが手の平で包んだ。どうやら、少し硬いのは緊張していると捉えているようだ。

ハリージュの親指が、人に見えない位置でそっとロゼを落ち着かせるように撫でる。

いやいやいや、とロゼは心で突っ込んだ。

今ロゼを一番混乱させているのは、ハリージュである。

これから何が起こるのかわからず――いや、わかりたくなくて意図的に意識を逸らしていたが、限界を悟った。

頬を持ち上げられ、ハリージュの顔が近づいてくる。

あまりにもお決まりとなってしまったが、ロゼはぐっと腕を突っぱねた。

一瞬にしてぴりついたの空気が漂い出す。

ハリージュはロゼの細腕を掴むと、己の口から遠ざけた。

「――ロゼ」

結婚式には、あまりにも似つかわしくない、地獄の門番のような声が地を這う。

ロゼもなんとなく、結婚式とはもう少し厳かで粛々と進めるものだと理解し始めていたが、仕方が無い。人には譲れないものがある。

「は、話が違います!」

「話が違うのはどちらの方だ」

ロゼは確かに、式中の口付けについて妥協するようなことを、ハリージュに告げた。だが、これはロゼの想像の範囲外だった。

「ひ、人前ですよ!?」

この地上で言語を話し、二足歩行をしているものならば、誰もが持つ貞淑さを主張しただけなのに、ハリージュは心底哀れみの目線を送ってきた。

「伝え忘れていたな。そうだ。結婚式の誓いのキスは、人前が普通なんだ」

「何故そのような必要が? あまりにも破廉恥では!?」

「ロゼ、俺はしなくてもいいと言った。だがあんたは、最終的に許可を出した。その時に、もう決まってしまったんだ」

信じられなかった。結婚式で口付けがあると聞いた時には、どこかに移動し、二人きりで交わすものだと思っていた。まさか人前で――いやそれどころか、彼らが信仰する神の御前で、肉体的接触を求められようとは夢にも思わなかった。

「……しょ、正気なんですか?」

「至って」

目眩がしそうだった。

許されるなら、このまま倒れてしまいたかった。

ロゼは魔女だ。

魔女は約束を重んじる。

そしてロゼは、ハリージュと約束してしまったのだ。

舞踏会で彼がヤシュムと踊る代わりに、結婚式で口付けをすると。完全な自業自得である。

「こっ、そん、そんな……」

救いを求めるように司祭を、そして参列者を見たが、頭を抱えているティエン以外の誰もが、ロゼを奇異の目で見ている。いつも向けられる「魔女」に対する侮蔑の視線とは、少し違う。

彼らは一様に、笑うのを堪えるかのような――顔を真っ赤に染め上げた初心な少女を見守る、生暖かい視線を向けていた。

「目、目を!」

ロゼはぐるんとハリージュに体を向け直した。

「皆さん目を瞑っていてください!」

参列客は全員、初々しい新婦に敬意を表して、目に手を当てた。

司祭までもが目を瞑る。

足がぶるぶると震え、ロゼは今にも崩れ落ちそうだった。湯気が出そうなほど、顔が熱い。

進行に支障を来す新妻に呆れた顔もせず、悠々と待ってくれているハリージュのために、ロゼはぎゅっと目を閉じて、顎をあげた。

ハリージュがロゼの頬を包み、腰を抱く。

そして――

おしまい