軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お城の舞踏会へ行く魔女 43

「きゃーーーぁああっ!!」

絹を裂いたような悲鳴が上がる。

悲鳴は次々に恐怖を連鎖させていった。

煌々と明かりが灯された舞踏会の会場が、にわかにざわめき立つ。

城の大理石のホールに、カツンとヒールの音を響かせて、一人の魔女が入場したからだ。

魔女はローブをずるずると引きずりながら、一歩前に進む。一歩、一歩と進むごとに、集まっていた人々は恐怖に顔を引きつらせ、広いホールの端に逃げていく。

「お、お待ちください魔女殿!」

勇気を出した衛兵が、分厚いローブを身に纏った魔女に制止の声をかけた。

振り返った拍子に、立派なローブがぶわりと翻る。突然の魔女の訪れに、誰もが混乱を隠せない。

「わざわざいらしていただけるとはつゆ知らず……本日は一体、どのようなご用件で……」

引きこもりの”湖の魔女”が、望まれてもいないのに呪いを振りまきにやって来たと思っているようだった。

引きつった顔で、かわいそうなほどに怯えながら、門番が食い下がる。

昨今の魔女はすっかりそんな力を失ってしまったとは言え、大昔の魔女が舞踏会に来ると言えば、それは大災厄の前触れだったに違いない。

城を茨で覆ったり、美しい姫を永遠の眠りにつかせたり、王子を蛙にしたりと――大抵、災いをまき散らして行くものである。

とは言え勿論、ロゼにそんな力は無い。

ロゼが返事をしようと、口を開く。たったそれだけで、衛兵は魔王を前にした勇者かのように、腰の剣に手をやった。ロゼは呆れながらも返事をする。

「……。いえ、私はちゃんと招待され……」

「ロゼ!」

衛兵の後ろから、慌ててハリージュが走ってきた。ハリージュの姿を見た衛兵が、ギョッとして敬礼する。

ハリージュは衛兵に簡単に目線だけを渡すと、ロゼに向き合う。

「待っていてくれと言っただろう」

「会場の中で待っていろということかと思いました」

「……悲鳴が聞こえて、あんたに何かあったのかと心臓が止まりそうだった。あまり心配させるな」

そう言ってハリージュがロゼのフードに手を入れて、髪を耳にかけた――その瞬間。

「きゃあああああああああーーーっ!!」

先ほどよりも大きな、そして絶望に満ちた女性達の悲鳴が会場を満たした。

***

「待て、まだそちらには行くな」

「ですが、もう残りが一つに……」

「待っていろ。補充される」

「でも、他のテーブルを見ても、もうあのテーブルだけなんです。あの艶々したのが残っているのは」

テーブルの上に用意されていた菓子に釘付けになっていたロゼは、まるで捨てられた子猫のような目でハリージュを見上げた。

フードの隙間から見える顔は無表情のままではあるが、ロゼの必死の懇願はハリージュに伝わったようだ。ハリージュは眉根を寄せると、わかりやすく言葉に詰まっている。

――満天の星を散りばめた夜空が、光り輝く城を包む頃。城では、舞踏会が催されていた。

頭上のシャンデリアは、まるで天井を光で埋め尽くしそうなほどに輝いている。複雑にカットされたガラスが揺れ、蝋燭のあかりを受けてキラキラと輝く。

壁にかけられた布は金糸で刺繍を施され、埃一つ纏っていない。

国中の贅を集めた王宮の豪華絢爛な舞踏会は、先ほどの騒ぎを忘れたかのように素知らぬ顔で続いている。

楽団の心地よい演奏が響き渡るホールでは、男女が二人ひと組となって踊っている。だがその男女らは、ダンスにも音楽にも集中することは出来なかった。

誰もが、この会場の中で異彩を放ちすぎていている、ひと組のカップルに全神経を集中させていたからだ。

「ハリージュさん……お願いします」

全身全霊の祈りを込めて、ロゼはハリージュに頼み込んだ。ロゼのほっそりとした腕が、ローブの隙間から覗く。

舞踏会であってもロゼが着ているのはドレスでは無く、魔女のローブであった。舞踏会の主催者であるヤシュムに、魔女としての参加を許可されたためだ。

とはいえ『ハリージュが日頃お世話になっている方々に会うのだから礼儀は大切にせねばならない』と、ターラに口酸っぱく言われたため、ロゼは渋々身だしなみを整えていた。

頭皮がそげ落ちそうなほど引っ張られながら髪を結い、顔におしろいをはたき、頬や唇に紅を乗せる。

日頃化粧をし慣れていない顔は、少し濃く塗るとすぐに物語の魔女そっくりになってしまうため、モナには非常に苦労をかけた。

ロゼの着ている真新しいローブは、輿入れの時にティエンが張り切って持たせた持参金の一つだ。ティエンはおそらく、ハリージュと共にロゼが正式な場に出席する時に備えて、このローブを仕立ててくれていたのだろう。

いつも庵で着ているような簡素なものではない。

重厚な毛並みのローブには、大胆な大柄の刺繍がびっしりと咲いている。シャンデリアの光が当たる度に、生地には鮮やかな光沢が浮かび、魔女をより一層神秘的に見せる。

魔女らしく、フードも忘れてはいない。被った状態では、フードの縁についた水晶が揺れる度にチラチラと光り、ロゼの表情を隠してくれた。

「どうかお願いします……」

どこまでも真剣な表情だが、実際はただ美味しそうな菓子を食べたいだけである。

顔をしかめていたハリージュは、一度周りを見る。

どうやら、挨拶に行こうと思っていたものが他のものと会談を始めたことを確認したようだ。再びロゼを見ると、ハリージュはゆっくりと首を縦に振った。

「……少しだけだからな」

「全力で急ぎます」

「そこまでせんでいい」

ハリージュがロゼに許しを出した瞬間、会場のざわめきはまるで細波のように広がっていった。「うそ」「信じられない」「アズム様があんなに気安く……」と女性のささやき声がロゼの耳にも入ってくる。

すばしっこくテーブルまで移動したロゼが、すかさず狙っていた獲物を皿を取った。

説明するまでもないかもしれないが、会場でこれほど食べ物にがっついている女性は、ロゼしかいない。

ロゼの目を釘付けにしていたのは、真っ赤なグミのかかったマシュマロだった。

丸いマシュマロの上に、赤く透き通った艶々のグミが層を作っている。上にミントの葉が載ったそのお菓子は、小さな林檎をそのまま宝石にしたような美しさだった。

マシュマロは、皿に載せただけでぷるぷると震えた。フォークでそっと切り分けて、舌にのせる。

冷たいグミが唇にあたった。弾力のあるグミが、ふんわりとしたマシュマロを包み、ロゼの口内を天国に導いていく。

しばらく幸せを噛み締めるように味わった後、ロゼはハリージュに声をかけた。

「ハリージュさんは――」

口をもごもごさせながら話しかけると、無言の圧力がかかってくる。ロゼは緊張した面持ちで口の中のものを飲み込んでから、もう一度尋ねた。

「よく来られるんですか? こういうところに」

「よくは来ない。来る時も大抵、護衛として来ていた。前も言ったかもしれんが、騎士になった時に社交界とは縁遠くなっていたからな」

貴族の集まりに参加することを嫌がるハリージュが、護衛騎士としてでは無く、騎士という爵位で招かれるのは非常に珍しい。

その上、エスコートしている 魔女(じょせい) に完全に尻に敷かれているのだから、これまでのハリージュを知るものたちにとっては、とてもではないが信じられるものではなかった。

「こういう格好をするのも久しぶりだ」

ハリージュが、ロゼに自身の服を見せつけるように胸を張った。

正装を身につけたハリージュをまともに見ることが出来ずに、ロゼは薄目で見た。

この男、顔がいい。

本当にとにかく、顔がいい。

その顔の良さに加わり、格好まできちんとしてしまっては、向かうところ敵なしである。

マルジャン国の礼服は、シンプルなラインのものが主流だ。男性服も例に漏れず、精練されたデザインだった。生地の織りや刺繍には、それぞれの家柄や領地の特産品、また好みの図案などが用いられる。

今日のハリージュの服には、背に大きく拍車が描かれていた。騎士として身を立てた己の身の丈を示すデザインなのだろう。とてもよく似合っている。

初めて見たハリージュの礼装に、ロゼは内心で拳を握った。

隣から太陽光のように眩しい光が放たれている気がして、三秒以上の直視は出来ないが、それでもチラチラと何度かに分けて太陽神に拝謁することは適っていた。

いつもは自然に下ろされている髪が、今日は綺麗に撫で付けられている。涎が出そうだ。たまらない。ビバ礼服。こんな彼が見られるのなら、舞踏会も悪くない。

ロゼは菓子と一緒に涎を飲み込んだ。