軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔女の惚れ薬 36

青い空に、一本の塔がそびえ立っていた。

かつては魔女がお姫様を捕らえたと言われる塔に、魔女が閉じ込められている。

開きっぱなしの窓から入った風に、薄紅色の髪が揺れる。

魔女は、塔の天辺にぽっかりと開いている小さな窓枠から空を見ている。

これほど高い塔であれば、自力で下りることは出来ないと思われているのだろう。窓には鉄の格子も無い。

昼飯にと差し入れられた林檎を、手の中で転がす。酸味を感じる甘い匂いが、魔女の心を少しだけ慰めた。

窓から見える景色は森ばかりなのだが、残念ながら、湖を見ることは出来なかった。もう戻れないのであれば、手入れを続ける必要は無いのかもしれないが、畑の様子が気になった。

ただただ、祖母の言いつけを守れない不甲斐なさが辛い。

王家が有する庭の一角に立てられていた塔は、かつては魔女の庵として使われていたのだろう。室内には退屈をしのげるようなものは一つも無かったが、床に 魔女の大釜(コールドロン) を置いていた、大きな煤汚れの痕を見つけた。

――キィ

空を見ていたロゼの背後のドアが開く。この部屋にドアは一つしか無い。

「大人しくしているか」

「ええ。何もすることなんてありませんから」

閉じ込められている魔女――ロゼは端的に答えた。その視線はずっと窓の外に向いたままだ。

入ってきた男は二人いた。

マルジャン国第二王子のヤシュムと、その護衛ゲオネスだった。

ヤシュムは中からも鍵を閉めると、自分の腰に鍵をしまう。

「いい加減に白状しないか」

「ですから私は、そんなもの作っていないと言っているじゃありませんか」

うんざりとしてヤシュムを見た。

ヤシュムが持っている小瓶は、ロゼも見たことがあるものだ。

――”魔女の惚れ薬”

巷でそう呼ばれているものと同じものを、彼は持っていた。

***

ロゼが捕らえられた時、ロゼは庵にいた。

床に座り込み”がんこな鍋汚れを落とす薬”を作っていたロゼは、来客を告げる鐘の音に気付いた。

ここしばらくハリージュと会っていなかったため、もしかしたら仕事あがりにまた会いに来てくれたのかも知れないと、ロゼは製薬を中断していそいそと小舟で迎えに行った。

しかし、桟橋で待っていたのはハリージュでは無かった。

ゲオネスを連れたヤシュムが、いつもに比べれば気味が悪いほどの愛想を浮かべて待っていたのだ。

「魔女よ、尋ねたいことがある」

「魔女の知識がご入り用であれば、対価を支払っていただきたい」

「残念ながら、私に魔女の知恵は必要ない。尋ねたいのは、別のことだ」

有無を言わさぬ物言いだった。

不穏な空気に、桟橋の手前でロゼは小舟を停止させた。オールを持ち、浮いたまま尋ねる。

「なんでしょう」

「この薬に見覚えはあるな?」

そう言ってヤシュムが懐から出したものは、例の”魔女の惚れ薬”であった。

つい先日見たばかりの小瓶を見て、ロゼは一瞬動きを止めた――と同時に、ロゼは自分の失態を悟った。

てっきり、来客がハリージュだと思っていたロゼは、表情や動きを隠すためのフードを被ってこなかったのだ。

ロゼの表情が一瞬強張ったことを、ヤシュムは見落とさなかった。

「その惚れ薬を作ったのは、私ではありません」

「どうだろうな。無関係ならば、それほど気構えることもありまい?」

その通りだった。ロゼは気を抜いてしまった自分を罵る。

ハリージュがあれほど心を許していた相手を、ロゼは見たことが無かった。

だからロゼも、心の何処かでヤシュムを信じていた。

人の中でも、彼は自分の味方であると。

「それに――」

湖面に強い風が吹き、細波がたった。

不安定になった小舟を操縦しようとオールを強く握る。

ヤシュムの低い声が聞こえた。

「私がいつ、惚れ薬だと言った」

ヤシュムの眼光が鋭くなった。

彼の存在感が、恐ろしいほど膨れ上がる。

「知らねばそれまでと見逃すつもりが――こうなってしまっては、仕方があるまい。魔女よ、共に来てもらうぞ」

捕らえろ、という音がロゼの元に声が届いた時には、既にヤシュムの後ろに控えていたゲオネスが駆けていた。

重さを感じさせない動きで、ロゼの小舟に乗り移る。

唖然としている間に、ロゼはオールをとられ――お腹に強い衝撃を受けたかと思うと、意識を失った。