軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水たまりに浮かぶ魔女の庵 30

――少し勉強したとは言え、ロゼにはまだ人間の常識は縁遠い。

結婚式のことは一任すると伝えていても、ハリージュは決定事項をロゼに伝えてくれる。一番寒い冬の日から五日後の、正午の鐘が鳴る刻に、ステンドガラスが綺麗な大聖堂での挙式となるらしい。

参列者は当然だがほぼハリージュの知り合いで、最低限の人を集めただけでも、七十四名。

そこに、ティエンを含めて七十五名としてくれた。

式に着るドレスや靴などの用意も着々と進んでいる。

仮縫いのたびに、こんなものを着て動けるのか? と不安になるが、どうにかこうにか動けるのだから、裁縫師の腕は凄いとしか言いようが無い。

結婚に対しても未知の恐怖をだいぶ取り除けたため、ロゼは悠々とその日を待っていた――のだが、レタス色の便せんが、ロゼを混乱の坩堝にたたき落とした。

***

日が昇る時刻が、日に日にゆるやかになっていく。紫色の空に橙色の雲がたなびき始め、段々黄色へと変色させる。

ロゼはフードを深く被ると、靴紐もいつもよりも念入りに結び、森へと分け入った。

――ピュルル……

どこかで獲物を見つけたのか、頭上で鳶の鳴く声が聞こえる。道中で見つけた枝を杖にして、時折地面に手もつきながら、傾斜を上る。ザクザクと、木の葉の床を踏みしめる音が森に響く。

目的の場所につくと、ロゼは屈んだ。木の根に積もった落ち葉を手でかけば、目的のキノコがある。

薬に必要な数だけもぎ取り、脇に抱えていた籠へ詰め、また庵へと戻っていく。

軒下に、採ってきたばかりのキノコを吊していると、来客を告げる鐘の音が鳴った。庵の周りをぐるっと歩いて行くと、どうやらたった今、向こう岸の桟橋にあるポストに手紙が投函されたようだった。

気がつけば、随分と辺りが暗くなっている。

そろそろ屋敷に戻る時間だ。キノコを全て吊し終えると、ロゼは庵の戸締まりをして、湖を渡る。

細腕で小舟を岸に引き上げ、気持ち程度、茂みの奥に隠す。

ポストの鍵を開け、手紙を取り出す。

そこには二通手紙が入っていた。

「……また?」

既に見慣れてしまったRの文字に、ロゼは顔を引きつらせた。

実は彼女からの手紙は、数日とおかずにロゼの元に届けられている。

弟子を断った恨みのつもりなのかと思ったが、紙面に書かれているのは、どれほど魔女を好ましく思っているかというものばかりで、そこに脅すような文字は一つとて無かった。

呪いや魔法がかかっている風でも無い。害は無いので放置しているのだが――そもそも差出人がわからないので、止めるように手紙を出すことも出来ない。

そしてもう一通は、レタス色の封筒だった。

綺麗な筆跡は代筆ではなく、差出人――ビッラウラ自身のものだ。

ビッラウラは、他国へ嫁いでいったマルジャン王国の王女である。

そして、”湖の魔女”に秘薬を依頼してきた客でもあった。

彼女がロゼを頼らなければ、ロゼはひっそりと片思いをしていただけのハリージュと、結婚どころか、会話することさえ叶わなかっただろう。

また、ビッラウラ自身がロゼの”魔女の秘薬”を希望のように話してくれたことが、ロゼは途方も無く嬉しかった。

そんなビッラウラと、有り難いことに手紙で交友が続いていた。手紙をやりとりする同年代の女性など、ロゼには皆無だったため、未だに封を開ける度に胸がこそばゆくなる。

先ほどの愛を綴られた恐怖の手紙とは雲泥の差であることは、言うまでも無い。

ビッラウラからの手紙の中身を読みながら、近くに咲いていた花を摘む。手慰みにくるくると回せば、いくつも連なる釣り鐘の形の花が揺れた。

しかし、ビッラウラの手紙を読み進めていくうちに、ロゼの動きが止まる。なんとなく遊んでいた花が――ポトリと地面に落ちた。

***

「タタタッタッターラさん!」

「あらいやだ。私はいつからそんな明るい名前になったんでしょうね」

屋敷に入るなり、ロゼは台所へ向かった。台所で料理をしていたターラは、明るい笑顔でロゼを迎える。

「ターラさん!」

「なんでしょう、お嬢様」

ロゼは件の手紙をローブの中でぎゅっと握りしめ、手紙の中にしたためられていた驚愕の出来事を告げる。

嘘だと言って欲しくて、お前はからかわれたのだと笑われると信じて尋ねたのに、ターラはあっけなくロゼに頷いた。

「ええ、そうですよ」

ショックを受けたロゼは、ぐらりとふらついた。

驚いたターラがフライ返しを持ったままロゼを助けようとしたが、ロゼは断って、よろよろと廊下へと消えていった。

***

「モ、モナ!」

蝋燭を取り替えていたモナの、細い肩がビクンと震える。魔女の逆鱗に触れたのかと、怯えているように恐る恐る振り返る。

「はい。な、何かございましたか?」

失態を責められると思っているのか、モナは神妙な表情でロゼに尋ねた。せっかくこのところ、少し打ち解けてきたように感じていたモナと、また距離があいてしまうかもしれなかったが、ロゼは聞かずにいられなかった。

「聞きたいことがあります」

「何でございましょう」

覚悟を決めたようにモナが背筋を伸ばす。

ロゼはゴクリと生唾を飲み込むと、ターラに尋ねたことと、同じことを聞いた。

一瞬何を聞かれたのかわからなかったらしく、モナは一度パチリと瞬きをすると「え、ええ」と頷く。

「そう……ですね。一般的には、そのように行うかと」

半ば予想していた答えだったとは言え、ロゼへのダメージは計り知れなかった。

「……あの、お嬢様?」

「……いえ、いいんです……答えてくださって、ありがとう、ございます……」

「いえ……あの、お嬢様……。あの、お、お気を付けて!」

ふらふら、と歩きだしたロゼに、モナが背後から檄を飛ばした。

***

「サフィーナさん……」

幽霊のように、ロゼが顔を出す。

ハリージュの私室で仕事をしていたサフィーナは、びくりと肩を揺らした。

「……お嬢様でしたか。如何なさいました」

「今お時間よろしいですか……? 尋ねたいことがあって」

「勿論でございます。何でしょう」

サフィーナはハリージュの部屋のソファにロゼを座らせると、温かい紅茶を運ぶように、そばにいたフットマンに指示を出す。

ロゼは運ばれてきた紅茶を飲み、喉を潤わせると、顔を両手で覆った。

「ターラさんも、モナも、そうだと言うんです……でも、とてもじゃないけど、信じられなくて……正気だとはどうしても思えない……」

声は掠れ、今にも泣き出しそうだった。サフィーナはロゼの背をゆっくりと擦る。

「ええ、そうですか。一体何があったのです」

「彼女は……手紙をやりとしているお客様が……知人が……おりまして」

「ご友人なんですね」

「そう呼んでいいものなのか、私にはわかりません。ただ彼女が……」

ロゼはついに涙が溢れてきた。ビッラウラから、今日届いた手紙の文面を思い出す。

【産み月と重なるため、私は行けぬが、佳き日になることを願う。式での誓いの口付けは、作法がわからねばハリージュに任せるとよい】

「式に、ち、誓いの口付けが、あると……」

「あるぞ」

「ぴゃあ!」

ロゼは座ったまま林檎一つ分ほど飛び上がった。それほどに驚いた。

顔を真っ赤にしたロゼは、涙で瞳を潤ませながら、声の主――ハリージュを見上げる。

「ななな何故ここに」

「何故にも何も、ここは俺の部屋だ」

ぐぅの音も出ない反論をされて、ロゼは口をぎゅっと引き結んだ。先ほどまで隣の部屋にいたのか、突然現れて心底驚いた。

「最近いらっしゃらないことが多いので、今日もお留守かと」

「残念だったな」

サフィーナはロゼが悩んでいる内容を聞くと、あとはハリージュとの問題だろうと、優しい笑みを浮かべながら去って行く。

残されたのは、温かい紅茶のポットと、ロゼと、ハリージュだ。