軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お姫様に魔法をかけるのは魔女 22

昨日から一体何だというのか。

数ヶ月に一度、客が訪れればいいような辺境の地だったのが、今では懐かしくさえ感じる。

「……あの制服は、街の警備兵だな」

ロゼの後ろから、ハリージュも窓を覗き込む。背中にハリージュの体温を感じるが、素知らぬ顔をし続ける。

「何の用でしょうか?」

「俺も詳しいわけでは無いが、ここは巡回ルートに入っていなかったんだろう? なら、厄介事だな」

困ったことになった。そう思ったロゼは、森を見てぎょっとする。男達が小舟に乗り込もうとしているのだ。

「な、なぜ舟があちらに!」

「ああ。夜の間客が来るかもしれないと言うから、以前聞いていたリールを回して、舟をあちら側に寄せていたんだ。俺が帰る時は、またリールを巻けばいいからと思って――」

余計なことをしてくれたと、ロゼは焦った。

舟がこちら際にあれば、このまま知らぬ存ぜぬを突き通せたが、男二人はもう舟を漕いでこちらにやって来ている。

窓から体を離したロゼは、惚れ薬を作業台の上に置くと、ベッドの足下のラグを引っぺがした。

ラグの下には、地下へ続くための開口が設けられている。

地下室とも言えないほど小さな祈祷部屋は、人が二人、入れるか入れないか程度の広さしかない。

地下室を見てぎょっとしているハリージュを、ロゼは問答無用で押し込んだ。上から天板を閉める。

地下から抗議の声が聞こえる。ロゼは地面に口を付けて、彼に伝わるように声をかけた。

「絶対に、物音一つ、たてないでくださいね」

ロゼの意図を察したのか、抗議の声が止まる。

ロゼが心配したのは、厄介事を持ち込まれることではない。

ハリージュが、魔女の庵にいることだ。

警備兵にハリージュを見られるわけにはいかない。

彼はこの国を支える貴族であり、王女の剣だ。

こんな場所に、いていい人ではない。

上からラグを敷き、あたかも何も無かったような顔で、ロゼはローブを深く被り直した。

舟を漕いでやってきた警備兵が、ノッカーを叩く。

ロゼは心持ち緊張しながら、ドアを開けた。

「はい。お客様ですか?」

「ここは、”湖の魔女”のお宅か?」

「ええ。私が”湖の善き魔女”です。どんなご用でしょうか?」

「不気味な魔女の秘薬に、用などあるものか」

警備兵の一人が、吐き捨てるように侮蔑の言葉を放った。魔女の家を訪れる少数の客が魔女に媚び、残りの大多数はこういった態度をとる。

聞き慣れた言葉だが、だからといって許容する義務はない。

「そうですか。では」

ロゼは開けたまま握っていたドアノブを、すっと押した。

横柄だった警備兵が慌てる。

「なっ! そんな態度が許されると思っているのか」

「思っております。私は、魔女ですので」

ロゼは魔女だ。

それは、ロゼが自分を卑下しているということではない。

自分の生い立ちを、生業を、しっかりと把握しているということだ。

――魔女は人とたがい、魔女は国とたがい、魔女は法にたがう。

魔女は古来より、独立した自治を行っている。

今ではかつてほどの力を誇ることはないが、絶対的な人数の少なさ故に希少価値を見いだされ、特例を許されている。

尊い方々にとって、魔女は無くてはならない存在という証拠でもある。

守るべき国も法も無い代わりに、犯すことも、犯されることも無い領域。

魔女は人とは違う世界で生きている。

ロゼが自分とハリージュの未来が交えることがないと考えているのは、生きる場所も、歩いて行く道も違うと、知っているからだ。

「どうぞ、お引き取りください」

「このっ……女だと思って言わせておけば」

警備員がドアの隙間に足を入れ、ぐぐぐと押してくる。

基本的に魔女の庵を訪れるものは、使用人を含め高貴な振る舞いが板についたもの達ばかりだったので、粗野な対応に若干引く。

「おい、お前もいい加減にしろ」

引いている魔女を不憫に思ったのか、この男を退散させるために奥から劇薬でも持ってこられては困ると思ったのか、隣にいたもう一人の警備兵が制止の声をかける。

「”湖の魔女”よ、失礼した。実は伺いたいことがあるんです」

「魔女の知識に関することでしたら、代金を頂戴いたしますが」

「残念ながら、手持ちがないので他のことを。最近、王都の周辺で窃盗事件が多発しておりまして。やんごとなきお屋敷や、大変裕福な商家からも被害が上がっております」

「はぁ」

窃盗犯が出るからと、わざわざ注意喚起にでも来てくれたのだろうか。ロゼは少しだけ開けたドアの隙間から男達を見る。

「単刀直入に申しますと、こちらに出入りしている男が、非常にその窃盗犯の特徴と酷似していると通報がありまして」

「はぁ……へ?!」

ロゼは驚きの声を漏らした。

これっぽっちも考えもしなかった展開に、思考が追い付かない。

「え、男? ……私ではなく?」

この湖に頻繁に訪れる男と言えば、ハリージュしか無い。

だが、ハリージュほど四角四面で騎士然とした男が疑われているとは、想像も出来なかった。それならまだ、「魔女が怪しい!」と言い募られた方が納得できるというもの。

「歯に物を着せずに申せば、共謀の可能性も視野に入れ、調査に参りました」

なんてこった。

ロゼはパチパチと瞬きをした。背筋に、尋常じゃ無い汗が流れる。

これは、ハリージュの外聞が悪くなるどころの話では無い。

魔女の悪評が後押しして、何の罪もないハリージュが捕らえられてしまうかもしれない。

勿論、ハリージュが泥棒をしたなどとは、ロゼはゆめにも思っていない。

問題は、件のハリージュが家の中にいること――そして、ロゼは彼を隠すための、嘘をつけないということだった。

「”湖の魔女”、ご理解いただきたい。我々は、民を守らねばならず、人間が法を犯せば罰せねばならんのです」

「それは、存じております」

「では、どうかご協力を」

丁寧に頼み込んでくる相手を追い返すのは、ロゼにとって難しいことだった。ロゼは結局、人の役に立ちたくて、魔女でいるのだから。

ロゼの弱りきった表情を肯定ととったのか、警備兵達はドアを向こうから強く押した。ドアノブを持ったままだったロゼが、バランスを崩す。

よろけたロゼを押しやって、警備兵達は家に上がってきた。

「待ってください。今、家に入られるのは困ります」

「盗んだ物品があるからか? その物の山が怪しいな」

「それは、ただ散らかしているだけです」

「ひとり暮らしの女の持ち物にしちゃ、量がありすぎだろ。それに散らかりすぎてる」

ひとり暮らしの女のずぼらさを知らないだけだ! ロゼは当たり散らしてやりたかった。衣替えの時期は大体何処の家もこんなもんだ。そうに違いない。

「それとも、家にあがられちゃ困るのは、男を匿っているからか?」

「泥棒なんて、ここにはいません」

「なるほど。では、ここに出入りしていると通報があった、若くて背の高い、灰色の髪を持つ男にも見覚えは無いと?」

ロゼは体をびくりと震わせた。

ロゼは魔女だ。

魔女は嘘をつけない。

魔法という嘘を使う魔女は、魔法以外の嘘を使えないからだ。

だが――

ロゼはローブの中で、ぎゅっと手を握りしめた。

やはりどう考えても、何度考えても、ハリージュが魔女の家にいると知られるのは、まずい。

魔女に対する人々の印象は、先ほど警備兵が語っていた。

『不気味な魔女の秘薬に、用などあるものか』

魔女の家を訪れるものは皆、隠れてやって来るか、使用人を使う。

それは、魔女の秘薬が不気味で、魔女の秘薬をつかうことは卑怯なことで、不名誉に違いないからだ。

ロゼはハリージュが好きだ。

だから、ハリージュにはずっと、お日様の下を歩いて貰いたい。

「ええ、もちろ、ん」

声がしゃがれ、喉がしぼんでいく。

耳から音が遠のいた。目の前が暗くなり、視界が霞み始める。

心臓が何かに握りつぶされているかのような、鈍く鋭い痛みを感じた。

「そんな、ひ、と」

絞られた喉から、ひゅうひゅうとか細い息が出入りする音がする。

真っ直ぐ立っている事も出来ず、壁に手をかけた。目眩がして、焦点も定まらない。

「わ、たしは」

息も出来ないほどの苦しみが、ロゼを襲った。

脂汗が止まらず、ぽたりと一粒床に落ちる。

「知――」

「大丈夫か」

聞こえてきた声に、身が震える。

拍子に、大きく肺に空気が入った。突然襲う痛いほどの爽快感に、胸を押さえて蹲る。

ロゼの背中に、大きな手の平が添えられた。

猫の背を撫でるような、優しく労りに満ちた手つきだった。

「体調が悪いのに、無茶をするな。大人しく奥のベッドで眠っていろ」

声の主――ハリージュが何を言っているのかわからなくて、首をぶんぶんと横に振った。

何故出てきた。どうしてロゼの意図を汲んでくれなかった。何の嘘をついているんだ。

ハリージュが窮地に陥る、最悪な場面ばかりを想像して、ロゼの目に涙が滲む。

「いいから、大人しくしているんだ」

ロゼの耳元で囁いたハリージュは、軽々とロゼを抱きかかえると、ベッドに連れて行こうとした。

ロゼはろくに動かない腕でハリージュの首にしがみつくと、いやいやと必死に首を振る。

抵抗する力もないロゼの体は、小刻みに震えている。

「寝かせるだけだ」

それがダメなのだと、もっと首を横に振る。

「なら、ここにいろ」

ため息交じりにそういうと、ハリージュはロゼを抱き直す。

そして椅子に座った自身の膝に、ロゼを座らせた。