軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5. エドワード・ヴィクター伯爵令息1

「わたくしのことはエヴァと呼びなさい」

涙が止まり、ひとしきり「歯車」についての説明を終え、次の「歯車」破壊候補の話になってエヴァリーンがまず言ったのは、そんな言葉だった。

「や、私子爵家の者ですし、そのうち平民になる予定なんで、恐れ多いですよ」

悪役令嬢であるエヴァリーンを含め、攻略対象たちは元々が雲の上の人だし、「歯車」の対策が終わればもう関わることもないだろう。

変に馴れ馴れしくしているところを人に見られて禍根が残って困るのは私のほうだ。

そう思いつつ謝辞すると、エヴァリーンはむっとしたように眉を寄せる。

美女はどんな表情をしても迫力があるからすごい。ついつい気圧されてしまいそうになる。

「わたくしが良いと言っているのよ。誰かに何かを言われたら、わたくしに直接伝えるように言いなさい」

現公爵令嬢で、次期皇太子妃殿下で、未来の王妃様にそんなことが言える人間が果たしてこの世にいるだろうか? たじたじとしたものの、最初から拒否権などないのである。

「分かりました、エヴァリー……エヴァ様」

「様もいらないわ。貴女はわたくしの恩人だもの。わたくしも貴女をソニアと呼びます」

さすがにそうはいかない、というのもきっと無駄ですね、はい。

この世界は目上の者に不敬を働いたからといって首を斬られるというほど極端な身分制ではないけれど、人を始末するのに刃物が必要とは必ずしも限らない。例えば実家の事業を端から潰していくだけで、まっとうな貴族令嬢なら身の破滅だろう。

まあシュレジンガー家が潰れようと破綻しようと、私にはどうってことはないけれども。少なくとも学園を卒業してしばらく食べていけるだけの手切れ金を貰うまでは、無事でいてくれないとちょっと困る。

「じゃあ、エヴァ」

「ええ、ソニア。――さて、話は分かったわ。次はエイドリアン殿下、と言いたいところだけれど、あの方は身分上、最後かそれに近い順番になってしまうわね」

心情としては真っ先に正気に戻ってほしい相手だろうに、「歯車」から解き放たれたエヴァは流石に冷静で、慎重だった。

攻略対象は総じて身分が高いけれど、皇太子エイドリアンは頭一つ飛び出している。周りを正気に戻して、協力してもらって、じわじわと囲い込むのが最良の形だ。

もし歯車を破壊出来ないまま中途半端に失敗したらどうなるのか、全く読めないのがまた怖いところである。

「となると次は、エドワード・ヴィクター・ブラックウッドね」

「ですね」

エヴァとヘンリーは頷き合い、異論はないかと言いたいのだろう、同時にこちらを見る。

ゲームの中では反目し合う描写が多かったけれど、本来の二人は仲のいい姉弟なのだろう。

「私も次はエドワード様かなと思うんですけど、微妙に難しい感じもするんですよね……」

エドワード・ヴィクター・ブラックウッドは伯爵家の令息で、父親は王国騎士団の騎士団長である。

この世界の要職はほぼ家に紐づけられた世襲制なので、エドワードも次世代の騎士団長とされている。

ゲーム上の性格設定は暑苦しいほど熱血で一直線。単純で情熱的な猪突猛進タイプだ。

騎士団長は国の防衛の要でもあるので役職としては大変な重鎮ではあるけれど、爵位は攻略対象の中でもっとも低く、子爵令嬢であるソニアでも比較的近づきやすい位置といえる。

性格がシンプルなのでおびき出しやすいし、曲者ぞろいの攻略対象の中では最も扱いやすいキャラクターと言えるだろう。

それだけ条件が揃っているにも関わらず、一番手がエドワードではなくヘンリーだったことには、勿論理由がある。

「あの人って、その、馬鹿力じゃないですか?」

「ああ……」

「噂は聞いたことがあるわね」

そう、エドワードは性格は扱いやすい反面、次代の騎士団長というだけあって体力反射力ともに作中屈指のパワー系なのだ。不意をつくのは難しいだろうし、大した運動神経のない私がいきなり抱き着こうとしても、ひらりと躱されるのがオチだろう。

「拘束してもいいけれど、ロープくらいならプチッと切るわよね彼」

「やるでしょうね。拘束するなら鎖が必要です」

「獣相手でもあるまいに、優雅さに欠けるわねえ」

「おまけに単純だから、変に彼女が素性を明かして抱き着けば、抱擁の責任を取って結婚するとか言い出しかねません」

姉弟が不吉なことを言い合っているけれど、ゲームの知識のエドワードなら、ヒロインに対してそれくらいはやりかねないのは私も同意見だ。

何しろエドワードは、好感度を上げるのも、ものすごく簡単なのである。

「彼、子供の頃から情熱的ではあったけれど、確かにここ最近は視野の狭さが目立つようになっていたわね。噂によるとブラックウッド家のご当主も頭を抱える場面が多いらしいけれど……」

「あれは確かに単純明快な男ですが、将来騎士団を背負って立つにあたり、物事を俯瞰して見る訓練も受けているはずです。ここ最近の振る舞いは、気さくといえば聞こえはいいですが、まるで平民の若い男のような軽挙さが目立っている気がします」

エヴァは扇を畳むと、ふぅ、と思わし気にため息を吐いた。

「それが「歯車」の影響というわけね。由々しき事態であるはずなのに父親が悩むくらいですんでいたなんて、冷静になればそちらのほうがずっとおかしかったのに」

王宮騎士団は王族の身辺警護から王都の治安維持まで、国家の揺るぎない安全を守るために存在している。騎士団長ともなれば王族の側近の一人であり、その発言の重みは計り知れない。

将来そのポジションに就くことがほぼ約束されている立場で単純かつ脳筋であること自体、問題視されるはずのことなのに、世界がシナリオに沿って動いているせいで表立っては誰もそれに気づかない。

「「歯車」とは、恐ろしいものなのね。改めて貴女に感謝するわ、ソニア」

「あ、いえ、えへへ」

美女にじっと見つめられると照れてしまって、変な笑いが出てしまう。胡乱な反応にもエヴァはくすくすと肩を揺らしてくれたけど、ヘンリーはじとりとこちらを見るばかりだ。

心配しなくても大事なお姉さんに変な気持ちは抱かないよ。大体聖プロには百合ルートはないし、エヴァは婚約者の皇太子エイドリアンにぞっこんなんだから。

「君は「歯車」の未来の周辺の出来事もある程度わかると言っていただろう。あれに近づけるきっかけのようなものはないのか?」

「そうですね……」

エドワードルートのイベントはどれもドタバタしていて、刺激的といえば聞こえはいいけれど、かなり血なまぐさいものも多い。ゲームの画面越しなら現実離れしてギャグっぽい感じにもなるけれど、目の前でやられるとドン引きするようなシーンもたくさんある。

「一番近い大きな出来事だと、狩猟祭が魔物の群れに襲われてパニックになるんです」

狩猟祭とは学園が主催している催しのひとつで、希望する男子生徒が王都郊外にある広大な森に入り、そこに生息する魔物を狩るイベントだ。

魔物のサイズや種類、強さによって細かくポイントが定められていて、その年の優勝者には近衛騎士への就任か、それに近い価値のある希望する褒賞が与えられる。

優勝しなくても上位に食い込むだけで騎士団からのスカウトがあり、将来は王国騎士団に入り、近衛騎士を目指さんとしている男子学生には登竜門的なイベントであり、貴族出身で体力に自信がある、家を継ぐ予定のない次男三男は大体参加する、学園生活の中でもかなり規模の大きい催しになる。

生まれた時から婚約者が決まっているような高位貴族の女性はともかく、在学中に将来性のある男子生徒を物色しておきたい下級貴族の女生徒にとっても、将来の夫の品定めの場として重要な場だ。

「エドワード様はそこで魔物の群れを相手に剣を振るって大活躍するんですが」

「怪我をするのか?」

「いえ、疲れるだけです」

「疲れるだけなのか……」

魔物の群れを相手にして、とヘンリーはげんなりした様子で続ける。

「あ、でもすっごく疲れるんですよ。立てなくなるくらいへとへとで、不甲斐ない! みたいになる、みたいです」

再びヘンリーにじっとりとした視線を向けられて、言葉の勢いを落とす。

「未来視は曖昧で不安定な能力という話だが、君は随分詳細に分かるようだな」

「いやあ、なんとなく、そうなるかなぁって感じですけどね。えへへ」

実際は、まだ魔物が断続的に現れるのに疲れ果てて立つことも出来なくなり、こんなことで王国の未来が守れるのか! と悔しがるエドワードの傍にいたソニアが彼の助けになりたい! と強く願うことで、聖女の力の片鱗に目覚めるシーンにつながっている。

とはいえ学園の催すイベントだし、王族も観戦にやってくるので会場の警備は厳重なはずだ。エドワードひとりが張り切って魔物をばったばったと倒す必要は本来ないんじゃないかな? とさえ思う。

ちゃんと周囲と連携して、情報共有して、体力配分しながら戦えば疲れ果てて立てなくなるなんてことにならなかったんじゃないだろうか。

これもまた、「歯車」の成す展開なのかもしれないけれど。

「言っても仕方ないわ。予定はなかったけれど、狩猟祭には私たちも観客として参加しましょう」

公爵家を継ぐ予定のヘンリーには関係のない催しだし、エヴァも次期王妃として魔物の討伐には無関心ではないにせよ、イベントとしての狩りはどちらかといえば野蛮だと眉を顰めるようなものだろう。

それでも、公爵家の姉弟が揃って参加するならさらに警備は厚くなるだろうし、エドワードに近づくチャンスも将来の夫探しをしている一介の子爵令嬢の立場よりは、相応に増えるはずだ。

「疲れているならいつもより隙が多いでしょうし、狩猟祭ならいざという時のために癒し手が何人も待機しているはずよ。そこに紛れ込めばエドワードに近づくチャンスも多いはずだわ」

「それはいいアイディアです、姉上。彼女は公爵家お抱えの癒し手として連れていくことにしましょう」

癒し手は、呪い師と同じように生来の力を使って文字通り傷や病気を癒す職業のことだ。

目覚める前とはいえ聖女の才能があるソニアも、多少は癒しの力を使うことができるので全くの嘘というわけでもないけれど、どうやら呪い師の次は癒し手を名乗ることになるらしい。

「うう、嫌だけど、やるしかないですね」

私だって危ないことも痛いことも嫌だし、怪我をするのも怪我をしているのを見るのも、正直避けたい。

でも「歯車」を放置して、まかりまちがってエドワードルートに入れば精神と胃壁をすり減らす日々になることは間違いない。

私は脳筋は全然好みじゃないのだ。頭が良くて優しくて穏やかで平凡な人が一番いい。

頑張れソニア、頑張れ私。

不本意な未来を避けるためにも、ここが踏ん張りどころである。