軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.幕間・長期休暇の過ごし方

美形が着飾るとすごいというのは王宮でのパーティでも思い知ったことだったけれど、昼間に見るとまた印象が違って見えるものだなぁなんて思う。

日常だってヘンリーは異次元の美形だけれど、それが自宅の応接室にいるとなると、雰囲気が違う。シュレジンガー家だって一応貴族なので応接室はそれなりに豪華仕様だけど、それでもヘンリーには場違いに見えるからすごい。

自宅といってもソニアに用意された部屋は北の隅っこの小さな部屋で、食事もそこに運ばれるので普段は家族のためのリビングや談話室に入ることはないので、このリビングに来るのもシュレジンガー家に引き取られて三年間は面倒を見て学園にも通わせるけどその後はまとまったお金を渡すから独立するようにと言われて公証人の書類にサインをして以来だった。

なお、貴人のお客様の前に出しても恥ずかしくない服は制服しかないので、冬期休暇中の一応自宅のリビングだというのに、制服姿である。

筆頭公爵家の後継ぎと名乗るヘンリーの突然の来訪に、シュレジンガー家の主人と正妻、その跡取りである一応私の兄にあたる人は緊張の強い面持ちだ。なんでこの場に他の弟妹ではなく妾腹の私も名指しで呼ばれたのかと訝しむような色があからさまに浮いている。

「単刀直入に申しますが、姉がソニア嬢をいたくお気に召しまして」

「お姉様といいますと……」

「エヴァリーン・アンジェリカ・モンターギュです。ソニア嬢とは学園の先輩と後輩にあたります」

「は……」

エヴァが次期王妃であることは、貴族なら知っていて当たり前だけど、そんな人とミソッカスの末娘が顔見知りなんて想像もしなかったらしい。なぜかお父様に非難がましい目をちらりと向けられる。

いや、同じ学校に通っているんだから顔見知りになる可能性くらいあるよ、……多分。可能性はゼロではないというだけだけど。

「それで、冬期休暇の間に彼女に会えないのは寂しいと言い出しましてね。我々はもうすぐ本領に戻るのですが、冬期休暇の間、ソニア嬢を行儀見習いとして当家でお預かりできないかとご相談に参りました」

「しかし、コレ……ソニアは、お恥ずかしながらまともに貴族としての教育を受けておりませんので。お預けしても、恥をかくばかりかと」

「姉はソニア嬢の、野に咲く花のような可憐で慎ましく、天真爛漫なところをこそ気に入っているようです。それに、教育に関しましては行儀見習いとして預かる以上、当家で責任をもって行わせていただきますので」

「左様ですか……」

いても邪魔な子扱いだし、実際大していい扱いを受けてもいないので二つ返事で追い出されると思ったけれど、意外なことに、お父様は私を預けるのに難色を示しているらしい。

まあ多分、そういう扱いをしてきた娘が次期王妃に気に入られていると知って余計なことを言わないかと思ってるんだろうけど。

「でも、私ではやはりエヴァ様……んんっ、エヴァリーン様の傍にいるのは、分不相応だと思います。長期休暇が終わったら、また学園で親しくさせていただければと」

「――よろしいのではないかしら」

それまで黙っていたお義母さまが、ヘンリーに視線を向け、それからお父様に向かって言う。

「ソニアさんも行儀見習いに出ても不思議ではない年頃ですし、それがソニアさんを気に入ってわざわざ話を持ってきてくださった家なら、当家としても安心できますわ。そうではありませんか、あなた」

「うむ……」

「教養についても学ばせていただけるなら、ソニアさんにも有益な面は多いでしょう。お願いさせていただいてはどうかしら」

「そうだな……君がそう言うのならば」

薄々感じていたけれど、どうもお父様はお義母様の尻に敷かれているっぽい。ソニアのお母さんを愛人として家に迎えるのではなく手を出したあとは毎月生活費を支給して外に住まわせて、通っていた様子もないのも多分その辺に理由があるんだろう。

大人の事情はよく分からないし、正直興味もない。エヴァとヘンリーにそろって口をつぐんでなりゆきに任せておけと言われたとおり、口にチャックをしてじっとしているだけだ。

「ご了承いただけるようでしたら、このままソニア嬢をお連れしてもよろしいでしょうか。明後日には本領に出発して、王都には休暇終了前に戻りますので」

「このままですか? それは、余りに急では」

「姉も、ギリギリまで言い出すのを迷っていたのですよ。ソニア嬢に断られたらどうしようかととても気を揉んでいるのです」

「そこまでコレ……ソニアのことをお気に召したのですか」

「はい、相談相手として嫁入り先にも連れていきたいと漏らすほどで。さすがにこれは冗談かと思いますが」

お父様は難しい顔をして黙ってしまった。エヴァのお嫁入りの先は当然王宮だし、王妃付きの女官はまあまあの権力や影響力がある存在らしいから、色々と考えているんだろうとは思う。

結局、モンターギュ家に預けること、行儀作法などの教育を任せることを簡単な書面にしてヘンリーとお父様両方のサインを入れて、私はそのままヘンリーの乗ってきた馬車に乗り込むことになった。

一度もそんなことしたことないのに、お父様とお義母様とお兄様とお兄様その二とお姉様まで、見送りにきてくれる。

ちなみに下に行くほど、私の名前をちゃんと知っているのか怪しくなってくる人たちである。お姉様に至っては睨まれたことはあっても口を利いたことさえないもんね。

「ソニア、失礼のないよう、よく仕えるように」

「はいっ」

「……荷物はそれだけなのか」

「持ってる服、これだけです」

ここでやっぱり外に出せないと言われると元も子もないので、明るく言っておく。小さな鞄には冬服が数枚に替えの下着とか靴下とか、本当に最低限のものしか入っていないけど、ソニアの私物といえばこれだけなので仕方がない。

その少なさに流石にちょっとバツが悪くなったらしく、あちらで用意しなさいと、横に影のように控えていた侍従に告げて、なんとその場で金貨を三枚もくれた。

「追って、追加の服を送る」

「いえ、そちらは来ていただく当家で用意させていただきます。無理を言ってしまったこともありますし、どうぞお気になさらないでください」

外面のヘンリーはものすごく好青年に見える。元々社交は得意のようだし、外面というよりこれも彼の持つ一面というだけなのかもしれないけれど。

そうしてヘンリーのエスコートで馬車に乗り込み、すぐに馬車は動き出した。

「……ひゃー、これで私の所持する金貨、四枚ですよ。目がくらむなあ」

「そうか……」

「うーん、生活の基盤を作る初期投資としては十分だし、そのまま持って帰ったら取り上げられちゃうかもしれないし、帰りたくなくなったらそのまま失踪しちゃおうかなあ。十六だとちょっと早いですかね?」

「せめて成人までは待った方がいいんじゃないか」

この国の成人年齢は十八歳である。女の子は特に、結婚までは父親の許可がなければ何をするにも支障が出るので確かに難しいだろう。

ソニアは成人したら出て行くようにと言われているので、それを待つ方が後腐れがないのは確かだ。

「じゃあ、休暇の間に使い切っちゃったほうがいいですね。金目のものにするとそれを取り上げられちゃうだろうから、換金性が低いものか、いっそ食べ物につぎ込んじゃうか……」

宝石は言うに及ばず、こちらでは服や靴も上等なものだと普通に高く売れるので、換金性は高めなのだ。

「……私が預かっておこうか」

私にとっては大金だが、ヘンリーにとってはちょっとしたお小遣いにもならないくらいの金額だろう。公爵令息のヘンリーに娘にやった金を預かってるなら返せとは言わないだろうし、案外一番いい預け先かもしれない。

「じゃあ、お願いします。あ、ちょっとだけ小銭に崩してほしいかも。屋台の買い食い、し放題ですし!」

「それは行儀見習いの給金として渡すから、好きに食べればいい。私が一緒なら、出してやる」

「え、いいんですか?」

「当たり前だろう?」

ヘンリーは、むしろなぜそこを疑問に思うのかという様子だった。

「女性と出かけるのに女性に金を出させる男なんていないぞ」

「それは、ヘンリー様がちょっと偏っている可能性、ないですか?」

「いや、市井でもそのはずだ。エスコートできない男が女性と出かけること自体、まずないからな」

ソニアの知識にはデートのようなものは一切ないし、こちらの世界に来てからも一番一緒に行動しているのは「歯車」を壊すという目的があるヘンリーだったから、考えたこともなかった。

「本領なら貴族学園の生徒はまずいない。行儀見習いというのも、君と過ごしたい姉の考えた口実であるし、私も王都にいる時よりも時間に余裕がある。買い食いがしたいなら、いくらでも付き合おう」

「やったー!」

両手を上げて大喜びを表現すると、ヘンリーは面食らったような顔をしたけれど、すぐに苦笑を漏らす。

「君は本当に、食べるのが好きだな。――我が本領は食事の質には自信がある。大いに楽しんでくれ」

それは主に胃袋の事情で灰色だった私の長期休暇が、ばら色に変わった瞬間だった。