作品タイトル不明
91 ユークリッド・トレファン侯爵
ユークリッドの存在は、王と王太子には予想外のことだった。
ユークリッド・トレファン侯爵
社交嫌いで、政治をさけ、鉱物研究に没頭している侯爵家当主。
その男が、宰相の隣のソファに座り、片肘をして王を睨むように見つめているのだ。
「王妃陛下の不祥事を隠すために、ダルトン子爵を秘密裡に処刑すると?」
ユークリッドは直球で話をする。
貴族の言葉の駆け引きが嫌いで、苦手である。
何より、このような場にいることが嫌いな人物である。
ナーディアが立ち向かい変えたものは、アルチュールやイレーヌを変え、ユークリッドにも響いた。
「民なくして国が成り立つとお思いか?
ダルトン子爵がしたことは偽造紙幣製造だが、多くの民の命を 弄(もてあそ) んだ罪が重い。
王妃の保護があったダルトン子爵は、罪にとわれることなく増長していった。
王家が民を大事にしていたなら、気がついたはずだ」
ユークリッドは他国をまわり、自国の民が 虐(しいた) げられていると思っている。
圧倒的多数の平民を、一部の貴族が掌握している。
「ナーディアが気づいたのです」
ユークリッドからナーディアの名が出て、王太子バーミリオンの目が大きく開かれる。
ユークリッドはアーニデヒルトの事は言わない。
「我が姪ながら、よき王妃になったことでしょう。
殿下は他のご令嬢を選ばれたようなので、そういう未来は来ませんが」
バーミリオンの顔が 歪(ゆが) み、 拳(こぶし) を握りしめる。
「民が被害にあっていたのは 把握(はあく) している。後手に回っていると理解している。
だが、偽造紙幣が製造されていたと知ると、民に大きな不安を与える」
「内密に処理しても、市中に流れ出た偽造紙幣があるかもしれません。すぐに公になることです。
その時に、内密に処理したことがバレるのです」
そして、王妃の罪も知れ渡るだろう。内密にしたことで、さらに人心は離れる。
「王妃と情人だけでできる事ではありません。王妃の母国にすり替えられた紙幣が渡っていると考えるべきです」
宰相は、ユークリッドに同調している。
「宰相を呼んだのは、意見を聞く為ではない。
決定を伝えるためだ。
ダルトン子爵は、拘置している牢で処理する」
王はそれまでの話がなかったように、ダルトン子爵を内密に処刑すると言う。
ユークリッドは目を閉じた。
決裂した。
ユークリッドが席を立つと、それを追うように宰相も席を立つ。
二人は、王と王太子に挨拶をすることもなく衛兵が開けた扉を出て行く。
「宰相もイースデン公爵と同じ考えか?」
前を歩くユークリッドが振り返る事もなく、宰相に問いかける。
頷いても見えることはないので、声にして答える。
「侯爵以外にいません」
「そうか。イレーヌには苦労をかけそうだな」
イレーヌを思い浮べたユークリッドがクスリと笑った。
「はい、そうですね。
けれどあのご令嬢は、兄がアルチュールである時点で 鍛(きた) えられていると思いますよ」
ハハハ、とユークリッドの笑い声が王宮の廊下に響いた。