軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

69 ユークリッドの訪問

ヴィスタル侯爵は、嫡男のアルチュールを伴って訪問してきたトレファン侯爵と対面をしていた。

「トレファン侯爵、まずはお礼を述べたい」

ユークリッドが話す前に、ヴィスタル侯爵が口を開いた。

「今回の事でイレーヌはずいぶん変わりました。思慮深くなったようです。

イースデン公女と一緒という事で送り出したものの心配しておりましたが、無事に帰ってこれたのは侯爵の采配のおかげと感謝しております」

まさか偽造紙幣製造をみつけ、制圧するのに尽力したと聞いた時は信じられなかったが、娘の変わりように人生を変えるような事があったのだと理解した。

「ご令嬢は、優しく、機転が 利(き) き、とても助けられました。

なのに、危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした」

ユークリッドは深く頭を下げた。

「侯爵、頭を上げてください。アルチュールからも事情は聞いております。

イレーヌはイースデン公女を守れたことを誇りに思っているようです。私はそんな娘を誇りに思っております」

ユークリッドは頭を上げると、ヴィスタル侯爵と視線が合う。

年齢も近く、同じ侯爵家ということで会う機会はあったが、それほど会話をした記憶はない。ユークリッドは自分の研究に忙しく、社交を最低限しかしてこなかったからだ。

「今日は急に伺ってしまい、申し訳ない。話がある」

ユークリッドが姿勢を正して、ヴィスタル侯爵を見る。だが、膝の上で握っている 掌(てのひら) には汗がにじんでいる。

「少し待ってくれ。マッコイの洞窟に潜る時でさえ、これほど緊張しなかった」

マッコイの洞窟は、他国にある鉱物資源の豊富な洞窟だが火山地帯にあり、戻ってこない冒険者が多い事で有名な秘境である。

ユークリッドが言葉に躊躇しているのを横目にして、アルチュールが父親に話し出す。

「父上も、イレーヌの噂は耳にしているでしょう?」

「ああ、噂の元は分かっている。トーマス・ダフネアだ。

イレーヌは気丈にふるまってはいるが、ショックを受けている」

ヴィスタル侯爵家としては、トーマス・ダフネアの素行の悪さにイレーヌを嫁がせるのを 憂慮(ゆうりょ) していたのだ。

イレーヌから婚約解消の願いでに、すぐに対応したのもそれがあるからだ。

「それで、僕がトーマス・ダフネアに決闘を申し込むと言ったら、トレファン侯爵が自分がすると言ったのです」

アルチュールの言葉の意味を、ヴィスタル侯爵はすぐには理解できなかった。

だれもが、ユークリッド・トレファン侯爵は研究や実験にあけくれ、他国に調査に廻り国に居る事が少ない人間で、結婚は無理だろうと思っていたし、身内から養子を迎えて侯爵家を相続させると思っていたからでもある。

「若い貴公子ではないが、イレーヌ嬢の婚約が無くなったのなら、どうか私を結婚相手候補の一人として考慮してくれないだろうか」

ユークリッドから思いもしなかった言葉を言われ、ヴィスタル侯爵は返答につまった。

ヴィスタル侯爵は考えた。

アルチュールが連れて来たということは、アルチュールは賛成なのだろう。

よくない噂がたってしまった娘に、次の縁談を望むのは難しい。

かなり条件を落とさねばならないだろう。それこそがトーマス・ダフネアの狙いに違いない。

トーマス・ダフネア以外と結婚させることこそ、トーマス・ダフネアへの報復になる。

トレファン侯爵は年齢以外では、最高の結婚相手だ。学者肌で気難しいと聞いているが、イレーヌを気に入っているなら大丈夫だろう。

「ヴィスタル侯爵家としては、トレファン侯爵家は願ってもない相手である。

だが、噂のことでイレーヌは傷心している。イレーヌが応じれば、私は賛同しよう」

「僕がイレーヌを呼んで来よう」

アルチュールは言うが早いか、席を立って部屋を出て行った。

残されたのは、ヴィスタル侯爵とユークリッド。

そこには、お互いを意識して気まずい空気が静かに流れていた。

歳は変わらないのにユークリッドは、ヴィスタル侯爵の娘婿になるのだ。