軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01. 妹王女と兄王子

「ルビー殿下、お手を……」

差し出された手を素直に取った。動きに合わせて鮮やかな赤金色の髪が揺れる。王族の証である 青玉(サファイア) の瞳は、国王より深い 矢車草色(コーンフラワーブルー) 。

どちらも私のお気に入りの色。

今はダンスの練習中だった。ある程度上達してからは、様々な人と踊ってみたり、大勢の中で人とぶつからないように学んでいる最中だ。

手を差し出したのは私の護衛騎士。非番だからダンスに興じたところで警備に穴は開いていない。

練習に護衛騎士と侍女たちの中で希望者を見繕っているのだけれど、独身者のほぼ全員が希望を出してくる。

私への忠誠心ではなく、婚約者と一緒に過ごしたいからと、実に自分の欲望に忠実な結果だけれど。王族公認のデートはとても人気があるのだ。

きっかけは異母兄である第一王子が、婚約者のいるなしに拘わらず、気に入った令嬢を閨に呼ぼうとしたこと。結婚まで領地に引き籠るのも悪くはないけれど、婚約者に会えなくなる。

だから王都を不在にしていることにして、私の宮で侍女として匿っているのだ。

王女だけあって私の元で働く人は多い。侍女が十人や二十人増えたところで、誤魔化すのは簡単だった。ついでとばかり、匿った令嬢の婚約者を護衛騎士や文官として配下に納めた。勤務時間以外であれば逢瀬は自由。但し節度を守る事というのが、王女宮の 規則(ルール) である。

「次は私がお相手を――」

一曲終わると、次は自分ととばかりに別の騎士が手を差し出してくる。

騎士の体力についていけない侍女が休みを入れたくなったときに、パートナーを貸し出すようなものだった。王女が婚約者のいる騎士に手を出すのではなく、王女に貸し出すだけ。ここが重要。

――私は婚約者のついでなのよね。

夜会に出られない令嬢たちが、ここぞとばかりに盛装して自分の婚約者に秋波を送る。キラキラしたこの時間がとても大好きで、大切だったのに邪魔が入った。

思わず溜息をついたところで、無作法だと咎められる筋合いはない。

「何をしているのだ!」

表が騒がしくなったと思った直後だった。

いきなり第二王子が押し入ってきたと思ったら、詰問が始まった。

「無作法ですわ。先触れもなく」

憤り詰められたけれど、怒るのは私の方だと思うの。

「婚約者のいる騎士を侍らせて悦に入ってると報告があった」

「婚約者がいるからこそですわ」

しかもその相手は我が宮の侍女であり、この場にいる令嬢たちである。本人どころか令嬢の両親も公認でダンスのパートナーを務めてもらっているのだ。異母兄とはいえ関係ない者に口出しされる謂われはない。

「既成事実を作られないためには、婚約者との関係が良好な者を側に置くのが一番です。おわかりになっていらっしゃらないようですが」

莫迦はこれだから困る。わざわざ口に出したりしないけれど。

「婚約者がいるのだから、頼めば良いだろう!」

「嫌ですわ。役立たずですもの」

ヒョロリとした優男が、ダンスに付き合えるとは思わない。

それ以上に生理的に受け付けなくてイヤ。

「お前というヤツは……!」

少し煽っただけで声を荒げる。

もう少し腹芸というものを覚えたほうが良いと思う。王族として自覚があるのなら。

「役に立つか試してみます?」

本当は手を触れるのも嫌だけれど、側近が使えない事を証明しなければ納得しなさそうだった。

「悪いな、パイロン。……相手をしてやってくれ」

側近に謝っているけれど、相手が違っていると思う。

私がわざわざ相手をして差し上げるというのに。

側近の手を取った直後、曲が流れる。

「――!」

ついてこれるかしら? と心の中で笑う。

私が踊れる中で最もテンポが早くステップが難しい曲だった。

そして……。予想より早く足をもつれさせて転んだ。

――無様ね。

足元に転がる男を見下ろした。思わず、笑ってしまっても仕方がないと思う。

「だから役に立たないと言ったではありませんか」

わざとらしく嘆息してみせた。

イラっとしたのが判ったけれど、遠慮して差し上げる気はない。

「だが何人も侍らす必要はない。次からは一人だけにしろ」

「判っていませんのね……」

頭が悪いとは思っていたけれど、これほどとは。

「実際に踊るときは大勢いるのですよ? 人とぶつからないように踊る練習も兼ねているのですから、何人もいるのが当然でしょう」

ゆっくりした曲ならともかく、速い曲を選んだ時点で気づかないのがおかしい。

愚鈍と言われる理由を、この異母兄が気付くのは何時になるのか。

「もうよろしいかしら? 邪魔なので退散していただけると助かるわ」

胸中を慮って差し上げる気はない。さっさと追い出しにかかる。本人たちも気まずかったのか、言われた通り大人しく去ってくれた。

「……まったく、迷惑なだけの存在だと、いい加減気付けばよろしいのに」

私のぼやきは小さな笑いを起こしただけだった。相槌を打ったら第二王子に対する不敬になってしまうから、迂闊に何も言えなかったというのもある。

――事実を指摘したら不敬に当たるというのは、どういうものかと思うけれど……。

昔から無駄に絡んできたり、無言で睨みつけてきたりと不愉快かつ迷惑な人だった。父を同じくする、世間的には一つの家族として数えられるとはいえ、実態は国王と正妃、二人の息子だけで完結している。私も父親不在で側妃のお母様との二人家族という認識。

――わざわざ目に入る距離まで近寄ってこなければ良いのに。

お互い家族と認め合っていないのだから、余計な事をしなければ腹を立てることもない。特に相手を取るに足りないと思っているなら。

――なんで近寄りたがるのかしらね?

小さく溜息をついた後、不愉快な出来事を頭の中から消し去って、ダンスの練習に戻った。

お互い私生活には不干渉というのが、お母様と国王の婚前契約。

側妃の生んだ子の結婚相手は側妃とその実家に決定権があり、父である国王にさえ口出し不可というのも、契約には含まれている。

それなのに第二王子でしかないクファニックが、勝手に私の結婚相手を決めて公表までしてしまった。

抗議したが王ではなくその息子が決めるのは契約に入っていない、などと屁理屈をつけて承認したのだ。

当然、遺恨が残りまくり、第三者の裁定により制裁が発動している。

矜持を傷つけられたと思った国王は、家族の誰にもその事実を言っていないらしいが。

――本当に不愉快な人たち。成人したらさっさと婚約を解消して差し上げるわ。

デビュッタントを済ませたら、成人と見做され動きやすくなる。

もっとも今でも好き勝手している自覚はあるが。

しかし――。

意趣返しなのか、私のデビュタントは第二王子によって出席を禁じられた。

この国では男女ともにデビュタントを終えないと社交の場に正式に出ることは叶わない。そして既婚者には許されない独身の特権。

要するに私を一生日陰者にすると宣言したのだ。