作品タイトル不明
アオイの処遇
「ジェム副魔術師長」
一言、ディアジオが名を口にする。
それに肩を跳ねさせて、ジェムが振り返った。
「へ、陛下……! そ、その……」
動揺を隠せないでいるジェムに、ディアジオは溜め息混じりに首を左右に振る。
「この部屋より出るが良い。また後日呼ぶまで待機しておれ」
ディアジオにそう言われて、ジェムは判決を受けた受刑者のような顔で項垂れた。皆から様々な種類の視線を浴びながら、ジェムは謁見の間より姿を消す。
流石に可哀想になって多少フォローしておこうかと思ったが、言葉が思い浮かばなかった。
そんなことを考えていると、ディアジオの声が聞こえた。
「……アオイ殿」
呼ばれて顔を上げると、ディアジオはなんとも言えない表情でこちらを見る。
「ジェムが失礼をした。どうやら、学ぶべきは我が国のほうであったようだ。余も魔術師のはしくれである。無詠唱の魔術がなんたるか。また、先ほどの火の魔術の恐ろしさも理解しているつもりだ。良かったら我が国の才ある魔術師に、アオイ殿の魔術を教えてやって欲しい。その為ならば、我が国の機密たる癒しの魔術についても情報を開示しよう」
と、先ほどとは打って変わって低姿勢になるディアジオ。
結果としてはやりやすくなったようだ。
「ありがとうございます。ただ、アウォード殿にはもう癒しの魔術を教えてもらいましたので、別の聖人、聖女の方の魔術も見ておきたいと思います」
お礼を言いつつ、要望も伝えてみる。すると、ディアジオが怪訝な顔でアウォードを見た。
「……もう、聖人クラスの癒しの魔術を覚えたというのか? アウォード、何の魔術を教えたのだ?」
戸惑いつつディアジオが尋ねると、アウォードは首は傾げつつ口を開く。
「……あの一回見ただけの魔術を言っているのか? いや、しかし、あの一回でどれだけ理解できるというのか。どんなに才能のある魔術師だろうと、最上級の癒しの魔術を解するまで数年はかかるだろう。しかし、確かに天才型の聖人や聖女ならば、自ら最上級の魔術を編み出すこともあるというが……だが、人の魔術を一目見ただけというのはやはり……」
国の代表であるディアジオの前でありながら、アウォードがいつもの調子に戻って思案し始めた。それにディアジオは困り顔になり、助けを求めるようにクラウンに顔を向ける。
すると、クラウンはどこか嬉しそうに頷き、私に振り返った。
「アオイ殿。まさか、先日魔術師長が一度使っただけの癒しの魔術をもう覚えてしまったのだろうか。普通の魔術師では高度な詠唱は何か月もかけて研究、分解して理解をしていくものだ。それも特殊な詠唱が多い最上級の癒しの魔術を、一度聞いただけで理解するなんてことが……」
何故か期待感を込めた物言いでクラウンに聞かれて、私は控えめに頷く。
「そうですね。完全な理解が出来たか分かりませんが、私なりに解釈しました。昨日の夜、寝室で実験もしましたが問題なく発動しましたし……」
「初見で理解して、その日の夜に再現までした、ということ?」
私の言葉を聞いて、黙っていたローズが言葉を発した。
「そうですね」
答えると、ローズは口元に手を当てて観察するような視線を私に向ける。
「……アウォードの詠唱を、どのように理解したのかしら」
試すような言い方だった。私は片手の手のひらを胸の前で上に向け、解説を行う。
「私の使う癒しの魔術は、全て人体の構造を精緻に想像して健康な体に近付けるという補填、代替えの治療です。しかし、アウォード殿の魔術は違いました」
そう前置きしてから、実際に癒しの魔術を行使する。詠唱を行い、魔力を水面に現れた波紋のように周囲へと伝えていく。
「…… 白き聖杯(ホワイトグレイル) 」
魔術名を口にした瞬間、魔力が白く可視化していき周囲に広がった。今は目で見えるような怪我人はいないが、癒しの効果は付与されていた実感がある。
広間が静まり返り、徐々に魔術の効果が薄れていく。
「詠唱の意味は、術者の魔力の届くところに存在する者たちに癒しの力を。すべての傷を治せ……といったものでした。この魔術に関しては私の無詠唱では再現できない部分があり、魔術における詠唱の可能性を見せてくれたと言えるでしょう。研究する部分でいえば、あえて曖昧な意味を持たせた詠唱です」
説明をしつつ、アウォードを見た。自らの魔術を解析されて気分を害していないかと心配したが、むしろ誰よりも興味深そうに話を聞いていた。
それに一安心していると、ローズが片手を私に向けて口を開く。
「これは、私のオリジナル魔術だけれど、真似出来るかしら?」
そう言って、三小節の詠唱の後、魔術を行使する。
「アイスバウンド」
魔術名を口にした瞬間、ローズの手元から白く輝く冷気が勢いよく広がった。直後、床に敷かれた絨毯を突き破って氷の柱が私に向かって次々と出現する。それなりに距離があった筈だが、氷の柱は勢い衰えることなく向かってきていた。
「 閉ざされた氷(アイスバウンド) 」
目の前に迫った氷の柱に向けて、同様の魔術を行使する。すると、ローズの作り上げた氷の柱を打ち砕き、新たな氷の柱が出現した。謁見の間の高い天井にも届くような巨大な氷の柱が次々に現れ、瞬く間に絨毯をすべて喰らいつくしていく。
そして、ローズに迫る瞬間で氷の柱の浸食が停止した。
目の前に現れた氷の柱に片手を添えて、ローズは短く息を吐く。
「……素晴らしいわ」
感嘆の声を発して、ローズは口の端を上げたのだった。