作品タイトル不明
事情
何やら嫌な予感がして、私は早足で歩き回り、ロックスの行方を追った。
しかし、見つからない。授業に参加しているのかと思ったが、ストラスが聞き込みをしたところ学院自体にいなかったようだ。
じゃあ、何処なんだ。
一瞬そう思ったが、どう考えても学院都市だろう。私はすぐさま街へと向かった。
とはいえ、推測する為の材料も無い。
結果、延々と街の中を歩き続けた私はロックスを発見出来ずに帰ることとなった。
次の日も、私は学院でロックス不在の確認を取ると、すぐさま街に出ようとした。
しかし、その私を呼び止める人物が現れる。
「あ、アオイ先生! ロックス先輩を探しに行くんですか?」
物陰から現れたのはシェンリーだった。シェンリーの言葉に頷き、街を見る。
「そうですよ。どうやら街にいるようなので、捜索に向かいます」
そう返事をして、ふと同じ学生であるシェンリーを見た。
「そういえば、シェンリーさんはロックス君がどこにいるかとか、聞いたことは無いですか? 最近、よく街に出ているらしいのですが」
尋ねると、シェンリーは深刻な顔で頷く。
「……はい。ロックス先輩は、街の北部にある北市に居るみたいです。中には、ロックス先輩がそこで悪い店を経営しているって噂もありますが……」
「北市?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、シェンリーは慌てて説明を追加する。
「南は商人が店を多く出しているので、北には行商人や商人では無い者が露店を並べる北の市場と呼ばれる通りがあります。ちょっと治安が悪いのですが、一部の男子は、度胸試しだって言って遊びに行く人も……」
と、言いづらそうに答えた。
まぁ、告げ口みたいで後ろめたいのかもしれない。だが、もし道を踏み外したり、危険な遊びをする生徒がいるならば、教師の出番である。
「ありがとう。危ないから貴女は学院にいなさい」
そう言って、私はすぐに学院を後にした。
シェンリーは何か言いたそうな顔をしたが、無言で見送ってくれた。
あまり学院都市の北側には行ったことがなかったが、南側とは随分と雰囲気が違うようだった。明るい雰囲気で洗練された店の多い南側に対して、北側は粗野な雰囲気である。とはいえ、薄暗い裏通りなどといった風ではなく、充分に活気のあるフリーマーケットや青果市場のような感じだ。
中華街なども好きだった私には中々面白い景色に見える。
しかし、露店の店員などは一般人に見えない見た目の者も目に付く。
そういえば、この街の裏側には闇カジノなどもあると聞いた。こういう街並みならば納得である。
試しに裏路地に入ってみよう。
露店と露店の隙間から細い路地が見える。活気のある大通りとは逆で、薄暗く、人気がない。
細い路地は真っ直ぐ奥まで続いており、不気味な印象を人に与えている。
もしこの裏路地にカジノがあるのならば、何処かに見張りらしき人物がいるに違いない。歩き回れば辿り着くだろう。
そう思い、私は裏路地に足を踏み入れた。
様々な匂いが入り乱れていた表通りと同じように、裏路地も無数の匂いが混ざり合っているようだった。だが、決定的に違うのは、裏路地の方が匂いが湿っていて不快度指数は高い。
更に、地面も石畳が一部欠けていたり妙に凹んでいて濁った水が溜まっていたりと、清潔感にも欠ける。
それでも我慢して進んでいたが、段々と道の端に転がるゴミの数が増えてきて、限界を迎えた。
「…… 飛翔(フライ) 」
飛行魔術を発動。ふわりと紐の切れた風船のように浮かび上がり、すぐに建物の屋根より高い位置まできた。
意外にというべきか、やはりというべきか。一口に裏路地といってもかなり広い。ある程度絞って探すべきだろう。
さっと周りを見渡すと、裏路地の中にチラホラと三階建てらしき大きな建物が目に付く。
表通りに面していないのに、何故そんなに大きな建物が必要なのか。大家族などでは無いだろうから、俄然怪しい建物である。
試しに屋根の上から路地を見下ろしながら探索を続けてみる。
すると、何人かが集まっている一角を発見した。
屋根の上に静かに着地し、耳を傾ける。今日は厚着で来なかった為、若干肌寒いが、静かに耐える。
風の音や表通りの喧騒も混じっているが、それでも何とか路地の声も聞こえた。
どうやら、複数の何者かが争っているようだ。声はどれも男性のものである。
「……貴様、分かっているのか。俺に嘘を吐けば、王族を侮辱した罪で極刑にすることもできるんだぞ」
「い、いや、そんなつもりじゃないんですがね……こっちも、嘘を吐いてないのに疑われたら堪りませんぜ……」
「ほう? 俺に文句があるのか? 俺を誰だと思っている。言ってみろ」
しゃがれた男の声に対して吐き捨てるように尊大な声が聞こえてきたが、そちらには聞き覚えがあった。
無言で空から舞い降り、突然現れた私を見て固まる面々をひと睨みしてから、目的の人物に歩み寄る。
「……ロックス君?」
名を呼ぶと、ロックスは額から幾筋も汗を流しながら後ずさった。
「あ、あ、あ、アオイ、先生……!? な、何故、こんなところに……!」
盛大に狼狽するロックスに更に詰め寄り、見上げる。
「貴方を探していたんですよ、ロックス君?」
怒っているぞ、と気持ちを込めて声を低くしてそう言ったのだが、何故かロックスは眉をハの字にして潤んだ瞳をこちらに向けてきた。
「……探していた? アオイが、俺を……?」
どうした。
予想外の反応に思わずそう言いそうになるが、飲み込む。
「こんなことをしてはいけません」
ハッキリと注意すると、ロックスはハッとした顔になって視線を逸らした。
「そ、それは、俺に危ないことはするな、という……いや、しかし、だとしても女であるアオイ先生に危険なことは……」
何故か葛藤し始めたロックス。
危ないことを何故私がしないといけないのか。まさか、私がイジメの片棒を担ぐとでも思っているのか。
溜め息を吐き、目を細める。
「まさか、まだロックス君が王族の権威を笠に着て弱い者いじめをしているとは……」
冷たい視線を向けてそう言うと、ロックスは目を見開いて驚いた。
「い、虐め!? ち、違うぞ! 俺は、王族としてすべきことを……!」
「王族として、一般人を威圧していたのですか?」
「そうじゃない! この男は闇カジノの関係者だ! 学院の生徒の中にカジノにハマって借金だらけになってしまったという学生が出たから、俺が調査を……」
と、ロックスは必死に無実を訴える。
フィディック学院は六大国の出資で成り立っているとはいえ、領土的にはヴァーテッド王国の管轄である。そのヴァーテッドの王族が領地内の犯罪行為を調査しているというのは、確かに説得力がある。
しかし、何故、もっと大々的にやらないのか。見回しても、ロックスの味方らしき人物は剣を携えた二名の男性だけだ。魔術師かどうかは分からないが、私の動きを警戒するその構えと目つきは、明らかに豊かな実戦経験からきているだろう。
そこまで考えて、ロックスの事情に思い至る。
魔術学院には、生徒や教員として各国の王侯貴族が多く在籍している。
そんな中で学院都市は大規模な闇カジノがあり、そこで生徒達が借金だらけになった、なんて醜聞が流れたら、それはヴァーテッド王家の汚点といえる。
だから、ロックスは隠れるように密やかに行動していたのだろう。
各国に流れるのがあやふやな噂程度で終わるようにと思っての行動に違いない。
「……なるほど。ならば、私も加勢しましょう」
私が頷いてそう口にすると、ロックスは目を瞬かせてこちらを見た。