軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【別視点】学長グレン

【グレン学長】

薄い色合いの石を積み重ねて模様を作り上げた壁。高い天井と厚い木の板を用いた床。灯りは古い造りの魔導石ランプのみであり、家具も古い木製のものばかりの部屋だ。

この部屋の中の物は、どれも長く使い込んできた思い出深いものだ。

窓からはこの大きな学園が一望でき、第二の我が家とでも言えるほど馴染んだ空間となっている。

そんな空間で古びた大きな木製の机と椅子に座り、今日も書類を睨み、唸る。

「……なんでこう問題ばかり起きるんじゃ……」

溜め息と共にそう呟き、項垂れた。

何も問題が無ければ、落ち着く執務室で紅茶でも楽しみながら、ゆったり仕事をしたいところだ。しかし、不思議と毎日問題が起きる。

いや、原因は分かっているが、如何ともし難い問題故に先送りにしているだけである。

一つは教員の我が強すぎる問題。

なにせ、才能ある魔術師見習い達に教鞭を振るうのだ。一流の魔術師でありながら、魔術の仕組みを研究した実績のある者でなくてはならない。

つまり、変人かつ頑固者が多い。挙句、一部は学院の教師としての特権を目的としており、授業は面倒事として片手間に行う者までいる。

そして、生徒の我が強すぎる問題だ。

古来より、魔術師として才能があるということは、将来を約束されたようなものである、という認識が常となっている。

それ故に、成り上がる為や没落を防ぐ為など、さまざまな理由で王侯貴族が魔術の才能を欲した。そうして長い年月を掛けた結果、上級の魔術師になれるような者は大半が貴族の出となっていた。

最上級の魔術師になりうる才能を持つ者など、ほぼ全てが貴族の生まれといっても過言では無い。

貴族として生まれ、卒業するだけで一種のステイタスとなるフィディック学院に入学できるだけの魔術の才能まである。

それはそれは調子に乗る者も現れるだろう。まだ若い学生ならば尚更だ。

そして、いざぶつかり合えば教員だろうが生徒だろうが魔術を行使してしまう。厳しい規律と罰が定められているというのに、貴族の誇りをかけて、などと宣い、双方共に引くことは無い。

これを打開する方法として最も確実なのは、地位に関係無く厳正な処罰によって律することなのだが、この学院の出資元は周辺合わせて六大国の王侯貴族である。あまり厳しくするとパトロンが怒り出すのだ。

つまり、構造的に問題が起きるシステムで運用されている。

そんな状況の中で、私は大の大人が書いたとは思えない報告書を眺めて頭を抱えていた。

長々と高級な白い紙を四枚浪費して書かれた内容は、要約すると三行でまとまる。

教員の一人が男爵家の三男にも拘わらず、

公爵家次男である自分に対して無礼を働く。

このままでは学院の存続に関わるがどうするつもりか。

報告書を読み終わった私は再度溜め息を吐いた。

「知らんがな」

報告書だけ見れば、この公爵家次男は何も悪いことをしていない。

だが、それまでの評価や授業を見た様子を鑑みれば、内容は真逆となる。

いや、確かに教員であるストラスは仏頂面で愛想が悪く、口も悪い。しかし、差別や区別をしない性格で、相手の良い所も悪い所も態度を変えずに真っ直ぐ告げる。

他者との関係性を大事にするタイプでは無いが、決して悪い人物ではないのだ。

対して、カーヴァン王国の公爵家次男であるバレルは普段から評判が悪い。自らが不要と判断した授業はサボりがちになり、何かしらの注意や叱責を受ければ癇癪を起こす。

更に困ったことにバレルには魔術の才があり、一部の科目ではトップクラスの成績である。地位も相まって、バレルを叱ることの出来ない教員や面倒がって距離を置く教員も増えてきた。

「……退学にしてしまうべきかのぉ」

これまでも、あまりにも目に余る生徒は仮令王族でも退学にしてきた。

しかし、その場合は例外無く一悶着起きる。もっと面倒なことになるのはこれまでの経験から明らかだ。

勿論、王族や公爵家はその中でも最上級である。

「……困った」

背もたれに体重を預け、鼻から息を吐く。まったく、面倒事ばかりである。

と、その時、珍しい感覚の魔力を感じた。

「む……これは無属性魔術か。なんと珍しい」

そう呟いて窓の方に目を向けると、窓の外に小鳥のようにパタパタとはためく白い紙が見えた。

その場から動かずに指を軽く振って窓を開けて見ると、白い紙はひらひらと中に入ってきた。

そのまま机の上に舞い降り、私はこれがたんなる手紙ではなく、紹介状であると知る。

懐かしい送り主の名を見て、思わず「おぉ」と驚きの声が漏れた。

「オーウェン・ミラーズか。なんとまぁ、久方ぶりではないか……相変わらず素っ気ない文章だ」

苦笑混じりにそう言って、私は紹介状の文面を辿った。

元々短い文章だが、更に簡潔に三行でまとめるとこうなる。

初めて弟子をとったが、

呑み込みが早くて教えることがなくなった。

教員として雇ってみよ。

「……これはアレだの。弟子を自慢したいということかの」

呆れ半分にそう呟き、顎髭を指でつまみ、なぞるように撫でる。

読めば読むほど信じられぬ内容である。

我が友であり、同郷の魔術師たるオーウェン・ミラーズは私と同等の魔術師だ。いや、ハーフエルフの私と違い、希少な純血のエルフなのだから、老いた私よりも魔力も魔術技能も上だろう。

そのオーウェンが、手解きした弟子。

純然たる研究者であり探求者だったオーウェンは決して他者に時間を割くような者では無い。つまり、その者はオーウェンが興味を抱く程才能に満ちた存在だったのだ。

「……最後に会ったのは三十……いや、約四十年も前か。ならば、弟子とやらは精々三十数年でオーウェンの知と経験を自分の物にしたということか」

面白い。

学院を運営し、人種問わず様々な人物を見てきたが、そのような才人には未だ巡り合ったことは無い。

既にオーウェンが免許皆伝を申し渡しているのならば、確かに教員として充分すぎる実力がある筈だ。

圧倒的な実力を持つ教員が教鞭を振るうなら、どの生徒も大人しくなるやもしれん。

「うむ、是非会いたい。もう学院に向かっているのか……いや、紙には、この者は、と書いてあるな。はて? 持参させたならば、手紙の主はいったい何処に……」

首を傾げながら紙を裏返してみたり、魔術印か何か隠されてないか探ってみたりしていると、扉をノックする音が聞こえた。

「誰かの」

声を掛けると扉は外から開けられ、水属性魔術の教員の一人であるスペイサイドが顔を出す。

「失礼いたします」

深く一礼し、スペイサイドは一歩室内に入って口を開いた。

「先程、怪しい女性がこちらへ手紙らしきものを飛ばしましたので、確認に……」

「怪しい女性……手紙の主を見たのかの? その人物は何処へ?」

一人だったならば、間違いなくその女性とやらがオーウェンの弟子だろう。そう思いつつ聞き返すと、スペイサイドは首を左右に振る。

「分かりません。身分証も無く、ただ学長に会いたいなどと言う為、お引き取り願いましたが」

と、スペイサイドは失笑しながら返答した。

「……なんと……」

私は思わず嘆きの声を漏らす。スペイサイドの手紙の主を馬鹿にしたような態度と言い方に、嫌な予感がした。

まさか、追い払ってはいないだろうが……。

「ま、まずかったでしょうか……?」

私の態度を見て、スペイサイドの表情が引き攣る。

スペイサイドは少し選民思想の強い性格だ。身分証の無い相手に敬意を持って対応したとは思えない。

普通は門番が来客の対応をするというのに、用事があってスペイサイドが学院の外に出たところで遭遇したのだろう。

なんと間の悪いことだ。

「……その者は私の友の弟子であり、大切な来訪者じゃ。まだ都市には居るじゃろうて。探して連れてきてくれ」

そう告げると、スペイサイドの背筋がピシリと伸びた。焦りから語気が僅かに強くなってしまったか。スペイサイドの顔色は瞬く間に悪くなった。

「す、すぐに探し出します!」

慌てた様子でそう言うと、部屋の外へ飛び出していく。その後ろ姿を見送り、私は窓の方向を見た。

「……飛行魔術なんて覚えてたらまずいのぉ。すぐ帰ってしまうぞい」

私は溜め息をしつつ、くだんの女性がすぐに見つかることを祈ったのだった。