作品タイトル不明
マッシュの強さ
「マッシュ陛下! マッシュ陛下!」
四方八方から大きな声でマッシュを応援する声が響く。これがアウェイというものか。他人事のようにそんなことを思って、周りを軽く見回した。
「黙らせようか?」
マッシュがそう聞いてきたので、首を左右に振って断る。
「いえ、問題ありません。ただ、期待している皆さんに申し訳ないな、と……」
特に何も意識せずに思ったことを口にしたのだが、私の言葉を聞いたマッシュが目を見開いて驚き、すぐに声を出して笑い出した。その様子を見て、自分の失言に気が付く。
一言謝ろうとしたが、それに気が付いたマッシュが片手を挙げて口の端を上げた。
「よい。素直な言葉だろう? ふふふ、余の方が挑戦者というわけだな」
そう呟くと、マッシュは遠くを見つめるように目を細め、再度口を開く。
「……何十年ぶりだろうな。挑むという気持ちは、このように高揚するものだったか」
と、マッシュ小さく呟き、剣を構えた。姿勢を低くして臨戦態勢を整える様子を見て、こちらもいつでも動けるように意識を変える。
二人で向き合っていると、ラムゼイが準備が出来たと判断したのか、再び大きな声をあげた。
「それでは、始めよ!」
ラムゼイがそう口にした瞬間、マッシュは小手調べとばかりに剣を横薙ぎに振った。
その剣を見て、私は思わず感動を覚える。
「 身体強化(リーンフォースメント) 」
身体強化の魔術を行使しながらの回避行動だ。ぎりぎりのところで二歩分後ろに下がり、剣の切っ先を躱すことに成功する。
こちらが即座に回避行動したことで、マッシュの攻撃の手は勢いを得る。剣を振った勢いをそのままに、身体を捻りながら前進してくる。しかし、まだマッシュは身体強化をしていないはずだ。
ならばと、一足飛びに横へ移動し、さっさと距離を開く。いや、距離を開けようとした。
なんと、マッシュはそれを読んでいたかのように最小限の動きで方向転換し、剣を切り上げながら向かってきた。後ろに下がって横に跳ぶ私よりも、斜めに走るマッシュの方が距離は短い。いや、私の行動を読んでいなければ無理なことだが、結果としてマッシュは身体強化をしていないのに、私の移動速度に追いついてきた。
その動き、身のこなしを見て確信する。
「 積層氷壁(フィフスグラス) 」
もう一歩分、距離を開けつつ氷の魔術を発動させた。直後、目の前に巨大な氷の防壁が生まれる。本来なら殆どの攻撃を防ぐことが出来る最強の防壁の一つだ。だが、それが破られることを確信していた私は、魔術が発動すると同時に大きく後方へ跳躍していた。
次の瞬間、予想通りの光景が目の前に広がる。
氷の壁を一刀両断したマッシュが、そのままの勢いで跳躍して迫ってきたのだ。流れるような攻撃。行動の全てが次の攻撃の為にあり、尚且つ相手の逃げ場を減らすように行われている。
「 雷槍(サンダースピア) 」
ならば、防ぐのが難しい魔術で応戦するしかない。そう思い、剣で防ぐのが困難な雷の魔術を選択した。魔術を発動した瞬間、目の前に雷球が生まれ、大きな槍となった。それを見て、マッシュは笑みを浮かべて口を開く。
「 水流壁(アクアウォール) !」
魔術名を口にした瞬間、マッシュと雷の槍の間に水の壁が出現する。その魔術の選択に、思わず拍手しそうになった。雷の槍は水の壁によって殆どの力を失い、進行方向も変化する。雷に詳しいというわけではないだろうから、野生の勘だろうか。マッシュの戦闘勘はラムゼイに匹敵するに違いない。
「……ふむ。防ぎきられてしまったか」
マッシュは攻撃が途切れてしまった為、地面に降り立ってそんなことを口にした。どうやら、息を吐かせぬ連続攻撃が得意なようだ。
少し残念そうなマッシュに苦笑しつつ、尋ねる。
「素晴らしい剣技でした。ブッシュミルズ皇国の剣術ですか?」
そう尋ねると、マッシュは軽く肩を回して首を傾げた。
「む? ああ、余の剣か。幼少時より皇国で最高の剣士から剣を教えられて育ったからな。だが、それが分かるということは、アオイもそれなりに武術に精通しておるな?」
そう言って、マッシュはニヤリと笑みを浮かべる。好奇心に満ちた目に思わず笑ってしまいながら、静かに頷く。
「多少ですが、私も剣を使います」
「ほう! ならば、手合わせといこうか! 剣は持っておるか?」
そう言って、マッシュは剣を構えなおす。その嬉々とした様子を見て、マッシュと剣で張り合える相手が久しくいなかったのだろうと察する。
それはそうだろう。ただ剣で攻撃する、戦うといっても、剣術は奥が深い。身のこなし次第で剣の振り方、威力、速度は変わり、さらに振った後の態勢も重要だ。握り方や姿勢だけでも全く違う剣になる。己の体と向き合い、最も無駄のない動きを追求する。
そして、今度は相手の動きや戦術に合わせて、まるで将棋やチェスのように先を読んでいかなければならないのだ。
心技体とはよく言ったもので、怯えてしまっては体に力が入って硬くなる。意識し過ぎてしまえば視野が狭くなり、相手の行動に柔軟に対処できなくなる。即座に反応する技術や体がなければ、そもそも対応が遅れて戦いにもならない。
それらを完全に理解して、マッシュは剣を振っていた。どこまでも自然体で、こちらの思考を読もうと意識をしつつ、咄嗟の事態にも柔軟に対処できている。好奇心は先立ってはいるものの、熱くなり過ぎているわけでもない。
なるほど。これは、紛れもなく強敵だ。