作品タイトル不明
入国5
モアに言われるがまま砦で食事をご馳走になった結果、気が付けばそのまま一泊することとなった。
食事は意外にも肉だけでなく、野菜、果物も豊富でバランスが良かった。複雑な料理はなかったが、新鮮で良い素材を使った料理はとても美味しい。あまり表情に出さないフェルターが、珍しく嬉しそうに食べていたのが印象的だった。いや、勢いよく食べている感じだが、雰囲気で喜んでいるのが伝わるのである。
その様子を見て、モア達も親や兄弟のような目でフェルターの食べる様子を眺めていた。
「……なるほど。そういうことですね」
「何がだ?」
食後もモア達に囲まれ、学院での生活について質問攻めに合うフェルター。その様子を見て、ようやく私にも分かってきた。一方、ストラスはまだ理解できていないようだ。少し優越感を持ちつつ、ストラスに答えを披露する。
「あれを見てください。フェルター君の尾が揺れています」
「……ふむ」
ストラスは真剣な顔で頷く。それを確認してから、モア達の笑顔に目を向けて答えた。
「つまり、皆は故郷に帰って喜ぶフェルター君が見れると思って嬉しかったのですよ」
「……なるほど。確かに、学院で見るよりも表情が柔らかくなっている。そうか。尾の揺れには嬉しいという感情が込められているのか」
「その通りです」
自分の理解した内容を伝えると、ストラスは大きく頷いて納得していた。
そんな会話をしていると、エライザとシェンリーが困ったような顔で笑いながら歩いてくる。
「……ちょっと違うかもしれませんねー」
「あ、いえ、でも、アオイ先生の方が正しいかもしれませんし……」
二人は曖昧な言い方をしてから、顔を見合わせて笑っていた。何か違ったのだろうか。二人の台詞に首を傾げつつ、その日は砦の休憩所という部屋を借りて休むこととなった。モア達が寝具なども準備してくれたので、とても快適な一夜となる。
しかし、翌日の朝、事件は起きた。
朝食を終え、砦の外へ出てからのことである。馬車の準備をしていると、昨日に引き続き皆に囲まれていたフェルターだったが、何故か難しい表情をしていた。そして、モアが真剣な顔をしてこちらに歩いてくるではないか。
何か、入国で問題が起きたのだろうか。
そう思っていると、モアは険しい顔つきで私を見上げ、口を開いた。
「あ、あの……!」
「なんでしょう?」
意を決したような表情で声を掛けられて少し驚いたが、とりあえず聞き返しておく。すると、モアは自分の胸に手を当てて答えた。
「私と、勝負してください……!」
「え?」
驚いて聞き返すと、モアは胸を張って杖を取り出した。
「ア、アオイ先生が、フェルター様の師匠だと聞きました! 私が勝てば、その座を譲ってください!」
「師匠……ああ、なるほど」
その言葉を聞いて、モアの言いたいことが分かってきた。そういえば、以前聞いたことがあった。ブッシュミルズ皇国では、自分を負かした強者を師匠にするという習慣がある、みたいな話をフェルターにされたと思う。
つまり、モアは家族同然のフェルターが見知らぬ教員を師匠にしていることに疑問を持っているのだ。ある意味、フェルターの師匠として相応しい実力か試されているとみて良いだろう。
「……分かりました。フェルター君の師匠としての力をお見せしましょう」
「……っ! ま、負けません!」
真正面から受けて立つと伝えると、モアは拳を握り締めて顎を引いた。
こうして、急遽、フェルターの師匠の座をかけての戦いが決まり、昨日フェルターとチーフが戦った場に立つこととなる。
「……アオイ先生、どうしてこんなことに?」
ハイラムから呆れたような顔でそう言われながら、短い草っぱらが広がる場所へと移動する。街道から見える場所ということもあり、朝一番で入国しようとしている行商人の一団が不思議そうにこちらを見ていた。そして、砦の守りを固めないといけないはずの兵たちは、揃って私とモアを囲むように周囲を囲んでいる。
「……どうやら、私がフェルター君の師匠に相応しいか試験をされるようでして……」
そう答えると、ハイラムは首を傾げた。
「……別に師匠じゃなくて教員として教えたら良いんじゃない?」
ハイラムのその言葉に、軽く首を左右に振って否定の言葉を返す。
「いえ、それではモアさん達が安心できません。この戦いを通じて、モアさん達はフェルター君の学院での環境がどんなものか知ろうとしているのです。私が勝てば、学院全体のレベルも高いものだと判断してくれるでしょう」
そう告げると、ハイラムは眉尻を下げて困ったような顔で唸った。
「……え? そういうことかな? ちょっと違う気がするけどね」
「大丈夫です。私が勝ちますから」
「そ、それは心配してないかな……まぁ、良いか」
ハイラムはそれだけ言うと皆の下へ戻っていった。勝ち負けではないとしたら、もしかしたらモアがケガしないか心配しているのかもしれない。
ハイラムはやはり、女子に優しい男である。