作品タイトル不明
アオイの講義
ハイラムとオーウェンを生徒として、癒しの魔術の特別授業を続ける。さらに、ハイラムは心を入れ替えたように魔法陣の講義にも出るようになった。
「なんの気持ちの変化だ?」
ロックスが珍しいものを見たような顔で尋ねると、ハイラムは椅子に座ったまま、いつもの飄々とした態度で片手を振る。
「色々あってね。まぁ、邪魔はしないよ」
「ふん、それなら良い。大人しく聞いて学べ」
「あれ? そんな性格だったかな?」
ハイラムの返答にロックスは優等生のような反応を見せた。それにハイラムが思わず目を丸くして驚く。まるでロックスを別人だと疑っているかのような雰囲気だ。それに、フェルターが腕を組んで唸る。
「……アオイの講義は高度だ。真面目に聞いた方が良い」
「え? あ、うん……って、え?」
フェルターは一言だけ告げて窓際の席へ移動した。その後ろ姿を唖然とした様子で見送っていると、ロックスも黙ってフェルターの近くの席へ移動する。
そんな二人を見て、ハイラムは目を瞬かせた。そこへ、遅れてやってきたコートが苦笑交じりに口を開く。
「ハイラムさん、あまりアオイ先生の講義に参加してきてなかったので知らないかもしれませんが、あの二人はアオイ先生信者ですよ」
「……あ、そう。なるほどね」
コートの言葉に納得したのか、ハイラムは頷いて答える。そして、コートを見た。
「……ロックス先輩って、アオイ先生に陛下を呼びつけられて怒られたって聞いてたし、怖がっているだけかと思ってたけどね」
コートには少し心を開いているのか、ハイラムは自分の中で記憶しているロックスの過去と印象を語る。それに、コートは苦笑いをして首を左右に振る。
「……まぁ、その、最初は多分ロックス先輩もアオイ先生が怖いだけだったかもしれませんが、講義を受けている内に変わったんだと思いますよ」
「なるほどね……まぁ、分かるけど」
「え?」
ハイラムが何となく口にした言葉に、コートが驚いて生返事をする。ハイラムの確かな変化を感じたのか、コートは表情を確認するようにマジマジと見た。それに気が付き、ハイラムが面倒くさそうに手を振って答える。
「ほら、早く座りなよ。もう席は無くなるからね」
ハイラムに急かされて、コートはすぐに頷く。
「あ、はい。そうですね……それでは」
コートはそれだけ言い残して真ん中ほどの空いた席へと移動した。偶然にもそこはアイル達が座っている席の横だった為、楽しそうな声が講義室に響く。
「コート兄様、遅いよー!」
「コート先輩の為に席を取っておきました!」
「それは嘘でしょ!」
アイル達が騒がしくなり、視線が集まっていることに気が付いたコートが慌てて三人に注意をする。
「し、静かにね。講義が始まるから」
「はーい!」
コートの注意に三人は元気よく返事をした。それに、エライザが息を漏らすように笑う。
「あそこはいつも仲が良いですね」
「……うるさ過ぎる時もあるが」
「ストラスさんも笑ってますよ」
「……ふん」
エライザとストラスがそんな会話をしている中、講義室の扉が開いた。足音がして、講義室内の声や物音が小さくなる。
「……今日もグレン学長が一番前ですか」
苦笑と共にそう呟いて、アオイが講義室へと入って来る。その後をオーウェンが付いてきたが、すぐにニコニコしているグレンに気が付いて眉根を寄せた。
「グレン。少しは自重して後ろに座れ」
「嫌じゃ。わしが一番に聞くんじゃもん」
「じゃもん、では無いだろう。学長としての自尊心は無いのか」
「学長として魔術を学びたい気持ちは一番じゃ」
「そういう意味じゃない」
と、いつものようにグレンとオーウェンが冗談のようなやり取りをして、教員達の笑いを誘う。魔法陣の講義を始めて、これまで行ってきた魔術概論の講義も少しずつ生徒が増えてきた。受講する者の半数は教員というのがなんとも言えないところだが、今では殆ど満席に近い状態だ。
アオイの目標である魔術の水準を上げるという点においても順調だと言える。そして、アオイにとって最も嬉しいことは、魔術や魔法陣について質問をしてくる生徒が一気に増えたことだ。
その成果の一つであるハイラムの姿を見つけて、アオイは僅かに口の端を上げて微笑する。
それに気が付いたハイラムが照れたように顔を背ける様子を見て、アオイは笑いながら口を開いた。
「それでは、時間になりましたので講義を始めましょう。皆さん、おはようございます」
そう言って、アオイは魔法陣の講義を始める。まだまだ初等部の生徒達の姿は見えないが、もう以前ほどの不安感は無くなっていた。