作品タイトル不明
グレンの喜び
「魔法陣の講義じゃと……!?」
「はい、まだ内容は決まってませんが……」
そう言うと、グレンは目を見開いたまま固まった。そこに、隣に立つエライザが追撃の一手を放つ。
「大丈夫です、グレン学長! アオイ先生の魔法陣は驚くほど研究が進んでいます! 世間的には魔法陣の研究は評価の低いものかもしれませんが、アオイ先生が教えるなら話は別です! グレン学長もその凄さは承知の上でしょう!?」
エライザが熱くそう語ると、グレンは胸の前で両手を握り、全身に力を込めた。何をしているのかと思ったが、それを指摘する前にエライザがとどめとばかりに再度口を開く。
「まだ内容は完全には固まっていないかもしれません……でも、魔法陣の基本や作り方、構成を教えてくれるそうです。魔法陣の記号の意味、構造もそうですし、学習が進めば自ら魔法陣を作成することも可能に……」
エライザが熱弁していくと、不意にグレンが勢いよく顔を上げた。その勢いにエライザが口を閉じると、グレンが奇声を発して天を仰いだ。
「ふ、ふ、ふ、ふひょおおおおおっ!」
グレンは奇妙奇天烈な雄叫びを上げて両手を振り上げる。興奮している様子のグレンに、エライザが片手で目じりを拭いながら小さく何度も頷く。
「嬉しいですよね、グレン学長……! 分かります!」
「分かる……?」
感極まった様子のエライザは優しい微笑みでグレンを見つめている。一方、グレンは目を細めてぷるぷると震えている。ちょっと気持ち悪い。
「ついに、ついにアオイ君の魔法陣を学べる時がきたのじゃ……! エライザ君! 一緒に魔法陣を学ぶぞい! わしらも魔法陣を扱えるようになるんじゃよ!」
「やりましたね、グレン学長……!」
「うむ!」
一歩引いたところで眺めていたが、二人は気にせず盛り上がっている。手を取り合って飛び跳ねる様子は祖父と孫娘のようだったが、実際には世界最高峰の魔術学院の学長と教員の二人である。もう少し落ち着いてもらいたい。
そんな私の想いが伝わったのか、グレンはこちらの顔を確認して咳払いをすると、背筋を伸ばして向き直った。落ち着きを取り戻したらしい。
「……おほん。それじゃ、来週から早速その講義を入れることを許可するぞい。まずは講義名じゃのう。それだけは先に決めておかねばならんのじゃ」
「名前ですね! アオイさん、どうしますか!?」
「え? 来週ですか? 流石に早過ぎませんか?」
新しい講義の相談や許可を得るどころか、いきなり来週から始めようなどと言われて思わず聞き返す。気持ち的には望むところだと言いたいのだが、この二人の勢いを見ていると不安になる。自分までノリと勢いで決めてしまって良いのだろうか。そんな懸念だ。
「とりあえず、講義名と講義の内容を煮詰めてからにしても良いかもしれません。初心者が分かりやすいように魔法陣を教えなくてはいけませんから」
そう告げるが、二人は揃って首を左右に振る。
「大丈夫です! フィディック学院の生徒達は優秀ですから、少し曖昧なところがあっても自分達で補完して学ぶことでしょう!」
「大丈夫じゃぞい! 魔法陣概論、魔法陣基礎理論、魔法陣基礎実習、魔法陣応用理論、魔法陣応用実習、魔法陣特別講義といった形で六回から七回くらいに講義を細かく区分すると良いのじゃよ! もちろん、魔法陣概論も一、二、三と分けていくじゃろうから、今内容が出来上がっていなくても問題ないぞい!」
こちらの意見を強引過ぎる形で否定し、無理やりにでも新しい講義を始めようとさせる二人。不安だ。学長がこれで良いのだろうか?
そう思いもしたが、そもそも学院に来てすぐは色々あった後の為、すぐにでも教員らしいことをしなくてはという気持ちで未完成な講義を始めてしまったのは確かだ。しかし、今はそんな余計な自尊心や反骨心などを出すのではなく、純粋に生徒達がどれだけ分かりやすく、楽しく魔術を学んでくれるかを重要視したいと思っている。
その気持ちを伝えるべく、目がギラギラした二人を真っすぐに見て口を開いた。
「……それでは、せめて内容が固まるまでお待ちください。出来る限り早く講義内容を決めますので」
そう告げると、二人は目に見えてがっかりする。
「えー……」
「それは、ちょっと待ち遠しいぞい……」
まるで玩具を取り上げられた子供のように肩を落として落ち込む二人。それを見て、なんとなく罪悪感に苛まれる。
「……仕方ないですね。それでは、二週間ください。その間に魔法陣の基本的な考え方をまとめます」
溜め息交じりにそう答えると、グレンとエライザは目を見開き、お互いの両手の手のひらを合わせて喜んだのだった。