作品タイトル不明
湯浴みと奇襲
「えっと、道具さえ貸していただけたら自分で洗いますが……」
この世界に来て一番くらいの動揺をしつつ、何とか冷静に返事をした。すると、メイド達は揃って首を左右に振る。
「いえ、これが私どもの仕事です」
「申し訳ありませんが、そればかりは……」
「どうぞ、こちらにお座りください」
そう言って、三人は湯舟の傍に木製の丸い椅子と薄い布を持って並んだ。手桶らしき物まである。まさか、あの布を使って私の体を洗うつもりだろうか。あんなに薄い布では素手で触るのとほぼ変わらないのではないだろうか。
「あの、せめて背中だけにはできませんか? その、見た目に自信があるわけではないので、気恥ずかしくなってしまいます」
しどろもどろになりながらそう答えると、メイド達は顔を見合わせた。そして、誰ともなく含みのある笑みを浮かべる。
「……とても凛々しい方とお見受けしておりましたが、少し見方が変わってしまいました」
「とても、可愛らしい方なのですね」
「ふふふふ……」
メイド達は、突然獲物を見つけた肉食獣のように目を輝かせて、じりじりとこちらににじり寄って来る。エルフの王と相対した時とは比べ物にならない危機感を感じる。
力づくならば脱出くらいは容易だろう。しかし、メイド達の仕事は来客を歓迎し、持て成すことである。そんな彼女達の業務を恥ずかしいからといって邪魔するわけにもいかないだろう。
「……お手柔らかに、お願いします」
諦めた私は、小さな声でそう呟いて椅子に腰を下ろしたのだった。
翌日、眩しいほどの朝日が窓から差し込み、目が覚めた。一応、何者かが現れたら分かるようにカーテンを開けておいたのだが、どうやら問題なかったらしい。
とはいえ、部屋の外には触れるだけで全身が痺れて失神するだけの電流を流しておいた。電流の発生元は部屋の端に設置した雷球の為、現在も流れたままである。
まぁ、流れているのは扉の取っ手と壁の中心部分、そして窓枠のみなので、間違えて感電するということもないだろう。執事やメイドがドアをノックもせずに開けることは無いのだから。
そう思って、私はゆっくり朝の準備をしようとベッドから起き上がった。片目を擦りながら部屋の中を歩き、豪華な化粧台の前に座る。なんと、鏡の周りを金銀宝石で装飾してあるのだ。陽の光が差し込むと綺麗に反射して美しい。
「……これ一つでお家が建ってしまいそうですが……」
と、何となく豪華すぎる鏡を眺めながら思う。そのあたりの金銭感覚は庶民的だと自負していた。
鏡を見ると、そこにはいつもの自分……よりかは寝ぐせの少ない自分の姿があった。そのことに思わず何度か瞬きをして驚き、硬直する。
その瞬間、昨晩起きた惨劇の記憶がまざまざと脳裏に蘇った。思わず身震いして自らの肩を抱く。
「……っ」
目の前に広がる、頬を赤らめて獰猛な笑みを浮かべる半裸のメイド達。そして、身体中をまさぐるように触ってくる六つの手、三十の指。恐るべきことは、そのような有無を言わさぬ迫力を発しながらも、きちんとした洗体だったことだろう。
素早くお湯を汲んで身体を洗い流しながらボディタッチをし、柔らかい布に花の香りを発する泡を付けて身体を隅々まで洗われた。さらに、ボディオイルのようなもので全身をマッサージされた。指の間まで念入りにマッサージされたのだが、悔しいことにとても気持ちが良く、湯舟に浸かって出る頃にはとてもリフレッシュ出来ていた。
さらに、今目の前には寝起きなのに髪の爆発が抑えられた私の姿があるのだ。こうなると、しっかりケアしてもらっただけにメイド達を怒ることも出来ない。
「……特殊なシャンプーや整髪料でも使っているのでしょうか。自分で洗ってもこうなるなら、ちょっと自宅用に持って帰りたいですね。売ってくれると良いのですが」
そう呟きつつ、寝ぐせで鳥の巣のようになった髪を整えることにする。普段なら綿あめのようになっているわけだから、それに比べれば何倍も楽だ。水の魔術と風の魔術を同時使用してササッと全体を直し、最後の仕上げとして櫛で梳いてゆく。僅かな時間でいつも通りとなった。髪も何となくいつもより艶やかな気がする。
これは、後で必ずメイド達に商品がどこかに売っていないか確認しなければならない。そんな決意のもと、身支度を済ませて雷の魔術を解除する。
部屋の隅に設置されていた雷球は徐々に小さくなっていき、放電も収まっていく。
そうして一分少々で雷球は綺麗に消滅した。大量の電流は全て地面へ放電されていっただろう。
「さて、グレン学長は大丈夫でしょうか」
一応、天井を通してグレン学長の寝室のドアと壁にも電流を流しておいたので、恐らく大丈夫だとは思うが。
そんなことを思いつつ、部屋のドアを開けて廊下へと出た。
と、開けた瞬間に床に転がる人影に気が付く。
「……侵入者の方ですか?」
そう尋ねるが、地面に倒れた人達は身動き一つしない。どうやら、完全に失神してしまっているようだ。地面に倒れた人は合計で五人。何故かは知らないが、全て私の部屋の前で倒れている。グレンの泊まった寝室の前には誰も倒れていないようだ。
倒れた五人は全員が黒い衣装に身を包んでいた。ローブを羽織っているのだが、その内側は軽装の鎧を着こんでいるようである。
まさに夜襲をかけに来たような雰囲気だ。
顔を確認しようかと思って倒れている人物の一人に近づこうとすると、階段の下から声が聞こえてきた。
「……おはようございます。もう、そちらの方々に触れても大丈夫ですか?」
挨拶をしながら、執事が階段を上がってきた。
「おはようございます。触れても良いとは?」
そう尋ねると、執事が苦笑しながら片手を出して倒れた人達を指し示す。
「いえ、夜中に物音がしたので見回りをしたのですが、その手前の方が倒れる瞬間を目撃しました。すると、その一番後方の方が突如として痙攣して倒れ、次に倒れた二人を起こそうと間の三人が動いたのですが、倒れた二人に触れた瞬間三人とも痙攣して倒れてしまいました。その後も痙攣がしばらく続いていた為、これは過去に失われた呪いの魔術に違いないと思い、避難しておりました」
執事が真顔でそんなことを言うので、真意を測りかねてしまう。この建物に何者かが侵入したというのに、これほど淡白な反応はどうなのか。本来なら来客者を危険な目に合わせてしまうかもしれない状況だったのだから、もう少し動揺しても良いのではないかと思ってしまう。
それとも、これはある種の試験で来訪者の実力を測るといったことでもしているのだろうか。
そんなことを考えていると、執事は静かに一礼して口を開いた。
「……この施設で怪しい者たちの侵入を許してしまうとは、お恥ずかしい限りです。実は私どもは一定の水準を満たした実力を持つ魔術師でして、この建物を覆うように交代制で結界魔術を張っておりました。これまで誰一人外部の者の侵入を許したことはありません。それが、まさか気づかれぬ内に五人も、とは……いやはや、参りました」
そう口にしてから、執事は顔を上げる。その表情は口調とは裏腹にとても険しいものだった。執事は片手を顔に押し当てて表情を隠すような仕草をした。そして、低い声で呟く。
「……一番可能性が高いのは裏切りでしょう。メイドを選んだのは私です。きちんとかたをつけますので、ご安心ください」
ドスの効いた声でそう言う執事の目は、物騒な光を放っていた。恐らく、執事としての自尊心を傷つけられたのだろう。その態度を見る限り、執事は本当に侵入者とは無関係なようだ。