軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お宿

「……グレン学長。とりあえず、割り当てられた宿泊先に入りましょうか」

「む? そうじゃのう。中々豪華な雰囲気じゃが、不思議と緊張感が漂っておるように感じるが、気のせいかの?」

「気のせいだと良いですね」

衛兵たちも見ている為、一応曖昧に返事をしながら建物の方へ向き直った。

軽く会釈をしながら衛兵たちの間を通り、門をくぐって正面玄関の前に立つ。馬車は門の内側に置いておいた。

「……玄関の扉も金属製ですね。かなり分厚そうですが」

そう呟くと、グレンが眉根を寄せてこちらに顔を向ける。

「なんとなーく、嫌な感じじゃ。閉じ込められるんじゃないじゃろうか」

ものすごく不安そうなグレンがそう呟くと、門の前に立つ衛兵たちが一瞬こちらをジロリと一瞥した。

「グレン学長、大丈夫ですよ。他国の侯爵を幽閉なんてしたら戦争になってしまいます。我々は何も後ろ暗いことはないのですから、堂々としていましょう」

「ま、まぁ、そうじゃのう……王子を学院から追い出したから、少しだけ不安なんじゃが……」

グレンは自信なさそうにそう呟くが、そもそも原因は王子なので別に責められることではない。

「大丈夫です。もしも閉じ込められたら、私が建物を破壊します」

冗談交じりにそう言ったのだが、グレンは顔面蒼白で首を左右に振った。

「そ、それはまずいぞい……あ、アオイ君、穏便に行くのじゃよ……」

慌てるグレンを見て、冗談を上手く言えなかったことを悟る。

「冗談ですよ」

微笑みながらそう答えて、扉をノックする。

「じょ、冗談じゃよな? おお、本当に安心したぞい……」

大袈裟な態度で胸を撫でおろすグレン。その様子を横目で見ていると、扉が内側から開けられた。

「ようこそ、お客様。こちらに滞在される間、我々が身の回りのお世話をさせていただきます」

扉が開くと同時に、中から低い男の声が聞こえてくる。見ると、青いスーツに似た洋服を着た男が立ってこちらを見ていた。恐らく、執事だろう。年齢は五十代ほどだろうか。糸のように細い目で狐に似た笑顔で一礼している。その後ろには黒いメイド服を着た女性が十名ほど並んで頭を下げていた。

「おお、これはこれは……まるで貴族のような扱いじゃのう」

「グレン学長は貴族でしょう?」

「おお、そういえばそうじゃった」

と、グレンが上機嫌に冗談を飛ばす。

それに執事は小さく笑い声をあげた。

「ははは。グレン様は冗談がお好きなようですね。それでは、早速お部屋へご案内いたします」

さっと切り上げて、執事が自然な態度で建物の奥を指し示すと、メイド達は左右に分かれて壁際に移動する。すると、視界が開けて建物の中が良く見えるようになった。

二階建てと簡単に紹介されたが、玄関フロアは吹き抜けらしく、天井が高かった。正面には幅の広い大きな階段があり、二階へと続いている。天井からはシャンデリアがぶら下がり、壁には美しい模様の大きな布が掛けられている。外から見た以上に建物内が広い分も含めて、とても豪華な雰囲気だ。

「お客様の寝室は二階になります。二階には寝室が五と談話室が設けられています。一階には食堂と浴室、トイレがあり、我々の待機する部屋も二部屋用意しております。後にそれぞれご案内いたしますので、ご用命の際はご遠慮なくお尋ねください」

執事はそう説明すると、先に階段を上って行く。二階踊り場に行くと、執事は再び振り返って両手を広げた。

「基本的にはお世話の関係上、男性は右手側、女性は左手側にご案内をさせていただいております。こちらとしてはその方がお世話をしやすくなっておりますが、問題はありませんか?」

執事が恭しくそんなことを言ってきた。

「ええ、構いませんよ」

特に何も考えずにそう答えると、グレンが「ひょ!?」と奇声を発した。

「わ、ワシ一人じゃと、危ないかもしれんぞい? アオイ君、なにせか弱い老人じゃからな? 一応、結界魔術は使う予定じゃが、一抹の不安が……」

「グレン学長。自信を持ってください。学長の結界魔術ならその辺の宮廷魔術師でも突破することは出来ないでしょう。どんなものか見たことはありませんが」

「見たこともないのにわしの魔術を信頼してくれるのは有難い限りじゃが、今はもうちょっと心配してもらえた方が良かったのう……」

私の言葉にグレンはがっくりと肩を落とす。

その様子を見て、執事が楽しそうに笑った。

「ははは。お二人ともとても良い関係性を築かれているようですね。羨ましい限りです。それでは、早速お食事の用意をして参ります。何かご要望はありませんか?」

そう言われて、特に思い浮かばなかったのでメニューをお任せすることにした。

「私はなんでも構いませんが」

「わしは魚が食べたいのう。パンは柔らかい方が好みじゃぞい」

「かしこまりました」

と、グレンは嬉しそうに食事のリクエストをする。意外とちゃっかりしているようだ。

執事が一礼して階段を下っていくのを見送ってから、声のトーンを落としてグレンに尋ねる。

「……グレン学長。毒を盛られるかもしれないとかは心配しないのですか?」

「…………Oh」

質問すると、グレンはまたも眉をハの字にして情けない顔になった。しかし、すぐにハッとした顔になり、首を左右に振る。

「いやいや、他国の貴族を毒殺などしてしまっては、やはり大国の威信に関わるはずじゃよ。うむ、そうに違いない。じゃから、美味しい食事は有難くいただこうかのう」

グレンは良く分からない理屈を並べて一人で頷く。どうやらお腹が減っているらしい。不安よりも食への欲求の方が上回るあたり、やはり言うほど深刻には考えていなさそうである。

まぁ、こちらとしてはようやくゆっくり出来るという気持ちなので、グレンの楽観的な性格は大歓迎だ。

「そうですね。それでは、一旦割り当てられた寝室に行って食事の前にひと休憩しましょうか」

「うむうむ、そうじゃの。食事は何じゃろうなぁ。川魚も良いが、海の魚も良いのう」

と、すっかりご機嫌になったグレンは軽い足取りで寝室へと向かっていった。その後ろ姿に苦笑しつつ、私もすぐそばの寝室へと向かうことにする。

ドアは暗めの色合いの木製で、とても雰囲気の良いデザインだった。なんだかんだでカーヴァン王国の町並みやこの建物のデザインは落ち着いていて洗練されている。しかし、どこか圧迫感を感じるのは何故だろう。

不思議に思いつつ、ドアを開けた。すると、我々が来ることを聞いてすぐに準備でもしていたのか、寝室は壁に取り付けられたランプが灯っており、室内を明るく照らし出していた。オレンジ色の光が部屋の各所を照らしだしている様子は中々幻想的である。ベッドも大きく、二人はゆっくり寝れるサイズである。クィーンサイズベッドと呼ぶような大きさだろうか。

見事な刺繍がされた三人掛けの布張りのソファーもある。

「……ふう」

ソファーにぽすんと座り、一息吐いた。思ったより疲れていたらしく、自然と体重を背もたれに預けてしまった。こうなると、何となく腰を上げるのが億劫になる。

「少しゆっくりしましょう」

口に出してそう決めてから、肩の力を抜いて頭を背もたれに押し付けた。ソファーに座ったままの状態で手足を伸ばして、軽く伸びをする。

「……ん」

もう一度脱力すると、先ほどよりもはっきりとリラックスできたのが分かった。そのまましばらくぼんやりと過ごしていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。

「はい」

返事をしながら立ち上がり、ドアを開けた。

すると、そこには先ほどの執事が立っていた。執事は恭しく一礼して、口を開く。

「お食事のご用意が調いました。グレン様は既に一階へ降りられております」

「ありがとうございます」

案内を受けてお礼を言いながら寝室を後にする。正直、先にお風呂に入ってしまいたいとも思うが、流石に淑女としていかがなものかと自問自答した。

執事に連れられて階段を下りていくと、グレンが一階で待ってくれていた。しかし、いつもと雰囲気が違う。

「……グレン学長? その服は……」

尋ねると、グレンはどこか得意げな態度で服の襟を両手でなぞり、微笑む。グレンは先ほどとは打って変わって貴族らしい豪華な服を着ていた。真っ白な下地に金と銀の刺繍が入っており、さらに宝石などが取り付けられた杖なんてものも持っている。

まじまじとグレンの恰好を見ていると、グレンは軽やかな笑い声をあげて奥に立つメイドを指し示した。

「疲れておったから先に浴室に案内してもらったのじゃ。そしたら丁度良い着替えもあってのう。いや、これは良い生地じゃよ。着心地が良い」

と、グレンは嬉しそうに語る。カーヴァン王国の王都に到着した当初とは真逆の態度だ。緊張感など欠片も感じられない。

「良かったですね。私も食事が終わったら浴室に案内してもらいましょう」

グレンが羨ましかった私は、すぐにそう言って執事を見ると、執事は微笑を浮かべて会釈したのだった。