作品タイトル不明
教師の本分
私の言葉を聞いて、グレンが面食らったような顔で口籠った。色々と考えているような素振りを見せて、最後に眉を八の字にした悲しげな表情を作る。
「……いや、その気持ちはありがたいのじゃが、ソラレは……」
小さく何かを言いかけて、グレンは口を噤んだ。そして、何も言わずにこちらに背を向ける。肩を落として去っていくグレンに、誰も声を掛けることは出来なかった。
グレンが立ち去ってから、ミドルトンが深い溜め息を吐く。
「……グレンのことだ。すぐに平常な状態を取り戻すだろう。それでは、我らは一旦、学院の一室を借りて酒を酌み交わすとしよう」
「ふむ、貴重な機会だからな」
「何とも後味が悪いが、仕方あるまい」
ミドルトンの言葉に首肯して、グランツやディアジオ達は呑みの席へと向かった。毎日吞んでいる様子だったが、よく飽きないものだ。まぁ、こういう機会に他国の情報を得ようとしているのだろうが、私ならば一度か二度でもう十分だと判断するだろう。
ミドルトン達が去ってから、コートやロックス、シェンリー達が戻って来た。生徒達を見て、質問を口にする。
「皆さんは、グレン学長のお孫さんについて知っていますか?」
そう尋ねると、コートとロックスが顔を見合わせた。
「ソラレ・モルトのことか」
「ソラレ君は、私も幼い頃しか会ったことがありませんね」
二人は顔を見合わせて困ったような表情を浮かべる。どうやら、あまり詳しくは知らないらしい。
やはり、グレンに直接聞くしかないか。しかし、あの様子では強引に聞き出すことも出来ないだろう。何があって姿を隠してしまったのか、どうにか調べられないだろうか。
そう思っていると、奥からフェルターがラムゼイと共に現れた。奥にはフィオールの姿もある。
「ソラレか……もう久しく会っていないな。だが、恐らく最後にあったのは俺だろう」
と、フェルターがさらりと爆弾発言をした。それにはロックスも驚いて振り向く。
「最後に会った? いつの話だ?」
その疑問に、フェルターは腕を組んで眉根を寄せた。
「確か……一年前だったか? 元々、俺はソラレと何度か会っていたからな。お互い干渉はしないが、何故か同じ空間にいることがあった」
「こ、交友があったのか? 何故言わなかった?」
ロックスが更に質問を重ねるが、フェルターは面倒臭そうに首を左右に振った。
「何故、俺がそんなことを話す必要がある? ソラレが部屋から出ないからどうした。俺には関係が無い」
冷たい態度でフェルターがそう告げると、ロックスは胸の前で拳を握り込んで歯噛みする。
「そういう問題じゃないだろうが……!」
と、もどかしそうに唸った。フェルターに友人として何でも話して欲しかったのか。それとも、グレンの孫という重要人物の情報を口にしなかったことを怒っているのか。どちらにしても、フェルターの言う通りわざわざロックスに自分から話す内容ではない。
その点は納得したが、ロックスはともかく、私の場合は立場から言っても聞くべきだろう。そう思って、フェルターに対して向き直る。
「フェルター君。良かったら、ソラレ君について教えてください」
そう言うと、フェルターは難しい顔で顎を引いた。口を開くのを躊躇うような様子を見せるフェルターに、フィオールが優しげな雰囲気で苦笑する。
「ほら、フェルターが以前お手紙でも書いてくれていたでしょう? 言いやすいお話だけでも良いのですよ?」
やんわりと諭すようにフィオールがそう言って、フェルターは溜め息を吐いた。
「……分かった。ソラレの話をしよう。それは良いが、ソラレを無理に表に引きずり出すような真似はしないでもらいたい」
「お約束いたします」
即答でフェルターの条件を飲む。すると、真剣な顔のフェルターが頷き、顎をしゃくって口を開いた。
「……場所を変えよう」
「分かりました。それでは、時間も時間ですし、フェルター君とご両親も交えて夕食といたしましょう。あ、ラムゼイさんはミドルトンさん達とお食事でしたか?」
そう尋ねると、ラムゼイは鼻を鳴らして笑う。
「一度顔を突き合わせて呑めば十分だ。すでに今後の方針やそれぞれの国への質疑応答もやっておる。強いて確認すべき事項としてはアオイ殿の派遣先だが、聞けば前回の聖皇国へ赴いたのも個人的な考えのもとで選んだのだろう? ならば、各国が下手に口を出すよりもアオイ殿に任せる方が良い」
ラムゼイはそれだけ答えると、話は終わりだと言わんばかりの堂々とした態度で仁王立ちする。本当に、この親子は似ている。そう思って苦笑しつつ、頷いた。
「そうですね。各国の情勢や相互関係といった部分は私も疎いですから、気持ちは分かりますよ」
「む? いや、領土、人口、輸出入、移民対応、学問などの基準についても話はしているぞ? 言っておくが、ブッシュミルズで最も外交を担当している貴族は……」
ラムゼイが何か弁明するように喋りだしたが、フィオールが両手の手のひらを合わせて音を鳴らし、遮った。
「さぁ、せっかくですから高級なお店に参りましょう。お金は心配いりませんし、皆さんもいかがですか? それぞれ別の個室で飲食すればこちらのことは気にせずとも大丈夫ですよ」
のんびりした調子で、フィオールがその場にいる全員を食事に誘う。
「行きます!」
「行きたいです!」
アイル達が両手を挙げて気持ちを伝えると、フィオールがくすりと優雅に笑った。
「はい。それでは、皆さんもご一緒に行きましょうね」
「やったー!」
「打ち上げですね!」
アイル達がはしゃぐ中、コートは苦笑しつつこちらを見る。
「私たちが行っても大丈夫ですか?」
「ラムゼイさんは侯爵ですから、大丈夫でしょう」
大企業の社長のようなものだろう。そう思って答えたのだが、コートは声を出して笑っていた。どうやら常識的な行動ではなかったらしい。やはり、貴族にはもっと遠慮すべきなのだろうか。